act.9:『我は死神、世界の破壊者』
━━━思えば、師匠がこんな話をしたのは、その時の世界がそう言うものがあるに等しいからだったに違いない。
「かくぶんれつはんのー?」
「そうだ」
師匠は、まぁいつも通り不機嫌な感じにそう答えた。
「すると、物質の最小単位は、分子ではないと言うのですか?」
「アホ抜かせ!もっと小さい原子もあるし、なんならその原子も3種類といくつかに分けられる!
それですら俺のいた世界じゃまだまだ細かくできるって言ってたぐらいだぞ!!」
師匠は喫煙家だった。自分でタバコになる草を栽培する程度には。
「さすがと言うか……興味深いなぁ〜〜!
そんだけ細かく物質を砕けるだなんて……!」
「良いものでもねぇよ。
いいか、分子っつーのは、この世界の常識で言うなら、雷属性の力で繋がっているもんだ!
だから分子を壊すのは簡単だが、原子ともなると別の強力な力で繋がってるからな……そいつを壊すのは苦労するし、壊したら壊したで何が起こると思う?」
「……その口ぶりから言うに、爆発?」
「大当たり!
それもただ事じゃねぇ大爆発だ!
これで俺のいた国は一回ひでぇ目にあった!!
それを利用した爆弾を作ったやつもあまりの威力に恐怖したぐらいだからな!」
師匠は、忌々しそうにそう言ってタバコを吸っていた。
良い加減に、人間の短い命がすり減る量を。
「……何をそんなに荒れてるんですか?
ナンパでも失敗したんです?」
「そんなんで荒れられるのはオメーぐらいだ!
俺はな!!
……俺はな、お前の姉貴を…………暗殺者にしちまったんだぞ……!!」
ああ、と僕は納得した。
「どうせ、姉さんは気にしてませんよ。
師匠も人がいいなぁ」
「お前はなんとも思わないのか!?
なにが勇者だ、暗殺者の間違いだろ!!
聖剣がなんだ?個人正義も社会正義もまだ分かってない、キラキラした目のガキを捕まえて、やれ選ばれただのなんだの囃し立てて危険な旅に行かせる気が知れねぇ!!
俺はな、俺はな……!
そんなことのために……魔法を発展させてきた訳じゃ…………魔法科学を誰でも学べるようにしてきた訳じゃ……ねぇんだぞ……!!!」
師匠は、何本目かわからないタバコの火を消して、俯いていた。
……この人には、楽しく生きる、っていうのがとことんできないんだろうな。
良い人なのに……良い人だからなのかな?
悲しいな……うん、今の師匠を見るのが悲しいんだ。
一番悲しかったのは、実は師匠よりも年齢は上なのに、
何も言葉をかけてあげられなかったのが、悲しかったんだよなぁ。
師匠、でもさ、
僕は、師匠の考えは間違いではないと思うよ。
勇者なんていらない、魔王を敵になんかしなくても良いんだ。
オークが魔法使いになっても良い。
魔族が光の聖霊教会の信者になったっていい。
対立も『であるべきだから』という理由で苦しむことも、はっきり言ってこの世には要らないことなんだ。
僕達、姉弟が夢魔と人間の間の子だからって、師匠は別に気にしなかったようにね。
だからさ、感情が薄いほうだから顔に出ないってだけでさ、
分かるよ、師匠の苦しみ。
……でもね、師匠も分かっているでしょう?
今すぐに解決なんて出来ないんだよ。
だって、みんな僕達よりも感情的で、
師匠みたいに感情だけが先走ってるような人だらけだから、難しいんだよ。
感情はね、一時の激情で大きく変わるけど、
長い目で見ると、理性よりも融通がきかないんだ。
むさい男より可愛い女の子が良いように、
臭いトイレより綺麗なトイレが良いように、どうしてもさ。
安心してよ師匠。
僕は長生きなんだ。
師匠の考えを、師匠が死んでも覚えている限り広めていくよ。
僕の僅かな心に響いた感情なんだから、さ。
だから、そんなイラつくぐらいならさ、
自堕落って言われても良いじゃないか。
気分転換に娼館行こうぜ。
***
「この最低の締めくくり、じいちゃんは昔っからお爺ちゃんだったんだ」
HALMIT内の空き部屋、
融通してもらったそこで、パンツィアは中々残っていたケンズォの遺品を整理していた。
時刻は、実験より二時間後。もう昼過ぎだ。
「ふふ、でもケンズォ様はまだ何故か許せますわ。
きっと本心から、このお師匠様を慕っていたのでしょうと、文から分かりますもの」
一緒に手伝ってくれた、ケンズォの元使い魔でもあるドライは、一緒に持っていた日記を見てそうクスクス蠱惑的に笑う。
「……日記なんてマメなこと、してたんだなぁ……
まさか、1000年前の物があるだなんて」
すぅ、と日記の文字が消える。
そういう『魔本』であり、言うなれば紙の形の電子記録媒体に近い。
「間違いなく、お爺ちゃんの師匠は私と同じ世界の住人だよ。
核分裂反応、なんてこの世界には未だ存在しない概念だ」
似た反応はあるが、厳密には違う。
魔力がなければ説明がつかないという点でだ。
「お爺ちゃん……私とその師匠を重ねてたの……??
