act.5:髑髏大地の伝説



 二日目、午前7:08

 ブレイガーO初回起動試験3時間前






「クルルァ━━━━━━━ッ!!!

 ど゛ほ゛し゛て゛ハ゛ク゛さ゛ん゛あ゛る゛の゛ぉ゛!?!?!」





 自動詠唱用刻印紋章コンピュータシステム構築用、自動詠唱機コンピュータ室にて叫び声が上がる。

 観ると一人のクトゥルーが、画面の前で両おさげ腕で頭━━━クトゥルーなので全身頭のようなものだが、要するにそう言う位置を抱えて叫んでいる。


「縁起でもないことを言うなァァァァァァッ!」


「嫌ぁ!!夢の中でもバグは嫌なのぉ!?!」


 途端、この自動詠唱機室にひしめくよう並んだ寝袋から人から亜人まで飛び起きて悲鳴をあげる。


「夢なんかじゃないよぉぉぉッ!!

 自動姿勢制御オートバランスシステムにバグだよみんなぁ!?!」


『んぎぇ━━━━━━━━ッ!?!』


 おおよそ知性のある生物が出さないような悲鳴とともに皆飛び起きて、一斉のそのプログラムの配列を見る。


 固定型遅延詠唱式プログラムとはいわば魔法を唱えてくれるように呪文を刻んだものである。

 が、当然文字をその機能通りに動かすには、正しい文章を正しい順番で並べる必要がある。


 物書きにもあることだが、つまり誤字脱字は起こる。


 そういった場所は、機械は読み込まない、認識しない。


 故に、『虫食い《バグ》』と呼ばれる。


「全部で300万行もある中から探すのか……修理デバッグの為の調査だけで4時間はかかる……!!」


「……2時間で出来る?」


「無茶言わないでくださいよ、レイアムさん」


 レイアムと呼ばれたクトゥルーの言葉に、人間の技師が答える。


「くぅ?半日は覚悟した方がいいって事でいいのかな??

 ゆっくり手直しする?」


「半日ならなんとか……」


「じゃあ一日かけてゆっくり手直しするよ!

 私が上には説明するから取り掛かってね?すぐでいいよ!」


「いいんですかそれ?」


「無理な納期をさせないのも管理職の仕事でしょおぉ!!

 余計なこと考えてないでシャワーでも浴びてきてね!!朝ごはんもだよ!!

 すぐでいいよ!!」


 すみません、とその技師が下がるのを見届けて、レイアムはぴょんぴょんと机の上を移動して自分の席に戻る。

 そこにあったコーヒーのマグカップをおさげで掴んで飲み、一言呟く。


「げろまずー。

 中間管理職はまったりできないよ……私は不幸な主任さん……はぁ」


 そうして、報告のために部屋の入り口へと向かい始めた。


「でもみんなの方がもっとゆっくりもまったりも出来てないんだよっ!


 私の無い首をかけても、納期を伸ばしてもらうよっ!クトゥッ!」


 急いで、自身の上司の場所へと向かう。


       ***


『━━━と言うわけで、ブレイガーO起動試験は一日延期しました、すみませんです……』


「良いですよシャーカさん。想定内です」


『私の下にいるプログラム技師達を責めないでくださいね?無茶を言っているのは……』


「私ですしね」


『そんな!』


「だから、許可します。

 じゃあ、そろそろ食い付いてきたので、ここで」


 通信を切ったタイミングで、雲の中から背後へと2体の飛竜が顔を出す。

 ウィンガーの操縦桿とフットペダルを巧みに操作して急旋回。しかし、相手は当然ピッタリと付いてくる。


「流石、正規軍なだけはある。

 私と同じ年代が多いって言うのに、対竜騎兵戦に手慣れてるな……!」


 お互い、速度を落とさずに上をキープするように回避行動を取る。

 馬力のあるウィンガーが有利に思えるだろうが、相手も百も承知である。

 意地でも位置エネルギーを落とさないように、風を掴んで位置をずっと調整し続けている。


(向こうの世界でも、空戦とはすなわち『位置エネルギーが高い方が有利』。

 まだミサイルの誘導が未熟なら、確実に格闘戦ドッグファイトは必須)


 ただね、とパンツィアはアフターバーナーを起動させて大きく上へと機種をあげる。


「ぐっ……うぅぅぅぅ……!!!」


 一瞬視界が暗くなるが、鍛えた下半身と特殊スーツの伸縮機能で無理やり血流を上半身に戻して視界消滅ブラックアウトを防ぐ。


 ウィンガーは凄まじい速度のまま急旋回を果たし、2体の竜騎兵の背後を取る。


「私も負けず嫌いだからねぇ!!」


 機銃の照準を向けて、ペイント弾を吐き出す。


 ━━━━ベチャッ!


