Episodio 08 「再会」

 その後レオンは何も語らず、今日はオフにしようと一言だけ言ったきりシュンを車から降ろしてそのままどこか走りさってしまった。

 突然舞い降りた休日だったものの、シュンは喜べずにいる。

 心中は明日からどうなるのだろうという不安でいっぱいだったのである。

 やはり何があったのか尋ねるべきだっただろうか、と悩み、過ぎてしまったことに頭を悩ませてしまう悪い癖に自分でも嫌気が差してしまった。


(だめだ、じっとしてたら悪い方向にばかり考えてしまう。 どこか、どこか行こう・・・・・・)


 シュンは今から行ける場所として、Sサンタ.Mマリア.Nノヴェッラ駅から電車でゆられて水の都ヴェネツィアを訪れた。

 フィレンツェ同様観光客で溢れかえるサンタ・ルチア駅のホームを(通勤時間の東京の駅よりかは幾分もマシである)を抜け、シュンは観光客たちに混じりゴンドラに乗船した。

 陽気なゴンドラ漕ぎゴンドリエーレの歌を聴きながら、ヴェネツィアの町並みを通り過ぎていく。


「Ciao.」


 久方ぶりに耳にした声に、シュンは驚いて振り返るとあのポアロと共に写真に写っていた褐色肌の女――シェリーがいたのである。

 シェリーはシュンの隣に座るが、シュンはあまりの出来事に涼しい顔をしている彼女に対して激しく詰め寄った。


「どうしてキミがここに!?」


「それは私の台詞よ、どうしてあなたがヴェネツィアにいるの? ローマにいるんじゃないの?」


「今は仕事でフィレンツェにいるんだ」


「何の仕事?」


 シュンは何も言えなかった。

 ギャングだといえば、彼女にどう思われるか・・・・・・。

 しかし、その心配はなかった。


「言えないようなことをしているのね」


 と、見透かされていたからである。

 これにはシュンも笑うしかなかった。


「キミはなんでもお見通しだね・・・・・・」


「あなたが分かりやすいのよ」


「ねえ、シェリー。 キミは・・・・・・こっち側じゃないよね?」


 今度はシェリーが黙る番であった。

 シュンは懐からポアロの家で見つけたツーショット写真を取りだし、シェリーにそれを見せると明らかにシェリーの様子が変化した。


「まさか、ポアロの仲間だったの」


「僕は会ったことないけどね」


「そう・・・・・・」


「キミが殺したの」


 そう問いかけつつ、シュンはシェリーの手に自分の手を重ねる。

 決して逃げるのを防ぐ為ではないのを感じ取ったシェリーは特に、払いのける様子もなく自分より幾分も温かい手になすがままである。


「私のこと、恨んでる?」


「いいや、恨んでないよ。 ・・・・・・助けてくれようとしたんだろう?」


 あの時、必死になってシェリーは裏切り者と呼ばれることになろうとも、男達を説得してくれていたのだ。

 シュンを、見逃して欲しいと。


「でも結果的には、あなたを騙してたし、この道に引きずりこむことになったんだもの。 恨まれても仕方ないわ」


 ポアロの殺害について、シェリーは答えなかった。

 それは是という意味の沈黙だったのか、否という意味での恨んでいるか否かの話だったのか。

 2人が腹を割って話すには、隔たれた壁は巨大過ぎるのであった。


「懐かしいわね、初めてのデートもヴェネツィアでゴンドラに乗ってた」


「もう2年前以上の話になるじゃないか」


 日本での大学受験に失敗し、秋に入学になる海外への大学入試に決めて父がいたイタリアを選んだのは正解だったのだろうか。

 シュンの母親は結婚詐欺師であった。

 その頃バブル期の絶頂にあった日本を訪れ、詐欺を繰り返しそしてシュンの父である皇城直之すめらぎなおゆきに出会うのだ。

 しかし、この皇城直之は母の予想を上回るプライドの高い男で、詐欺に気づいた直之は激怒し、あろうことかイタリアで結婚し母を逃げられないようにしたのである。

 当時イタリアでは離婚は禁止されており、現在では離婚が認められたものの日本のように紙切れ一枚提出すれば終わるようなものではなく、いくつもの面倒な手順を踏まなければ離婚出来ないようになっているのである。

 だから、戸籍上母は未だに父と婚姻関係にある。


 そうして生まれたシュンであったが、父は昔の日本人男性を絵に描いたような堅物であったため子供の面倒など見るかけらもなかった。

 育児放棄されたシュンはイタリア警察にしばらく保護後、直之の親戚に預けられ日本に行くことになった。

 しかし、そこでもシュンはとても平穏とはいえない生活を余技なくされる。

 日本のような1つの民族が大部分を占め、皆は同じであることを強いる国にとって、シュンはいつまでも『外国人』であった。

 クラスに上手く馴染めず、いじめられることもしばしばあった。

 しかし、そんなシュンを可愛がってくれたのが直之の姉の美智子である。

 結婚をしていなかった美智子にとってシュンは我が子同然で、シュンも美智子を母親のように慕っていた。

 だから、学校で上手く馴染めずいじめられていても美智子には何も言わなかった。

 心配を掛けまいと、ひたすら勉強に勉強を重ね都内でも有数の進学校に進み、その頃になるとハーフであるシュンはその容姿で女子から人気を集めることになり、男子ともなんとかやり取りが出来るようになっていた。

 ようやくの生活が出来るようになったと思っていた。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 シュンは大学受験に失敗してしまったのである。

 自信のあった英語を、イタリア語で書いてしまったのは連日の受験勉強による寝不足のせいだったのか、極度のプレシャーにより頭がおかしくなったのか、母親の呪いだったのか。

 シュンは逃げるようにして、イタリアの大学に進んだ。

 そうして、シュンはシェリーと出会ったのである。


「本当に、一緒にはいられないの?」


 シュンの問いかけに、シェリーは優しく微笑んで、わがままを言う子供を宥めるように額にキスをした。


「うるわしの純白会はここ1年で信者を急激に増やしたわ。 次の儀式は『朝』、ラヴェンナよ」


「ラヴェンナ?」


「彼らはこの儀式をルネサンスと呼んでいるわ。 マドンナリリーを使ってもう1度ローマ帝国のような強い力を取り戻す為の『再生・復活』の儀式・・・・・・」


 今度はミケランジェロだけでなく、レオナルド・ダヴィンチやマキャベリまでの悲痛な叫びが聞こえてくるようである。

 この調子だとそろそろルターの嘆きが聞こえてくるのも時間の問題かもしれない、とシュンは偉大な芸術作品を貶めるうるわしの純白会の怖い物知らずがから恐ろしいと思うのだった。


「気をつけて、シュン。 きっとこれから先、儀式は荒れるわ・・・・・・」


 いつの間にかゴンドラは終点へと到着していた。

 観光客達が次々にゴンドラを降りていき、座っているのはシュンたちのみである。

 シェリーはそれだけ言い残し、シュンの手から離れて行ってしまった。

 追いかけたとしても、彼女はあっという間に姿を眩ますことは分かりきっている為、シュンは黙ってシェリーを見送ることにした。


(やっぱり、シェリーもこの事件に関係している・・・・・・追えば、また会えるかもしれない)


「お客さーん、もう降りてくれますかねー?」


  ゴンドラ漕ぎに促され、シュンは慌ててゴンドラを降りるのであった。

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