性格違うと思うんだけどな……なんだよ、ノスタルジックだなぁ。
死ぬまで教えないとか、そういうところも含めてさ……」
なんだか、久々にケンズォの事で胸の奥が温かくなる。
やはり散々になじる『ロクデナシ』でも……妙に愛せてしまうのがケンズォなのだ。
「……というか、」
「?」
「お爺ちゃん、お姉さんいたんだ……」
心底以外そうに言うパンツィア。
「意外ですわよね。
わたくしも始めて知りましたもの」
「名前は……ジュゼェ・ヘルムス……
ジュゼェさん、か」
どうも、ケンズォは自身の姉の資料を残していたようで、そういうのをまとめたノートがあった。
「魔法銃士、ジュゼェ・ヘルムス。
1000年前の勇者一行、魔王四天王が一人『魔剣士ミョルン』と戦い行方不明……」
「行方不明?」
中々奇妙な記述に、ドライが声を上げる。
「うん。勇者の名前を聞いて納得だけどね」
対して、パンツィアはそう言って資料をめくる。
「この勇者の名前はグラビオ。
別名は『超重勇者』。
先天的に重力魔法が使える変わった人間で……私が、
「なんとまぁ……しかし、それと行方不明に何の関係が?」
うん、とパンツィアはドライの質問に答える。
「さっきのスパーダさんも、少しは重力魔法が使えたんだ。
お陰で、彼ら魔王と勇者の戦いは、重力が一時的におかしくなるほどの凄まじい戦いだったんだ。
そのせいで、大分勇者一行はいろんな場所に吹き飛ばされたらしいし、
スパーダさんも封印魔法を施されたけど、今の今までどこの封印されたか分からなかった……なんせ記録によれば、最終決戦の場所は高度は80km近くだったらしいしね」
ふむ、と資料を閉じるパンツィア。
「爺ちゃん、隠そうとかじゃなくって『話す必要もないだろうし』って感じで今まで言わなかったんだろうなー。
というか、核分裂反応のこと最初っから知ってたんかい!
前にしたアドバイス無駄だった?
まったく……」
死人が答えはしないだろうが、文句の一つは出てくる話だった。
「ところで、パンツィア様?
この、ケンズォ様のお師匠様が言う『爆弾』はご存知なのですか?」
「……知らない方がいいし、私はこの異世界の知識だけは墓場まで持っていくよ。
まだ、物質自体見つかってないからね」
「まぁ……!
では、私もお思い出さない方がいいでしょうね。忘れますわ」
よし、とパンツィアは、遺品たちを見ていく。
といっても、倉庫の奥か、机でみるかに分けるためだが……
「……あっ!」
「どうなさいました?」
「信じらんない!!
お爺ちゃんヤバいものむき出しで適当に置いてる!!」
そう言ってパンツィアはあるものを持ち上げる。
それは、一見すると拳銃のトリガーのようなものだった。
撃鉄の部分に当たるところにはカバー付きの青いスイッチ。
真っ黒なトリガーの銃口があるべき部分には機械端子に、リボルバーなどがるべき場所にはメーターがある。
「それは?」
「これは、『ブラストリガー』。
爺ちゃんの作った反応魔導炉のリミッターを外すための信号を送ることのできる装置」
「リミッター……??