 だが、その瞬間に、そんな音がしたから響いた。


「あっ……」


 まさか、と思ったら、続いてベチャッ、ベチャッと音が立て続けに響き、雲の下から、何体かの竜騎兵の群れが出てくる。


「やられた!!あの二人は猟犬のじゃない、釣り餌だ!!」


 言ってる間に真横に見慣れた白い飛竜が付き、上に乗っている女騎士がVサインを右手で出す。


 性能の差を見事に戦術で覆された。

 敗北である。


       ***


「完全に私の負けだー……流石王国の正規竜騎兵」


「はっはっは!もっと褒めてくれても良いんだぞ!」


 数分後、HALMITの食堂でアイゼナと向かい合って項垂れるパンツィアの姿がいた。


「しかしあの急旋回はヒヤッとしたぞ。

 我々の機動力ではそう簡単に出来ない」


「一応、理論上は上昇した瞬間に、体を左側へ捻れば、飛竜の速度帯だと多分相手のお尻取れるよ」


「ほう?落竜の心配も今の装備じゃ無いしな、試してみよう」


 パンツィアのフォークを使った説明にアイゼナは興味深そうに答えた。


「……しっかしさぁ、だいぶ竜騎兵の再編手こずってる?」


 ふと、パンツィアの言葉にアイゼナの表情が変わる。


「……分かるか?」


「ペイント弾で判断するのも酷いかなとは思うけど……普通群狼でやるなら、もっと同時着弾させられた方がいいよ。

 出来なかったんでしょう?皆、訓練不足で」


「……やはり、訓練を頼んで正解だな。

 我々の現状を良く理解してくれる」


 サラダのトマトを頬張り、飲み込んだ上でアイゼナは答える。


「弱音だが、お前達が対邪巨神の要だ。

 今の竜騎兵部隊は、お荷物同然だ」


「ゴルザウルス戦の被害は深刻か……」


「ああ、なにせ経験が浅い人間達を無理やり正規軍に仕立て上げるために強硬訓練させている現状だ。

 連携も甘い。

 何より……竜も人もまだまだ、心が通っていない」


 結構深刻な問題だ。


 飛竜は、生物兵器だ。

 機械では無い……人間との信頼関係の構築は必要な事だ。

 どっちが怯えても、どっちがお互いを蔑ろにしても、途端に使い物にならなくなる。


「いっそ、お前に頼んでウィンガーを配備させた方がまともに戦えるかもな。

 ……なぁ、現実的に余ってないか?」


「戦えるウィンガーは殆どないよ。改造も手間だしね」


「上手くは行かんか」


「そんなもんだよ……お互いにね」


 はぁ、とため息混じりにお互い茶を飲む。

 ……そこでふと、後ろが騒がしいことに気づく。


「……喧嘩かな?」


「いや、この騒がしさは私のダメな方の部下だな」





「本当だよぉ!!

 この動きは直線なんだよっ!!」


 ぴょんぴょん、とひとりの少女が跳ねながら手元の地図を持って主張する。

 比較的小柄な少女の彼女は、竜騎兵3番隊隊長の『ヒルデガルド・ハウンド』。

 あだ名は、竜騎兵の騒がしい奴。


「一つだけ言っておきますけれでも、

 だからどうしたというほどの事でも無いのではなくて?」


 答えるブロンドヘアーの高貴そうな印象の彼女は、『リリウム・フェルディナンド』。竜騎兵部隊、2番隊隊長である。


「いやいや!コレは絶対すごい発見だよ!間違いない!!」


「間違いないならもっと早くにここの方達が気づくのではなくて?」


「えーっ!?もしかしたらまだ気づいてないかもしれないじゃないか!」




「多分、アレのことなら知ってますよ」




 ふと、聞き耳を立てていたパンツィアはそう答えた。

 見るからに、ヒルデガルドの方がガーンという表情をしている。


「なんでぇ!?!大発見だと思ったのにぃ!!」


「大発見なのは間違いないのですが、既に発見しているお方がいたんですよ」


「誰ですかそれっ!!ボク気になります!!」


「と、言いますかヘルムス公爵様?

 一体なんのことを話していますのですか?」


「今出現している邪巨神の移動ルートですよ。

 一見、デタラメな軌跡を描いているように見えますが、実はこの星を球体とした場合、思った以上に直進に近い動きでどこかを目指しているらしいんです」


 ほう、と一言興味が湧いたように呟くリリウム。


「それで、このお馬鹿さんより先にその事実を見つけた方というのは?」


「陛下です」


「「ふぁっ!?!」」


 流石にそれは聞いていただけのリリウムも驚く報告だった。


「陛下は鳥類学者でもあらせられます。

 渡り鳥のルートと似通った部分が多かったためにお気づきになったと」


「そうそうそれ!!

