act.7:ブレイガーO起動実験-前編-
インナースーツの上から、生命維持装置、緊急用反応魔導炉内蔵自動詠唱機、各種プロテクターをノイン達オートマトン・メイドに手伝ってもらい装着。
ヘッドセットを受け取り、そこであのムカデに似た神経接続ユニットを装着。
最適化、ヘッドセットを装着。
パンツィアの準備が終わる。
外の滑走路へと鎮座するウィンガーまでやってくる。
乗る前に、まずエンジンの停止している排気部分のベクダードノズルの動きを触って確認。
機体の超合金ボディを叩きながら、音の違いで異常をまずはチェック。
吸入部分に異物が無いかを見た上で、初めてコックピットへ向かう。
ゆっくりとウィンガーのコックピットが開く。
乗り込んでシートベルトを締め、キツさや遊びに異常がないかを確認。
操作系統の電源を入れ、光るスイッチ類を見渡し、点いていなければいけないもの、点いていてはおかしいものを確かめる。
異常なし。
外のノインへ親指を立ててそれを伝えて、彼女が確認の一礼をしたのを確認してコックピットハッチを閉める。
機体の全電源をオンにし、暗かった内部は全周囲が透過魔法によって外の景色が流れ込む。
ノイン、ドライ、後手伝わされたフィーアとジーベンが所定の位置にいるのを確認。
エンジンスタート。
カカッ……キュゥゥゥゥゥン……!!
腹から響く爆音が響き、
全翼機には方向舵と言えるものはほぼない。
二つの後ろへと伸びたフラップだけに等しいが、かと言ってチェックは怠らない。
フラップチェック班のノインとジーベンが右手をあげるのが見える。
動作良好、続いてベクタードノズルだ。
フィーアとドライが右腕を上げている。
問題なし。
「
改めて名付けた機体名を呼び、地上本部へ通信を入れる。
『ジェットウィンガー、こちらGP。
発進を許可するわっ!どーぞ!」
「ジェットウィンガー了解。
オーバー」
エンジン出力をアイドリングから通常へ上げる間に、フワリ、と機体は
スロットルをアフターバーナーへ上昇。
突然の加速と共にジェットウィンガーが空へと舞う。
***
『トレーラー停止!
ブレイガーO、リフトアップします!!』
HALMIT本体のダンジョン東側は荒地であり、
そこへ、わざわざ専用の自走運搬車を製作してブレイガーOを持ってきた。
巨大な黄色いボディがゆっくりと持ち上がっていき、やがて地面と垂直になる。
『ブレイガーO脚部設置開始!
気をつけて……ゆっくり下ろして!』
25mの巨体を支える脚部が地面に降ろされ、ゆっくりと接地する。
「よぉし……!」
すぐ近くの簡易テントの中で、ブレイガーOの状態を手元の
「この距離から双眼鏡なしで見えるとは、流石ですなシャーカ副学長」
「アヴィディルさん、私がエルフなの忘れてませんかぁ?
一応視力は14.0ありますからね?」
「じゃあなぜ今は眼鏡をおかけで?」
「これ、吸血鬼種がよく使う紫外線遮断メガネなんですよー。
長時間このモニター見てると目やられちゃうので」
どうです、と同じ丸いレンズのそれを渡され、それはいい、とアヴィディルもそれをかける。
「陽射しも案外と故郷の砂漠とあまり変わらないですからなぁ……幾分快適な温度ですが」
「うわぁ、砂漠の太陽光の反射はキツそうだな……」
ふと、二人の耳にキィィィィィ、と音が聞こえる。
「感じましたかな、副学長?」
「人間さんと同時に聞こえるだなんて、よっぽど速いなぁ……」
少し立ち上がり、テントを出て上を見る。
━━━━キィィィィィンッ!!
「わきゃっ!?」
思わずシャーカはそう叫んで耳を塞いで飛び上がる。
上空をウィンガーが通り過ぎたのだ。
「これは凄まじい音だっ!!人間の私でもビリビリと来る!!」
「ビリビリで済むなら私多分エルフ辞めてもいいかもですぅ……!!」
ブルブル震えたシャーカは、なんとか持ち直して無線機のツマミを調整する。
「ウィンガー、ウィンガー、こちら地上観測班ですー!
パンツィアちゃん!!今の低空飛行は酷いよ、どうぞ!?」
『観測班、こちらウィンガー。
ごめんなさい、ついエンジンも快調で!』
ヒィィィン!
空気を切り裂くような勢いで、空中でウィンガーが一回転する。
「テントの上に墜落したら、いくらなんでも許さないですからねぇ!!」
『了解!そうならないように、観測班も努力願いまーす』
「まったくもー、こういう所はあの師匠そっくり!」
「まぁまぁ、こちらも新型無線機などが試せるんだ、良いじゃないですか!」
はっはっは、と笑うアヴィディルになだめられ、むくれた涙目のシャーカはポスンと自分の椅子に座る。
「よろしい、代わってアヴィディルです!
