◇番外編「大陸の地図を縮めた女」

act.1:マネーパワーイズジャスティス!!



 この話は……パンツィアがブレイガーOへ乗る前……


 HALMITを立ち上げた直後発生した喜劇から始まる…………




       ***


 きっかけは、空の上の大陸、

 ヴァールファラ神国にて、パンツィアがなした偉業にあった。


 ヴァールファラ神国は、空に浮かぶ浮遊大陸にして、太古から存在する神々と、その信徒たちが住む場所だ。


 そんな場所だったのだが、実はさまざまな不幸が重なり、浮遊する大陸を維持する機構が崩壊しようとしていた。


 そう、パンツィアの最大の研究成果、反重力魔導機構リパルサーリフトが役立つ時がきたと言うことなのだ。


 3ヶ月の修理により、大陸が落ちることはもうなくなり、現地の信徒の技術者などに運用方法を教え、さぁ帰ると言う時、


 彼女が、住まう神を代表した豊穣の神フェイリアとした会話が、長くなったが喜劇の発端となった。




「ありがとう、小さな賢者さん♪

 もう、千年前からこう言うのが得意な神が軒並み動けなくなっていて困っていたのよ〜〜」


「いえいえ、こちらも実用試験ができて嬉しいですし」


「ふふふ、お礼を弾まないと行けないわね?何か欲しいものとかある?」


「実は、ちょっとだけ金塊が欲しいんです。

 工業製品に都合がいいので、ほんの少しだけ」


「あら意外と現物主義ね。少しでいいの?」


「溺れるほどはいりません、ちょっと実験に使うので」


「まぁ、こちらもそれぐらいしかないもの、ちょうどいいわ。

 少しでいいのね?」


「ええ、そんなに大量に貰っても、使いきれないですし」







「はい、どうぞ?

 こんな量でいいだなんて、やっぱり謙虚ね」






「と゛ほ゛し゛て゛6゛ト゛ン゛も゛金゛塊゛か゛あ゛る゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!?!?!?」









       ***


「しまった!!神のスケールの違いを完全に伝え忘れてしまっていた!!」


 震えながら、6トンの金塊を持ち帰ったパンツィアに、クレドはしまったと言う顔をした。


「あばばばばばばばば」


「言いたいことは分かる。

 どうも神と言うのは、10トンぐらいまでは少しの単位らしい。

 しかし困った……これは手に負えない量だ……」


 もう何を言っていいのか分からないパンツィアの前で、クレドは頭を抑えて言う。




 説明によれば、まずコレを国内で換金するのは、金相場が狂うので不可能ということらしく、パンツィアは隣のトレイル商会連合に紹介状を書いてもらって、そこでうまく換金する方法を考えることになった。


 とりあえず、パンツィアは実験に使う分と、持っておいたほうがいいだけの金塊をHALMITに保管したが、四捨五入してもまだ6トンの金塊は6トンの金塊だった。


       ***



「ちょっとで良いと言っただけで6トンも…………!」


 そんなわけでトレイル商会連合国、トレイル商会連合の中央事務所に来たパンツィアは、国家元首並みの扱いを受ける現商会連合の長である総裁、アイザックに笑いを堪えられていたにだった。