 ボクも空飛んでいる時の最短ルートっぽいなって思ったんですよ!!」


「あらまぁ……!

 そんなこと考えもしませんでしたわ……」


「ところでだな、パンツィア?


 それがどういうことに繋がるんだ?」


 と、アイゼナに聞かれると、聞かれたパンツィアではなく、ヒルデガルドの方が固まる。


「……パンツィアせんせー、これってどういうことを意味するの??」


「本当おバカさんで相変わらず可愛いわねぇ」


「リリウムは余計なこと言わないでよっ!」





「お前らぁっ!!

 仮にも姫様直下の竜騎兵部隊の隊長格がガタガタと騒ぐんじゃないっ!!」




 と、1人静かに食事をしていたやや癖っ毛なロングヘアーの人間━━竜騎兵部隊総合副長、ピナリアが怒鳴る。


「……ごめんなさーい……」


「失礼しました、つい……」


「リリウム、一言多いのが悪い癖だ。

 あとバカ、質問をしておいて喧嘩をするな!

 3歩歩いて忘れるニワトリ以下か、ヒルデガルド。お前の知能はその程度か?」


「「すみません……」」


 ふぅ、とため息だけついて、ピナリアはパンツィア達の方へ視線を移す。


「許してやってください、パンツィア殿。

 こいつらはまだ、下っ端気分が抜けないもので」


「気にしてませんよ。つい数日前まで、みんなも新人同然だったんです」


「……お恥ずかしい話で。練度不足がこういったところにも出る」


「私だって、そう簡単に気分を切り替えられませんって。

 どうしたって、どんなモノも惰性から逃れることはできないんです。

 物理的にも、精神的にも」


「その言葉、肝に命じていきますよ。

 して……私も気になるのですが、さっきの話はつまりどういうことで?」


 ああ、とパンツィアは、答える前に少し考える。


「…………いっそ、この4人で見に行きます??」


「「「「?」」」」


       ***


 カタカタカタカタカタカタ……!

 ぴぴぴぴーぴーぴーぴぴーぴー!

 グゥゥゥゥゥゥン!


「う、わ……!」


 壁面を埋め尽くす大量の機械。

 点滅する小さな発光魔導整流器ダイオード、魔力導通コード、基盤、信号変換器トランジスタ、そんなもので埋め尽くされたタンスのようなものが所狭しと並べられた部屋。


「なんだ……これは……!?」


「機械に部屋が飲み込まれてる……!?」


 思わず、すっと手を伸ばすヒルデガルド。




「触ったら死ぬのぜぇ━━━━ッッ!」



 と、突然響く声。

 ふと左を振り向くと、ゆちゆちと小さな丸っこいモノがこちらへ這ってやってくる。


「こらーっ!!ダメでしょーっ!?

 回路には高圧な電流が流れてるのぜーッ!!触ったら死んじゃうのーッ!!」


 ぷくー、と頬を膨らませる、一匹の小さなクトゥルー。

 どうもまだクトゥルーでも幼い部類に入る彼……彼女?が金色の三つ編みおさげ触腕をブンブン振って怒っていた。


「わー、可愛い〜♪小ちゃいクトゥルーだ!」


「わわ!?やめるのぜ!?突っついたらダメなのぜ?!」


 一瞬で興味が移ったのか、ヒルデガルドに持ち上げられた子クトゥルーはつつかれたり撫でられ始める。


「ああ、そのくらいに、そのくらいに!

 マーシャ魔法博士は一応ここのスタッフでもあるんで」


「えっ!?こんな小ちゃい子が魔法博士!?」


「くぅ……もう言われ慣れすぎて反論もできないのぜ……もう僕は11歳なのぜ?」


 と、ぴょん、と手のひらから跳躍して、パンツィアの頭の上に着地する子クトゥルー。


「はじめましてなのぜ、アイゼナ姫殿下もお日柄もよく。

 マーシャ・キリシュマと申しますのぜ。

 専門は数学ぜ」


 ぺこり、と頭だけの体で精一杯頭を下げるマーシャ。


「数学?こんな小さな子が?」


「リリウムさん、彼はたしかに幼いかもしれませんが、物理学の世界でも数々の数式を解き明かした『神童』とは彼のことなんですよ?」


「はぁ……?」


 言われても、とリリウム含め全員が疑問符を浮かべた顔をする。


「くぅ……いいのぜ、数式を意識しないで使っている人間なんてたくさんいるのぜ。84%なのぜ」


「意識しないで使っている?」


「例えば、竜騎兵のブレスを当てるとき、無意識に三角関数で距離を測るのぜ。

 自分の座る位置とワイヴァーンのツノの位置を基点に相手との距離を何となく測っているはずなのぜ?


