act.10:髑髏大地の巨神






 気象操作旧支配者 ギガフラシ

 超古代竜旧支配者 ゴルザウルス

 大飛竜旧支配者 ジャンドラーゴ

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 登場






 パンツィアの個人所有の巨大飛行艇『ドレッドノート』。


 1基の反応魔導炉リアクトオーバードライブ、10機の反重力魔導機構リパルサーリフトに支えられた全長約1.5kmもの巨大な飛行艇は、ターボジェットエンジン2基の出力によって、驚異の時速470kmで空を移動できる。


 そしてこれは、巨大な輸送艇であり、同時にパンツィアの『巨大移動研究所』でもあった。




 ブレイガーOの改修期限まで残り三日となったまだ夜も明けきらない朝、


 仄暗い空を進むドレッドノートと、それを追いかけるように大空戦艦が進んでいる。





「━━━やはりマズイですよ、こんな朝早くに!」


「もう遅ーい!!」


 大空戦艦から飛んできたネリスと、彼女の部下の生真面目そうな魔族の男ハーヤムがドレッドノートへやってきた。


「ああ……!しーっ!!

 まずいですよ、皆まだ寝ています……!」


「む、それもそうか。

 ……と言いたいところだが、どうも起きている人間はいるようだぞ?」


 え、と彼の視線の先には、廊下で雑魚寝する人々を照らす光を放つドアが一つある。




「あら、」


「うむ、おはようだなパンツィア!」


 ちょうどたどり着いたタイミングで、タンクトップと作業着と言う格好のパンツィアが現れた。


「あわわわ!?ぱ、パンツィア・ヘルムス殿!?

 一応私は男であるがゆえにそのようなあられもない格好!!

 こちらをどうぞ!」


 ハーヤムは、それを見るや否やそう言って自分の上着を渡してきた。


「あ、ごめんなさい。つい……で、あなたは?」


「あ!これは失礼を。

 私は、不詳魔王様の秘書をやっておりますハーヤムと申しまして……」


「こやつのことは気にするな。気は回る小間使いだが気が小さくてな?」


 そんなぁ、と言う顔をしているハーヤムから、とりあえず上着は受け取って羽織っておく。


 ……死ぬほど認めたくはないがまぁ客観的事実として、こんな小さな子供のような人間にこんな反応をするとはなかなかいい人……いい魔族のようだ。


「ところで、何をしていたのだ?」


「ああ、実はそろそろ着くとはいえ早く起きちゃって…………まぁ、秘密ってわけじゃないですしどうぞ」


 と、パンツィアはこの部屋の中へ二人を招く。




「これは……!?」


 そこには、一機のウィンガーらしきものがあった。


 それは全翼機状の巨大な翼に、二つのジェットエンジンと、間に挟まれたロケットエンジンの鎮座する物だった。


「……コックピットが……ないな」


「ええ、この…………名付けるなら『スクランブルウィンガー』は、の予定ですので」


「無人機……!」


 ハーヤムの疑問符だらけな顔を放っておいて、ネリスは目を輝かせる。


 だが、パンツィアは浮かない顔だった。


「……これ、要するにブレイガーOとドッキングさせて高速でその場まで運ぶ為の物なんですけれども…………

 今の私のエンジン開発技術では、正直一回きりの使い捨てブースターになりそうで……


 ボディも折れなきゃ良いやぐらいの気持ちで加工も予算もお手軽と成り果てたオリハルコン製ですし」


「え!?ブレイガーO飛ぶの!?!」


 パンツィアの発言に、ネリスは口調が変わるほど驚く。


「飛んだ方が速いぜ魔王様?」


 対して、何故かパンツィアまで口調を変えて親指でスクランブルウィンガーを指し示してそう答えた。


「すごい!すごいのである!!」


「まぁ、飛ばすこと自体は出来るんですが…………

 問題は、無線誘導システムが本当、未だに解決できないもので……」


「?

