Episodio 13 「真実を求めて」
後日、新聞のトップを飾っていたのは死んだジャコポと南北イタリア独立軍の数名が逮捕されたという見出しだった。
儀式のことはもちろん、うるわしの純白会のことは完全に伏せられていた。
ルーカが死亡したことが世間に露呈されていないうちは、まだこの事件にうるわしの純白会が関わっていたことが公にされることはないだろう。
暴走車のことで大いに世間の注目を集めているうるわしの純白会を、これ以上市民の目に晒すわけにはいかないという警察側の判断だろう。
そしてそれをみすみす逃す手はない、というのがミケ―レだった。
「とりあえず警察の方にはうるわしの純白会が関わっていることをマスコミに流されたくなければ、現場に居合わせた2人のことは追わないようにと釘をさしておきましたので」
「す、凄いね・・・・・・」
これぐらい当然です、とミケ―レはスピラーレ内で報告されているうるわしの純白会に関する資料を次々とさばいていた。
年下とは思えないほどの冷静さと頭の回転の速さはもちろん、なんといってもその貫録にシュンは脱帽している。
「ミケ―レは学校ではどうしてるの? それだけ大人びてると、浮いちゃったりしない?」
「周りが大人だろうが子供だろうが関係ありません。 僕は僕です」
「本当にしっかりしてるね・・・・・・、あ、好きな女の子とかはいないの!?」
いくら落ち着いているミケ―レでも、その容姿だとさぞやモテるに違いない、それに思春期なのだからこれで少しは取り乱した、年齢らしい姿が拝見できるかと思ったのである。
ミケ―レは視線を書類から外し、つい好奇心が全面に出てしまったシュンを見つめる。
あまりの無表情さに、シュンはもしや聞いてはいけない事柄だったかと、後悔が脳裏をよぎる。
「スピラーレの内で、そんなこと聞かれたのは初めてです」
「えっ、そうなの!?」
「なので、特別に少しだけ話してあげます」
下手すれば、いや下手しなくてもそこいらの女性よりも遥かに美しい顔立ちで頭もよく、大人っぽい彼のお眼鏡に叶う女の子とはいったい、どんな女の子なのか。
これはありがたく拝聴しなければならない、とシュンは神妙な面持ちで体ごとミケ―レの方を向ける。
「ジュニアスクールの時に好きになった初恋の女の子が、今でも好きなんです。 以上」
「えっ、それだけ!? どんな女の子? きっかけは? もっと詳しく!」
「僕は忙しいので」
意外にもミケーレはシャイなのだろうか、と呟くとシュンの頭にカンノーロが投げつけられた。
その後、シュンはバイクに跨がり1人でローマを訪れていた。
大学を卒業してから1度も訪ねていなかった母校、国立ローマ歴史大学の教授に会うためである。
生粋のローマ人でありながら、宗教をあくまでも学術的にとらえ、神をあまり信じていなさそうな風変わりな教授であったが、今回のことを踏まえると良い協力者になってくれるのではないかと思ったのだ。
卒業生であるシュンはなんなく教授――イゴール教授に会えることが出来た。
「久しいね、まさか君が私を訪ねてくるとは」
「お久しぶりです、教授。 今回はお願いがあって来たのです」
「君からお願いだなんて、珍しい。 あいにく私はキリスト教を少しとローマの歴史を少しと、ローマで1番美味しいパニーニを作ってくれる人しか知らないんだが」
「ええ、その教授が少し知っていることを教えていただきたいんです」
「わかった、用件を聞こう。 まずは掛けたまえ、ちなみにローマで1番美味しいパニーニを作ってくれる人は私の妻だ」
向かい合わせに座るイゴール教授はいつもの難しい顔を浮かべ、コーヒーを飲みながら研究に没頭している。
本当に聞いてくれるのか不安になるが、きっとこの熱心な教授なら釣れるに違いないとシュンは確信していた。
「教授は、マドンナリリーという花をご存じありませんか」
思った通り、教授はピタリと動きを止め、研究資料から視線を外しシュンの目を真っ直ぐに射貫く。
「どこでそれを知った」
「教授もニュースでみたはずです、うるわしの純白会というカルト教団を追っています。 彼らが言うマドンナリリーとは何ですか?」
「・・・・・・来なさい、良い物を見せてあげよう」
教授に促され、シュンは研究室の奥へと案内された。
様々な文献や資料が山積みになり、ほこりが溜まっている部屋から教授は1冊の本を取り出した。
このゴミ屋敷と見まがう部屋のどこに何の本を置いているのか、この教授なら全て把握していそうなところが恐ろしい。
「百合の花というのは、昔からヨーロッパにとって親しまれてきた花だ。 イエス・キリストを身ごもった聖母マリアを象徴する花でもある。 処女性・純潔性の印なのだ。 他にも様々な伝説を持つ花でもある、例えば、罪がない人間が死んだ後に咲く花、だとかね。 まあ、人間は生まれてと同時に罪を背負うので何故そんな言い伝えが残ったのか謎だが」
教授が手にしたのは、宗教画でも最も描かれたともいえる『受胎告知』に関する本であった。
「受胎告知というのはだね、ルカによる福音書に描かれている話なのだが、これには大きな特徴が2つある。 1つ目はマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの4つの福音書のうち、受胎告知を紹介しているのはルカだけだということ。 そして、福音書の話のなかでルカの天使ガブリエルとマリアのエピソードほど、しっかりと対話形式で進行するものは滅多に例がないのだ。 不思議とは思わんかね? いや、この話は在学中にしたのだったかな?」
「僕はイタリア語とラテン語専攻だったので、旧約聖書と新約聖書ならラテン語で読みました。 でもその時は文法や単語を解読するのに必死で、あまり内容については覚えていないのです」
「それはいかんな、言葉というのはただ食べれば良いのではない。 きちんと噛みしめて、味わなければ、真に言葉を理解したとはいえないよ」
「すみません・・・・・・」
「謝罪はいらない、今必要なのは君の言うマドンナリリーに関することだ」
イゴール教授は山積みになった中から、幾つか本を取り出し書類を取りだし、押しのけて机にページを開いて並べる。
「前置きが長くなったが、いよいよ百合についてだ。 受胎告知を描くにあたって必ず必要になるものが3つある。 実のところ、4つだったり、5つだったりするが話が長くなるのでよそう。 それが天使ガブリエルと恵まれた方マリアと白百合だ」
イゴール教授はボテッチェリの受胎告知とシモーネ・アルマーニの受胎告知のページを指した。
「受胎告知において白百合はマリアの処女懐胎を表わすため、雄しべと雌しべが抜き取られている。 こうすることによって百合を更に神秘的に象徴しているのだ。 これが、マドンナリリーと呼ばれている」
「これが、マドンナリリー・・・・・・」
マドンナリリーとは、受胎告知で描かれている雄しべと雌しべが抜き取られた百合のことだったのだ。
なんとかうるわしの純白会が持っていた百合を思い出すと、確かになかったような気がしたが、いかせんその真っ赤な花弁に気をとられ中心部はあまり見ていなかったというのが本音である。
「だが実際のルカの福音書には天使ガブリエルがマリアに百合を渡したなんていう描写はない。 絵画として描く際に作られたのだろうが・・・・・・、14世紀~16世紀のルネサンスの頃に書かれたと思われるマドンナリリーに関しての資料が見つかったのだ」
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