Episodio 03 「謎の少年」

「とりあえず、今のところの情報を整理するか」


 レオンは手がかりになりそうなものをテーブルの上に並べ、シュンが店の責任者から聞いた話と自分の持っている情報を提示しポアロが死亡するまでの足取りを考察する。


「えっと、まず僕からだね。 僕がお店の人から聞いたのだと、4日前は普通に出勤してたみたい。 どんな様子かは分からなかったけど、3日前から無断出勤してるって怒ってて、お店の人は無断出勤については心当たりなさそうな感じでした。 もし、そう、例えば~、怒られてへこんでたりしたらあの人、『あのくらいでへこたれやがって!』とか言いそうな雰囲気だったから」


「つまり、ポアロの死亡推定時刻は4日前の仕事帰りから3日前にかけてってことか。 殺害現場がポアロの家じゃなく、どこか別の場所に誘拐されてっていう可能性もあるが拷問の跡はねえな」


「たぶん、誘拐はないと思う。 近所のおばさんたちが最近ポアロの姿を見てないって言ってたから。 4日前は出勤してるからお店の人はポアロの姿を見てるから、最近はたぶんここ3日のことだよね。 ちょっと記憶に自信がなさそうだったけど・・・・・・」


「俺が聞いた話とこの手帳に書かれてあることを照らし合わせると、ポアロは一週間前の夜、うるわしの純白会と会ってるな。 そこでマッツィーニ通りに来るように言われた」


「マッツィーニ通り? フィレンツェじゃあないよね」


「シエナだ。 同じトスカーナ州でここから南にある町だ。 俺の記憶だとあそこには別にこれといったモンはなかったが、一度行ってみる必要はあるかもしれねえ」


 とりあえず、次だ。 と、レオンは金色のボタンを手にした。


「このボタンがどうかしたの?」


「よく見てみろ、この紋章・・・・・・白薔薇と白百合。 これがうるわしの純白会のシンボルマークだ」


 ヨーロッパでは昔から薔薇十字団や黄金の夜明け団などの団体がいくつも存在し、後世に影響を与え続けていた。

 元は友愛会だったのにも関わらず、何故か怪しげな魔術を研究する団体に変化していたりという不思議な経路を辿りつつ、人々から畏怖の眼差しを受けつつもこうして人々を魅了し続けているのである。

 そしてそんな団体や教義に影響を受け、最近巷を騒がせているのがこの白薔薇と白百合のシンボルを掲げた「うるわしの純白会」であった。


「それをどうするの?」


「お前がもっとけ」


「ええ!」


「何かに使えるかもしれねえだろ」


 レオン自身は手がかりになると言っていた手帳を自分の懐に忍ばせた。

 そんなカルト教団のボタンなんて恐ろしくてあまり触りたくもないが、シュンは渋々ポケットにしまっておくことにした。


「とりあえず俺たちに出来るのはこれぐらいか、長居するのは危険だ、さっさとずらかるぞ」


 レオンはシュンと共にポアロの遺体はそのままに、人目をかいくぐりながらポアロのアパートを後にするのだった。







「caio! お姉さん、ありがと。 お姉さんが来てくれると、心が安ぐよ。 いつでも来てね、僕の女神様」


「ふふっ、またね、ミケ―レ」


 フィレンツェ中心部スカラ通りを少し入った所にある隠れ家から、S.サンタ・M.マリア・Nノヴェッラ駅に向かう道中にウルラートというバールがある。

 そこでバイトをしているミケ―レは17才という若さでありながら、店に訪れる女性客はもちろん近所のおばさまたち、はたまた特殊な嗜好持ちの男からと絶大な人気を誇る看板娘ならぬ、看板少年であった。

 彼はもちろん自分の顔立ちのよさを自覚し、それを存分に利用して世渡り上手であったが、1人だけ油断ならないライバルがいた。


「いやーん! レオンじゃないっ、こんなところで会えるなんて!」


「アンジェリーナか、Ciao」


 先程までミケ―レに頬を染めていた女はコロッとひっくり返ったようにレオンと呼んだ男に駆け寄り、腕まで組んでいる。

 相変わらずだなあ、と逆に関心してしまう。

 ここからだと耳をすませば会話は聞こえるが、それよりも仕事に集中しなければ、と冷静さを取り戻し会計に並んでいる客をさばいていく。


「よお、ミケ―レ。 いつもの奴頼む」


「わかってますよ、上で待ってて下さい。 後もう少しで休憩ですから」


 ミケ―レがこの店でアルバイトをしているのは別に家から近いからだとか、時給がいいから――というのももちろんあるが、このバールにはもう1つの顔がありそれにミケ―レ自身も荷担しているからである。


