act.6:魔法博士達の朝





 ━━━三日目にして、デバッグは終了した。


「お、終わっ、終わわわわ…………


 くぴー?くぴぴぴー?くぴぴー!!」


「けけっけけけけっっっけけけーん!」


「しぇしぇしぇしぇ」


「……そうだ……私たちのやったことは無駄じゃなかったんだよ……!

 みんなが走り続ける限り、私はその場所にいるよ……!


 だから……!


 止まるんじゃねぇぞだよ……!」


「「「「うーん……コフッ」」」」




 時刻は午前4:30

 自動詠唱用刻印紋章コンピュータシステム班、全員が緊急入院した。


       ***


 早朝、日の登り始めたあたり。


「ん?」


 ある理由で早くに、ブレイガーO格納庫までやってきていたパンツィアは、意外な人物がブレイガーO近くにいることに気づく。


「セリーザ博士!珍しいですね?」


 ピクリ、とまず髪から伸びる『蛇』がこちらを向く。

 ややあって、こちらを振り向く右目に眼帯をした女性の顔。


「学長。随分と朝が早いですね」


 彼女は、いわゆるゴルゴーンと呼ばれる魔族だった。

 セリーザと呼ばれた彼女は、静かにそう口を開く。


「ちょっと、ここの工具が必要で……

 セリーザ博士こそ、いつもみたいに研究室に籠っているのかなって思って驚きでしたよ……おっと、言い方が酷いですね、すみません」


「いえ、どうせ事実ですから……

 ただ、こればかりは私の手でやらねばいけないものですので」


 見ると、ブレイガーO胸部脇にあるファンの部分のメンテナンスハッチを開いている。

 ああ、とパンツィアも納得する。


「『ミクロハイドロゲン』ですか」


「ええ。すこし、散布部分に不安があったので」


「あなたにこんな事を頼むのも心苦しいです。

 ……兵器転用に等しいことを命じるなんて」


 一瞬、気怠げだったセリーザの目が見開かれ、頭から生える蛇が大きく牙を剥く。

 あ、と気づいた時には……彼女は口元を押さえてうずくまっていた。


「しま……ごめんなさい。これは……禁句でした……」


「……ミクロハイドロゲンは兵器ではないのですよ、学長……」


 ふらふらと立ち上がり、メンテナンスハッチ内にある透明な管の中身を触る。


「この世で最も小さな元素である水素に、雷魔法を付与する事で物体同士を結びつける電磁力を無力化し、原子間の結びつきを綻ばせる。

 水素の腐食性も相まって、あらゆる有機化合物は直ちに分解される……」


「……元は、毒化合物や鉛で汚染された大地、水質を改善するための物ですものね……軽率でした」


「良いんです。実際有機物の腐食性で言えば…………これを超えるものは存在しません」


「……」


 上を向けば、ブレイガーOの巨大なコンプレッサーが見える。


「……『強腐食旋風砲ウェザリングトルネード』、か……

 言ってしまえば毒ガス散布装置……数百年前の戦争の再来のようで心苦しいのも本音です」


「……ならば、なぜそんなものを付けたので?」


 セリーザの視線は、ゴルゴーン特有の石化魔法を放ちそうなほど鋭かった。

 ……つくづく、分かっていただなとパンツィアは自分を恥じる。


「……超再生獣邪巨神 ザンダラ。

 例の、中々死なない邪巨神の名前です」


「それを殺すために?」


極大炎熱魔砲ブラストバスターは火力が強すぎて、破片を残す心配があります」


 事実、ゴルザウルスは完全に焼ききれなかった。

 だからサンプルが手に入った。


「……必要なんですよ、今だけはどうして」


 がしり、と肩が掴まれる。


「あなたは若い上に人間だ。

 だから、と言うものが何も分かっていない」


 魔族特有の怪力で、身動きできない掴まれ方をされ、そうして動けない状態でセリーザは言う。


「今必要なら、次も必要と考えるのが道理。きっとこの兵器は永遠に使われ続ける……あなたが使い続ける……!」


 ずぅ、と真上から顔を覗き込んでくるセリーザの視線に、文字通り蛇に睨まれた蛙のようになるパンツィア。


「科学は、決して明るい未来だけを作るものじゃない……!!

 負の遺産、永遠に続く争いを生み続ける『災禍の引き金』でもある……!!

