Episodio 10 「ジャコポからの報告」
ルチェ・ソラーレでマッテオと別れた後、ウエイトレスの女の話を頼りに2人はラヴェンナの中心街へと来ていた。
問題は儀式の日取りと場所である。
「まずは夜まで待ち伏せて、奴らの跡をつけたい所だが・・・・・・」
「そこまでの時間の猶予があるかどうかが分からないよね」
『曙』『黄昏』『昼』『夜』とだけ聞けば、単に時間を表しているようにも受け取れるがそう易々と判断しても良いのか決定的な証拠に欠けていた。
しかし、『曙』の儀式は既に行なわれている。
そしてレオンはその儀式を知っているようだった。
シュンは勇気を振り絞り、
「ねえ、『曙』はどんな儀式だったの。 それが分かれば、今回の儀式に通じる何かが分かる・・・・・・か、も」
語尾がやや消えかかってしまったが、シュンがそう尋ねるがレオンは返事をしない。
やはり、この事は禁句であったか、と落ち込みかけた時、レオンは静かに答えた。
「俺が見た時は儀式だなんて、そんな大それたもんじゃなかった。 だが、そうだな・・・・・・明け方だった。 女が、殺されていた」
冷静を装っている声だった。
淡々と告げていたが、その瞳は悲しげに揺れている。
明け方――曙。
女――女性像。
「うん、分かった。 あの新聖具室そのままだ。 ロレンツォ像の下にいる女性像『曙』になぞらえてる。 つまり、次は昼・・・・・・ジュリアーノの像の下にいた男性像だから」
「真っ昼間に男が殺されるっうわけか」
「凄く大まかにだけどね」
明確な指針ではないが、導いた答えは恐らく間違いないだろう。
シェリーが言った次の儀式が『昼』で間違いなければ、という前提だが。
「だが良く覚えてたな、ロレンツォ像とジュリアーノ像」
「暗記は得意だから・・・・・・」
大学受験の時に死にものぐるいで覚えた英単語たちが懐かしい。
こうしてイタリア語を話していると、たまに英語と同じ発音があったりするとあ! と思うこともしばしばあるくらいである。
するとレオンは物陰に身を潜め、シュンにも隠れるように促した。
「ジャコポの奴がなんでここに?」
気になったシュンはレオンの後ろからそっと覗いてみると、ガリバルディ広場にジャコポが誰かと話し込んでいた。
フィレンツェでうるわしの純白会について調べているはずのジャコポが何故ここにいるのか、としばらく様子を窺うことにした。
しかし距離があるせいで、会話の内容は全く聞き取れないことに苛立ったのか、レオンはとんでもないことをシュンに押しつけてきた。
「シュン、ちょっとジャコポの所に行ってこい」
「えっ!! なんで!?」
「奴は俺を警戒してやがる。 お前は舐められてるみたいだから、奴も隙をみせるはずだ」
「わ、分かった! いってみる」
こんな役立ち方は少々腑に落ちないが、やっと転がり込んできた見せ場にシュンは物陰から出てフェデリコの元へと向かっていった。
自然に、自然に声をかけようと何度も何度も心の中で唱え、イメージトレーニングをしていると向こうが気づく前になんとか辿り着いた。
「ちゃ、ちゃお。 ジャコポさん・・・・・・ですよね?」
「・・・・・・なんだ、レオンの使いっ走りか」
少々イタリア語の発音が怪しくなったが、ジャコポとの接触に成功し、まずは第一段階クリア、と内心唱える。
「たまたま通りかかって、挨拶した方がいいかなって。 先輩ですし」
「フン、俺に取り繕うたってそうはいかねえぞ。 なんだ、レオンの差し金か? どうしてお前がここにいる?」
鋭い眼光と一切シュンを寄せ付けない雰囲気に、冷や汗が吹き出そうになるがどうにか警戒心をほどかねば、とシュンは笑顔をつくり「レオンはトイレですよ」と適当なことを言ってみた。
「手持ち無沙汰で散歩してたら、偶然見つけて・・・・・・、あの、話している人も仲間でしょうか?」
「お前には関係ねえ」
「いえいえ、偶然なんてありません。 この出会いは必然、運命、これも神が導いた縁でしょう。 私の名前はアドルフォ。 どうぞよろしく」
話し込んでいた相手は、50代くらいの初老できっちりと着込んだスーツ姿が印象的な紳士であった。
握手を求められ、シュンも手を差出し自己紹介をする。
「シュンです、初めまして」
「シュン・・・・・・良い名前です。 あなたもジャコポさんのお仲間さんでしたか。 随分とお若いようだ」
「今年で22になります」
「22! 青春ですね、実によい。 よいですな!」
「アドルフォさんは、えっと、ジャコポさんのご友人ですか?」
「友人でもあり、先生でもある・・・・・・といったところでしょうか」
アドルフォは懐からとある1枚の紙を取り出し、シュンに手渡した。
受け取り、丁寧に折り畳まれた紙を開いてみるとそこには、一般社団法人 聖母マリアについて考える会 と題された案内用紙であった。
「よく宗教法人ではないかと聞かれるんですが、教えを広めるということは目的としておらず、あくまで歴史上・学術的に考えることを目的にしていますので、社団法人なんですよ」
「アドルフォさんが理事をされてるんですね、それで・・・・・・」
友人でもあり、先生でもあるというのはこの団体での立場を表しているのであろう。
ジャコポのような人物が聖母マリアについて考える会に加入してるのが意外であったが、本人も否定したり隠したい様子でもなさそうである。
「よかったら今度集会があるので、シュンも是非来てみて下さい。 場所や時間などはそこの紙に書いていますから」
「ありがとうございます、是非」
「では私は用事があるので、失礼。 ジャコポ君、後はよろしく頼むよ」
アドルフォはそう言うと、この場を後にした。
残されたシュンはさて、ジャコポとどう話をするべきかと悩んでいるとジャコポから声を掛けられた。
「おい、お前。 明日の正午、昼丁度にだ。 ダンテの墓に来い」
「えっ? 僕1人で?」
「別に1人でも2でも構わねえ、いいな、ダンテの墓に昼丁度だ。 忘れるなよ」
「用件は?」
「皆まで言わせるな、そこで奴らが儀式を始める。 そこで合流だ」
言いたいことだけいうと、ジャコポもさっさとその場を後にしてしまった。
ジャコポの姿が見えなくなると、レオンが駆け寄ってきた。
話の内容が気になってシュンの戻りを待てなかったのだろう、シュンはアドルフォのこと、ジャコポからの伝言を全て伝える。
「アドルフォとかいう奴のことも気になるが、とにかく今は儀式のことだな。 明日の昼にダンテの墓か」
「今から見張って防いだ方がいいのかな」
「俺たちは警察じゃねえんだ、誰が生け贄になろうがしったこっちゃねえ。 それがポアロみたく身内だったら話は別だが。 見ず知らずの奴の為に体力を消耗するのは無駄な行為だ」
それに――と続けて、レオンは言う。
「上からまだ奴らをどうするのか、決まってねえからな。 マドンナリリーを横取りすんのか、ポアロを殺した奴をあぶり出すのか、縄張りで好き勝手する奴らにお灸を添えるのか」
「・・・・・・分かった」
「儀式についてはジャコポから連絡がいってるだろうから、方針も明日までには決まるはずだ。 明日に備えて今日は休んどけ」
そうして日付が変わる直前、上からの通達がきた。
内容は、ポアロを殺したうるわしの純白会への報復とマドンナリリーを奪うことであった。
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