 翼つけてから飛べば良いのでは??」


「これ、一発ポッキリのブースターと言ったじゃないですか。

 反重力魔導機構ついてないんですよ」


 あ、とネリスも気づく。


「そうか。そうなると、最低離陸重量なども考えんといけないな。

 そうなると、一回離陸させた状態で、ブレイガーOをジャンプさせてドッキングした方が良いな」


「それなのに無線誘導システムが……こんな汚い言い方は失礼ですけど…………


 クソザコナメクジで」


「無線誘導システムがクソザコナメクジ」


「クソザコナメクジです」





 クソザコナメクジ。


 軟体動物系の魔獣にして、どうしようもないぐらい弱い図体だけがでかい存在。

 子供でも勝てる。犬に吠えられて死ぬ。

 野生のジンジャーブレッドマンと底辺を争い合い負ける。

 寄生虫が寄生しようとして死ぬ。寄生虫も卵が死ぬので、生きている個体は素手で触れるが、触ったせいで死ぬ。


 ともかく、ものすごく弱い魔獣。

 魔獣の面汚し、生態系の最大底辺、それがクソザコナメクジだ。







 そんなものに例えられる辺りで察してしまうほど無線誘導は今は酷い精度だった。


「もう失敗するのが分かりきっているレベルでして……一応レーザー誘導やその他色々は試してみようとは思うんですけど……」


「むぅ……伝達魔力波の指向性が弱いのではないか?」


「そうは言ったんですけど、改良がどうにも……」


「……あのぉ!

 僭越ながら、その話長くなるのでは??」


 と、ハーヤムが懐中時計を取り出してそう言葉をかける。


「おっとそうだ!

 余もそろそろ着くと思ってこちらに色々確認に来たのだった!

 とりあえず、船長を捕まえて操舵室へ行くぞ!」


「それもそうですね〜。

 というわけで船長なので捕まって操舵室に行きますか!」


 と、本当にパンツィアは抱えられてしまい、ネリスに操舵室へと連れていかれた。

 もちろんハーヤムも一緒に、だ。



       ***


 ドレッドノートの操舵室、遠くの太陽の光が差し込む中で、


「あら、ご主人様にネリス陛下、そしてお連れの方は初めましてですね、御機嫌よう。そしておはようございます」


 そこでは、寝ぼけ眼で茶を飲むカーペルトとパチェルカと、おかわりを作るノインがいた。


「おはようノイン。

 今日のお茶の香りが強いね?」


「こちらのお2人が朝は弱いと聞いておりますがゆえに、アリナ・グレイを入れさせていただきました。

 今、御三方の分もお待ちくださいませ」


 そう言って完璧な淹れ方、蒸らし時間、わずかな合間にティーカップまで温めて出す手際はあまりにも素晴らしい。


「おぉ……!!魔王城のメイド達以上かもしれない……!!」


「クッ!こんな美しい上にこれはズルいぞ!!

 ……ねーねー、一体融通して貰っちゃダメぇ??難しい??」


 などと言われたノインも、平静なままの笑顔に見えるが、相当鼻が高かった。

 後でご主人様の爪の垢直に飲ませたいうるさい顔で笑うクソ創造主にでも相談してみようと思う程度には。



「ふいー、ようやく目が覚めたわい……!」


「ふぁ…………朝焼け前に起きちゃうのは久々ねクトゥ……」


 しばらくして、カーペルトとパチェルカは各々背伸びやあくびをしながら操縦席へと着く。

 自動詠唱機コンピュータ制御の自動航行から、手動へ切り替えながら。


「所で魔王殿、自分の艦はいいのかね?」


「何をいう、前国王。

 余の最も信用している人間が艦長ぞ?

 文句もなくやってくれるのだ!」


 そのネリスの言葉の瞬間、ハーヤムは見るからに「ひぃ!?」という顔になった。


       ***


 大空戦艦のブリッジ、


「主砲回頭!!目標、11時方向の『ドレッドノートォッ!!」


 青い軍服らしい格好の金髪の角が生えた少女が叫ぶ。

 彼女が、この艦の艦長である魔族アルトナである。


「良いんですか!?

 やっちゃいますよ船長!?」


「狙っただけでも国際問題ですがよろしいですね船長!?」


「無断で外に出て行く魔王なんて知りませんッ!!

 それとこの艦は生まれから任務まで全てが軍務の『軍艦』であるッ!!