私の体内にも存在する反応魔導炉には、リミッターが設けられているのですか?」
「うん。
反応魔導炉は本来、一度魔法石を分子レベルまで破壊するとさ……実は破壊の反応が連鎖的に大きくなり続けちゃうから、もっと寿命が短く、そしてよりパワーが出るようになってるの」
まぁ、と驚くドライ。
「だけど、正直そんなパワーを使う必要もないし、
動力としてみるならば、もう少しパワーを落として長時間使いたい!
だから、封印魔法の応用で、連鎖反応を抑えているんだ」
けど、とそのブラストリガーを掲げる。
「これを使えば、そのリミッターを強制的に解除できる。
そうなるかというと…………反応魔導炉が壊れるか、それにつなげた洗濯機が壊れるか、って感じだったよ」
まぁ、と再び口元を押さえて驚くドライ。
「なんと危険な引き金でしょう……!
そんなものを野ざらしにするだなんて……!」
「いっそ、私が懐に持っていた方が良いかもね」
そういって、パンツィアは服のポケットにそれをしまう。
コンコン、
「失礼、お二人とも」
と、ちょうどその時、部屋にノインが入ってきた。
「あ、ノイン!どうしたの?」
「ご主人様、ドレッドノートの準備が9割完了いたしました。
出発は一時間ほどでできます」
「りょーかい!
じゃあドライ、ここは後回しにしてみんなで行こうか!」
「はい、パンツィア様」
そうして、パンツィアとオートマトン・メイド達は部屋を出た。
鍵を閉め、廊下を歩こうとして、
キィン!
━━━━真正面からパンツィアはゴルゴーンの発動中の魔眼を見てしまった。
(えっ……!?)
一瞬で、全身が石になる。
ただ、閉じられない目は石化しても情報は送るのであり、
目の前には隻眼のゴルゴーン………つまりはセリーザがいたことは分かった。
「「!?」」
オートマトン・メイドは対魔眼シャッターをアイカメラに内蔵しているので固まりはしない。
0.1秒でセリーザへ、内臓、外装の武器を向けていた。
「言っておきますが、石化はゴルゴーン自身が解かない限りは解除は難しい。
私を殺してもせいぜいパンツィア学長の石化期間が長くなるだけですよ」
「どういうおつもりで?」
「説明はしていただけますわね?」
ノイン達の鋭い言葉に意を返さず、静かに石化したパンツィアに近づくセリーザ。
その顔は……あまりにもやつれて疲れ果てた顔だった。
「こうしないと、誰でも逃げてしまう。
こうでもしないと目を閉じてしまう」
「何を!?」
「だからこうして運んで、見せるしかない」
ゴルゴーン特有の怪力で石化したパンツィアを持ち上げるセリーザ。
行動をしようにも、オートマトン・メイド2体は今攻撃や奪い返すという行動を取ろうにも、どうやってもパンツィアが『折れる』結果しか予測できず動けない。
「……別に、命を奪おうとかそういうつもりではないですよ。
どのみち、5ケタ近く殺した女とは私です。
もう一人殺そうだなんて思えるほどの殺意は消えるぐらいに殺してしまっている」
来なさい、とでも言いたげな様子でパンツィアを抱えて歩き始める。
「どうします?」
「素直について行きましょう」
手出しはできない、と2体は注意深くセリーザを見ながらその後を追う。
***
元はダンジョンという特殊な場所のせいか、奇妙な機構も沢山ある。
今、セリーザ達の乗る隠しエレベーターも、そんなダンジョンの遺物の一つ。
パンツィアの使っていた部屋から、セリーザ達のいる錬金術区画はほぼ直通だった。
すぐに一行はセリーザの研究室にたどり着く。
扉をいくつもの鍵で施錠し、防火壁を下ろし、魔導障壁を張って、バケツでぶちまけた水を全部石化させて壁を作る。
「セリーザ様、あなた外から帰るたびにこの行動を?」
「そうしなければ意味はありません」
おもむろに、下ろしたパンツィアに視線を向ける。
瞬間、石化した全てが元に戻っていく。
「……ぉ!」
「ご主人様!」
「ノイン、私は大丈夫」
と、石化させた本人はパンツィア達を放っておくかのように部屋の一角へ歩いていく。
「セリーザさん、待って!」
「…………」
ふと、その研究室の一角の全貌があらわになる。
━━━━ギェェッ!!ギェ、ギェ!!
「これは……!?」
「ザンダラ!!