「そうなりますよね」


「失礼、側から聞く分にはもう…………パトロンをしている劇作家に話せば、一つ劇ができる程の話ではありまして、ブフッ……!」


「そうなりますよね…………」


「いや、流石に真面目に対応させていただきましょうか。

 まぁ、結論から言えば、換金はやらせていただきますよ」


 部屋にいた部下に水を持って来させ、少し落ち着いた所でそう言葉を出す。


「それで、条件は?」


「おや、気付きますか。聡明な人だ」


「ここに来る前に陛下に言われまして……『商人が素直な時は大抵裏がある』って」


「まぁそうなります。


 実は、金を貨幣に変えるにも限度がありますので、残りは『現物』で交換させて欲しいのですよ」


「現物?」


 すると、ある地図を広げるアイザックは、このトレイルの首都からブレイディアにほぼ一直線で繋がる土地をなぞる。


「土地と会社ですよ」


「土地と会社……!?」


「ええ。会社は二つ。まずこの土地の持ち主であり、ブレイディアとここをつなぐ鉄道の一つ、『ブレイディア急行』。

 もう一つが、ここトレイルにある工場の一つ『イーグル工業』。

 これが換金の条件です」


「分かりました」


「そ、即決ですね…!?」


「良いんです、多分なのは何となく分かってますし、わかってる上でその条件を飲みます。」


 意外そうな顔をすると、再びアイザックは元の笑みに戻る。


「そこまで言っていただけるなら、こちらも助かりますよ。


 でも、あまりそういう即決はいけない。

 買い物というのは、その後を左右する物です。

 不利益とわかって買うのは愚策ですよ」


「私が買うのは不利益ではないですよ」


「では、何ですか?」


ということを買ったんです」


 再び、驚いた顔となるアイザック。


「…………面白い答えですね」


「魔法博士はですね、特に基礎研究なんてもの、一切役に立たなくって当然なんですよ。


 役に立たない研究の、無駄な成果の積み重ねが、ある日突然何か凄まじい改革を生む。


 だから…………商人的には『無駄は省いて利益を上げる』が正義かもしれませんけど、我々の正義とは『無駄を見つけて活かす方法を探す』事なんですよ」


 それは、パンツィアにとっては、ある種当たり前の思想だった。

 何百もの他の研究に触れ、自身も様々な無駄を経験してリパルサーリフトを作り上げたからこその。


「…………ますます、面白くなってきた」


 ふと、失礼しますと背後のドアが開き、大量の紙幣がやってくる。


「アレが、あなたが買った二つの工場と鉄道会社と土地、そのお釣りですよ」


「う、わ……」


 大陸共通通貨のラウンド紙幣が大量に積み上げられた光景は、絶句するには十分だった。


 元の世界で、かつてのドイツが第一次大戦に負けて紙幣の価値が暴落した時もそんな量の金を受け取ってどうすれば良いか分からない顔のなった兵士の絵があったが、まさにそんな量だった。


「……銀行の口座作ろうっと」


「そういうと思って作ってありますよ、我が商会の銀行のですが、問題が一つ」


「問題?」


「残りのお釣りで、すでにあなたの金庫が満杯です」


「……えぇ……??」


       ***


 一夜にして大富豪、と言えば聞こえはいいが、あいにくこんな大量の金を抱えて歩くのも億劫にはなるのだ。

 鍛えていてよかった、とものすごい量の紙幣をいくつか入れた袋を全身で抱えて歩いていた。


 もしもひったくりがいるのなら少しくけてもいいぐらいなのだが、そういう柄の悪そうな顔の人間たちがなぜか皆避けていく。


 そうか、足が確実につくのは嫌か……


 そんなこんなして徒歩数十分。

 目的地が見えてきた。


 古びた区画の奥、古びた看板のかかった、寂れた工場。


「ここがイーグル工業……」


       ***


 寂れた工場の奥、傾いた社長室の看板の奥の部屋、


「はぁ…………」


 一人、書類を整理する、恰幅がいい丸い青年がいた。


「…………」


 彼の目の前にあるすべての書類は、赤字の決算書だった。


 経営難。


 彼の丸い顔、いや丸い割には頬が痩けているというべきか、クマも見える顔にはそう書いてあった。


「…………太ってしまった……皆も苦しいというのに……」


 近くの姿見を見て、彼はYシャツの下の太鼓腹を見て言う。


(いよいよ、自分の肉でも売る時期なんだろうな……

 いやさ、なんで太っちゃってるんだろう、僕って……)


「……心が、弱いんだろうな。

 辛くなると、ついさ……」


 ふと、近くに置いてあったむき出しのビーフジャーキーをつまむ。

 困ったことに、いい塩気でとても美味しい物だった。


「…………」


 ふと、外の窓でもと眺めるタイミングで、ドアを叩く音が聞こえる。


「若しゃちょー、なんか商会から手紙入ってた」


 やや油に汚れたオーバーオールにTシャツ姿の若い女性が、ドアを開けて入ってきた。


「そうか。ありがとうエリー。どうやら死刑宣告が来たみたいだ」


「辞めてくれよ!

 あたいらはアンタだから今まで付いてきたんじゃないか!」


「でも、ここを潰したのは僕の代なんだよ。

 お父さんのせいでも、誰のせいでもない」


「よしてくれよ!!