 故に私のことは、『船長』ではなく『艦長』と呼びなさいっ!!」


 火器管制兵の言葉を訂正し、ついでにその兵の緩んだ服のネクタイを掴み無理やり正してアルトナは前を向く。


「まったく、上が上なら下の規律まで乱れる……!


 あのバカ姉がなぜ魔王なのか……!!」


       ***


「アレは余より少し魔力が足りないだけの優秀〜〜で有能〜〜なすっご妹なのだ!!

 ふふ、副官止まりになってしまうのももったいないぐらいだ、


 だから安心して、こうやって無断でこっちに来れるのだぞ!?」


 はっはっは、と笑うネリスの後ろで、ハーヤムは、お腹を抑えて青ざめていた。


(申〜〜〜〜し訳ございません、アルトナ様ッ!!


 私には……私にはとてもネリス様は止められませんでしたッ!!


 元より、真面目だけが取り柄と500年近く言われ続けた雑兵魔族のこの私を、こんなお役目に付かせていただいているというに……くぅ!!


 せめてこのお方の現在地だけは常に知らせられる距離にいなければ……!!)


 何が辛いって、全てを察する人間たち(とクトゥルーとオートマトン)の目が、その目が辛い。


 流石魔王というか、ネリスは心から気づいていないでニコニコ笑っている。




「……さて、そろそろ見えてきましたね」


 と、パンツィアはコックピットの前へと向き直り、遠く見える朝日を見て言う。


「やれやれ、ここから見るにはちと眩しすぎるのう」


「時刻は午前4:20、この時期の日の出さんね!」


 カーペルトとパチェルカは、完全に目覚めた顔でシートベルトを締める。


 ━━━━━だいぶ前から太陽は見えているはずなのに、今日の出と言った。


「……それよりももっと見るべき光景があるぞ」


「ええ、とうとう下にアレが見えてきました」


 足元も見えるガラス張りのコックピットから覗く光景、


 足の下に渦巻いて見える嵐と、その向こう側の光景。





「現在高度、地上より20km。

 流石に嵐もここまでは来れない」


「うむ。

 空の支配者の特権たる光景よ」





       ***


 嵐を生み出す積乱雲は、高度10km付近まで成長する。


 しかし、リパルサーリフトによる反重力の恩恵を持つ機体ならば、悠々とそれよりも上を飛ぶことができる。


 エンジンにもよるが、理論上『最果て』も軽く飛べるようにはパンツィアのお陰でなってはいるのだ。






「と言うわけで、前々から練りに練っていたアレを打ち上げてからまずは降りるわっ!」


 パチェルカはそう言って手元のコンソールを弄る。

 ドレッドノートの上部の一区画が開き、並べられた機械たちが二つの板に挟まれるようベルトコンベアに運ばれていく。


 この二つの板の名は、反発電磁射出機マスドライバー

 新しい砲兵器だったものを、ある目的に少し変えたものだ。


 機械は、魔力が変換された電磁力の反発によって凄まじい速度で打ち上げられていく。



 何よりも早く、この星の自転に合わせた速度で打ち上げられた機械たちは、やがて重力に引かれて落ちる。

 だが、星の丸みに合わせて進むように撃ち出されたそれは、決して地面に落ちることはない。


 ほんの数分で、数々の機械が地上から300kmで永遠に落ち続ける軌道を取る。


 両脇から伸びる集魔力パネルを開き、その機能を遺憾なく発揮し始める。




「こんな『ついで』みたいな形で、最果て開発を行えるだなんて……!」


「シャーカ君の自動詠唱機コンピュータのここ数年の計算速度の速さと、お主の反重力魔導機構があってこそよ……


 おぉ、きたぞ来たぞ……!!」


 ドレッドノートに増設された映像投影機から、突然地図が現れる。


「地図……?」


「今さっき打ち上げたのは、地上位置特定機GPS……の試作の雛形のプロトタイプとでも言うべきものでして、いくつかの『人工衛星』、とでも言うべき機械が、地上から300kmを周回しながら映像で地図を自動作成して信号によって自分の場所を知る……物なんですけど、やっぱりまだまだだなこれ……」


 地図は完璧だが、自分の位置を示す点もまだまだ大雑把だった。

 これ以上は機械的な理由で詳細化はまだまだ出来ない。


「……最果ては誰のものでもないが、

 これは、事実上領空侵犯同然よな?