 そこに具体的な数字を入れるのが数式なのぜ」


 ほぉ、と納得いった顔をする皆に、少しだけため息をつく。


「姫様の部下とはいえ、失礼ながら言わせてもらうのぜ。


 当ててやるのぜ、

 何となく邪巨神のルートが直線なのに気づいた面々なのぜ?」


「はいはい!ボクが直感で!!」


「やっぱりなのぜー」


 はふぅ、と溜息をつき、足元のパンツィアに視線を向けるマーシャ。


「つまり、計算結果をここのおねーさん達にも教えろって事なのぜ?」


「お願いできます??」


「くぅ……これも経験と思うのぜ」


 ぴょん、と地面へと降り立ち、マーシャはゆちゆち歩き始める。


「みんなも付いてくるのぜ。先客と共に計算結果を教えるのぜ」




「そういえば、」


 思った以上に広いこの場所の機械の谷間を歩くうちに、ふとアイゼナが呟く。


「これは何だ?」


「『超高速自動詠唱演算機スーパーコンピュータ』なのぜ」


「スーパーコンピュータ???」


自動詠唱機コンピュータは計算をするにはきわめて有用な機械でもあるのぜ。

 どんな種族だろうと、1、2、3、たくさん、しか普通の生物は数えられないのぜ」


「えーっ!?そんなことないよぉ!」


「そう思うなら、竜の群れでも数えてみるといいのぜ。4数えたら嫌になるだろうし、きっと移動した竜のせいで数え直しなのぜ」


「うっ……たしかに」


「でもコンピュータは違うのぜ。

 1だろうが1万だろうが、足したり引いたりしてくれるのぜ。

 この世の事象は、とどのつまり足し算と引き算で成立するのぜ。

 でもなんで人間にもクトゥルーにもそれが計算できないのかと言うと、脳みそを他のことにも使っているだろうし、『ベクトルの違い』が邪魔をするのぜ」


「ベクトル……?」


「方向、の方が分かりやすいかだぜ?

 前に進む時、向かい風なら計算上ただマイナスなのぜ。

 でも、斜めからの向かい風は?真横からの風だったら?

 こうなると、3引く1は2のはずが、2.5なんて数が出ちゃうのぜ。


 だから……式を複雑にしないといけなくなるのぜ。


 そんなのを紙とペンで計算なんかしていたら、同じ年齢の奴らに変な奴と袋叩きにあうのぜ?」


 軽く言うが、なんとなくマーシャのそれは実体験かのような雰囲気を感じた。


「……つまり、これはそれを?」


「計算するためのものぜ。

 移動する物の計算を簡単にするためにはこーんな大規模な計算機が必要ぜ?

 あそこのタンスみたいなので、この部屋を脳みそで例えるなら、脳細胞一個分の計算機として使っているのぜ」


 ともすれば、学のない彼女らも分かる。

 これだけの広さの脳みそで、高度な計算をしているのだと。






「さて、ついたのぜ」


 ふと、部屋の奥の小さなテーブルのある場所へたどり着くと、すでに先客がいた。


「む?これはお嬢さん方、お揃いで」


「ジョナスさん!なんでここに?」


 そこには、体格のいい青年━━ジョナスと、もう1人。


「いや、僕は彼の付き添いでね」


 彼のやれやれ、と言った視線の先、マーシャ用の小さなテーブル、


 普段は使わないチェアの背もたれに深く背中を預け、テーブルの上に足を堂々と組んで、古く分厚い手帳を顔に置いて寝る男が1人いる。


「…………」


「……おいディード……!淑女達の前ではしたないぞ……!」


「…………」


 全くの無反応。

 いや、無視だ。


「……全くこいつというやつは……!」


「いやいやジョナスさん、これは僕が悪いのぜ。

 今の時間はディードさんにとって本来就寝時間、無理やり起こしたのは僕だぜ」


「━━━分かっているじゃあ、ないか」


 ふと、その分厚い手帳の下から声が出る。


「だったら、何故茶の一つぐらい出さないのかが疑問だなぁ、マーシャ?

 酷いじゃあないか、そうは思わないのか?」


 す、と手帳を取る彼。

 その下から出てきた顔は、なかなかの美形。

 精悍でありながらも綺麗な顔は、不思議な色気さえあった。

 ただ……その瞳の色は、人間らしくない金色だ。


「これが、俺がほんの百年前の血気盛んな時期だったなら、顔の骨が陥没していたところだぞ?