 あんた、ただでさえ大飯食らいなのに、このところそんなビーフジャーキーしか食ってないで、あたしらの給料に全部回してるんじゃないか!!」


「従業員を養えない経営者が満腹になっちゃいけないよ」


「けどさ、けどさ……」


 うっ、と彼女が泣いた瞬間、廊下からぞろぞろと男女入り乱れて人が入ってくる。


「若ぁ!!なんで諦めるだなんて言うんだよ!!」


「俺たち、ここ以外なんて働きたくねぇよ!!」


「あんたみたいな奴だったからついてきたんだよ!!」


「クッキード社長、嫌だよ!!」


 大きく揺すぶられる、彼は、そんな労働者らしき皆を片手で制す。


「悪いけど、もう仕事もやれないんだ。

 完全にのせいで干されちゃったしね」


「社長……」


「君らの仕事先は、なんとか見つけるさ。

 まずは……ここを買った人間に挨拶しなければだけど……」


 そう言って、先ほどもらった手紙を広げる。


「ええと、買い手が見つかったんだ。

 名前は……パンツィア……ヘルムス??」


 ふと、彼はその名前に、怪訝そうな顔をする。

 そして、


「すみません、社長!

 外にパンツィア・ヘルムスさんって言う人が、」


『なにぃ!?!』


 タイミングよくその名の人物が現れ、皆にわかに沸き立つ。


「こうしちゃいられねぇ!!俺らで追い返すぞ!!」


「社長を辞めさせられるなんてたまるか!!」


「ちょ、みんな!?」


 あれよあれよと、血気盛んな工場の労働者の皆が社長室を濁流のように出て行き、なんとか止める為に社長と言われた彼も走り出す。


       ***


「……おチビちゃん、あんたがここ買い取ったって言うのかい?」


「あ、はい……色々あって……」


 目の前で立っている女性が屈みながら怪訝そうにこちらを見てくる。


 相変わらず身長が伸びない自分が恨めしい……もう14だぞ。ぐぬぬ


 そう思いつつ待っているパンツィアは、ドドドドド、とでも言うべき振動を感じた。


「パンツィア・ヘルムスっていうのはどいつだぁーッ!?」


「この会社はわたさねぇ!!」


「オレァクサマヲムッコロス!」


 突如現れた大量の従業員たち。

 口々に自分の名と物騒な言葉を吐きながら…………自分の上を素通りしていく。


 おかしいな、おかしいな

 私の身長、143cm

 だいたいみんなの肩あたり。

 気づいて、気づけよ、オラァここやぞ高身長どもがぁ!?!


 パンツィアの心の声は、その高さに届かない。


「ちょ、ちょ、みんな落ち着いて!

 ほら、一回どい……」


 ふと、皆を退けて、中々丸みを帯びた体系の身なりがそれなりにいい青年がやってくる。


「…………」


 彼は、こちらを見るなり、何故か固まってしまった。


「あ、どうも。パンツィア・ヘルムスです」


『何ィ━━━━━ッ!??』


 周りがようやく自分を見て驚く中でも、彼はただ目を見開いてマジマジと見ているだけだった。


「嘘だろ、あんなちっちゃい子供が……?」


(14歳です)


「まだうちのガキと同じぐらいじゃないか……!」


(その子も14だよね……??)


「まだ学校に行ってるぐらいの幼い女の子じゃ」


「14歳です」


 幼い、は流石に聞き捨てならない。


「…………本物だ」


「え?」


 ふと、呟いた彼はそう言って一歩近づく。


「こんにちは、パンツィア・ヘルムス魔法博士殿……!

 あの、僕の、僕がこの工場の社長の、クッキード・イーグルです……!」


「はじめまして、イーグルさん」


 ふと、ぱっと手を握られる。


「論文読みました。

 あなたの内燃魔導機関エンジンの構造、あれは素晴らしい!」


「あ、レシプロの方ですか?」


「『純粋内燃魔導機関ジェッドエンジン』の方です!!

 レシプロなんて、冷却機構で無駄に大きくなりすぎて、まだまだ洗練されてない!

 一本の軸であの洗練された機構だからこそ素晴らしい!」


「えっ!?アレ、見てくれたんですか!?」


「あ、あの、ぼ、僕これでも、ちょっと前まで魔法博士になる勉強してまして、その……年も下なのにアレだけの機械を考えられるあなたを尊敬してました!!


 世間はやれ反重力魔法機構リパルサーリフトだのと持ち上げますが、浮くだけの魔法機構だけ褒め称えるなんて間違ってる!」


 やたらグイグイと来る相手にたじろんでいるが、まさかまだ完成していない……いや、正確には冷却の問題を終えていない研究をここまで熱心に語ってくれる相手だとは思わなかった。


「あはは、ありがとうございます」


「あ!

