Episodio 12 「マドンナリリーの力」

「おいおい、テロ組織までしゃしゃり出てくるとは」


「テロ組織!?」


 南北イタリア独立軍――1861年3月17日南北で別れていたイタリアが統一したことを機に創設された反政府軍、テロ組織であった。

 目的はその名の通り、統一前の北と南で別れていた頃のイタリアを取り戻すことで、世間で南北の格差がテレビや新聞で報道される度に彼らは力をつけてきていた。


「マドンナリリーを渡せ」


「これは野蛮なお前達の手に負える物ではない」


「はっ、笑わせるぜ。 テロ組織、ギャング、カルト集団ときて野蛮とはなァ」


 南北イタリア独立軍はギャングと聞いて、反射的にレオンに視線を移動させる。

 まさかこの男がギャングとは露ほどにも思わなかったのだろう、それから何か言いたげに口をまごまごさせていたが、結局優先事項であるマドンナリリーに視線を戻した。

 背後にはテロ組織、足下には敵対するギャングの一員、正面にはカルト集団と、お互い敵同士の状況にシュンは神経を張り詰める。

 どうやらまだ絶体絶命のピンチを乗り切ってはいないらしい。

 こっそりレオンの様子を覗いてみると、全身が張り詰めて強ばっているシュンに対してレオンはその余裕はどこから来るのかと問い詰めたくなるほど、大胆不敵な笑みを浮かべている。

 三者共お互いの身振り1つ見逃すまいと出方を窺う時間が、異様に長く感じられた。


「1つ良いことを教えてやろう。 無知で穢れているお前達の為に」


 この状況の中で圧倒的に不利なはずのうるわしの純白会のリーダーが、1歩また1歩と距離を詰めてくる。


「今のお前達はどうやってもこの秘宝を手に入れることは出来ない、実に無駄な行為だ」


「ほう、我々は随分と甘く見られているものだな」


 独立軍のリーダー格の男は素早い身のこなしで、うるわしの純白会との間合いを詰め銃口を向けた。

 距離は1メートルにも満たない。


「今すぐに貴様の脳天をぶち抜いてもいいんだぜ」


「我らは死など怖くはない。 儀式が全て終えた時、我々は限りなき生命を手に入れるのだからな」


 すると仲間の信者がジャコポの体からマドンナリリーを抜き取り、再びガラスの籠にしまい、そのままこちらに向かってきている。


「無駄だというのが分からなければ・・・・・・、実際に奪ってみるとよい」


 なんとマドンナリリーを手にした信者は、独立軍のリーダーの前で蓋を外し花を差し出したのである。

 何か裏があるに違いない――だが、目の前に差し出されたこれは確かに不可思議な力が宿っているのはこの目で確かめた。

 どうするべきか、男の目は迷いに揺れ、そして恐る恐るその手は花へと伸びていく。


「だめだ・・・・・・触っちゃいけない! 手をはなして!」


 嫌な予感がする、とシュンはそう叫んで手を伸ばす男に忠告したが、男は聞く耳を持たず、そっと花に触れてしまった。


「穢れに満ちた体で触れようなどと・・・・・・罰当たりな人間め」


「どういうことだ・・・・・・! マドンナリリーは不老不死の力を持つんじゃなかったのか!」


 控えていた独立軍から叫び声が上がる。

 少なくともシュンも今までそう考えていたが、先程花がジャコポの血を吸い上げて花弁を真っ赤に染めていたこと、そしてうるわしの純白会が言っていた「この儀式を終えれば限りなき生命を手に入れる」という言葉、倒れた息の根が止まってしまった独立軍の男。