 その報いは……こうやって作った人間に跳ね返る……!」


 す、と眼帯をずらすセリーザ。

 痛々しい傷の、瞳のないその場所を見せる。


「こうなってからでは、全て……!分かっているのですか、学長……!?」




「分かっているから、一回分の使用量以外は入れていない」



 パンツィアは、セリーザの腕を掴み返して反論する。


「……あなたの気持ちを全部は理解できない。私は、それでも魔法科学に希望を持っているんですから。

 ……ザンダラは、厄介です。場合によっては散った破片からの群体化もありえる。

 そうなる前に全てを叩く必要がある」


「そう言ってまた……!」


「私が『強腐食旋風砲ウェザリングトルネード』を使うのは、これ一度っきりだ!!」


 言葉に意思を乗せ、強く放つ。


「それ以上言えないのも分かっています……けど、私の意思はそれだけです」


 す、と力の抜けた腕をはずし、パンツィアはすたすたと歩く。


「じゃ、また」


 素っ気なく、そう言って立ち去る。

 今は、それでいい。


「……」


 その背中を、ただずっとセリーザは見ているだけだった。


       ***


「んなぁ、お前よぉ〜??

 あのなんかおっかねぇセリーザ相手によぉく啖呵たんか切れるよなぁ〜〜??」


 ちょうど隣で、同じくここの工具を使いに来たテトラがそう言う。


「別に。ただセリーザ博士の言うことも一理はあるよね。

 我々は恐ろしいものの引き金の軽さを簡単に忘れちゃうから」


 ちょうど、作業を終えたパンツィアは、自分の目の前でしゃがんで電源を切っていたノインを起動させる。


 ブゥン


 目を開いたノインは、立ち上がり自分の体の様子を見る。


「改造完了!クルツさんの自動人形に手を加えるのは緊張するよ〜〜……まさに芸術品で」


「お疲れ様でした。まぁ創造主様はクズで変態ですが、腕だけはいいので


 ……それは、まぁ所詮カスの話題なので良いのですが……」


 ふと、いつも通り創造主であるここにはいないクルツを罵倒したノインは、自分の胸を両手で触る。


 ふに、ふに、と豊かな感触の双丘を揺らし、やや困ったようにパンツィアを見る。


「大分、胸部の反応魔導路のサイズが肥大化していませんか?」


「…………私だって断腸の思いです……!!」


 目の前で、見せるためにも自分で揉むノイン双丘にギリギリと歯をくいしばるパンツィア。


「なぜここまでのサイズアップを?

 自動姿勢制御オートバランスは問題ありませんが、下方視界がすこし……」


「新機能のためにエネルギー系統を相当弄りました!!!

 分かったから揉まない!!

 そのデッカいメロンの北半球をご主人様に見せつけないっ!!」


「お前がデッカくしたんだろ?」


「知ってますよー、小玉スイカちゃん!」


 ちょっとここの一部分のサイズが可笑しい。いや転生してから思っていた。






 ━━━みんなちょっと大きすぎないか!?


 背とか、胸とか、平均でFとかザラなんじゃあ、ないのかな!?


 そうそう、背もなんやかんやで160台が多いと言うべきか、150かその下は殆どいない!!

 それどころか数少ない自分と同じギリギリ140センチ台にいる隣のドワーフは、主に胸がデカい!!


 そういえば、竜騎兵部隊も一番身長の小さなヒルデガルドも、あの無邪気な性格に反比例して中々大きかった気がする!!


 いや、他の人たちは最早何もいえない!!


 胸も背も完璧も負けているんだからッ!!


 …………そういえばピナリアさん、背は高いけどペタンコだったな……


       ***


「くしゅんッ!」


「どうしたピナリア?風邪か?」


「いえ、姫様……何やら胸が苦しくなるような悪寒はしますが大丈夫です……」


       ***


 ━━━ってぇ!?

 あの人竜騎兵部隊で一番背が高いじゃん!!170じゃん!!

 勝てる気がしねぇぇぇ……私は、もしかして一生チンチクリンのままなのでは!?




「くぅ……」


 パンツィア・ヘルムスが、自分の背格好のあまりの小ささに悶える時間は、


 僅か、0.05秒にすぎない。


 しかし、ダメージは常に4倍になる。




「ぬっふっふぅ?中々成長できず、悶々と周りが大きくなっていくのが耐えられないのだな??」


「まだ私15歳ですしぃ?まだ成長期……ん?」


 ふと、背後からそんな声がしたので振り向くと、ニコニコ笑う一体のオートマトン・メイドがいた。


「ほーれ、パンツィア様。そんな成長期な子には大きめのジャンボフランキスをくれてやるのだ」


 ピコピコ、と頭の機械的なネコミミを揺らし、彼女はマスタードとケチャップたっぷりの長めで太いフランキス━━腸の肉詰め串焼きを、なぜか猫の手を模したミトンのはめられた手で器用に差し出す。


「あ、ども」


「コラ、No.7《ジーベン》!!