 大胆な……許可は取ったのか?

 余は聞いておらんが」


「今頃多分、ブレイディア王室経由で。

 と言うわけで、こちら衛星へのアクセスが可能になるコードと方法を記した資料です」


 ふっ、とネリスはその紙の束を受け取る。


「自由に使えと言うか?

 だが、つまりはお互い何をやったか筒抜けになるのだぞ?」


「一応、これは私の意見ではなく……

 王室の考えですよね、カーペルト前国王様?」


 言われて、カーペルトはただ無言でニヤリと笑う。


「……前国王〜〜、貴様なぁに引退してただの魔法博士になったみたいな事を常に言っておるのだ〜〜??」


「ワシは政治が苦手ぞ、魔王?

 ただちょっと助言した気はするんだがの〜、あいにく歳のせいか適当〜〜な事しか言っとらんしのぉ〜〜」


「急に年寄りのセリフを吐くな!

 全く……だから人間は面白い!」


 とりあえず、パラパラめくった紙の束をハーヤムに渡すネリス。


「さて、まぁ後は降りるのみぞ!」


「ですね。皆に降下警報を出します」


 パンツィアは近くの装置のスイッチを押す。



 途端、この船に乗船する皆を叩き起こすベルの音と、備え付きの警報電灯が光り、皆にシートベルトや安全装置の着用を促す。


 シートベルトに付いたセンサーによって、皆がしっかり固定されたかを確認する。



「こちら、船長キャプテンのパンツィアです。


 全ブロックの乗員の固定を確認しました。


 これより、ドレッドノートは髑髏大地スカルグラウンドへ降下します!」



 最後に確認の放送を入れ、自身も座席に身体を固定する。


「嵐の上を超えてきた、っていう安全ルートのはずなのに………なんだか、わたしの内臓ワタがゴロゴロして嫌な予感さんがするわ……!」


「あの雲……ギガフラシの巣みたいですね……!」


 不安な面持ちで、大地を囲む嵐を見て言うパチェルカに、ふとそんな事を言うハーヤム。


「ギガフラシィ?

 子供じゃないのだから、そんな物いる訳もなかろう、まったく心配性よ!」


「ネリス様、ギガフラシとは?」


「ああ、ブレイディアにはあの言い伝えはないのか……


 通り雨や嵐の雲、あんな形の雲の中には、巨大な巻貝の化け物がいると言う。


 ギガフラシと呼ばれるそれは、雨を降らせ風を巻き上げると言われる伝説の怪物だ。


 まぁ化石も見つかってないようなものだ!邪巨神というわけでもあるまいよ!」


 はっはっは、とネリスは笑って言う。


 ━━━━━その時、何故かパンツィア以下操縦組は、下を見て無言で固まっていた。


「ん?」


 釣られて、下を見る。





 大体、通り雨や〜、のくだりでそれは現れていた。

 積乱雲をかき分けて、巨大な刺々しい岩塊の様なものがまず現れた。

 ぐるぐると上の部分が回転し、穴の空いた突起から煙を出すそれ。


 ━━━━曰く、サザエのような、とはパンツィア談の言葉で、


 そういう形の巻貝の様に、そんな岩塊の下から怪物の様な赤い目の顔を覗かせて悠々と空を飛んでいた巨大生物がいた。





「あんな感じですか?」


「うむ。まさしくあーんな感じ!





