act.3:ケンズォ最大の発明



「いやぁ、そんな訳で、みんな待たせてごめんね?

 早速僕の研究の発表を……」


 直後、おぉと言う歓声と共に、ケンズォではなくその左脇に人だかりが出来上がる。


「これが、飛竜でもグリフォンでもペガサスでもない、完全に機械で空を飛ぶ物か!?」


「ああ!?この両脇のォ!!この両脇の機械はァ!?

 この魔法陣!!かのヴァールファラ神国のッ!!

 空に浮かぶ大陸の下に刻まれたものと同じッ!!

 寸分たがわずとは行かないが、間違いなく同じ魔法陣だァ━━━━━ッ!!!」


「何ィ━━━━━━ッ!?」


「するとこれは反重力魔法!?

 おおよそこの広い世界でも、神代の魔法の再現は少なかったはずだが……とうとうこの恐るべき魔法を再現したというのか!?」


「いやだが、文献も実地調査も研究もした私が言うが、コレは浮かび上がるだけで前には進めないはず!!

 つまりはここにある何かの機構が推進力を!?」




 そう、ケンズォは無視されていた。

 すっかり注目はパンツィアの乗ってきた飛行機械……ウィンガーだった。



「あはは…………飛び入りのぽっと出のはずなのにめっちゃ注目されてるー」


「飛び入りだからだッ!!文字通りのッ!!

 ッ!ッ!!」


「わーどうしよう、ふて寝しようか僕?」


 一人の占い師然とした褐色肌の大男魔術師の言葉に、割と心からそう思っていそうな虚無の笑顔でケンズォはパンツィアに言い放つ。


「お爺ちゃん、ここは任せて。すぐに注目は戻るよ、なんせ……」


 ふと、自分に注目していた視線達に顔を戻すパンツィアは、少し息を吸い大声ではないが聞こえやすい声と限りなくハッキリとそれでいて自然に、こう言った。




「このウィンガーの欠点二つのうち一つは、こちらケンズォ・ヘルムス最大の研究の成果のよって、かろうじて実用レベルにしたからです」




 一瞬、この場にいた魔導博士達の顔に驚きが走り、一気に注目はケンズォに戻る。


(いいね!流石出来た子だ!)


(後はどうぞ、お爺ちゃん?)


 なんやかんやと付き合いが長い二人は目配せで合図をし、早速ケンズォは、後ろの台車に置いておいた物を台車にて持ってくる。


「コレは、僕が説明すべきではない事だけどまぁ……許可は出しているみたいだから、言わせてもらおう。


 私の一番弟子パンツィアの飛行機械試作機であるウィンガーは、さっきも誰かが言い当てた通りかの空中大陸を浮かせる神代の魔法、その完璧な再現だ。


 だが、欠点もある。

 だって神様の魔法陣だよ?

 ま、」



「━━━魔力消費も神様級のはずだ」


 ふと、ケンズォの言葉を遮り説明をする声がある。


「それも、本来アレは半永久的に稼働させるため、周辺の魔力をかなり大量に吸収する魔法も重ねがけでしなければいけん代物だと、私も思うがね?」


 ふと、魔法博士達をかき分け、体格の大きな若い男がやってくる。

 特徴的な柱のように固めた髪に片眼鏡、体格には少し不釣り合いだが上等なスーツを着た若い男だった。


「おや、洞察力はいいようだけど、人の話を遮るのはちょっと失礼じゃないかな?」


「いや、失礼した。何分、神代の魔法には私の研究にも大いに関わるもので。

 申し遅れたが、私はジャン・ピエール。

 トレイルから来た者だ」


 ふと、おぉ、と周りからどよめきが聞こえる。


「ジャン・ピエール……!

