◇第2章:来たぞ!我らのブレイガーO

プロローグ:私の名前は、良露井 洸(よろい こう)





 ━━私の、本当の名前は良露井よろい こう






 20歳、大学生。日本人。

 工学系大学に通って、いつか、ジェッドエンジンの開発に携わりたかっただけの、背が低くってスタイルも悪い、童顔なことが悩みの大学生。


 父は、そこそこ良い証券会社のビジネスマン。その割には家にいる事も多い、サボり癖の多い人。


 母は、旧家の出で文武両道な厳しくも優しい人。私の……空手の師匠だった。


 そして、弟が一人。

 素直で、真面目な……真面目すぎていつも心配な、曲がった事が嫌いで、私よりもしっかりした性格の弟がいた。


 割と幸せで平穏な家庭で、静かに暮らしていた……





 でも、私は、


 ある日起きた災害で、弟を倒れた建物から守るために……死んだ。




 でも、その時不思議なことが起こった。

 私は、何処とも分からない空間で、巨大な何かと出会っていた。



 そうして、私はこの世界に転生した。







 パンツィア・ヘルムスとして






       ***


 異様な光景の葬儀だった。


 場所は、ブレイディア近くの墓地の一角。

 真新しい墓の穴へ、棺と言うよりは最早ツボとでも言うべきサイズの棺桶が入れられる。


 ━━━どれだけ集めてもそれしか無かったのだ。


 ケンズォ・ヘルムスの死体は、それしか無かったのだ。




 だが、それはまだ分かる。

 分からないのは、参列者の格好だった。


 かの、現国王であり一応は知り合いでもあるクレド17世ですら、黒の礼服。

 その娘であるアイゼナも、無論黒のドレスを着て喪に伏している。



 だが、唯一の、喪主でもあるパンツィア・ヘルムスは、


 いや、

 ケンズォと親しい、あるいは関わっていった魔法博士達全ての格好は、



 その全てが、作業着。



 薄汚れ、機械油、爆発の後のスス、くたびれた生地に落ちない汚れがついたような


 そんな物ばかりの、年季の入った作業着、それに準ずる格好の者達が、


 前国王という立場でもあったカーペルトですら一緒になり、その格好で葬儀を行なっているのだ。



「…………この話、信じられませんでしょう?

 私も、自分のことですけど、ちょっと嘘くささすら、感じてます」



 そして、パンツィアは、これより埋める養父であるケンズォのための最期の言葉に、そんな話を始めた。


「……おじいちゃん……ケンズォおじいちゃんにこれを話したのが、大体4歳の時でした。


 普通なら……頭の熱を測るか、白い目になるじゃないですか。


 ……お爺ちゃんは、子供みたいに目を輝かせて、必死にメモを取りながら……私にその話をせがむんですよ。


 変に思わないの、って聞いたら、ただ笑いながら「僕ほど変人じゃない」って。


 分かってるなら直せって今なら思いますよね」


 ははは、と小さな笑いが起こる。

 ……皆、故人がどういう人物なのかを知っているから。


「はは…………お爺ちゃんは、」


 そして、パンツィアは今にもこぼれ落ちそうな潤んだ目でスピーチを続け始める。


「ロクデナシです。それは間違いありません。


 でも……私のことを、大切にしてくれました……

 今の話も……普段と違って笑わないで聞いてくれて…………



 大切な、家族でした。


 だから……目の前で死んで、とても……!

 グスッ……正直とても、辛いです……!」






 ……パンツィアを皮切りに、一部も涙を流しはじめていた。


 親交のあったもの、ギャンブル仲間、師弟、研究に助言を与えて貰った魔法博士……


 ケンズォは、間違いなくロクデナシだった。


 にも関わらず、ここにいる全員が彼のために涙を流していた。




「……本当は、お爺ちゃんの為に……みんなとロクデナシな人生を振り返る話をして…………弔うのが、普通です……


 でも私はそれをしない。


 今やらなければいけないのは、


 今、死んでしまったお爺ちゃんの為に……やらなければいけない事は!




 今!


 ここに集まってくれた、賢者ケンズォ・ヘルムスと共に、短い時でも歩んだ魔導博士がやらなければいけない事は!!


 泣いて、弔う事なんかじゃない!!!」




 その言葉に、全員が涙をぬぐい、強い意志を込めた瞳をあげる。



「お爺ちゃんが残してくれたブレイガーOが!!


 お爺ちゃんのブレイガーOだけが!!


 あの邪巨神を倒すことができた!!


 でもブレイガーOは完璧じゃあない!!


 テストもまだだった!!本人が欠点や人間を乗せることを考えていないその機構を知る前に、死んでしまった!!!


 今、一度の実戦をなんとか耐えたブレイガーOは…………動けることすら出来ない状態で……!!




 もしも、今、

 また邪巨神が来た瞬間、


 第2、第3のお爺ちゃんが失われる!


 そんな事あっていいはずがない!!」


 そうだッ!!


 全員が鋭く声をあげる。


「だからッ!!!


 皆にお願いしたいッ!!!