の、一部が元に戻ったやつ!!」
おそらく強化ガラス製と思わしきケージの中で、ガラスを叩き回るザンダラがいた。
おもむろにセリーザはそのケージのスイッチを押した。
瞬間、何かの薬液が散布され、中にいたザンダラから白い煙が上がり始める。
「セリーザさん、何を!?」
「まず、これがミクロハイドロゲンを浴びせたザンダラのダメージです」
散布が止まると、全身の皮膚が焼けただれたザンダラがそこにいた。
しかし、それらの痛々しい傷は即座に修復され、元の毛皮に覆われた姿となり再び暴れ始めた。
「!!」
「これで……生きて……!?」
ドライは思わず息を飲んだような仕草をしてしまい、ノインもそう驚愕したように声を絞り出す。
「……ミクロハイドロゲンでは、ザンダラは殺せない……!」
「ええ、そうですよ学長。
最高濃度のミクロハイドロゲンですらこの程度。
現状、この超再生邪巨神はミクロハイドロゲンでは殺せない」
なんと恐ろしい事実だろうか。
……だが、パンツィアは気づいてしまった。
「……では?」
「…………そこに気付いてしまいますか。
まぁ、若くとも魔法博士なのですからね……」
セリーザは、ゆらりとあるものの前に向かう。
机の上、ケージに繋がったホースの先、
透明な円柱を中心に持つ機械。
その円柱の中には何かの液体で満たされ、その中央には丸い金属球が機械から伸びる金属の棒で支えられて浮いている。
「この形状…………嘘でしょう?」
パンツィアは、あまりにあるものに似ていたせいでそう呟く。
まさか……いや、アレはフィクションの存在のはず……
「…………この機械が貴方の前世だとかいう世界の知識の中にあるものとでも言いたいのですか?」
「いや。その……説明しづらいんですけど……
この中身が何か恐ろしいものなのは……分かってしまう形ではあって……」
「…………その通り」
おもむろに、セリーザその機械のスイッチを押した。
その瞬間、
内部の金属球が開き、ゴポゴポとその開いた場所から突然水が沸騰したような気泡が発生し始める。
「ミクロハイドロゲンは、コレという存在出来るまでの道筋でした」
ザンダラの入ったケージのスイッチを入れた瞬間、それがザンダラに降りかかり始めた。
「水素に施された雷属性の付与魔法。
などという生易しいものではない、雷の呪いというべき特殊な方式で術式付与させた水素は、あらゆる物質を『破壊』出来る存在へと昇華される」
明らかにザンダラが恐怖と苦悶の表情を浮かべる中、大量の泡がザンダラを包んで行く。
「ミクロハイドロゲンに微量に同じものを混ぜた瞬間から、それも同じ物に変わってしまう。
有機物は全てが完全に分解され真水と少量の炭素化合物などに変換され、例え金属や無機物でも獰猛にイオン化させて構造を破壊する…………」
最早、ザンダラなのか分からない。
泡の中で何かが暴れているようにしか見えない。
「獰猛。
それは、爆発するかのように現れ、
立ち去るときは嵐のように立ち去る……
その後に残るものは静寂。
まさにこの化合物を表すにふさわしい表現です」
だん、と強化ガラスにザンダラが、
いや……ザンダラだった物が触れる。
泡の中から出てきたのは、白骨。
見て悲鳴をあげる暇もなくそれは、すぅと崩れて消えていった。
「こ、コレは……!?」
「私はコレを、『
ケージの中には、チャプチャプと波打つ水しか残っておらず、やがて排水されていった。
「ミクロハイドロゲンとは比べ物にならない分解能力を持つ、現状存在する中でも最強最悪の薬剤です……」
「………………」
恐ろしい威力なのは、見て分かる。
コレが……そう、これが……
「コレが、貴女の恐れていた物……!」
「ッ……!」
セリーザは、震えながら自分を抱くようにうずくまる。
「……パンツィア様、これを」
ふと、ノインが何かを見つけたのか、瓶のようなものを渡してくる。
「げっ……!!」
瓶に書いてあった薬剤名は、『リゼルグ酸ジエチルアミド』
LSD。つまりは、幻覚剤。
麻薬ともいう。
「じゃ、これまでの奇行は全部……?」
「いえ、正確には少し違いますわ」
ふと、ガタガタ震えるセリーザの顔を掴んだドライが、その目にライトを照らして見る。
「コレは禁断症状。
服用からすでにだいぶ時間が経っています」
「じゃあ、正気って認識で?」
「私は100年前から正気なんて捨てているッ!!」
ダンッ、と机を叩き割り、セリーザは叫ぶ。
「私は怪物なんですよ!!