学長、下に見えるブレイガーOは、現在はこちらの
自立にはブレイガーOの起動が必要となります。
ここまでは良いですな?」
『ええ。
つまり、ブレイガーの起動には、私の声での
「その通り!!」
ヒィィィンという爆音と共に、三度目の通過をウィンガーが行う。
「そんなわけです。ブレイガーOの起動をしましょう!」
『
「『ブレイクゴー』!
そう一節唱えるだけで全ての起動準備が整う!」
了解、と通信機から力強い声が聞こえ、ウィンガーはいよいよブレイガーO本体の方向へと向かう。
息を吸う。
詳しい術式、必要詠唱約19万字近くは全て自動詠唱機がやってくれる。
魔導師、魔法博士として唱えるべき詠唱は、ただ一つ。
「━━━━ブレェーイクッ、ゴー!!」
パンツィアの詠唱に反応して、ブレイガーOの手脚のエーテルタービンエンジンとモーターが唸りを上げる。
生まれた動力は、オートバランスシステムに従い2足歩行の巨体のバランスを支え、ブレイガーOを自立させる。
「自立確認!!リフト切り離し!!」
外部魔力源ケーブルが切り離され、固定ボルトが解放する。
リフトが離れたブレイガーOは、なおも直立したまま倒れる気配はない。
調整に手間取ったらしいオートバランスシステムは、手間取った分だけ完璧な仕事をしている。
「パンツィアちゃん、ウィンガーを頭部へ合体させてください。
同時に、『ウィンガーオン』の
『了解!
合体か……キツそうだな……!』
地上から見えるウィンガーの動きは、かなりの速度でブレイガーOへと向かうものだった。
「速度は出しすぎないで……!」
「いや、どうせだしね」
なかなかの速度でブレイガーO頭部へ迫る。
風向、風速、あらゆるデータを計器全てを見て判断し進入角度を修正。
「ウィンガー、オーンッ!!」
なかなかの勢いで、しかし正確にブレイガーOの頭部へと見事に接続させる。
瞬間、ブレイガーOの目に光が灯り、
起動した事を周りに知らせるかのようにその太く
操縦桿を変形させ、スーパーロボットを動かすための準備を終える。
魔法を制御する要領で、神経接続装置から細かい指示を飛ばし、操縦桿を動かす。
ややあって、パンツィアの操作通りにブレイガーOは拳を打ちあわせる。
「操作感度良好!」
『すごいですよ……想定より滑らかに動いている!』
視線をシャーカ達に合わせようと意識すると、頭部のコックピットブロックごとそちらを向く。
おそらく、外から見れば巨人がこちらを向いているように見えるだろう。
「たしかに……レバーやペダルほんの少しするだけで、自分の思うように動いてくれる。
いや、大まかな操作を自分の意思で細かく出来るっていう感覚が近い!」
フットペダルを踏む。
ゆっくりと右足が前に出る。
25mもの超合金スーパーオリハルコン製のものとは思えない、軽やかな足取りだ。
━━━驚くべきは、その接地した感触すらはっきり分かる事。
半分は神経接続操作にして正解だった。
「…………シャーカさん、走ってみてもいいですか?」
『えっ!?
ちょっとまって、粉塵防御するから、待って!』
見えるテントでは、大急ぎで人工樹脂素材のブルーシートを張る姿が見える。
忘れそうになるがシャーカもエルフなのでそういうのがものすごく早い。
「良いですね、走っちゃいますよ!?」
『待ってぇ!!心の準備が!?」
いいや、限界だ走るね!
パンツィアの意思を足に伝え、フットペダルを強く動かす。
自然と、ブレイガーOはその駆動部を目一杯に駆使し、あたかも人間が全力疾走するかのような華麗なフォームを作る。
一歩、地面が爆ぜる。
それが何度も続けば、まるでブレイガーOの通った後は開墾されたように土が裏返る。
「のわぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
どっしゃぁ!
土砂が襲いかかるテント。潰れないのが不思議なぐらいだ。
『酷゛い゛よ゛パ゛ン゛ツ゛ィ゛ア゛ち゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛ッ゛!!』
「ごめんなさい、つい」
ずざざざー、と地面を滑るように低姿勢でドリフトするブレイガーO。
まったく反省していない。
「というわけで酷いついでに、ブレイガーOの運動性能を極限まで試します!!」
『や゛へ゛て゛ぇ゛!?