 トレイルの『ピエール魔導杖製作所』の……!」


「大陸の攻撃魔導師の杖のシェアNo.1にして、その他の武器の開発や製造に携わった、『死の製造業』……!」


「しかも、本人も魔導博士としても一流!自らが設計や実地テストまでするというあの若き天才が……!」


 どうも、相当な有名人らしい。

 だが、最近自分の研究のせいで噂話や世間に疎くなっていたケンズォとパンツィアは、今初めて知った事だが。


「……なんだかすごい人なんだなぁ……」


「私から見れば二人とも同じ感想ですな」


 それで、と彼━━ピエールは続ける。


「話を遮ってしまったことを改めて謝罪しよう。

 それで、ケンズォ・ヘルムス魔法博士殿、一体あなたは何を作った?


 神代の魔法を動かす何かとは、改めてなんなのか知りたい。


 ああ、とても知りたいね私は……!」


 ビシッと指差された上で問われる。


「…………いやいやぁ……ここまで聞けば予想はできるんじゃないかなぁ?」


 問われた本人は、何やら含みのある笑みを浮かべ始めた。

 そして、ゆっくりと台車の上に載せたあるものを指差す。


「まぁ何のことはないよ。


 僕が作ったのはただのすっごい魔力炉さ」


 一瞬、周りはその言葉にどよめく。


「魔力炉……?

 いやしかし、アレは空気中に漂う微量の魔力や、周りにいる生物や鉱物の魔力をかき集めて使うものの筈だ。

 出力もそう高い物ではないし、無理にやれば吸われた我々や木々が死ぬはずだが?」


「あー、うん。既存の理論を使ったんじゃそうなるよね」


「既存の理論……?」


「そもそも、君、ああ馴れ馴れしいが失礼するよ、おあいこだね?

 君は確か魔導師用の杖を作るはずだから知っているはずだ。

 魔法石から取った方が魔力は大きく取れる」


 魔法石。

 水晶に似た構造の金属であり、厳密には石ではないが、石に似た性質と半透明な宝石のような見た目、そして高純度の魔力を放つことで知られる物質だ。

 魔法の触媒や自分以外の燃料に使うのに使い勝手は良く、それなりには普及したありふれた物質だ。


 ちなみに、ブレイディア王国は、領土の山が巨大すぎる魔法石の鉱山で、現在のところ最大の輸出品であったりする。


「待て待て、やはりそれでもおかしい!

 魔法石の魔力量は相当なものだが、術式をちゃんとしても一気に大量に出すことはできない!

 計算上、最大でも毎秒6MPずつが限界で、」


 MP。マジックポイント。

 魔力の量を数値上表現するための単位であり、大体普通の人間のもつ潜在魔力量を100MPとして数える。

 1MPでも初級魔法の火炎弾ぐらいは撃てる量であり、工業用単位としては大きいので、普通は1/1000を表す「m《ミリ》」をつけてmMP《ミリエムピー》で扱うことが多い。


 つまり、6MPは相当大きい。


「魔法石を破壊する衝撃でブーストする手もあるが、それでも45MPが限界のはずだが?」


「それ、ちゃんと破壊しているのかい?」


 何、とピエールが怪訝な顔を見せた瞬間、ケンズォはこれでもかと勝ったような笑みを見せる。


「どうやら、僕だけがこの世で魔法石の真の性質を知っているようだね。

 いやー、僕も暇人なのか大天才なのか分からない研究の日々だったよ、これに関しては」


「ほー、どうやらより一層、興味深い事を研究していたようだ……どういう事ですかな?」


「僕はね、そこのパンツィアとの他愛のない会話を聞いてある疑問を持ったんだ。

 魔法を砕くと魔力を大きく出すよね?

 じゃあ、その砕いた欠片も砕けば魔力を放出するのかなって?」


 ハッ、とピエールだけではなく、全員がそんな気づいたような顔をする。


「し、失礼ながら!