 ……一週間。


 その、あまりに短い期限で、ブレイガーOを強化しなければいけない。


 お願いします。


 貴方達の、魔法博士の知恵をお借りしたい……!」


 さ、と頭を下げかけたパンツィアへ、やめてくれ、という声が上がる。


「やめてくれパンツィア君!!

 頭なんか下げなくたって、こちらには奴らと戦う理由は確かにあるッ!!」


 す、と皆をかき分けて、背が高く筋骨隆々とした、柱のような髪型の男━━━ジャン・ピエールが前に出る。


「我々にとって、あのケンズォ氏はロクデナシだった!!

 だがそれ以上に恩があり、何より友だった!!


 なにやら秘密であんな物を作っていたようだが、その為に我々ともよく議論し、意見を交換してくれただけでも、彼を弔うための戦いに参加するだけの理由はある!!


 悔しくは、あんな凄い物を作ってるなら、言ってくれればもっと協力できた!


 水臭いじゃあないか……別に研究を取ろうだなんて思わない……取られたともね」


「ジャンさん……!」


 ふっ、とパンツィアにはにかむような笑みを向けるジャン。


「私はね、パンツィア君。

 この2年彼とは、酒場でよく飲む中でね。

 先日も、メーザーの開発に関して助言を貰ったし、実は20ラウンドほど『借りている』だ。


 それだけで墓標に勝利を捧げるには、充分じゃあないかな?」


 皆に問いかけるジャン・ピエールの言葉に、皆が、その場全てが強くうなづく。


「……だ、そうだ。

 君が頭を下げる必要もない。


 みな臨戦態勢。いつでも、作業に、研究に、改修に入れる。


 やってやろうじゃないか!!


 一週間であの鋼鉄の巨神を改修してやろう!!」


 うぉー、と片手を上げて吠える。

 皆の心は一つだった。


「みんな……ありがとう……!」


 さっきまでとは別の感情で流れる涙をすぐにぬぐい、パンツィアは叫ぶ。


「時間がありません。失礼を承知で、墓をすぐに埋めます!!

 弔いの言葉も、全て終わらせてから改めて。


 これより、HALMIT全魔法博士は!!

 ケンズォ・ヘルムス魔法博士の残した超越機械人スーパーロボットブレイガーOの改修へと向かいます!!!


 解散!!」


 瞬間、全員が携帯電子魔導書タブレットや紙を取り出し、誰かを捕まえては議論しながらHALMITの方角へ歩き始める。


 頼もしい人々だ、とその背中を見ながらパンツィアは喪主として埋める作業にだけは立ち会う。


「……私も竜騎兵の儀礼服で来ればよかったな」


「アイゼナちゃん、陛下……!」


 ふと、そんなパンツィアに近づく二人。


「すまない。我が兵達は再編中であり、今も他国の兵に無理を頼んでいるところなのだ。

 本来、魔法博士や……戦士ではない若い子供に、戦いを強いるのは外道のやる事だ。


 このクレド17世、一生の恥だ」


「いえ陛下。

 そんなことを言っている場合じゃない事は、私も重々承知です。

 これ以上……悲劇は私も見たくはないんです」


「復讐、ではないのかパンツィア?」


 ふとまっすぐ見て言われた言葉に、パンツィアは首を振る。


「それはもう済ませたよアイゼナちゃん。

 ゴルザウルスは私が倒したんだ。


 でも、ギリギリの戦いすぎた。

 ブレイガーOを強化しない限り……次はもっと酷い結果にだってなるんだ。


 そうなった時、私は「あの時何か方法を思いつけたんじゃないのか?」「もっといい方法があったんじゃないか?」ってずっと後悔し続けることになる気がする。


 思い立った今、行動しなきゃ意味はないんだよ。


 …………私みたいな思い、誰にもさせたくはないよ……」


 パンツィアの言葉に嘘がない事は誰でも分かった。

 分かったからこそ……二人は、王族だとかそういうことを抜きに、一人の人間として辛く感じた。


「……何も、出来そうにない我々を呪ってくれ」


「違います陛下。

 陛下は、王としてブレイディア王国を復興し、短い時でも次の戦いに備えるという重要な役割があります。


 アイゼナちゃんだって……竜騎兵隊の再編は重要でしょう?


 偵察が無ければ、現代戦は何も出来ないんだから……」


「……各々、出来る限り最善を尽くし、足を引っ張らぬよう連携を取る。


 その基本を尽くせということか。

 王になっても、未だ出来ぬ未熟さを呪う」


「お父様……」


 心配の視線を向けるアイゼナの頭を一度撫で、改めてパンツィアに毅然と向かい合う。


「頼む。君も、最善を尽くしてくれ」


「……分かりました」


 そうして、パンツィアは墓を後に歩き出す。


 振り向くことも弔いの言葉もない。


『ロクデナシであり、大賢者であった者ここに眠る』


 そう書かれた墓に戻る時とは、つまり全てが終わった後なのだ。





「お爺ちゃん。

 託された物、私が完成させるよ」




 だから、

 ほんの少し流れた涙と、

 その一言だけを残し、


 彼女は、自らの戦場へと向かっていった。



       ***

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