Episodio 09 「ラヴェンナへ」

「そうか、次の儀式はラヴェンナか・・・・・・」


 翌日顔を会わせたレオンは昨日のことなど微塵も感じさせない、いたっていつも通りのレオンに戻っていた。

 そのことに心からほっとすると、シュンは昨日手に入れた情報をすぐさまレオンに説明したと共に、レオンからも世間からは未だに伏せられているとある事件について聞かされる。


「ルーカが殺された?」


「口封じだろうなァ・・・・・・、俺たちが帰った後、意識を取り戻して部屋で大人しくしていたそうだが、今朝ぽっくりイッちまってたらしい」


 まだマスコミにも知られていない、警察が秘匿にしている事実にこの事件の裏に潜むうるわしの純白会の存在の大きさにシュンは戦いた。

 きっとあの病院にも信者がいて、誰の目にも触れずルーカを暗殺したに違いない。

 こうして町中を歩いてる市民の中にも信者がいるのではないかと疑ってしまい、心臓はばくばくと不協和音を奏でている。


「とりあえず、ラヴェンナで情報を集めるか。 ミケ―レには俺から連絡しておく」


「分かった」


 こうして2人はラヴェンナに向かうことになったのである。

 ラヴェンナはフィレンツェから北西に位置し、車で1時間半のところにあるエミリア・ロマーニャ州の町である。

 通称モザイク美術の宝庫とも呼ばれる、ビザンチン文化溢れる町は神曲を執筆したダンテが過ごした場所として有名である。

 シュンはここにも知り合いがいるというレオンの案内に従い、ラヴェンナ駅の近くに店を構えるトラットリアのルチェ・ソラーレに足を運んだ。

 店内にも最近作られた代物にあたるが、天井には天使がモザイク美術で描かれている。

 イタリア観光のメインルートから離れているせいか、店の中は地元の常連客ばかりで穏やかな昼下がりの光景が広がっている。

 

「レオン! レオンじゃないか! どうした? しばらく来れそうになかったんじゃないのか??」


「よお、マッテオ。 仕事中に悪いな、ちょっくら気になることがあってよ。 こっちは下っ端のシュンだ」


「初めまして、シュンです、お会いできて嬉しいです」


 レオンとハグを交わした後、人なつっこい笑顔でマッテオはシュンともハグを交わした。

 地元の美味しい料理に日々囲まれている彼の体は立派で、シュンがか細く見えるとレオンはケラケラと笑うと、マッテオも上機嫌に笑ってシュンにエミリア・ロマーニャ州の料理を食べていけと、郷土料理を振る舞ってくれることになった。

 一括りにイタリアといっても、何百年も南北で別れていたイタリアは国への帰属意識が薄く、自らをシチリア人ローマ人と名乗る人も少なくない。

 そして料理も州によって様々な特色があり、日本でいうところの関西と関東の味付けの違いのようなものがたくさんあるのだ。

 出てきたのはタリアッテレ・アル・ラグーと言うパスタである。

 分かりやすくいうと、ミートソースやボロネーゼの種類のパスタで、正統派は卵つなぎの平たいパスタである。

 他にもプロシュット・ディ・パルマというイタリアで最も品質の良い生ハムやデザートにマロングラッセとジェラートなど大盤振る舞いしてくれたのであった。


「シュン、どうだ、うまいだろう?」


「凄く! 美味しいです!!」


 さすが世界でも名だたる美食国家である。

 肥沃な大地に温暖な気候に恵まれているおかげで、実に豊かな食物が実りこうして美味しい食事にありつける。

 可愛い物は正義であるが、美味しい料理もまた正義であるとシュンは確信した。


「それで話ってなんだ?」


「昨日新聞でトップ飾った暴走車から逃げ切ったのは誰だと思う?」


「おいおい、まさかレオンを追いかけて大破したのか、あの車! はっはーっ! こりゃあ傑作だ! ワインも空けてやる!」


「まァ待てよ、話はこれだけじゃない。 お前ももう聞いてるかもしれねえが、うるわしの純白会の調査で、次はここで何かやらかすって情報を嗅ぎつけてな

、何か聞いてることはねえか?」


 マッテオは顎の髭をさすりながら、考え込んだ末こんな噂がある、と語り始めた。

 なんでも常連の警察官から聞いた話だが、ここ最近夜な夜な白いローブを身につけた不審者が出ているので気をつけて欲しいという話であった。

 今のところ被害は報告されていないが、最近は物騒だから念のため住民に声を掛けて回っているという。


「主にどこで見たとかいう話はあったか?」


「さあ、どうだったかな・・・・・・」


「町の中心街の方よ」


 その声と同時にテーブルにワインが1本とグラスが2つ置かれた。

 ウェイトレスの女が気を利かせてワインを持ってきてくれたらしい。


「へぇ、町の中心街ね。 美しい貴方、もう少し話を聞かせていただけませんか」


 レオンはすかさず手をとり、手の甲にキスを落とす。

 ウェイトレスの女は苦笑して、「仕事中ですから」とやんわりと断りつつも嫌な気はしなかったのかその話についての詳細は聞かせてくれた。


「市庁舎とか劇場とかサン・フランチェスコ教会のある辺りよ。 あたしも1度だけ見たことあるわ、仕事帰りなんだけど。 数人の白いローブを着てる人たちがいたんだけど、ローブを目深に被ってるから性別が分からなかったけど、とにかく不気味で・・・・・・」


「ありがとう、シニョリーナ。 辛いことを思い出させてしまったね、天使のように清らかな貴方に神の加護がありますように」


 するとウェイトレスは頬をぽっと染めて、嬉しそうにはにかんだ後マッテオにゆっくりしていいと言ってからでも仕事に戻っていった。

 イケメンのおかげでサボりが認められたようだ、とマッテオはニヤリと笑うとワインの栓を開けた。


「おいおい、恋人ができたから女遊びはやめるんじゃなかったのか?」


「とんでもないおあずけを食らわされててな、こうでもしないと襲っちまいそうなんだよ」


 ワインをグラスに注ぎ、3人は乾杯をする。

 ライトボディの赤ワインはパスタとの相性も抜群で、より爽やかな味わいが両者を引き立てている。


「シュンはラッキーボーイだな、レオンと一緒に働けるなんてよ」


「そうかな・・・・・・?」


「レオンは頭も切れてるし、面倒見もいい。 俺もレオンと一緒に働いてた頃が懐かしいよ」


「マッテオと組んでた時に美味い飯もたらふく食えたのは良かったな」


「はは! 違いねえ!」


 こうして昔話に花を咲かせる2人を見ていると、中々良いコンビだったのではないかと思った。

 それに比べて現在のシュンはレオンにおんぶにだっこのような状態だが、こうしていると少々どころかだいぶ情けなくなってくる。


(僕も、頑張らないと・・・・・・)


 この儀式の情報を得られたのも偶然も偶然、たまたま、神様のきまぐれという方が正しいであろう。

 もっと頑張らなくちゃ、とシュンは思いつつデザートのマロングッセを口に運んだ。



 

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