 これは失礼をしました、つい……」


「いえいえ……まさか、本命の研究論文を見てくれている人がいるなんて思ってなくって」


 ふと、周りも怪訝な顔でこちらを見ていることに気づく。


「……所で、なんでまたこの工場を売りに?」


       ***


 社長室の、そこそこいいソファーに座り、パンツィアは出されたコーヒーを飲んで話を聞いていた。


「ここは、鉄道の動力車を作る工場だったんですよ。

 イーグル工業のE-300シリーズ、聞いたことありますか?」


「乗ったことありますよ!すごい力強い機関車でした!」


「はは、嬉しいなぁ……!

 死んだお父さんにも聞かせてやりたい……!」


 額縁に映る白黒写真の、ススだらけ作業着にヒゲを蓄えたたくましい男性……彼の父親らしき男の写真を見て、クッキード社長は言う。


「死んだ父は、お世辞にもいい父とは言えません。

 すぐ怒鳴るし、イビキはうるさいし、行き当たりばったりで、ギャンブルで小遣い全部スるのは当たり前……

 僕が社長をやらされてるのも、『お前は俺より頭いいだろ!バッチリだ!』なんて理由で、10歳の頃からずっと経理とかやらされて……調子がいいんですよ、本当。


 ただ、技術者としては一流。

 父の作ったEシリーズ動力機関車は、伝説の名機になるほどです。

 そんな父を尊敬していました……けど」


 唐突に、涙を堪えるような顔に変わる。


「……パンツィアさんは、ブレイディアに走っている鉄道は、幾つあるか知っていますか?」


「2……いや、正確には、3、ですね」


「はい……最短で伸びる『ブレイディア急行』、ここと線路が共通の『ユグドラシア鉄道』、そして、平坦な道を大きく迂回するように通る『サウスブレイディアライン』の3つです。


 僕たちの会社は、ブレイディア急行の車両を主に下ろしていて、一時期は大陸最速だなんて言われていたんです」


 そういえば、とブレイディア急行の土地を見た時のことを思い出す。

 地図の様式から見てもほぼ直線ということは、地球の丸みを考えても直線だったはず。

 速度が極めて出しやすいということだ。


「でも……時代は追いついてしまったんだ!

 今じゃ、どの鉄道も速度はそんなに変わらない!

 どんなに頑張っても、ブレイディア急行のかつての栄光の速度は、もはやこの大陸では標準だ!」


「…………」


「いや……周りはそれよりもっと早くなっている……

 数年前から、ブレイディア急行と到着時間が変わらないようになって、僕らも頑張って新しい機関車を作ろうとしたけど……!」


「……何が、あったんです?」


「…………父が急死したのもその時なんです……

 僕以上に、機関車にかかりっきりだった父は、ある寒い日も工場の作業場で寝泊まりして翌朝……!」


 う、と泣き崩れた彼を支えようとした瞬間、ドアを蹴破るようにこの工場の皆がなだれ込む。


「なああんた!社長をやめさせないでくれよ!!」


「社長はあたしらの食い扶持守るために色々してくれたいい人なんだよ!!」


「工場長……あの社長のお父さんも、社長が色々してくれてるおかげでいつも助かってたて!!自慢の息子だって!」




「あーもう落ち着いてくださーい!!


 別に!

 まだ!!

 イーグル氏を辞めさせるなんて言ってないじゃないですか!!」



 と、なんとか大声で皆を落ち着かせるべくパンツィアが叫ぶ。


「だけど、僕ももうこれ以上どうすればいいのか、」


「とりあえず話を聞く!!」


「はいっ!?」


「よく聞いてください。

 まず、これだけ人望のある人間をただ辞めさせるのは合理的じゃない。

 管理職にはぴったりですしね。


 次に、私に一つだけ、いい考えがあります」


 そのためにも、とパンツィアは立ち上がる。


「私は諸事情諸々の理由で、そのブレイディア急行も買い取ってしまってます。

 あなたの話も含めて

 まずそっちも話をつけます。


 で、貴方にも頼みが!」


「は、はい!」


「まず、私は会長、貴方がこの社の代表取締役、それはいいですね?」


「はい……」


「よろしい、あとで計画を話しますので、工場で働ける人員を集めてください」


「え、あ、」


「お返事!」


「はい!」


「よろしい。じゃあちょっと言ってきます」


「あ、待って!」


 と、まくし立てたパンツィアが踵を返すと、彼はそう呼び止める。


「話は分かりました!ただ、人員を集めるなら、彼らの方が適任だ。

 部下は優秀で、すぐに集めてくれます。

 それより、ブレイディア急行へ行くなら同行します!