 いや、クトゥルーには骨なんぞ無いから代わりに昼食がわりのイカスミパスタの具とソースになっていたところだ。

 どう思うかな?ん?」


 そう言葉を紡いだ口から覗く牙は、鋭く鋭利な物だ。

 おそらく……吸血鬼種。


「おお、怖い怖い。

 怖いから僕は、お茶では無いけどとっておきを出すのぜ」


 問い詰められたマーシャは、笑ってテーブルを二回ジャンプして飛び越える。

 その下にある、大きなコンピュータ本体脇の、似た形の四角い物の取っ手に三つ編みおさげをかける。

 パカっと開けたそれは、冷蔵庫。

 中にあった透明な液体の瓶を取り出し、扉の外に磁石でくっつく缶抜きでフタを開ける。


「アロウズサイダーなのぜ」


 しゅわしゅわと発泡する透明な飲料を渡すマーシャ。

 ほう、と言いながら受け取る男━━ディード。


「サイダーか……かつては酒だったが、今では炭酸の入った水にに砂糖と香りをつけた飲料になったもの……」


 ぐい、と半分ほど一気に煽る。


「……クハァ〜……!

 相変わらずいい味だ。まるで、夏の夜にふく涼しい風のような爽やかさを感じる」


「機嫌は治ったようなのぜ?」


「一応はな。ほれ、ジョナスも飲め」


 勝手に取った瓶を隣のジョナスに投げ渡す。

 まったく、と言った表情で、ジョナスは素手で蓋を開けた。


「ねーねー、パンツィアせんせー?

 ところで、この人は?」


「ディード・ブラッドフォードさん。

 考古学者です」


「冒険者上がりのな。まぁお嬢さん方も何かの縁だ、よろしく頼もうか」


 パンツィアの説明に、わざわざ指をさしてそう答えるディード。


「ディード・ブラッドフォード……?

 どこかで聞いたことがあるような……?」


「リリウムは知ってるの?」


「思い出せません……でも……」


「私は知っているぞ。

 彼は、有名な『水晶仮面』の発掘者だ」


 ふと、ピナリアがそう言葉を紡ぐ。


「あの、古代吸血鬼文明の……!?」


「まぁアレはまだほんの歴史の闇の入り口に過ぎんよ。

 肝心要の、古代吸血鬼の完全なる遺跡は見つけていないのだからな」


 ぐい、とサイダーを飲み干して言うディード。

 やはりどこか不満そうだ。


「だから、呼んだのぜディードさん。

 多分貴方にもめちゃめちゃ関係大有りな大発見をしてしまったのぜ」


 と、皆が疑問に思う言葉とともにマーシャはテーブルのコンピュータを操作する。

 ふ、と部屋の照明が薄暗くなったかと思うと、天井の丸い機械が魔法陣を放ち、空中に青く丸い何かを映し出す。


「これは……!?」


「現在、東方の蛮族の地図も組み合わせて暫定的に作った地球儀なのぜ」


「なんだこれは……!?不思議な……妙に3次元的と言うか、なんだか我々の慣れ親しんだ映像では無い……!?」


「『描画魔法自動詠唱コンピュータグラフィック』と言うのぜ。

 コンピュータの中で3次元的な絵や映像が描けるのぜ』


 ふと、おさげ触腕を掲げて、魔法を発動し、球体の大陸部分を拡大する。


「まず、これが今現れている邪巨神のルートぜ」


 ヒューン、と赤い線が3つほど現れる。

 ひとつだけ直角に曲がっている線があるものの、それ以外は直線だった。


「次に、過去現れて資料の残っている邪巨神のルートぜ」


 そして、青い線がいくつか現れる。


「最後に、全部の未来予測線をつなげてみるのぜ」


 それらの線から伸びた黄色い線は、ある一点で全て重なる。


「繋がった……?」


「地形や季節風無視して進んでいるから結果の計算は楽だったのぜ。

 さて、ここがどこか分かるぜ?」


 皆が分からなさそうな顔をする中、おさげの動きに合わせてその点が拡大され、ある地名とデータが出てくる。


「ここは、俗に『髑髏大地スカルグラウンド』と呼ばれているのぜ」


「「何ィ!?」」


 瞬間、ジョナスとディードは血相を変えて叫ぶ。


「本当か!?誤差はないのか!?」


「誤差の範囲全部がここぜ」


「なんと言うことだ……!?よりにもよって!?」


「スカルグラウンド……??」


「知らないのかパンツィア!?」


 と、疑問符を浮かべたパンツィアに、竜騎兵隊も含めて全員驚いた顔で見る。


「はい……何処でしたっけ??」


「なんと……!あの転生者演説もあながち間違いないかもしれない気がしてきた……!」


「そこも興味はあるが、まさか知らないとは……!」


「そんなに有名な場所で?」




『知らない方がおかしいッ!!』



 

