Episodio 26 「黄昏の儀式」
レオンとシュンはフェデリコが鞄の中に詰めていた書類などに目を通していた。
よほど急いでいたのか書類はぐちゃぐちゃで皺がよってしまっている。
だがその書類はシュンがイゴール教授からもらった物のコピーで、特に新しい情報などは見当たらなかった。
「でも、どうしてフェデリコがイゴール教授の研究資料のコピーなんて持ってるんだ?」
「シュン、おいこれ見てみろ」
レオンが見つけ出したのは、PCに記録されていた今までのマドンナリリーの実験を受けた人間の状態であった。
老若男女問わず実験にされており、その中には顔写真こそないものの唯一生を与えられた人物として悠莉の情報まで記されていた。
しかし、何故悠莉だけが成功したのかフェデリコ自身も分からなかったらしい。
性別や年代や人種などありとあらゆる共通点をもった人間が生け贄にされたが、どれも当てはまらなかったようだった。
「レオン、このページのリスト!」
「おいおい、まさかこれは・・・・・・」
曙、昼、黄昏、夜と題された4人の情報がまとめ上げられていた。
曙にはユーリ、昼にはジャコポ、黄昏には、リリー、夜には最後の審判と今までの儀式とこれからの儀式の日にち、時間、場所まで丁寧に記録されている。
「まずい、今日の夕方に黄昏の儀式がある! シニョリーア広場に午後4時!」
「シニョリーナ広場でルネサンスに関するものって何かあったか?」
「あれだ、サヴォナーラが火あぶりになった場所だよ!」
サヴォナ―ラとは15世紀末腐敗しきった政治や宗教を批判し、挙げ句の果てに歴史的価値の高い絵画、工芸などの遺産を火あぶりにした虚栄の焼却と呼ばれる行為で有名な人物である。
このイタリアの歴史文化に大打撃を与えた行為はルネサンスを代表する画家として有名なボティッツェリの作品も多くが失われてしまったという。
その彼が火あぶりの刑に処されたのがここ、フィレンツェのシニョリーア広場なのである。
「どうする、時間がもうないよ」
シュンが時刻を確認すると時計の針は既に3時半を過ぎていた。
シエナから車を飛ばしてもフィレンツェまで4時には間に合わない上に、フェデリコを連れて行く必要がある。
「くそっ、行くしかねえだろ。 あの野郎なんとしても全部吐かすぞ」
シュンは車の後部座席に猿ぐつわをさせたフェデリコを乗せ、レオンは車を猛スピードで飛ばしていく。
シニョリーア広場はフィレンツェの中心部アルノ川のほとりにあるウフィツィ美術館に面した広場である。
ネプチューン噴水の近くに丸いブロンズの敷石が埋まっているところがサヴォナ―ラが火あぶりの刑にされたとされる場所である。
レオンとシュンは車にフェデリコを転がせたまま急いで車を降りると人だかりができており、スピーカや拡声器を使っているのか、うるわしの純白会の信者がなにやら民衆に語りかけていた。
「私はここに宣言する。 私はイエス・キリストの代理として、聖母マリアの象徴と共に最後の審判を下す」
何を言っているのか、と民衆からブーイングの嵐が起きる。
シュンとレオンは必死に人混みをかき分け、最前列を目指すがいかせん人が多い。
更に面倒なことに、
「動くな」
「てめえ・・・・・・」
「マドンナリリーは我々南北イタリア独立軍がいただく」
民衆の中には南北イタリア独立軍はもちろん、パッパガッロの連中も潜んでいるらしくレオンは完全に目をつけられ身動きが取れなくなってしまったのである。
シュンはなんとか最前列に辿り着き、民衆に語りかける信者の前に出た。
向こうもシュンに気づいたらしく、目深に被ったローブから微かに見える口元がわずかに綻んだ。
「これより第三の儀式、黄昏を行なう。 穢れに満ちた者はこの儀式により、地獄へ落ちるであろう。 穢れを払ったものには、永遠の命が約束されるだろう」
フェデリコは真の教主ではなかったのだ。
高らかにそう宣言した信者はローブからマドンナリリーを取り出し、シュンに向かって投げつけた。
(まずい――!)