 私のご主人様に何故そんな栄養の偏った物を!!」


「ぬっふっふー、毒も食うなら皿までというぞなもし。

 どうせ黙っててもお野菜が食べられるいい子にはキチンとタンパク質を与えるのだな」


「お、出来たのかよ!?オイラの朝飯!!」


「まぁそう焦るなご主人。

 No.4《フィーア》、カモーン!!」


 猫風のミトンを装着しているにもかかわらず綺麗に響いた指パッチン。


「はいはーい♪

 朝ごはんですよーご主人様ー♪」


 と、返事をしながら、今度はイヌミミっぽい機械を頭から生やすオートマトン・メイドが、ワゴンにこんもりと盛られた大量のアツアツなフランクスを運んでくる。


 そして、ガタンと乗り上げたスパナがその拍子に綺麗に彼女の足に直撃し、彼女だけが転んだ。


「へブッ!?」


「フィーア!?」


「うぅ……鼻が痛いよぅ……」


 涙目っぽく表情を浮かべるフィーアというオートマトン・メイドに、慌ててジーベンが駆け寄る。


「落ち着けフィーア!我らに痛覚なぞないのだ!!

 気のせい!鼻が痛いのは気のせいだぞ!」


「気のせいでも痛い〜〜!」


「はぁ…………コレが本当に私と同じ第3世代型なのかしら?」


 と、ノインが言うと、二人がすごい表情でノインを見る。


「あーっ!!その言い方は酷いよぉ!!

 私の方が番号が早いんだよ!?

 お姉ちゃんなんだよ!?」


「ちょっとばっかりミスするのは誰だってあるのだなーッ!!ふしゃーっ!

 それにこの通りフランクスだけは見事無事なのだ!!」


 はいはい、と、人間のように頭痛がするような気分になるノイン。

 第3世代オートマトン・メイドに個性があるのは構わないが、もう少しこの二人はしっかりしないだろうか、と静かに魔導人工頭脳の秘匿領域で思う。


「んなぁ事よりお腹が空いているご主人様ほっぽっとく奴は誰だコラァ!!

 朝飯前なんだぞぉ!!」


「おおっとご主人失礼したのだな!!」


「ほら、いつものケチャップとマスタードはたっくさんあるから好きに塗っていいよー!」


 やったぜー、とテトラは自分に仕えるオートマトン・メイド2体に持って来させた大量のジャンボフランクスを食べ始める。

 あの小さな体のどこに入るのか?


「……あ、でもコレ美味しいー……!

 ケチャップとマスタードもいい感じで……!」


「あの2体、アレで料理の腕前はクロワッサン様お墨付きですからね。

 全て手作りでしょう」


 へぇ、と言ってパンツィアもそれを多少はしたないとは思うが頬張って食べた。


       ***


「ノイン、手身近に済ませるよ。

 システムアップデート開始」


「承りました」


 ノインの視界に映るデータの数々、

 それに加わる、風速計、方位測定機にのデータ。


「システム正常。魔力系も問題ありません」


補助翼フラップと推進器動作」


「了解」


 彼女の背部がせり出して、推進器の顔を覗かせる。

 足の部分の推進器もハイヒール型脚部のつま先近くという場所でもしっかりと動き、肩や背中のカバーがわりの補助翼が動く。


「問題は今のところありません」


「じゃ、ちょっと?」


「はい」


 瞬間、エンジンの爆音と共に、ノインの身体が浮き上がり始める。


「姿勢制御、出力調整」


「おぉ……!!

 飛んでる!!」


「ウィンガー開発のオマケで考え付いたんだー。

 ジェットエンジンの小型化のテストでもあるけどね」


 すいー、と空中を緩やかに浮遊移動ホバリングするノイン。


「ノイン、もういいよ!

 結果は良好!」


「はい」


 指示通りに緩やかな出力調整で床へと降りるノイン。


「おー!」


「パチパチなのだー!」


「すごーい!」


 初飛行成功の拍手を受け、ノインはスカートの裾を持ってお淑やかに一礼する。


「やったなぁパンツィア!

 お前にかかれば何でも空が飛ばせるってんなぁ!」


「はは、まぁね……」


 ふと、パンツィアはあまり嬉しそうではない反応をする。


「?