 綺麗なハーモニーでツッコミを入れられた……


「……どんな場所なんです?」


 その質問に、すこしだけ間を置いてジョナスがまず、こう言葉を切り出す。


「言うなれば、前人未到の魔の大地さ」




       ***



 なぜ、そう呼ばれるようになったのかは諸説ある。


 ブレイディアより南に位置するその場所は、未だ誰のものでもない無法地帯の荒野の先。

 川に沿ってたどり着くその場所は、分厚い雷雨に常に覆われている広大な大地。


 曰く、雷雨の中に巨大な髑髏の怪物が見えた。


 曰く、雷雨を突破した人間が誰一人として帰ってこない。


 曰く、川の下流に髑髏が大量に流れ着く。




 故に、『髑髏大地スカルグラウンド』。




 来るものを拒み、去る者を殺す、前人未到の大地。



       ***


「この1000年間、未だに誰も行った人間は帰ってこない、魔法科学の発達した今でも魔境と言われる場所だ」


「子供の頃から、お母さんとかに話を聞かなかったの、せんせー?」


「お母さんいません」


「ごめんなさい!」


「……しっかし、そんな場所があるだなんて……結構近いんですか?」


「ああ。何もない荒野の先だから滅多なことで人は行かないからな」


 アイゼナの言葉にへぇ〜、と思っているパンツィアの横で、ふとディードがあの分厚い手帳のページをめくっているのが見える。


「……ひょっとして、その大地にディードさんの研究と関係が?」


「結論から言うのならば、ある!」


 ばん、とあるページに書かれた壁画の模写と写真を見せる。


「荒野とは言うが、大きな川のある場所だ。下流にはそこそこの町と、おそらくそこで栄えた小さな古代文明の遺跡群が存在している。

 これは、そこにあった壁画だ」



 モワモワ、という印象を受ける書き方をした壁の中、木の絵、森の絵、なんだか分からない猿のような生物、怖い顔の怪物が空を飛び、中央には山と……


 髑髏顔の怪物が、これだけ余りにも詳しく描かれている。


「なんですか、これは?」


「断定は危険だと思うが……俺は『地図』だと思っている。

 五千年ほど前のもののな」


「地図?まさか……?」


「恐らくは、髑髏大地スカルグラウンドのだ」


 だんっ、と山の部分にあたる髑髏の顔を指差すディード。


「書かれていた碑文にはこうある。


『髑髏の王が治める大地、生と死の渦巻く深き森の場所、真ん中にそびえる山に我らは住んでいた』


 と!」


「『我ら』……?」


「この遺跡は、俺たち吸血鬼種の起源と関わりの深い場所だと俺は睨んでいる。

 長生きな割に人の血を啜り夜を歩く事しか出来んような我々みたいな化物フリークスの、


 何処から来たのか、と言う答えに近い場所だとな!」


 ぱらり、とめくるページには、山の詳細なスケッチの写真が現れる。


「これは……この流れで行くと、もしかして?」


「どの時代にもバカはいるものだよぉ?パンツィア学長。

 髑髏大地にわざわざ向かうようなバカは数知れないものだ。


 が、稀に運のいいバカはいる

 これは、たった一人の生還者が、死ぬ間際に見せてくれたスケッチだ。

 天寿を全うできたバカは後にも先にも彼だけだった……!」


 その山は、ある種なんの変哲も無い火山に見える。

 スケッチには『ここにかつての城跡が』や『溶岩で埋まった入り口?』等のメモが書いてある。


「この山は……まさか、『封印の山』なのでは……!?」


「ジョナスさん?」


「フッ……相変わらず突飛な発想をする奴よ。

 だが嫌いでは無い」


 ふと、ジョナスも彼のメモ帳をテーブルに広げる。


「古代遺跡に描かれた生物が、実際にいることもある。

 僕たち未確認生物学者は、それらを探すのがライフワークでもあるんだ」


「もちろん知ってますよ。

 一見突飛な生物でも、なんらかの条件やその場所に適応した結果、想像もつかない形で存在していることもある。

 レベル5で扱っているヴィゾーブニルも、元は未確認生物でしたしね」


「ああ。そして、この前のゴルザウルスのような、旧支配者も実在した。


 だったら……彼ら吸血鬼種に伝わる古い伝承のある怪物もいるのかもしれない」


 す、と見せたのは、また壁画だった。


 そこには、大きな翼を広げた三つ首の怪物、ゴルザウルスの頭を三つにしたような怪物……とにかく、『三つ首の怪物』の絵が多く乗っていた。


「これは……?」


「吸血鬼種が好んでつける『ドラキュラ』『ドラクル』の名前の語源はご存知かい?