避ければ誰かが死ぬ、避けなければ自分が死んでしまう。
もう身動きはできない、と迫りくるであろう死に目を閉じた。
「・・・・・・淳お兄ちゃん」
ここにいるはずのない人物に驚いて目を開けると、穏やかな笑みを湛えた悠莉がマドンナリリーを抱いてシュンの前に立っていた。
「大丈夫だよ、怖がらないで」
「悠莉・・・・・・」
今日一日ミケ―レが見守っているはずだったのに、どうして。
そう問いただすはずだった声は、1発の銃声によってかき消えた。
悠莉の胸に赤い染みが出来ていた。
じわりと、悠莉の服を侵食していく赤を目にした民衆は叫び声を上げて逃げ出していく。
悠莉は目を見開いて、後ろに倒れていく。
全てがスローモーションになっていた。
「くそっ、この娘が成功例だったのか! 警察め・・・・・・、同胞よ! 立ち上がれ!」
真の教主だった男はマドンナリリーを拾い上げても無事だった目の前にいる娘が悠莉だと気づいたらしい。
他の信者に合図をだすと、民衆に紛れたり建物の影に隠れていた信者が一斉に広場に押し寄せ広場を監視していた警察に襲いかかった。
マドンナリリーを求めた南北イタリア独立軍・パッパガッロ・警察・うるわしの純白会と逃げ出す民衆でシニョリーア広場は大混乱になった。
血を流して倒れている悠莉に教主の男が近づき、ようやくシュンは我に返った。
「悠莉に触るなッ!」
威嚇射撃に教主も身を引くが、再び鳴り響いた銃声に民衆から悲鳴が上がる。
しかし、シュンにとってはどうでもよいことであった。
唯一の成功例として悠莉を連れ去ろうとしているこの男に、全神経が向けられている。
「ふふ・・・・・・、私を殺すおつもりか?」
「ユーリ」
教主とシュンが近づいてきた気配に咄嗟に振り返ると、呆然とした様子のレオンが立っていた。
「レオン、悠莉をお願い!」
今の悠莉の傍にいるべきはレオンだ。
そう判断して声をかけた隙に、マドンナリリーを回収して逃走する教主の後を死にものぐるいで追いかける。
残されたレオンは横たわる悠莉にゆっくりと、震える足で近寄った。
「リナルド・・・・・・」
「ユーリ!」
レオンはしゃがみ込んで、青白くなっている悠莉を抱きしめた。
1年前と同じ光景に、レオン自身の血の気も失われていく。
「ごめんね・・・・・・大人しくしてろ、って言われたのに・・・・・・」
「喋るな! 今医者の所に連れてってやる!」
マドンナリリーは生と死を操る。
しかし、傷口までは癒やしてくれないのだ。
「だめ、だよ・・・・・・。 心臓を、ね。 撃ち抜かれてるんだよ・・・・・・。 この状態でお医者さんのところに行ったら、マドンナリリーの力がもっと多くの人にばれちゃう・・・・・・」
以前はレオンとうるわしの純白会、手術をしてくれたフェデリコしか知りえなかったが、今回は大勢の市民の前で撃たれたのだ。
普通に町を歩いているだけで、見つかる可能性は高くなってしまうだろう。
何故、心臓を撃たれたはずの娘が生きているのかと不審と畏怖の視線にさらされ、マドンナリリーが生と死を操ることがバレてしまえば、イタリアだけの問題ではなくなる。
「お願い・・・・・・リナルド。 ・・・・・・魔法を、解いて」
愛する人の為だったら、なんだって出来る。
どんな願いごとも、叶えてあげる。
例えそれがこの身を引き裂くような残酷なことであっても。
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