 ご主人様、どうかなさいました?」


「…………つい、さっきセリーザさんに言われたことをさ、思い出してね……」


 ふぅ、とため息が漏れる。

 ややあって、パンツィアはこう、口を開く。


「私が転生者だって別に信じなくてもいいけどさ、


 私が元々生きてた世界にはある科学者がいたんだ。

 名前はアルフレッド・ノーベル。

 鉱山の岩の除去に役立てるため、新しい爆弾を作った人。

 当然戦争でも使われた……けど彼はこう考えた。


『きっとこんな威力を使い会うなら、お互い慎重になり戦争をする事はなくなるだろう』


 ……そんな訳はなかった。


 彼は、晩年そんな自分のした事を後悔して、その爆弾の利益で得た大量の財産を、平和に貢献した科学者に送る賞という形で残したんだよ」


 ふと、この場から見えるブレイガーOを見るパンツィア。


「…………あのブレイガーOも、今は対邪巨神用だけどさ……


 いつか、あれが人間同士とかこの大陸に住む命全てと戦うために使われたらって、考えちゃったよ。


 そうなったら、きっと天文学的な数の死人が出る。


 想像しただけで怖いよ。


 私多分、そんなことになっても何もできそうにないから……」


 パンツィアは、そんな嫌な未来を思い描き、苦しい顔になってしまう。





 何故だろう

 誰かを救えるはずの力で、

 誰もがまた、争うのは





「んなぁおまえさぁ、なんかヤベー病気でも見つかったかぁ?」


 え、とテトラの予想の斜め上な質問がやってくる。


「金もあるし、頭もいい健康な人間がよぉ〜、何死にそうなこと言ってんだよ。

 そういう人間はなぁ、バカやってなーんも考えずに明日は晴れ!って感じで過ごすもんだ。

 んなこと思う奴は明日死ぬような奴とか、今日死のうって考えてるような奴だけだぜぇ〜〜??

 オイラんだったら、飯食ってゴロ寝して適当に遊ぶぜ〜〜??

 イェーイ、今日も最高〜〜、ってなぁ〜〜♪」


 あまりにあまりな、にかー、と言うあっけんからんとした笑みで言い放つテトラ。


 ━━━流石にピキィ、と頭の血管ぐらいはキレる。


「出来たらやっとるわいッ!!!

 この能天気ロリ爆乳ドワーフ!!!」


 パァン、と朝の日課で培った見えないほど早い正拳突きを叩き込んでおく。


「おぉ、攻撃見えねぇわー!」


 ━━━軽く受け止められたが。


「こっちは真面目なのにその返答なにさ!!」


「嫌でもこれも真理だろぉんなぁ?

 人間もエルフもドワーフも神族魔族関係あるかぁ?

 普通はもっと自分に都合よぉ〜く考えるもんだぜぇ?」


 ふと、テトラはそうパンツィアへと言葉を投げかける。


「そのノーベルとか言う奴も、後悔したのは全てが終わってからだろぉ?

 んなぁ〜〜もんが普通って奴だぜ〜。


 やる前から、『これはマズイかも』って考えて『行動できる』奴が異常って奴さね。


 へへ、まぁそれが『できる』っていうのは素晴らしいとはオイラ思うけどなぁ〜〜」


「……」


「まぁ、要するに、

 お前なら大丈夫だってこった!」


 バンバン、と割と痛い勢いで肩を叩かれる。


「……本当にそう思う?」


「どうせお前だ、ブレイガーOがもしも戦争に使われるってわかった瞬間に全部ぶっ壊すぐらいやるだろ。

 意外と凶暴だしよぉ?」


「……それもそうだけどさ……」


「んな心配な顔すんなよぉ〜!

 いざって時はオイラも味方さ!!

 間違ってたらお前をぶん殴るし、正しければ一緒にぶん殴りにも行ってやるからよぉ〜!

 オイラ達妙にウマが合う中じゃあねぇかぁ!

