Episodio 14 「密会」
これが、その現物のコピーだとイゴール教授はクリアファイルにしまってあった紙の束をシュンに渡した。
イゴール教授の話を聞きながら、シュンは熱心に資料に目を通していく。
「ルネサンス期に芸術品として作られたマドンナリリーだったが、その花は不思議な力を持っていたという。 あるときは不治の病を癒やし、あるときは死んだ者を蘇らし、またあるときは生き血をすすり人を死に至らしめたという」
「『マドンナリリーはその美しさから悪魔さえも魅了し取憑くと、それを憂いた天使がその上から取憑いたため、この花は悪魔と天使が共生する不可思議な花として枯れることなく咲き続けている』」
シュンが資料に書かれてあったことを読み上げると、イゴール教授は頷いた。
続きには、当時のエクソシストが悪魔を祓おうと試みたが、天使も取憑いているため下手に手が出せずそのままになってしまった、とある。
その後マドンナリリーは高値で取引され、最後はメディチ家が買い取った、とも
記述してあった。
(ルネサンス・・・・・・天使と悪魔に魅入られたマドンナリリー、メディチ家・・・・・・)
うるわしの純白会を追っている中で、何度も耳にした単語だ。
生命を自在に操り、死んだ人さえも蘇らせる花とメディチ家の莫大な財産から始まったルネサンス。
「教授、ここに書かれてある蘇った人はどうなったのですか。 今も生きているんですか?」
「いや、その資料とは別の貴族の日記にあったのだが、どうやらしばらくして死んでしまったらしい。 タイムリミット付だったのか、何か条件があったのかは分からんが・・・・・・」
うるわしの純白会はいったいマドンナリリーをどこまで把握し、マドンナリリーを使って何をしようというのか。
イゴール教授さえも未だに謎が多いと言うのに。
「ありがとうございます、教授。 とても助かりました」
「なになに遠慮することはない、ついでにこの百合にまつわる伝説の資料をプレゼントしよう。 ギリシャの聖なる雫から生まれた百合なんかが書いてあるぞ! この間旧友に頼まれた時余分に印刷してて良かった!」
「あ、ありがとうございます」
シュンは押しつけられるようにして、他にも様々な文献の資料をわけてもらっている一方、レオンはミケ―レと共にフィレンツェにあるスピラーレの息がかかったレストランテでとある組織と密会をしていた。
「まさかあなた達までマドンナリリーを狙っていたとは、夢にも思いませんでしたよ」
「ご冗談を、あれが何なのか知っていて放っておくような代物ではないということはご存じのはず」
レオンも長年スピラーレで働き続けたが、まさか南北イタリア独立軍と食事をすることになるとは夢にも思わなかった。
レオンたちは縄張りからみかじめ料政治家からの献金、脱税で財を蓄える一方、彼らの目的はイタリアを再び北と南で分けることであり、そのためにテロ活動や最近ではSNSを通じて同士を募ったり呼びかけをしていたりが主な活動だ。
そんな彼らがどうやってマドンナリリーを嗅ぎつけたのかが、謎だった。
軍を率いるのは、マルクスという60代の老人であった。
一見どこにでもいそうな出で立ちだが、その姿勢には隙がない。
「それにしても、私自ら来るように言っておいて、あなたたちは子供と若造の2人ときた、これはどう説明なさるおつもりで?」
「ボスはあまり人前に出ないのです、話なら僕から通します」
「・・・・・・本当にそうかな? ボスとは名乗れない事情でもあるのではないのかね?」
その言葉にレオンは惜しいな、と心の中でマルクスを鼻で笑った。
この男は滅多に姿を現さないスピラーレのボスは、本当はミケ―レなのではないのかという噂を引き合いにしているのである。
確かにミケ―レは自身のいう、ただのお手伝いなんていう立場ではないのは周りは重々承知している。
だが少なくとも、レオンはミケ―レの正体については周りに言いふらす気はなかった。
いちいちそんな肩書きを語らずとも、ミケ―レの能力を認めているのである。
「ふふ、僕はボスの座なんてごめんですよ。 フォローにまわる方が僕の性にあっているので」
ミケ―レはきっぱりとその疑惑を否定したので、マルクスもそれ以上探りをいれるのは利口ではないと考えたのか、それ以上追求してくる様子はない。
「さて、では何故あの場のことを知っていたのか、教えて下さいますね?」
ミケ―レが警察に捕らわれてしまった軍の仲間を早く釈放させるように働きかけるかわりに、軍が掴んでいるうるわしの純白会について情報を提供するように持ちかけた今回の密会。
双方利益があって開催されたが、味方になったというわけではない。
カーテンや壁の向こうに控えている両陣営の部下の息づかいが、今にも聞こえてきそうである。
「我々は長らく、イタリアを以前の正しき姿に戻す為に活動してきたが、私も年だ。 次のリーダーを指名したいが、軍の中でも派閥があり、動くに動けん。 こうなれば、私が生きているうちにこの活動を終わらせる必要があった。 そしてある女から、マドンナリリーのことを聞いたのだ」
「あの女とは?」
「それは言えん。 うるわしの純白会との接点があるのかとも思ったが、あの女はちっとも正体を露わさん。 ミステリアスで危険だが、どうにもあの女の魅力には勝てん」
南北イタリア軍のボスの懐に入り、マドンナリリーの存在を持ちかけ、この争奪戦にけしかけた女とは一体何者なのか。
ミケ―レとレオンは一瞬、顔を見合わせる。
どうやら、その女のことも調べねばならないようだ。
「そういうお前達はどうなんだ、何故マドンナリリーを追う」
「最初は僕たちの仲間がうるわしの純白会によって殺されたことが発端です、マドンナリリーの存在に気づいたのはその後です。 仲間を殺されたとあれば、奴らにはそれなりの報復が必要ですからね」
「ならば、どうだ、協力とはいかないか」
「僕たちはうるわしの純白会に打撃を与え、あなたたちはマドンナリリーを奪う、ということですか」
「そうだ、お前達はマドンナリリーに興味がないなら、お互い損はないはずだ」
「興味がない、とは言っていませんよ」
なにっ、とマルクスはテーブルを叩く。
優雅にワイングラスを傾けるミケ―レは、そんなことはお構いなしと言った様子で淡々と告げた。
「僕たちはギャングですよ? 仲間は大事ですが、お遊びじゃない。 奪える物があるなら奪います」
「・・・・・・ふん、まあ仕方あるまい。 あれほどの力を秘めた物が実際に存在したのだからな、バチカンも回収したがるわけだ」
どうやら相手もバチカンやFBIもマドンナリリーを喉から手が出るくらい欲しているのを把握しているらしい。
ただのテロ組織だと思っていたが、侮れないようだ。
「儀式はまだ2回は確実に行なわれます、奴らの目的は不明ですが、アジトや信者の居場所が把握できてない以上マドンナリリーが持ち出される儀式を狙っていくしかないでしょう」
「今回は見逃したが、こちらも手を抜くつもりはない。 我々はこれで帰らせてもらうよ」
「ええ、セニョールマルクス、良い夢を」
引き上げていく南北イタリア独立軍だったが、なにやら鋭い目でミケ―レたちを睨みつけていき、部屋を後にした。
どうやら向こうは舐められたように感じたのだろう。
無理もない、向こうは威厳に満ちあふれたボスが直々にお出ましになったのに対し、こちらは17才と27才の若造である。
「さて、これであの人たちはマドンナリリーをなんとしても手に入れようと躍起になるでしょう」
焦れば焦るほど、隙は出来やすい。
そう微笑むミケ―レにレオンはワインを継ぎ足してやった。
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