 ━━━━って言っとる場合かァァァァァァァァァッッ!!!!」





 見事なノリ突っ込みだが、等の怪物━━━ギガフラシは顔に似合わない呑気な様子で空をプカプカ浮かんでいた。


「…………なんで、あれが浮けているんだろう……??」


「それも疑問だけど、降下はどうする?」


 たしかに、かなり巨大なあの生物がいるのでは危険ではないのか、ということもある。


「……待機していてください。


 私が調べます」


       ***


 エンジンスタートと共に床が斜め後ろに開く。

 反重力魔導機構リパルサーリフトの力で墜落はしないのでそのまま機体を繋ぐアームを解除して落ち、ジェットエンジンのアフターバーナーを起動させる。



 ブレイガーO頭部と合体できるジェットウィンガーでパンツィアはギガフラシの方向へ飛んで行った。



「デッカいサザエさんだなぁ……!」


 ギガフラシの全長は、80mはある。

 ものすごく巨大なサザエが悠々と空を浮かんでいる。


「うわっ!?」


 と、突起の近くを飛んだ瞬間、凄まじい風圧に煽られる。

 アラート音鳴り響く中なんとか機体を持ち直し、パンツィアは安堵と共にある仮説を立てる。


「あの出力……まさか、純粋内燃魔術機関ジェットエンジン!!」


 そう、アレは、

 体内におそらく、その様な機関がある。

 それも飛竜以上の出力と大きさの。


「こちらパンツィア、聞こえますか?」


『━━━━━━━━━━━』


 ふと、通信が繋がらないことに気づく。


「あれ……そんなに離れてないよね……?」


 と、考えた瞬間、ピカッ、と言う光と凄まじい爆音が響く。


「雷!?」


 なんと、ギガフラシが雷を地上に吐いたのだ。

 文字通り口から雷を、ゲロを吐く様に吐いたのだ。


 雷の様な電気の塊の近くは、どうも魔力も影響を受けるらしい。

 詳しくは長くなるが、要するに無線に使う魔力波がギガフラシ近くでは通らなくなっているのだ。


「……そうか、分かった……!

 このギガフラシ、詳しい原理は違うかもだけど……!」


 パンツィアは、最後に一つだけ確認のため、ギガフラシの目の前を飛ぶ。


 ふと、目が合う。

 恐ろしく頑丈そうな顎と赤い目でウィンガーを追い…………


 プシュー、と全身から水蒸気を出し始める。

 それはやがて雲となり、雷光がほとばしり、


 やがて、積乱雲となっていく。




「自衛のために積乱雲を作るのか……!!」


 予想以上にスケールの大きな生態を垣間見たパンツィアは、積乱雲よりも高く上がってそう呟いた。


       ***


「どうだった?」


「無線が使えなくなるレベルの帯電をしてるだけでも驚きなのに……あのギガフラシは本当に天候を変えてしまえるんですよ」


 戻ってきたパンツィアは、カーペルトの質問にそう答える。


「何が驚きってアイツ……………飛竜と比較にならない様なジェットエンジンを体内に持ってるんですよ、恐らく」


「それで浮いているのか?」


「それも、空冷だけではなく、循環する血液なり何なりを液冷として使って、余剰熱を蒸気として排熱し、その図体ににあったジェットエンジンの出力のせいで、空気中の上下の熱の差が激しくなって、」


「雲さんが出来る!

 それも積乱雲さんぐらいの強力な!」


「だけじゃないんですよ!

 恐らく、体内の塩基系の物質の作用で、生体電流が異様に高いんです。

 それを定期的に吐くせいで、雷となって地上に落ちる!