 もうちっと信用しろよなぁ〜!!」


 どん、と胸を叩いて言い放つテトラ。

 …………なんだか、とてつもないまでの信頼感を覚えてしまう。


 いや、きっと彼女は本当に本気でそう言っているのだろう。


「……その時はお願いします」


「おう、任せろや!」


 そうだ、十分信用できる。


 パンツィアとテトラはお互い拳を付き合わせてそれを実感していた。


「……しっかしよぉ、もう百年経ったとはよぉ、こっちも驚きだぜ〜〜」


 ふと、そんなことを言い始めるテトラ。


「……テトラちゃん、経験者だっけ」


「当事者、さ。オイラもおてては血みどろさね」


 ちゃら、と首からかけていた軍識別標ドッグタグを取り出す。


「百年前はよぉ、それまでみたいな『いくさ』じゃねぇ。

 仁義もクソもねぇ、初めてで一生やりたくはねぇ『戦争』って奴だったよ。


 今は大解体された人間至上主義の大帝国こと『鉄血帝国』っていうところと、他の奴らのな!


 ああ、この国の名前はあんま出すなよ、マジで名前ももう呼びたくはねぇ」


「酷い国だったんですね」


 ぺっ、とテトラが反対側に吐いた痰を素早くバケツで受け止めるジーベン。


「オイラ達にとっちゃなぁ。

 亜人が奴隷になったのはオイラの爺さんの頃の話だけど、アイツら奴隷どころか『食料』にまでしてたらしいからな」


「……倫理も何もあったもんじゃないですね」


「まぁオイラも詳しく知らないで、塹壕の中で首刈りまくって相手の陣地に蹴り飛ばしてたけどな」


「えっ……!?」


「そーそー、それが正しい反応だぜ!!


 その時まではよぉ、亜人だろうと何だろうと簡単には殺せなかった!

 武器だとか戦法とか魔法の質のせいでなぁ……だから殺しが上手い奴は『英雄』で『悪魔』だったんだ!


 けどな、戦争の時代はそこが最早違う!


 簡単にお互い死ぬんだよ……生き残るのが難しいからよぉ、簡単に殺せるってことはな!


 頭もおかしくなるし、残虐にもなるわな、


 大義名分なんざ、支援砲撃の音で消えるし、耳が残ってる奴も少ないから意味もねぇよ!!


 ……オイラまだ能天気な方で生きていられたけど、もう2度とあんなのごめんだね!!」


 ふぅ、と、フィーアに渡されたヤカンの水を一気飲みする。


「……けど、オイラもせいぜい、100人ぐらいしか殺しちゃいねぇ。


 けどセリーザの奴はなぁ…………

 アイツは、頭が良かったせいでよぉ、んでもって、きっとお前の言ったノーベルとか言うのと同じタイプだったんだろうよ」


 苦虫を噛み潰したようなテトラの顔を、初めて見た気がする。


「…………だからこそ、今も?」


「ああ。耐えられなかったんだんなぁ。


 5ケタも殺してしまえばそうもなるんだよなぁ……」


       ***


「くぴぴー♪くぴぃー♪」


「白黒茶……おうまさんがいっぱぁい……♪」



 死屍累々の医務室、



「すみません、睡眠薬をください」


「帰れヤク中!!」



 開口一番、セリーザにそう中指を立ててビュティビュティはいい放つ。


「ダメですか」


「ダメに決まってるでしょぉ!?!

 あなた、ラムネじゃないんですから、睡眠薬はぁ!!」


「じゃあモルヒネください」


「帰れヤク中!!禁断症状で死ね!!」


 おおよそ医療従事者が言うべきではないセリフを吐き続ける。


「……ダメ、ですか?」


「どうせ効かない物渡してどうするって言うんですか、体質考えなさいって話ですぅ!」


 ほら座れ、と髪の毛の蛇を引っ張って椅子に座らせる。


「んなことしたところで、心的外傷性精神負荷症候群(PTSD)から逃れられる訳ないでしょう!」


「……逃げてはいけないのですか……?」


「逃げてるとは思えないんですけどぉ!?

 あなた、逃げるフリして悪夢の中に飛び込むとかドマゾにしては上級者過ぎません??

 一切の気持ち良さ無いのに??

 何がしたいんですかまったく……」


「何をしても追いかけてくるんですよ、悪夢が」


 セリーザは、ビュティビュティと一切視線を合わせずに、クマの出来た目を虚空に向けて言う。


「5ケタを殺しました。私のYXガスで。

 初めは、ただ少しだけ敵の基地へとガスを投下しただけなんです。

 兵が全て死んだ時、なんてことをとも思いましたが、こう思ったんです。


『なんて恐ろしい物だ、あまりに酷い。

 でも、これほど恐ろしい物なら彼らもきっとこの争いに意味がないことを理解してくれる!』


 それほどの威力でした。


 でも、何故でしょう?