種族だとかそういう意味じゃない!!
嬉々として万物を殺しつくす薬剤を作り続け、死にたいと願いつつ同じぐらい死ぬにが怖いッ!!
なんでだと思います?
このハイドロゲンジェノサイダーを作ったときようやく分かった!!
私はッ!!!
今でもこのハイドロゲンジェノサイダーのような薬剤を生み出したいと願い続けているッッ!!!!」
おもむろに、近くの薬剤の棚から何かを取り出し、がんじがらめに封印した黒いファイルの資料に振りかける。
ジュウ……と資料が溶けていき、化学反応で出た熱で燃え始める。
「何を……?」
「あの黒いファイルこそ、私がハイドロゲンジェノサイダーを作るために綴った全ての資料!!!
なんと事細かに書いてるのか我ながらァ!!!
恐怖しているくせに!!
こんなもの作らなければと薬を飲むほど後悔したくせにッ!!!
いつでもそれを復活させられるような資料を残し!!!
今の今まで燃やさなかった愚かな女がこの私だッ!!!」
と、突然飛び出すように走り出し、部屋の一角の巨大なガラス張りの区画へ飛び込む。
「セリーザさん!!」
駆けつけるより早く透明な扉が閉まり、鍵がかかる。
「学長!!!
私はこれでも貴女は信じている!!
しかし私は、この私自身を信じていないッ!!」
す、と何かのスイッチを取り出すセリーザ。
「いけません!!そこはガス室です!!」
「まさか……!!」
「聞いてください、パンツィア・ヘルムス学長殿!!
ブレイガーOの
荒い息のまま、恐らくガス室のスイッチと思われる物を掲げてそう言葉を紡ぐセリーザ。
「出てきてくださいセリーザさん!!」
「貴女ならそこに残したハイドロゲンジェノサイダーを破棄してくれる……!!
そういう人だ。だから任せます。
後は……作り方を知っている唯一の魔法博士をこの世から葬り去れば終わりだ!!」
「バカなことを!!」
ドンドンと叩く強化ガラス製のドアはビクともしない。
「後は……頼みましたよ、学長」
バシャリ、と背後のドアで水の流れる音がした。
石化した水を元に戻したのだ、パンツィア達が外に出られるように。
セリーザは、スイッチを押した。
即座に、彼女の手によって作られた、何万人もの死傷者を出したYXガスが散布され━━━━━
「ノイン!ドライ!!」
「「了解」」
瞬間、ドライの目が光り、ブレイガーOに搭載されているのと同じ
背部エンジンが起動して爆発的な加速を得たノインが、ガスより早くセリーザを回収。
そして、パンツィアはテーブルの上にあるハイドロゲンジェノサイダーの入った機械を持ちあげ、ガスの出た場所に投げつけていた。
オートマトン・メイド達の動きは早い。
ガスが追いつくより、ハイドロゲンジェノサイダーが割れるより早く、二人を捕まえて入口の狭い通路へ駆け込み、緊急用魔法障壁を張るのもギリギリで成功した。
黄色いガスが、ハイドロゲンジェノサイダーに触れて一斉に泡立つ。
一瞬で部屋中に沸騰した水のような泡が包み込んだかと思えば、数秒後には全て水となり、後にはただ水浸しの研究室だけが残った。
「………………」
魔法障壁を、解除する。
もう致死性のガスもあらゆるものを水にまで分解する物質もない。
「ふぅ〜……」
パンツィアは、安堵のため息を漏らす。
そして、くるりと顔を未だ茫然自失のセリーザに向け、
「おバカッ!!!」
と、平手打ちを一発。
「……え?」
「え、じゃないですからねぇーッ!!!
人の前で死ぬんじゃあない!!
人のいないところでも死ぬんじゃあない!!
自分のこと大罪人で死んでもいいとか思っていようが関係ないッ!!
勝手に死ぬなバカーッ!!!」
ぐ、と胸ぐらを掴み、息を切らすほど叫ぶ。
「…………私に……どうしろって言うんですか…………」
対して、セリーザは視線を逸らし、弱々しくそう呟く。
それが返ってパンツィアの逆鱗に触れた。
「セリーザさんが死にたいって言うならこの際止めませんけどね、
私はじゃあ、そのハイドロゲンジェノサイダーを他の研究者に見せますよ」
「!?」
「良く聞け。
貴女がやらなくたって、誰かは作る。
では先に作ってしまった者は何をすべきだと思います?
