Episodio 18 「念願と悲願」
うるわしの純白会が現れるという22時まで、まだ時間があるということで一旦隠れ家に戻り装備を調えることになった。
もしやそのバールはスピラーレと同じく、隠れ家をカモフラージュするためという可能性があるからである。
「どうします、他の仲間も同行させましょうか?」
「あまり大勢で行って嗅ぎつかれても困る、なあに、ちょっくら覗くだけさ」
ミケ―レの提案を断りレオンは拳銃の掃除や不備の点検を始めた為、シュンは腹ごしらえのため昼食を買いに近くのスーパーへと足を運んだ。
バケットとハムやチーズを買い込んで、ついでにジェラートも買い物カゴの中へ放り込む。
ここであんパンが買いたくなってしまったが、イタリアにあんパンはない。
諦めてレジを済ませると、ふと横を通り過ぎた黒髪が目についた。
「悠莉・・・・・・?」
もしやと思い日本語で声をかけてみると、その女はさらりと髪をゆらし振り返る。
記憶より少し大人びた、いや、美しく成長していた従兄弟にシュンは思わず腕を掴んだ。
「やっぱり悠莉じゃないか! 今まで何してた、どうしてこんなところにいるんだ!?」
「
どうして行方不明のはずの従兄弟がこんな町中を普通に出歩いているのかが信じられず、シュンは激しく詰め寄った。
あの心優しい悠莉が何の連絡もなしに姿を消したのだ、どれだけ両親や友人が心配していたか、とシュンは悠莉に説教した。
「ごめんなさい・・・・・・でも、もう戻れないの。 日本には帰れません。 パパとママには、そう伝えて欲しい」
「何を言ってるんだ! きみは不法滞在していることになってるし、ずっと捜索が続いてたんだ! 日本に帰るんだっ」
「淳お兄ちゃん・・・・・・、お願い。 本当に戻れないの、わたし、わたし・・・・・・」
悠莉は俯いて、目に涙を浮かべた。
あの向日葵のような笑顔を振りまいていた彼女の面影はなく、言葉につまる悠莉にまさか、と思い浮かんだ1つの可能性。
「悠莉、何か事件に巻き込まれたの?」
その問いに、悠莉は沈黙でもって答えた。
なんということだ、やはり彼女は何かの事件に巻き込まれたのだとシュンは思わず目元を抑えた。
しかし、いまやシュンは犯罪に片棒を担ぐギャングの一員だ。
今このときほどギャングであったことに感謝をしたことはなかった。
「悠莉、もう大丈夫。 僕の知っている人で凄く頼りになる人がいるんだ、絶対に助けてあげるから」
「違うのっ、わたしのことなら大丈夫だから!」
「いいから、相談してみるだけしてみよう」
以前シュンの家族について尋ねられた時、レオンは行方不明になっている従兄弟について気に掛けてくれていた。
もしかしたら何か力になってくれるかもしれない、とシュンは心を躍らせる。
これで悠莉が日本に帰国できれば、きっと両親は泣いて喜ぶだろう。
今からその姿を想像するだけで、シュンは嬉しくて思わず泣いてしまいそうになるほどだった。
こうしてシュンは大丈夫だ、と言い張る悠莉を引っ張って隠れ家へと戻ったのである。
「おい遅いぞ、昼食買いに行くのにどれだけ時間がかかってんだっ・・・・・・。・・・・・・」
銃の点検を終えたレオンがこちらを向き、そのまま驚いたようにシュンが釣れている女を見つめた。
「遅くなってごめん、前に話してた従兄弟の悠莉を見つけて! この間話したろ? 行方不明になっていたんだけど、どうやら何か事件に巻き込まれたらしいんだ、こんなこと頼むなんてまた甘ったれてるって怒られるかもしれないけど、どうしても助けたいんだ!」
「淳お兄ちゃん、リナルドと知り合いなの・・・・・・?」
その瞬間、空気が凍りついた。
まさに、凍り付いたという表現しか出来ないような状況であった。
シュンは自身の表情筋が引きつるのを感じ、悠莉は怯えたように瞳を揺らし、レオンは触れれば切れそうなほど凄みをおび、それを見ていたミケ―レもうっすらと目を細めた。
「どういうこと・・・・・・」
そう尋ねたシュンの問いに答える者はいない。
「悠莉、レオンと・・・・・・知り合いなの」
「淳お兄ちゃん、落ち着いて聞いて。 リナルドは悪くなくて」
「知り合いなんだね」
悠莉はもはや、頷くことしか出来なかった。
今までにないほど、シュンが激怒しているのを見たことがなかったのである。
後ろからで表情は見えずとも、自ずと分かった。
「レオン、どうして黙ってたの」
レオンは何も答えない。
何を考えているのか全く読めず、更にシュンはぐるぐると腹の底が煮えたぎっていくのを感じた。
否定してほしい、何も知らなかったと言って欲しい。
そんな考えが頭の中で木霊している。
しかし、レオンはいつものようにシュンの想像の斜め上を行くのだった。
「悠莉は俺の恋人だ、1年前から一緒に住んでる」
シュンは言葉を失った。
上手く、脳の処理が追いつかない。
恋人? 同棲? 1年前から?
行き当たりばったりを繰り返す言葉に、シュンはああ、と全てが納得する答えを得た。
そうか、そういうことだったのか。
乾いた笑いがぽろぽろと零れる。
「だましてたんだね、ずっと」
そう考えれば、レオンの行動全てに理屈が通る。
「悠莉の為に僕をスピラーレに引き込んで、ずっと傍に置いてたんだね。 僕を助けてくれたのも、悠莉の身内だったからだったんだ! 僕のことなんか眼中になかったんだッ」
「淳お兄ちゃん!」
「ユーリ、シュンの言うとおりだ。 俺はシュンがユーリの身内だと知って、こっち側に引き込んだ」
なあ、ミケ―レ。 とレオンはミケ―レに声をかけると、ミケ―レも一連のレオンの行動に納得がいったのか、引き出しから書類を取り出してみせた。
「シュン・スメラギに関する調査表です。 レオンの頼みでシュンの周辺について調べさせていただきました。 これを見れば、父方にユーリさんがいることが分かりますよ」
シュンが悠莉を探しているのにも関わらず、存在を伏せていたことも勿論悲しいが、レオンはシュンの力を見込んでくれていたわけではなかった。
それが、どうしようもなく悲しかった。
裏切られた、と感じざるおえなかった。
シュンはいてもたってもいられずになって、勢いよく外に飛び出した。
シュンのいなくなった部屋で、悠莉はレオンの隣に腰を掛ける。
「リナルド、ちゃんと説明して」
「組織の力を私用の為に使ったんですからね、僕にも説明してもらいますよ」
レオンは観念したように、事のあらましを話始めた。
悠莉との出会い、そして起きた事件、シュンとの出会い。
複雑に絡み合った運命の悪戯としかいいようのない、一連の組み合わせにミケ―レは全てを悟るのだった。
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