 彼らはその後も向かっていきました。


 彼らの前線を崩壊させても、彼らの大きな街を二度と使えなくしても、彼らは恐ろしいと感じないかの如く、私たちに戦いを挑みました。


 気がつけば、私のYXガスは、


 彼らの首都を永遠に人が住めない不毛の大地にしてしまいました。


 私は、YXガスを唯一遮断できる防護服を着て、首都に入ってみました。


 あれほどまでに、執拗に攻撃を諦めなかった彼らは、いったいどんな怪物なのかって、純粋に疑問に思ったのですよ……」


 うぅ、と突然えずくセリーザ。

 す、と慣れた足さばきでゴミ箱を彼女の前に移動させた瞬間、思いっきり彼女は胃の中身を吐き出す。


「……おぇ……げほごほ……!!」


「汚ったなぁーい。

 いつもいつもそこで吐くんですから」


「あんなもの吐きたくもなる……!


 つい少し前まで普通に過ごしていた人間達が、皆地獄の苦しみを味わった顔で息絶えていた街なんて……!!」


 ガタガタと身体を震わせ、髪の毛の蛇も怯えるように丸まっていく。


「……毎晩夢に彼らは出てくる。

 何も言わないんですよ、もう死んでいるんですから。

 恨み言も呪詛も何も言わずに、毒ガスの満ちた街でただただ静かに死んでいる姿で……!!


 気が狂いそうで、短剣で目から脳を貫こうとして失敗してしまったのが今でも悔やみきれない……!

 一度失敗した私は、また自殺する勇気までなくして……!!」


「はいはい、分かった分かった分かりましたよ、この話もう56回目じゃないですかもー……


 そうじゃないでしょうが」


 ぐい、と震えるセリーザを引き起こすビュティビュティ。


「あなた何作った?」


「!」


 その簡素な質問に、セリーザはコレでもかと目を見開く。

 瞬間、何も言わせる前に飛び跳ねるように回れ右をして、医務室を走って出て行った。


「……図星だよ、普通そう言う話は嘘でも『何のことか?』って聴くもんでしょう。

 逃げるなんて、つまりはって自分で自白してるだけじゃないですかもー……」


 やだやだ、といつも通り吐瀉物塗れのゴミ箱を片付け始めるビュティビュティ。


「…………守秘義務は流石に守るか……」


 ……一瞬、彼女も真剣な眼差しを立ち去ったセリーザの方向へと向けた。


       ***


 HALMIT錬金術区画。

 要するに化学部門最大の研究連。


 地下の奥の小さな道の先、すぐ脇が掃除用具入れの部屋がセリーザの研究室。


 重い扉を閉め、鍵を上から七つ全てかける。

 危険物漏えい防止━━━という名の侵入防止のための魔法障壁発生装置を起動。

 最後に、バケツいっぱいまで汲んだ水をぶちまけ、ゴルゴーン族固有魔法の石化で固めて簡単に壊れない『石の壁』を築く。


 ……ようやく、安堵の声が漏れる。




 研究室は、案外綺麗に整頓されており、研究内容を収めたファイルもナンバリングごとに丁寧に分けられて付箋まで貼ってある。


 ……一箇所だけ、黒いファイルだけが封印テープのようなもので雁字搦めにされている。


「…………、」


 グアア!!グアァ!!


 研究室の中央には、巨大な水槽のようなものがあった。


 その中には━━━━恐ろしい顔をした毛むくじゃらの怪物、


 そう、あのザンダラの再生体がいた。


「朝から今までの短い時間ですでに170cm程度まで成長……やはり早すぎる……」


 すぐさま、水槽に備えられたボタンを押す。


 瞬間、凄まじい勢いである液体が噴射され、ザンダラの体から大きく白い煙が上がる。


 のたうち回り、苦しみの声を上げるザンダラ。

 だが……焼けただれる速度より再生する速度の方が早い。


「ダメだ……やはり、だ……!」


 セリーザは、再び襲い来る震えに耐えるよう、その場にうずくまる。


でしかこの怪物を殺せない…………!!


 だが、ダメだ……だけは……!!」


 すぐ近くに位置するテーブルの上、

 水槽と繋がった、ケーブルの先、


 中央の透明なシリンダーの中に、丸い金属球状の何かが浮かぶ装置を見る。




「こんなものを…………今の世界に出してしまうのは…………危険すぎる……!!」




       ***


「よし!」


 パンツィアは、専用スーツに着替えを終える。


「じゃあ、最初の起動実験と行こうか!」


 そして、ブレイガーO改修後初の起動実験を始めることとなる。



       ***

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