Episodio 16 「復讐の男」

「えっと、ちゃ、Ciao. あの、バルトロメオっていう人知りませんか・・・・・・?」


「なんだテメェ、なんでバルトロメオを探してる?」


 情けない悲鳴が出そうになるのを必死にこらえ、シュンは厳つい容姿の男に話しけてみたが、見知らぬ外部の人間がこの辺りでも悪名高いバルトロメオを探しているとなるとやはり怪しく見えるらしい。


「えと、彼は他の組織とも繋がりがあるみたいで、それを確かめたいんだ」


「お前、どこの組織だ、見たことない顔だな。 それに、お前が言ってることは本当かどうか証明できるのか?」


 そういえば1人でギャングと話すの初めてだ、と思ったがもう遅い。

 マッテオと話した時もフェデリコの時も(彼は闇医者だが)、傍にレオンがいたから2人もシュンにそれほど警戒せずに話してくれたのだ。

 結局のところシュンはまだギャングになって1ヶ月も立っていない、赤ちゃんバンビーノだったのだ。


「スピラーレだよ、さ、最近入った新入りだから・・・・・・フィレンツェから使いっ走りさせられてさ・・・・・・は、ハハハ」


 男はシュンに鼻先が触れそうなほど、顔を近づけてジロジロと毛穴を観察しているのかと尋ねたくなるくらい、頭の先から爪の先までくまなく観察すると納得したのか、「バルトロメオの居場所か」と聞いてきた。

 どうやら、話を聞いてくれるらしい。


「バルトロメオの奴、数日前から機嫌が悪い。 レオンとのことがあってから、スピラーレの縄張りで暴れたりなんかはしょっちゅうだったが、また悪化してたな。 昨日はトレド通りのバールで酔って暴れてたらしい。 今日もこの辺りにいるはずだ、気をつけろよ」


「あ、ありがとう。 Grzie. でも、どうして急に・・・・・・」


「お前からブルガリのマンインブラックの香りがした。 ミケ―レの匂いだな、スピラーレであの香水を使うのはあいつだけだ」


 どうやら観察されていたのではなく、匂いをかがれていたらしい。

 そちらの方が抵抗感があったが。

 まさかこのような形でミケ―レに助けてもらうことになるとは、不思議なものである。

 いつの間に香りが移っていたのかは謎である。


「確か昨日は娼婦のダニエラが相手をしてくれてたな、あいつは最近バルトロメオのお気に入りで、この時間帯だと表の通りで客引きをしてるはず、待ち伏せすればバルトロメオが来るかもしれねえ」


 こうしてバルトロメオの行き先を掴んだシュンは急いでレオンの待っている場所に戻ったのか、いくら探しても姿が見当たらない。


(まさかナンパしてるんじゃないよね!?)


 シュンは表の通りを覗いてみると、予想通りなにやら女の人に声を掛けているレオンの姿があった。

 あれだけじっと待っているように言ったのに! と、心のどこかでまあ、そうなると思っていた節もあったが、シュンは眉間に皺を寄せながら近づくが、気づいていないフリをしているレオンにますます怒りが募った。


「レオン! あれだけじっとしててって言ったのに! ナンパなんてしてる場合じゃないよ」


「おいおい・・・・・・、シュン、こんな美人の前でそんな怒った顔すんじゃねえ。 怖がっちまうだろうが」


「・・・・・・じゃあ怒らずに言うよ。 こんなことしてる場合じゃない。 バルトロメオはこの辺りにいる娼婦のダニエラって人がお気に入りで待ち伏せすれば来る可能性があるんだ、急いでダニエラって人を探さないと」