 この怪物の名は、『ギドラキュラス』。


 意味は、要約すると『三つ首吸魂竜』とでも言うべきか」


 その姿こそ、まちまちだが、見せてもらった資料のほぼ全てが、『三つ首』『竜の意匠』と言う特徴があった。


「なんか……怖い……」


「怖いぞ、竜騎兵のお嬢さん。


 伝承によればコイツは、あらゆる命を吸い取り貪る怪物!

 我々のような死なぬからこそ生きてもいない吸血鬼種が、なんとか知恵を絞って封印したとされる大邪巨神だ」


「封印?では、今も生きておりますの??」


「伝えられるこの怪物の伝承によれば、


 かつて、古代吸血鬼種は、『大きな足』と『洞穴虫』という種族とともに繁栄をしていた。


 ある日、時空を切り裂いて現れたのが、このギドラキュラスだ。


 あらゆる命を貪り尽くし不毛の大地を次々に作り出す怪物に、


 元より命がないが故に皆に命を分けて暮らしていた古代吸血鬼種達を筆頭に立ち向かうようになった。


 だが……幾千もの犠牲と文明の崩壊を経ても、結局『封印の山』と呼ばれる火山にギドラキュラスを封印する事しか出来なかった、とある」


「そこからは人の時代だ。

 数を減らした我々は、日陰に生きるようになった……と言うのが大まかな伝説らしい」


 ほう、とパンツィアはそれらの伝説を表したらしい、壁画の模写を見ていく。


「古代吸血鬼の伝承は、俺達が光の精霊教に改宗した辺りから大部分が消え始めている……なにせ教義と矛盾も多い上に、証拠が少ないからな」


「なるほど……」


「ただ、伝説自体は我々人間や、エルフ種から何からまで形を変えた神話なんかで残っているんだ。


 僕は、これが実際に古代に起こったことで、もしやこの髑髏大地には今もギドラキュラスは眠っているんじゃあないかって思っている」


「あまり断言をするな、それも一説に過ぎん。

 だが……俺も全てではないが、概ね真実ではないかと思う」


 ふむ、とパンツィアは考える。

 伝説の地と邪巨神のルートの整合、太古の邪巨神とも言える伝説……だが、


「専門外の子供が何言ってるって言われても言うぜ。


 情報が少ない中、断定は危険ぜ」


「……フン!言われなくても分かっている……!」


 手帳を乱暴に閉じるディード。

 まるで、痒いところに手が届かない、とでも言うべき表情だ。


「…………じゃあ、いっそ行きますか?」


 となると、とパンツィアは言うべき事を言う。


「まさか、髑髏大地に調査を!?」


「待てパンツィア!あそこは、いわばどこの国のものでもない、領土状の『グレーゾーン』だ!

 調査の許可にしろ何にしろ、お父様はそう簡単に首を縦には降らん!」


「知ってまーっす!

 ただ、横にも斜めにも振らないデータはある。

 掛け合ってみる価値はあるよね?」


 しかしだなぁ、と言うアイゼナに近づき、パンツィアは……




「じゃあ、勝手に行っても良いんですかぁ、お姫様ぁ?

 用意なんて、一日で出来るんですよ〜???半日でも良いんですよぉ〜〜???」




 ━━━━天使のような悪魔の笑みで言い放つ。


「…………お前、横に振っても行く気だな?」


「私が行くとは行ってないじゃん??」


「いいや!!お前はそう言うやつだ!!


 いいか、よく聞け親友??


 お前はそう言うやつだ!!!」


 にぱー☆


 この笑顔が答えだ。


「……私からも言ってはみるが、どうなっても知らないぞ?」


「もちろん、私も言うから大丈夫♪」


「こいつ、たまにあの死んだロクデナシみたいな事をやらかす。

 そのくせ手回しやら何やらが完璧にやるんだろう??知っている」


 ははは、と笑ったパンツィアは、くるりと視線を180度回転させる。





「俺だ!暇人学生共!!!フィールドワークの用意と寝泊まりの用意をしろぉ!!!何ィ!?聞こえんなぁ、イエス以外の返事は!!!」


「ラボの諸君!!髑髏大地へ行くぞォ!!今すぐ用意をしていただきたいッ!!」



 ジョナスとディードは、通信機を片手にすでに行く気は充分だった。


「疑問なんだけど、そもそもこう言う人種を止められるのかぜ?