 まさか……実際に砕いてみたの、ですか?」


 ふと別の魔法博士が手を挙げて言う。


「そこまでは誰でもやるんじゃないかな?」


「え、いえ……砕け散った欠片が出す魔力量など、たかが知れて……」


「じゃあ、その欠片を砕いた事はない訳だ」


「そんな事して意味があるとは思えませんぞ?」


「右に同じく。なんでそんなことをしたのか、私も分からん」


「残念だなぁ、ここからが面白い実験結果だったのに」


 ふと、一枚の紙を出す。

 それに対してある魔法……いわゆる、幻術魔法を施し、書かれた内容を空中へ映す。


「これは…………グラフ?」


「そう。上の軸が魔力量。横は砕いた回数。この二つの比例グラフだよ。

 ああちょっと待って?原本は色がないんだ、分かりにくいからちょっと空中のグラフには色をつけよう!」


 ふ、と2本の線と説明文が、赤と青に分けて着色される。


「青い方が、割った数に対して欠片の出す魔力量。

 右肩下がりで、ある回数でゼロになる。ここら辺は割るのもしんどかったよ……」


 で、と次は赤い線を魔法杖で示す。


「このグラフ、真横だね?なんのグラフだと思う?

 答えはいってあげよう……割った瞬間に出た魔力量の計測数値だよ」


 な、と全員の顔色が変わる。


「見ての通り、真横だ。真横なんだよ。

 常に崩壊とともに同じ量が出ている。

 サイズは関係ない、破壊によって魔力は出ている」


「ど、どういい事だ……!?」


「そう思うよねぇ?

 僕もそう思って、実験したんだ。

 結果だけど、魔法石は、破壊された瞬間最大の魔力放出が起こること、

 そしてそこにサイズが関係がないことが分かったんだ。


 おっとそれだけで驚いちゃいけない。

 これはまだ、表面上の話なのだから」


 まずは、と台に乗せた魔力炉のスイッチを押す。


「僕はさらなる実験で、この魔法石の真の特性を把握したんだ」


「真の特性……?

 それは一体……?」


「魔法石はね、常に壊れているんだ」


 何、と全員に激震が走る。


「魔法石は自重で常に壊れているんだ。

 ごくごく小さな、目に見えない奥の奥、本当に小さな部分から、徐々に徐々に。

 そうして、魔法石からは魔力が流れ出ていたんだ。

 しかし、壊れていく魔法石は、いずれ長い時を経て魔力を出し尽くし、ただの石になる」


「……!」


「でも、普通に魔法石が完全に石になるまでは普通に考えて1000年はかかる。

 壊れるのがゆっくりなんだろうからね……そこで!」


 今まで小さな音をあげていた装置のつまみを回し、目盛りを緑から黄色へ上げる。

 瞬間、甲高い音が強く上がり始め、周りがざわつき始める。


「僕は、魔法石の崩壊を強く早める装置を作った。

 分かるかい?感知能力の強い人は分かるはずだよ。

 凄いパワーだろう?

 これが僕の反応魔力炉リアクトオーバードライブの、出力30%」


「しゅ、出力……!?」


『30%だってぇ━━━━━━━ッ!?』


 全員が叫ぶ。

 なにせ、それは30%と言うにはあまりにも……


「強すぎる……!

 出力が、あまりにも強すぎる……!!

 これで、30%だと……?

 例えるなら、これはシガヒ山にいた古竜エンシェントドラゴンを見た時の感覚に近い……!!

 あまりの存在感!そして魔力の濃度に震えた記憶がまざまざと蘇って来るようだ……!!」


「凄い出力だろう?

 恐らく、この国の魔力光街灯も70%の出力なら賄えるんじゃないかな、これで?」


「この出力でどれほどの持続ができる?」


「70%でなら、ここの内臓10センチ級の魔法石で大体3ヶ月ぐらいかな」


「凄まじい……魔法石にこれほどの魔力が……!」


「錬金術と魔術の応用で、最も小さな単位から破壊しているからね。

 さっきの理屈で言えば、壊すサイズは放出する魔力には関係がない。

 これが、魔法石本来のポテンシャルなのさ」


 ははは、と笑うケンズォ以外は、全員冷や汗を流し沈痛な顔を見せることしかできない。


 あるものは思う。


(何という発明!!これまで築いて来た文明の全てが変えられるほどの恐るべきパワー!!