 そこから導き出される答えとして――


「マドンナリリーはまだ完璧じゃないんだ、儀式を全て終えないと永遠の命は手に入らない」


「フフフ、まあ半分正解半分不正解といったところでしょうか」


「半分正解・・・・・・?」


 マドンナリリーには、まだ隠された何かがあるというのか。

 信者はマドンナリリーを再びしまいこみ、そのローブの下に隠してしまった。


「まさか、このまま無事に帰れると思ってんのかァ? マドンナリリーについて知ってること全部ゲロってもらうまで、ここは通さないぜ」


 見てみると、レオンは懐に手を差し込んでいる。

 拳銃をいつでも取り出せるように構えているのだ。

 そして背後でも独立軍の男達が銃の焦点を定めている気配もする。


「全員手を上げて後ろを向きなさい!」


 イタリア警察がそのかけ声と共に、何十人という体制で周りを包囲した。


「クソッ、流石にやばいな。 逃げるぞ!」


 事態の悪化にいち早く察知したレオンは身を翻すと同時に発砲し、警官数人がその場に崩れ落ちた所に迷わず走り抜ける。

 国の指定遺産である教会で発砲することを躊躇う警察を尻目にその間も撃ち続け、退路を確保するレオンにシュンも必死にその後に食らいつくが、南北イタリア独立軍・うるわしの純白会・警察と入り乱れその場は乱闘騒ぎとなっていた。


(やばいっ、レオンはもう脱出してる! 早く、この場を切り抜けないとっ)


 しかし、銃がだめなら素手だと警察はシュンに目掛けて拳を振り上げ掴みかかってくる。

 喧嘩なんぞこの方したこともないので、いちいち張り合っていたら勝ち目がないとシュンは殴られ、蹴られながら必死に逃げる。


「馬鹿野郎! 早くしろッ」


「ごめん!」


 見かねたレオンがシュンの腕を引っ張り、近づいてくる警官を銃で撃退しつつ2人は車に乗り込みその場を後にした。

 あの場にはまだ南北イタリア独立軍とうるわしの純白会がいたので、こっちに手を回す余裕はないはず、とレオンの言った通り追っ手が来る気配はなく、フィレンツェに戻る道の半ばで休憩を挟むことになった。


「レオン、あの、足手まといになってごめん」


 とても、レオンの顔を見ることができず、シュンは俯いた。


「何故足手まといになったか分かるか」


「それは・・・・・・、僕が逃げるのが遅くて・・・・・・レオンみたいに、器用じゃないから」


「何故撃たなかった」


 何も言い返せない。

 シュンはズボンのホルスターになっているポケットに手をあてる。

 この世界に足を踏み入れた時にもらった品物を、シュンはこれまで1度も使ったことがないどころか、使おうとしたこともなかった。

 その発想が、なかった。


「甘ったれるなよ」


 もっとお小言を言われるのかと思いきや、レオンはそれ以上何も言わなかった。

 ホッとするやら、そうなる自分が情けないやらでシュンは垂れた頭を上げることができない。

 もう見捨てられたかもしれない、いや、捨ててもらった方がよいのではないか、心の隅から吹き出した疑問はそのまま口から零れていた。

 するとレオンは一言だけ、ぽつりと言った。


「家族は、守るモンだ」


 思いがけない言葉に顔をあげると、レオンは煙草を吸い窓の向こうに煙を吐いていたため表情は分からなかったが、スピラーレの一員だと認めてくれているようで、シュンは無性に嬉しくなった。


「ありがとう、レオン。 今度は、僕がレオンを守れるように頑張るよ」


「・・・・・あの日本人は見つかったのか?」


 予想外の話の切り口に、シュンはどうして今そんな話をするのか戸惑ったが特に隠すこともないのでそのまま正直に(実の父母の話は伏せて)話した。


「いいや、まだ見つかってないよ。 空いた時間で今も聞き回ってるんだけどね」


 本当にお人好しの、とっても優しい子だから、何か事件に巻き込まれてしまったのかも、と呟いていた親戚を思い出す。

 シュンがイタリアに来た後、追いかけるようにしてやってきた従兄弟をシュンはずっと捜していた。

 この世界に足を踏み入れたことで、何か情報が得られるのではないかと思ったが、未だ行方は掴めず、シュンは日本で彼女の帰りを待っている両親に申し訳ない気持で一杯だった。


「その子の名前は?」


「ユウリだよ、ユウリ・スメラギ」


 もしや、顔の広いレオンなら何か知っているのではないかと思ったがレオンは「俺は探偵じゃねえぞ」とシュンは睨みつけられてしまった。



 


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