やる事はひとつだけ。
出来てしまった物をどう役立てるかを考えて、試行錯誤し続ける事だけだ」
当然、人間であり、背も低く体格も小さなパンツィアの力など、ゴルゴーン族にとっては大した力ではない。
だが、そんな事を忘れるほどパンツィアの手の力は強く、セリーザの肩を離してくれない。
「私の世界にいたあらゆる超兵器の生みの親は、みんなやってしまったことを後悔した。
だけど、逃げずにどうかそれ以上使わないように尽力した人間達もいた。
やったことに耐えられなくなる気持ちはあるだろうけど、
だからといってここで逃げたらもっと酷い結果を生むかもしれない」
震える。
怖かった。
パンツィアのその視線が、言葉が。
「わ、私には無理で……」
「嘘をつくな。
本当はさっき語った通り、これを兵器としてなんかじゃない!!
貴女のやったことの贖罪のために、
毒ガスで汚染された土地を浄化するためにこれを作ったはずだ」
「そ、それは……!!」
「じゃなかったら、あのYXガスがこんな風に中和出来るはずがない」
ず、と指差す水浸しの研究室。
ガスの汚染は、オートマトン・メイド達のセンサーにも引っかからないほど微量だ。
「わ、わた、私は、た、たしかに、元々、これは、私のせいで、住めなくなった土地の浄化のために……!
でも、でも、こんな反応性になるなんて……!!こんなことになるなんて……!
これじゃ、YXガスと同じで、残留もしないから、皆きっとあまりに気軽に使い始めてッ……!!また、またたくさん……!!」
「分かってるじゃないですか、セリーザさん」
パンツィアは、怯えきったセリーザを離さないで、
おおよそ誰もが恐怖するような、どこか冷めたような表情で、こう語りかける。
「現状、誰よりもこの危険物質を知り尽くしているのは貴女だけなんですよ。
つまりは、もしも誰かが同じものを作った時、いち早く対処できるのも貴女だけだ」
「それは……でも……!」
「逃げるなよ、セリーザ・ダイス。
被害の規模はYXガスの比じゃないんだろ?」
ひぃ、という悲鳴も意に返さず、パンツィアは冷たく言う。
「作っておいて封印して死んで満足するつもりなら、全力で止める。
苦しんでようが吐こうが何しようが、このハイドロゲンジェノサイダーの製作者は貴女なんだ。
逃がさないぞ。
命ある限り向き合ってもらう。
勝手に死なせもしないし、ハイドロゲンジェノサイダーの活用法もなにもかも研究し尽くしてもらう。
…………もう一度言いますけど、
逃がさないぞ」
完全に、セリーザは蛇に睨まれたカエルのようにただ震えていた。
とてもじゃないが、相手はまだ一応15歳の少女と思えない怯え方だった。
「……あの、ご主人様?
そのぐらいに……して差し上げた方が……?」
流石に、と言った表情でノインが言う。
パンツィアは恐ろしい表情のままで振り向いたが、すぐに一つ溜息をついて立ち上がった。
「……セリーザさんが秘密にして欲しいって言うのなら、私は何も言いません。
私は、これから色々あるので戻ります」
そう言って、パンツィアはドアの鍵を全て開けて廊下へとでる。
ノインとドライが後に続き、ドアが閉まり━━━━
「自分の作ったものから逃げるな」
その間から、最後にパンツィアはセリーザを見て言い残して扉を閉めた。
「…………ぐすっ、うぅ…………ぐすっ」
セリーザは、年甲斐もなく廊下にうずくまり、泣いていた。
怖かった。
本当に怖くて…………しかし、分かってしまっていた。
やがて、隻眼を真っ赤に腫らしたセリーザは立ち上がり、水浸しの研究室へ戻る。
「私は…………二度と逃げてはいけないんですね……」
セリーザは研究室の片付けを始めていた。
…………研究の続きを、するために。
***
「あの、良かったんですか?」
ふと、飛行船ドレッドノートへの搬入作業中にノインがパンツィアへ聞く。
「これしかないよ。きっとね」
パンツィアは、ただそうはっきりと答えただけだった。
***
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