 そこのトップとは旧知の仲だ……どうでしょう?」


 すこし、驚いた。

 案外、頭も回るし指示も出せる。

 なんだ……もう少し踏ん張れば売りに出す必要もなかったのでは、と。


「じゃあ、お願いします。

 そこで、計画も話しましょう」


       ***


 トレイル首都東側地区、『トレイル急行』ウェストキャピタル東駅、


「だからぁ!!潰す気なんてあるなら最初からこんなこと言わないだろうがっ!!」


「……そーかよ」


 身なりのいい若い男が、1人の緑色の目を持つ肌の黒い、耳が尖った亜人━━━ダークエルフの男にそう叫んでいた。


「これからの時代、鉄道はどう変革するかは分からん!

 だが、たとえ飛行船が発達しようと、今は軍用の自動車なるものが民間に普及しようと、鉄道は絶対になくならん!!


 むしろ複雑に絡み合い、寄り添うようにお互いが生きていく、そういう未来になる!!」


「そうなった頃まで俺がのたれ死んでないって保証はねーだろ。明日の飯代もねーんだ」


 ダークエルフの男は、入り口の所にいた今話しかけた男と瓜二つの男が静かに視線を送る隣を通り過ぎ、改札の扉へ鍵を刺す。


「長生きなダークエルフのくせに何を言うか!!

 お前だって……いや、お前がブレイディア急行が落ちぶれて一番ショックを受けて、」


 ぴたっ、と彼の言葉にダークエルフが止まる。


「今日ここ買い取った奴がやって来るってよ」


 え、と身なりのいい男が言う中、ゆっくり振り向く。

 その顔は、なんと言えない悲しそうな顔と、男の涙が滴り落ちていた。


「どうなるかは分かんねぇけど、お前らドラルズ兄弟とはこれっきりかもな……

 へっ……チビの頃から口のへらねぇ貴族のガキだったな……」


「やめろ……そんなこと言うな……」


「今じゃ、いい鉄道経営者ってか?

 学も教養もねぇ、俺みてぇなダークエルフのクソ野郎じゃ、結局かなわねぇみてぇだったわな」


「やめ、」


「そんなことを言うんじゃあないぞ、オルファス!!」


 壁にもたれかかった男━━兄弟の弟の方が叫ぶ。


「ラトル……!」


「カトリ兄さんが、俺が、どれだけお前の長い経験に助けられたと思う?

 お前は、この鉄道の創始者の時代からずっとここを守ってきたんじゃあないのか!?」


「じゃあ、どうしろっつーんだよ!?

 え!?俺が古株だからってどうしろってよぉ!?」


 ふと、興奮して殴りかけた駅舎への拳を止めるダークエルフの男━━オルファス。

 薄汚れた、『ブレイディア鉄道』の文字をなぞる用に指を動かし、再び涙を流す。


「……なんども話したよなぁ……何度目だ、アニキの話をよ……

 人間だけどよ、あの人は……俺にとっちゃ、本当の兄貴みたいな人だった……


 精神年齢が幼いからよ……あのでけぇ背中に憧れたんだろうな……」


 上を見れば、この駅から伸びる鉄道の創始者たる、優しい目つきのたくましい人間の肖像画がある。


「……なぁ、情けねぇよなぁ、兄貴……

 一発、殴ってくれよ、あの頃みたいによ……そんで、一緒に飯でもさ……マッズいパン齧って……うっ、うっ……」


 嗚咽を漏らし始めたオルファスを、ドラルズ兄弟は黙ってみるしかなかった。

 同情はできる、共感もできる。


 ただ……かける言葉が、見つからなかった。


「━━━━あのぉ、」


 そしてふと、そんな可愛らしい声が聞こえる。


「「「?」」」


「あのぉ……お取り込み中すみません」


 3人の視線は、声の方向、やや下。

 1人の、まだ幼そうな少女の所で止まる。


「私が……ここを買い取ったパンツィア・ヘルムスと、申します。

 初めまして」


 ぺこり、とお辞儀をする少女━━━パンツィア。


「「「は?」」」


 だが、3人はあまりの事にしばらく頭が追いつかなかった。



       ***

 

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