 僕は絶対無理だと思うのぜ?確実に這ってでも目的地に行きそうなのぜ」


「これは、なんとしてでも首を縦に振って貰わないと」


「いいか、竜騎兵諸君。

 こういうのとの付き合いはよく考えてやるのだぞ?」


「「「はい、隊長殿」」」


 全員呆れたと言うべきか恐れおののいた顔でそう言う。





「……え?それはどう言う事だい?」


 ふと、通信機を片手に生物学部の人間と話していたジョナスがそう声を上げる。


「どうかしました?」


「ああ……すまん、ついでに学長どのに報告する、詳しいこちは後で」


 と、訪ねたパンツィアに待ってもらい、通信を一旦切るジョナス。


「いやすまないね。実はパンツィア君。

 妙な、報告が上がってね」


「妙?」


「君が倒したゴルザウルスに関して、回収した破片から細胞サンプルを調べたんだが……」


 ふと、ジョナスは考え込むような表情になる。


「…………


「え?」


「今まで、順当に全く同じ細胞の邪巨神ばかりだった。

 だが、ゴルザウルスは違ったらしい。

 今までとは全く違う細胞と二重螺旋構造だ。


 いや、それも少し違うな……」


 本人も、何故なのか分からないと言いたげに丸太のような腕で頭をかく。


「……既存の生物の二重螺旋構造、細胞らしい」


「え?」


「近いのは地竜種だ。


 ゴルザウルスは━━━━この世界に生きる、れっきとした竜種、と言う事らしい」


 それは、帰って不気味な話だった。


「アレが……地竜種?この世界の、常識の中の生物だって言うんですか?」


「僕も混乱している。どう言う事だと思う??」


 専門外で、答えることはできない。

 ただ……これだけは言える。



「やっぱり、調査は妥当かもしれません。


 嫌な予感と言うべきか、何かこう、定説を覆される瞬間に立ち会うような、嫌な予感が……」



       ***



 そうして、ブレイガーO改修作業と並行して、髑髏大地調査団の編成が始まる事となった。



       ***





















 千年前、


 ━━━━髑髏大地スカルグラウンドの一角




「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?!

 じゅ、重力魔法なんて私やるのもはじめてでぇぇぇっ!?!」



 ズン、と腐葉土に頭から顔を打ち付ける。


「……〜〜っ、プハッ!?」


 いたた、と鼻をさする金髪の女性は、涙目のままなんとか立ち上がる。


「なんて無茶苦茶な攻撃なのだわ魔王!!

 ああ、ここはどこ〜??

 まさか『最果て』近くまで吹っ飛ばされるだなんて……!?」


 ボスン、とすぐ近くで何かが落ちる。


 振り向くと……そこには、さっきまで戦っていた魔王配下の四天王の一人の鎧姿が……!?


「にょわーっ!?」


 脱兎のごとく逃げる。

 当然追いかける黒い甲冑の四天王。


「くっ……!」


 鬱蒼とした森へ突入。

 取り出す魔法銃マスケット。込める弾丸、流すは魔力。


 狙いは……上。


 ズンとあらぬ方向に撃った弾丸は、空中で突然威力を殺さずに曲がり、四天王へ襲いかかる。

 切り払おうとした弾丸は再びありえない軌道で曲がり、鎧を撃ち抜く。


「……!」


 瞬間、次弾が二発立て続けに襲い来る。

 そのありえない軌道に翻弄されているうちに、この鎧の魔族は相手を見失った。




「ふぅー……!!」


 茂みに隠れて、様子を伺う。

 相手はゴリゴリの近接タイプ。

 近づかれればアウト。マスケットも構造上連射が不可能だ。


(どこに……?)


 ふと相手を見失う。


 ━━━瞬間、凄まじい『悪寒』が背後からやってくる。


「!」


 慌てて飛び退いたその草場が、周りの木ごと切り払われる。


 無茶苦茶な!


 と思う間も無く、隠れられる場所はどんどん伐採ばっさいされていく。


「庭師にしては殺気立ちすぎなのだわ!!」


 撃てる限り早く撃ちながら後退していくが、やがて逃げ場は消える。


 そこは崖の上だった。

 進むも戻るもできはしない。


「はぁ……はぁ……」


 息が荒い。相手もそうかはヘルムに覆われた顔が見えず分からない。

 一瞬、相手は距離を詰めて大きく振りかぶる。

 とっさに愛銃で受け止めるものの、完全に組み伏せられる形になった。


「……」


「く……うぅ……!!」


 頭のすぐ目の前に刃が迫る。

 万事休す。




 ……ズゥン……!




「「!?」」


 その時、そんな音が響いた。

 やがて、メキメキと言う音と共に、すぐ目の前の崖から何かが登ってくる。


 陽光を遮る巨大な影。

 悪臭と共にやってくる風は、奴の吐息。




(何!?この━━━━━━!?)




 こちらを見る巨大な瞳。





 二人の目の前には、


 巨大な『髑髏の怪物』がいた。




       ***

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