 そんなのが近くにあれば通信も出来ないでしょう?」


 ほぉー、とその場全員が下を見て感心する。


「生物学は専門外じゃが、こりゃあデッキの皆は涙が出るほどおどろくぞぉ!」


「さっき、帰ってきた時、

 勝手に出て観察記録を早速残してましたよ、頼もしい限りで」


 言っておいてカーペルトは爆笑してしまった。

 やはりか。


「ただ、降下には問題はありません。

 臆病な性格の様で、ウィンガーサイズでも逃げて行きましたから」


「では、遠慮なく降下しようかの」


 そういう訳で、早速ドレッドノートと大空戦艦は高度を下げはじめた。


       ***


 ━━━ギガフラシの雲の横を通り過ぎるのは、しかし恐怖の時間だった。


 雲のすぐ近くを降下するドレッドノートからは、積乱雲の中で発生した雷光に照らされて、


 あまりにも、大量のギガフラシがいる様子を見ることができた。


 髑髏大地の、奇妙な嵐の壁は、

 あの雲の中を蠢く巨大な旧支配者の巣だったのだ。






「━━━いや、巣と言うよりは、コレはアレだな」


 その様子を、個室ではなく窓の近くで見るジョナスが呟く。


「アレと言われて生き物の事が専門外の俺に分かると思うのか、未確認生物学者のジョナス・ジョバンニ殿はァ?」


 隣でサングラス越しに双眼鏡を覗くディードがそう言っても、彼は全く気にせずこう続ける。


「彼らの回遊ルートと言ったほうがいい。

 海の魚などに見られる現象だが、空でも同じ現象が起こるとは……ああ、あそこの山、あの雲の隠れた山がきっと餌場なんだろう。彼らの餌は何かまでは特定出来ないが……」


 ふーん、と、冷たくはあるがディードもその指先の山を見る。

 ふと、その視線が下に向く。


「ところで、だジョナス。

 あの煙はなんだ?」


「何!?」


 と、ディードの示した先、ちょうど山の方角に煙が……いや、煙だけではない。

 距離もある為判別は難しいが、何やらテント……布張りの家のようなものまで見える。


「アレは……間違いなく『住居』じゃあないか!」


「そうだ!住居だ、『人工』の!!

 人かどうかは関係ない!

 関係があるのは……家が作れる程度の知能があるか、だ!」


 それは、この前人未到のはずの大地に、誰かが住む証だった。


「だとしたら……なぜに住めるんだ、その何者かは……!」


 ジョナスは、この髑髏大地を見てそう驚愕する。




 ━━━キシャァァァァァッッ!!


 大地を突き破る、巨大な影。

 その岩のような巨体、特徴的な頭部、


 旧支配者、ブレイディア首都の蹂躙を軽々と行った、あのゴルザウルスだ。



 ━━━━グァァァァァァッッ!!


 そのゴルザウルスを上空から強襲する影。

 鋭い牙を持ち、竜に似た姿から鳥のような翼を羽ばたかせる巨大な怪物。



「「ジャンドラーゴか!」」


「ん?」


 ふと、気が付けばジョナスの広い肩の上に、小さな妖精が座っている。


「なんだ、ラフィールくんじゃないか。

 驚いただろう、アレはジャンドラーゴだ……!」


(コイツ……なぜ当たり前のようにそこ妖精が肩に乗っていることをスルーできるんだ……!?)


「化石以外で初めて見たよー!

 レア様ちゃんを除けば、史上最大級の飛竜種だもん……もぐもぐ」


(そしてこの妖精……!!

 なぜ自然に人の肩の上でスコーンなどと言うポロポロ溢れる物を食える……ッ!?)


 二人微生物学者の真剣な眼差しに、何も言えずにディードはまた外を向く。


 ジャンドラーゴという巨大な飛竜とゴルザウルスは、お互い一進一退の攻防を続けていた。

 スケールの大きな、しかし自然ではよくある動物同士の、恐らく縄張り争いであろう戦いを繰り広げていたのだ。


「ああ、ここら辺をテトラちゃんに頼んで掘り返したら、きっと貴重な化石がいっぱい出てくるんだろうな〜……!!

 それも新鮮なやつ!!」


「なんだったら、生きている姿がそのままあるじゃないのかな?

 ここは、太古の世界がそのまま残っているんだ……!!

 まるで時間を遡った気分だ……もぐもぐ」


 気がつけば貰っていたスコーンを食べながらそう感想を漏らすジョナス。

 生物学を修めたからこその、感動を共に味わっている。


「…………失われた世界、って感じ?」


「いや……これはまさしく……!」





 ズゥン、と頭部を破壊されたゴルザウルスが倒れる。

 返り血、そして自分自身の傷の血で真っ赤に染まったジャンドラーゴは、勝利の雄叫びを上げる。




「そう、ここは『邪巨神無法地帯』!