「さて、それでは話を進めたいのですが、そちらのアジア人はどちらでしょう? ポルチェラーラ?」


「あ、いえ。にほ・・・・・・ジャッポーネです。 シュンっていいます」


 テーブルを挟んだ2人掛けのソファにレオンは長い足を組み背もたれに寄りかかっているのに対し、シュンはお行儀良く背筋を伸ばし足を閉じて座っている。

 ミケ―レは彼を足先から髪の毛の先まで遠慮なしに値踏みするように観察すると、何故この世界に足を踏み入れたのか不思議になるほどド素人であることにすぐに気がついた。

 何故レオンがこんな間抜けなアジア人と一緒なのかは分からないのがまた気に入らないが。


「僕はミケ―レ。 スクールに通いながらここでバイトして、組織のをしています」


「ウルラートは組織が抱きかかえてるバールだ、普段は隠れ家で各々の仕事をするが事が大きくなったり、上に報告する時や組織内で密会があるときはここに来る」


 シュンははあ、と感嘆の息をはいた。

 こんな少年までギャングとは、人は見た目では分からないものだなあと実感したのである。

 レオンが男らしい色男だとしたら、ミケ―レは天使のような中性的な美人であった。

 どちらかというと細身であるし、まだまだ幼さの残る可愛げな顔立ちだが将来は美人になるであろうと誰しもが思うような有望さである。

 レオンと似た金髪は少し癖があるものの、それもまた余計に彼の美貌を際立たせているようだった。


「僕はヴェネツィア生まれなんです、母の生まれ故郷で育ちました。 イタリアはラテン系ですが、北部の方だとスイスやオーストリアのゲルマンの血を引く人も多いですから金髪もさほど珍しくないんですよ」


「すみません、失礼ですよね! 綺麗な金髪だなと思ってつい・・・・・・」


「いえ、お構いなく。 見られるのには慣れていますから」


 ミケ―レは本当に気に止める様子もなく、優雅にコーヒーを飲んでいる。

 シュンも同じくコーヒーを飲もうとして、あまりの苦さにむせってしまった。


「さて、それでは本題ですが。 ポアロの死因が判明しました、青酸カリです。 どうやら食事に含まれていたようですね、ポアロの家のゴミ箱に捨てられていた食事から反応も出ました」


「もうそこまで分かったのか、仕事が早いな」


「警察の手なんて借りるまでもありません。 既に遺体も処理済みです」


 どんな手口を使ったのか、シュンは恐ろしくて聞けずじまいであった。

 こんな綺麗な男の子が平気そうな表情で淡々と話してるのが恐ろしいというのいうのもあるのだが。


「幹部たちはうるわしの純白会に手をこまねいていますよ。 あそこは1年前の事件から警察にマークされていますからね」


「・・・・・・待てよ、その1年前の事件ってのはメディチ家礼拝堂じゃなかったか?」


 ここで出たメディチ家礼拝堂というワードにシュンはあっ、と声を上げる。

 そう、シュンがイタリアに来て少し経った時にテレビで取り上げられていた事件である。

 メディチ家礼拝堂の地下倉庫にて、3名の死体が発見されたというニュース。

 その3名が、うるわしの純白会と紹介されていたのだ。

 3名とも真っ白なローブを身につけ、体中をを撃ち抜かれていたという。

 何故そんなところにうるわしの純白会がいたのか、組織ぐるみでの不法侵入およに窃盗未遂ではないのかとコメンテーターが話していたのを覚えている。

 結局犯人は発見出来ず、うるわしの純白会も証拠がないとして起訴には至らなかったという顛末だったはずだ。


「もしかして、その事件と今回の事件は繋がりがあるということですか?」


「分からねえ、でも確かにポアロの手帳にメディチ家礼拝堂が書かれてた。 そっちにも行ってみる必要があるな」


「ねえ、レオン。 ポアロを殺した人を捕まえる気なの?」


「たりめぇだろ。 さらし首だ」


 一体どんなむごい目に遭わされるのだろうかと犯人には少しばかり気の毒な気もするが、相手も人を手に掛けることに躊躇しないような輩なのだ。

 自分も気を引き締めなければ、どんな目に遭わされるか想像もしたくない。

 なるべく穏便に事を済ませたいが、いつになったらあの子を見つけてこの組織から抜け出せるのかシュンは憂鬱な気持ちになってしまう。


「では僕の方でもうるわしの純白会については調べておきます。 ポアロが殺された今、連中も警戒しているでしょうからどこまで出来るかは断言できませんが」


「俺たちはメディチ家礼拝堂に向かう。 ボスに面倒な仕事も任されたしな」


「へえ? あの人は今どこに?」


「俺が知るか、おい、行くぞ」


 唐突に席を立つレオンに、慌ててシュンも立ち上がった。

 さすがにそのままミケ―レに背を向けるのは失礼かなと思い、「コーヒーごちそうさまでした」と頭を下げてから、とっとと先に行ってしまったレオンを追いかける。


「ま、僕としてはどうでもいいんですが」


 ミケ―レはコーヒーを飲み干すと、自分の書斎に戻り受話器を手に取った。


 

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