こ゛っ゛ち゛に゛は゛こ゛な゛い゛て゛ぇ゛っ!?!?』
虚しい懇願は、いい笑顔のパンツィアには通じない。
バネのように伸びた足が生み出した跳躍力のまま、25メートルの巨人が放物線を描く。
「ヴェア!?!」
テントのすぐ近くで、頭から地面にダイブするブレイガーOの腕が地面を捉え、それが衝撃を吸収するように曲げられ、引き絞られた腕の力で背面から再びブレイガーは空を舞う。
「バック転したぁ!?!」
ズンズン、と何回転か地面を舞ったブレイガーOは、やがて地面に激しく着地をする。
舞い上がる土煙が収まって、ブレイガーOはシャーカ達に『V』と右腕部マニピュレータの人差し指と中指を上げた。
「………………いや全然Vじゃない」
シャーカは、パンツィアに絶対何かを奢らせてやると決意した。
少し離れた場所に、突貫工事で出来たハリボテの建物がある。
ブレイガーOはそれより少し離れた場所で立っていた。
おもむろに、右腕をそれへ向ける。
「
短い詠唱と共に腕の接続部のロケットエンジンが起動し、爆発魔法による急速推進によってすぐハリボテを撃ち抜く。
撃ち抜いた拳は大きく上昇しUターン。
ブレイガー近くで補助推進器によって方向転換し、腕へと戻る。
「ちゃんと戻ってきてくれた……ふぅ」
いまだ、無線誘導に関しては難の多いブレイガーOであり、それが理由で両肩の
まぁこの辺りを適当に更地にしたい、
とか、
遠くに見えるあの街に間違って一発撃ち込んでもいい、
というのであれば、
別に使ってもいいのだが……
……良心の呵責が機能しているのならば、ダメなのは誰でも分かるはずだ。
『
「無線通信機、意外とちゃんと繋がるようになったから誘導も上手くいくと思ったんですけれどもね、シャーカさん……」
『全く面目ない!
無線通信の分野は私が担当しているからこそお恥ずかしい』
「アヴィディルさんのせいじゃ……ん?」
ふと、コックピットのコンソールを操作していると、パンツィアは気付く。
『パンツィアちゃん?どうしました?』
「……異常発生です」
『えぇ!?』
コンソールを操作すると、全周囲透過魔法で外を映す壁の一角に、何かリストのようなものが浮かぶ。
「『
こんなことする奴は、もう墓場にしかいない」
主張するように明滅する、ある一節の詠唱が浮かぶ。
『……ケンズォの顔が殴りたくなってきた……』
とうとうあのシャーカに呼び捨てにされる自分の養父だが、対して憐憫の感情は湧かなかった。
『なんのシステムです?』
「多分、
パンツィアは、ふと、それを口に出す。
「
瞬間、ブレイガーOの目が光る。
「!?
しまった、これ勝手に動くタイプの……!?」
気づいた時にはもう遅い。
突然、ブレイガーOの両腕が肩から超高速で回転を始める。
「ぐっ、ちょ、何……!?」
どうやら、想定していない動きのせいでバランス制御が自動では出来ないようだ。
パンツィアの神経や操縦桿にダイレクトに負荷がやってくる。
『パンツィアちゃん、大丈夫ですか!?』
「なんとかぁ!!天国のクソロクデナシに文句を墓前で言うためにもモニタリングを!!」
間違っても変な場所に発射されないよう、必死にハリボテの方へブレイガーOを向ける。
観ると、両脇の関節部の
「遠心力の追加ってだけじゃない……!
関節部のリパルサーリフトの反重力を乗せて……!」
理解した瞬間、
腕はあまりに華麗な回転を描きながらハリボテを貫き、さらに街の方へ━━
***
街と、HALMITの間、
そこまで広くはない森の中に、石碑が一つ、突然ごとりと音を立てて斜めに切れ込みが入ったかのようになり、壊れる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
瞬間、その場の空間が暗く『歪む』。
バチバチと何もない空間が放電し、
す、と一人の男が現れる。
「━━━━時は来た」
まるで肉食獣のような目、鍛え上げられた四肢を持つ男が腕をかざした瞬間、地面を破って2振りの錆びた剣が現れ、その手に収められる。
「……わが愛剣のこの錆び具合、よほど長い時眠っていたと見える」
男の言葉と共に錆びがボロボロと剥がれ、やがて美しいまでに鋭い刃が復活する。
「さて、まだ我が武は世に通ずるか?
ここはブレイディア王国だったはずよな……覇道の足がかりにはちょうどいい」
すぅ、と男の体が浮く。
高度な浮遊魔法。
そんなもの生身でできるのは、魔王クラスだ。
「剣の魔王の伝説、どこまで残っておるか。
なぁに、また新たにこの剣で紡いでやればいい。
わがスパーダの伝説を……!」
男━━━自らを剣の魔王スパーダと呼んだ男は、高度を上げる。
瞬間、
ズンッ、という重い衝撃が横から襲いかかり、体が吹き飛ばされる。
「ガッ!?」
森の端まで大きくバウンドしながら地面を滑り、適当な岩にあたりようやく体が止まる。
「な……なんだ……今の、は……!?」
がは、とスパーダの口から血が漏れる。
魔力による身体強化を全開でやってこのダメージだ。
「いまのは……?」
見上げる空、それを目に移した瞬間、あまりの出来事に目を見開く。
「あれは……あの巨大な腕は……!?」
そこには、煙を上げながら上昇していく、巨大な拳があった。
***
「あちゃー……やっぱり、ちゃんと試験して成功だなぁ……
ぶっつけ本番、試験なしで活躍できるなんて、アニメの中だけか……」
中々戻ってこない腕の方向を見ながら、パンツィアは呟く。
「よし……洗い出しを続けよう!」
そうして、ブレイガーOの試験は続く。
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