「あら、アタシをお探し?」


 レオンがナンパしていた相手の女は、レオンの首に腕を回し赤い紅で色づけられたセクシーなぷっくりとした唇を震わせた。

 黒髪を高く結い上げ、小麦肌を存分に露出させた女は魅惑的に微笑む。


「へえ、あんたダニエラっていうのか。 いい名前じゃねぇか」


「フフ・・・・・・そういうあなたはレオンっていうのね。 この体つきの通り、たくましいのね・・・・・・」


 女は首に回していた手をするすると鎖骨、胸板、腹筋・・・・・・と下へ下へとなぞっていく。

 全く真っ昼間からアダルティなシーンを他人の目の前で繰り広げるな、といってもイタリア人である彼ら(現地の感覚だとナポリ人とフィレンツェ人だが)に言っても聞かないだろうと匙を投げ捨てる。

 レオンのことだから後は上手くやって、情報を聞き出してくれるに違いない・・・・・・と思いつつ、物陰から見守ることにしようと思ったシュンであったがその後2人がホテルへ消えてしまい、町中でレオンの名前を叫んでしまったのは、致し方ないことであった。




 その頃、パッパガッロのナンバー2たるバルトロメオは真っ昼間から浴びるようにワインを飲んでいた。

 もはや安物のワインだろうが、この際どうでもよかった。

 バールの客は見るからに虫の居所が悪いバルトロメオに近づこうとせず、遠巻きにされているのが更にバルトロメオの神経を逆なでる。


(これも全部あの野郎のせいだ!)


 スピラーレのレオン。

 裏社会で生きてる人間でこの名前を知らない奴はいない。

 喧嘩は強い、銃の扱いも一級品、口は悪いが気の良い奴と周りに慕われ、まけに顔がいいもんで、女にも困らない。

 そんなレオンに調子になるな、といっぺん痛い目を見せてやろうと当時レオンを組んでいたポアロとかいう男を餌に喧嘩をふっかけたのがバルトロメオとレオンの確執の始まりだった。

 レオンはマッテオという男の2人でやってきてバルトロメオとその仲間3人を打ちのめしてしまったのだ。

 スピラーレとパッパガッロの抗争に発展しかけたものの、スピラーレのボスの代理としてミケ―レという少年が現れて話をまとめてしまい、抗争には至らなかった。

 その後バルトロメオはどれだけレオンに一泡吹かせようとしても、ことごとく失敗して上にこちらが一泡吹かせられてきてしまった。


(この間はあのジャコポとかいう使えない野郎と組んだのが悪かったんだ、奴とはレオンをぶち殺したい点では同じだったがその他は馬が合わなかったしな・・・・・・)


 その時、バルトロメオの携帯が震えた。

 名前をみると、最近気に入いっている女からの電話であった。


「ダニエラ? どうしたこんな昼間から・・・・・・もしかして、オレに会いたくなったのか?」


 可愛い奴め、とワイングラスをゆらしながら電話にでる。


「あっ・・・・・・バルト、ロメオ? んんっ、アタシ、あなたに言わなくちゃいけないことがあるの」


 電話越しの女の息が切れている。

 妙だな、と思いながらバルトロメオは「なんだ?」と返事をした。


「アタシ・・・・・・ああっ、うう。 くっ・・・・・・」


「ダニエラ? おい、どうしたダニエラ!?」


「もう、だめっ・・・・・・! 許して! 言う! 言うから! あなたの方がずっと素敵だからっ、あなたの方がずっと気持ちいいわ! もうあなた以外とは考えられないのぉ!」


「ダニエラッ!? おい、ダニエラ!」


「悪いな、どうやらお前のテクじゃ物足りなかったらしい。 心配するな、その分俺がきっちりダニエラを満足させてやるから」


 その直後、電話越しに聞こえてくる夢中になって快楽を貪る女の嬌声にバルトロメオはわなわなと携帯を持つ電話を震わせ、ついには力一杯床に投げ捨てた。

 何度も何度も携帯を踏みつけ、バルトロメオは吠えた。

 

「許さねえ、絶対に許さねえ!」


 絶対にレオン、お前を殺してやる、という呪詛を吐きながらバルトロメオは憎悪に満ちた目を見開いた。

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