 ここは、半端な秘境がリゾートに思えるほど過酷だ……!」




 彼らの目の前で、ジャンドラーゴは背後から奇襲を仕掛けたもう一体のゴルザウルスが超振動波で倒していた。


       ***


 ドレッドノートのハッチが開き、次々と飛竜達が飛び立つ。

 7体ほど飛び立ち、散開が終わった所でジェットウィンガーが出てくる。


『ねーせんせー!!命令の確認だけど、安全な着陸地点の確保、だっけ!?』


「はい。我々はまずそれなりに安全な場所を探します。

 ヒルデガルドさん達、竜騎兵部隊の腕の見せ所ですね」


 無線は好調。竜騎兵用に新たに改良した小型無線は、まずまずの出来だったようだ。


『でもさー、ボク達もさっきの邪巨神達の騒動見てたけどさー、こんな場所にそんなところあるのかなぁ??』


「じゃあ、この際ゴルザウルスの巣とか、あの空飛ぶ邪巨神の巣に止まります?」


『絶対ヤダぁ!!

 3番隊!!大真面目に着陸箇所を探すよっ!!』


 おー、と気の無い返事やまばらな返事が返ってくる。

 はは、と放牧的な雰囲気に笑うパンツィア。




 だが、まぁ、


 皆、よくここまで綺麗に陣形が取れていると感心している。



       ***


 竜騎兵部隊の一隊を派遣する際、アイゼナはこう言った。


「今のところ、他所へ出せるだけの練度を持つというのなら、3番隊が一番いいと思う」


「……ヒルデガルドさんの?」


「ああ。アイツはな、まぁ騒がしくて軍旗は守らないが、こと人へ教えるという面では有能だ。

 やってみせるし、ダメなところは教えるし、何より目線が下だ。


 ピナリアの隊はスパルタの鬼の元だから一番有能だが、だからこそ温存したいし……リリウムの2番隊は、本人は有能だが教えるのが下手でな、今も訓練中だ」


 意外だなぁ、とはその時抱いた感想だった。


       ***


『たいちょー、あの日なんでもう帰って良いっすかー?』


『昨日もあの日だったじゃんかよー!!

 ピーリィが軽い方なの知ってるからなー!!』


 軽口を叩きつつも、セオリー通りキチンと散会し、やる気がなさそうに見えて竜騎兵全員が周りを注意しながら進んでいる。


 まだたどたどしいが……様にはなっている。


「……とと、私が余所見してどうするんだか」


 一人の竜騎兵を追い越して、ウィンガーを進める。

 さて、とパンツィアは周りを見ようとして、東側から登る大きな太陽が見えた。


「光量調節機能は正常、かな……」


 明るいがまぶしくはない太陽を見て、ふとそんな事を思う。







 ━━━━思えば、


 この時、太陽の方角を見れたのは、運が良かった。





 一瞬、黒い点が見えた。

 ハッと気づいた時には、


 それが、だということに気づけた。


 プゥゥゥゥゥゥンッ!!!


 甲高い回転音とともに、20ミリ回転機関砲ガトリングが火を噴く。


 巨木とはいえ粉砕し、まずは事なきを得る。


「東側から攻撃!!!

 太陽の方角!!!」


 すぐさま通信を入れる。


 そして、ある程度気づいた竜騎兵達が集まった時、


 ソイツは、現れた。






 太陽を背に、巨大な影が立ち上がる。

 巨大な二足歩行のシルエット、一際目を引くのは、太く長く分厚い腕。


 黒い影が近づいてくる。

 ウィンガーを近づけていたパンツィアは、ソイツの顔を見て思わず息を飲んだ。


 髑髏。


 シャレコウベ、ガイコツ、とにかくそう表現するしかないのっぺりした固そうな頭、そこだけが白い表皮。


 穴が空いたような黒の中に浮かぶ、赤い血走った目。


 人間の頭の骨のようでありながら、口元の牙はより鋭く、より頑丈に生え揃う。


 黒く逞しい身体、その上に乗る髑髏のような憤怒ふんぬの顔。


 逞しい尾まで含めて全長約70mはあろうかという巨体、高さだけで50m。ブレイガーOの2倍の体躯。


 ソイツは、赤い目でこちらを、周りを囲む竜騎兵を睨み、見回し、鼻息を荒くし、




 ━━━グォォォォォォォォォッ!!!




 その両腕を握りしめて、厚い胸板を叩きながら吠えた。



       ***

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