Episodio 15 「バルトロメオの足取り」

「これは大きな収穫ですね・・・・・・、悪魔と天使の宿る花だったとは」


「いや、よくそんなすんなりと信じられるね・・・・・・」


「年々悪魔に取憑かれる方が増えているとテレビで放送されるくらいですからね」


 幽霊や妖精など一切信じない主義で、実際己の目であのような光景を見てしまったら嫌でも信じるしかないシュンに対し、ミケ―レはすんなりと受け入れたようだ。

 リアリストなのかと思いきや、ミケ―レも以外とそういう類いは信じるタチであるらしい。


「それとも、僕も実際人を呪うことがある、と聞いたら納得しますか?」


「わ、笑えないから」


 裏の世界には暴力や麻薬だけでなく、魔術も存在するのだろうか。

 いや、まさに今シュンは魔術のような類いの世にも奇妙な事件に巻き込まれたわけである。


「だが奴らの目的がますます分からなくなっちまったな。 この儀式とやらが完了するとマドンナリリーはどうなるっていうんだ?」


「分からない。 教授からもらった資料には、そんな儀式のことは書いてなかったし・・・・・・」


「今のところ分かっているのは、彼らはマドンナリリーを使って何かしようとしているということ。 新聖具室の『曙』『昼』『黄昏』『夜』になぞらえて儀式を行なっていること、ですか。 これだけスピラーレの力を使っても中々情報が集まらないとは」


 どうやら先日ミケ―レが捌いていた報告書にも、めぼしい有力な情報はなかったようだ。

 警察や探偵に比べ、グレーゾーンを大きく超えて探索しやすいはずのギャングがこれだけ情報収集に奔走しても成果が出ないということは、相手は相当念には念をいれて動いているのだろう。


(うるわしの純白会、メディチ家礼拝堂、マドンナリリー、曙の儀式、ポアロの死、フェデリコの家の襲撃、ダンテの墓、パッパガッロ、南北イタリア独立軍、昼の儀式)


 膨大な数の謎に、レオンは煙草を吸いながら考えを張り巡らせた。

 

「ねえ、これだけ必死に情報を集めても中々見つからないのに、どうして警察とか南北イタリア独立軍とかパッパガッロの人たちに昼の儀式のことがバレたんだろう」


 うるわしの純白会についてはもちろん、儀式の有無や場所についても秘匿にしようと思えば出来たはずだ。

 それなのに、こんなに大勢の組織に情報が漏れ、狙われる可能性を高めているのはどうにも違和感を感じ得ない。


「そういえば・・・・・・奇妙ですね。 南北イタリア独立軍の持っている情報を似たような感じでしたし、とすると」


「うるわしの純白会の中から情報を意図的に流してる奴がいる」


 レオンとミケ―レはお互いを見やり、微かに頷く。

 うるわしの純白会が意図的に情報を流しているとすれば、昼の儀式でレオンたちや南北イタリア独立軍が現れても驚きもしない様子に合点がいく。


「ジャコポは死んじまったが、バルトロメオは生きやがる。 あいつはうるわしの純白会と繋がりがあるようだったし、追うか」


「スピラーレを欺こうなんて舐めた真似をするカルト集団ですね、ますます逃すわけにはいかなくなりました」


 他にもポアロの死についてや信者達が唱えていた言葉に聞き覚えがあったり、どうやってフェデリコの家にレオン達がいることに気がついたのか等、謎は多いがともかくこの細い蜘蛛の糸を辿っていくしかない。


(シェリーはこの事件に関わってる・・・・・・、そして事件が解決すればあの子を探す時間ももっと取れるかもしれない)


 今後の方針として、レオンとシュンはパッパガッロのバルトロメオを探しに。

 ミケ―レはレオンたちの報告を待ちつつ、南北イタリア独立軍や警察の動向を追うことに決まった。

 むやみにうるわしの純白会を嗅ぎまわるよりも、その他の敵の動きを把握しておく必要があると踏んだようだ。

 

「バルトロメオはナポリのスペイン地区に縄張りを任されてる。 そこに行けば奴の足取りが掴めるはずだ」


 カンパニア州ナポリ――燦々と降り注ぐ太陽の日差しとナポリ湾から吹き抜ける潮騒、イタリアの永遠の劇場とも呼ばれ、ローマに負けず劣らずの活気溢れる町である。

 ナポリを見て死ね、との言葉はもはや説明する必要もないほど有名フレーズであるが、密やかにナポリを見て死ぬ、と囁かれるほど治安の悪いギャングのひしめく町でもあった。


「バルトロメオぉ? レオンお前やめとけって! これ以上奴を怒らせるな! ただでさえ、バルトロメオはお前のことを殺したがってる、下手に近づいてみろ、地獄の果てまで追っかけてくるぞ!」


「レオン、お前なあ・・・・・・またあんなことするつもりじゃないだろうなぁ? もう勘弁してくれよ! あの時のバルトロメオを止めるのにどれだけ苦労したか!」


「ねえ、レオン。 バルトロメオと何があったの?」


 スペイン地区近郊のバールで昼からワインを飲んでいる男達にバルトロメオの行き先を尋ねても、「やめておけ」の一点張りで口を割ろうとしない。

 この辺りはパッパガッロの縄張りと近しい為、小競り合いが頻繁に起きることもあり、ミケ―レからあまり下手に動かないように言いつけられている。

 なので、ここでバルトロメオのことをレオンに伝えてそれが発端で抗争が起きるのを防ぎたい、ということであった。

 ここ数年、警察の取り締まりが厳しくなりギャングの世界も財政が圧迫しているのだ、本格的な抗争となればその分金もかかる。


「あの時のことまだ根に持ってやがるのか、しつこい野郎だなァ」


「周りの人も口を揃えてやめておけって言ってるし、よっぽどのことだったんじゃないの?」


「なに、ちょっくら奴の女を味見しただけさ」


「それだよ!!」


 レオンいわく、あの女が毎週毎週熱い視線を送ってくるのでちょっと遊んでやった、とのこと。

 もう名前も覚えていないという薄情者に、シュンは大きくため息をついた。


「もうしょうがないなあ。 レオンはここで待ってて、僕が聞いてくるから」


「平気かァ? この辺りはバンビーノ1人じゃ危ないぜェ?」


「レオンこそ、女の人ナンパしてちゃだめだからね」


 絶対ここで大人しくしてて! と言いつけて、1人暗い路地裏へと入っていくシュンの後ろ姿を見て、レオンは口角をつり上げた。

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