 かつて栄えたと言われる超古代の遺物にすらこれほどの物はない!!

 なんと……なんと羨ましい……!!

 その才能が羨ましい……!!)


 またある者は、


(アレだ……アレがあれば……私の研究はさらに飛躍できる……!!

 ありがとうケンズォ魔法博士……!!伝説の賢者!

 あなたの才能が私の道に光を灯してくれた……!!)


 そして、ある人間は……


(フン……素晴らしい発明だが原理さえ分かれば私の方がより優れた物を作れようぞ!

 貴様が先に作ったことは褒めてやる!!

 だが今に見ていろ!儂のほうがぜっっ………………ったいスゴイものが出来るのだからな!!!)


 各々が、プライドや興味を刺激され、黙ってはいるがあらゆる思惑が宙を舞い始めていた。


「…………驚いたな……いや、なんならもっと驚いている……

 ケンズォ殿のそれも驚きだが、一番は黙っている貴方のお弟子さんの物だ。


 するとそれは、もう実用レベルのものとして、その飛行機械に、それも小型化されて積んでいるんだろう?」


 そして、ピエールは震える指を改めてパンツィアのウィンガーに向けて言い放つ。


『あぁ……!!』


「おぉ!分かってくれるか!」


 すかさずアイコンタクトされたパンツィアは、ウィンガーの横のカウルを外して内部をさらけ出し、光魔法を使い照らす。


「その通りです!結構小型化には苦労したんですけど」


 そこにあった、おおよそ30×10cm程の同じ構造らしい装置に感嘆の声がまた漏れる。


「君がやったのか……!」


「どうしても飛びたくて……原理自体は出来てたんで我慢できなかったんです」


「……お嬢さん、君とは仲良くなれそうだな。私もそうするだろう」


 にへへ、と笑う中、ピエールは少し内部機構を覗く。


「……シンプルだな。シンプルだからいい。

 おおよそゴチャゴチャとし過ぎず、綺麗な中身だ」


「ある程度は纏めておかないとバラしたり壊れた時の原因探しが大変ですしね〜」


「コラコラ、僕の研究の時間だぞ〜!!

 拗ねるよ!?年甲斐もなく拗ねる!!」


 おっとっと、と二人は向き直る。

 流石に良い歳(2089歳)が拗ねる姿など見たくはない。見た目が若いといっても見たくはないのだ、面倒だから。


「すまない、つい興奮してしまい」


「ごめんお爺ちゃん」


「まったくさー、それに僕の研究は『もう一個』あるんだって知ってるじゃないかパンツィアはさ!」


 む、と周りがまた顔を変える。


「ここまでやっておいてまだあるのですかな?」


「いや実は……お恥ずかしい話、副産物と言うよりは『事故』でちょっと面白いものができちゃって……」


 と、ケンズォはふと大変なことに気づいた顔になる。


「まずい!!アレ持ってくるの忘れた!!」


 それはまた喜劇のような連携での『ズッコケ』だった。


 この場の人間は比較的頭はいいので、アレがなんなのかは詳しくは分からないが、少なくともその『もう一つの研究結果』であることは容易に想像できた。


 可哀想に、まぁたまにこう言うこともある。

 全員、何かしらそう言うことをしたりはするので同情の頷きをした、その時、




「うん、知ってた。

 というか、ウィンガーでアレ積めないじゃん。

 まぁでもね、安心して」


 と、パンツィアが言ったのだ。


「え?積めないのにどうやって持ってきたの?」


「持ってきた前提の辺り酷いよねー。

 いや、持ってきた、というかさっきからずっと目の前にあるというか……」


 ごとり、とさっきまで内部機構を曝け出していたウィンガー、その外装の金属を外す。


「あっ!」


「まさか、その金属が、彼のもう一つの?」


「その通りです」


 それは、ただの金属に見えた。

 少なくとも見た目は。


「その名も、『スーパーオリハルコン』。偶然出来た『超合金』です」



      ***

 

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