act.2:飛べ、ウィンガー
それは、魔術、錬金術、呪術と言った技術の発展に寄与する科学の徒である。
魔法が未知の時代は終わった。
神ですら今や説明のつく存在であり、怪しい儀式だったものは全てが理屈と理論を元に説明が可能な物となった。
そして、それら魔法博士達を最も輩出している国こそが、この『ブレイディア王国』。
名峰達に囲まれ、美しい湖『コウシ湖』に隣接するこの場所だ。
かつては、西にありし魔王諸国連合の土地であり、ダンジョンの名残を残す遺跡や建物も多いここは、初代国王より続く『知恵で豊かさを。知識で力を。魔法による繁栄を』モットーに、魔法博士達を手厚く支援し、育ててきた実績があった。
ここから東の山を越えた先の『トレイル商業連合国』が20年前に打ち出した、『全大陸鉄道網計画』の第一段階成功も、この国で学んだ魔法博士達が技術を支えた故の結果と言うのも過言ではない!
自然と科学の調和したこの国の最大の催し物こそ、
4年に一度、散らばりし高名、無名、老若男女入り乱れた魔法博士達の自らの研究発表の場、『賢者会議』なのだ!
***
「……それで?
その栄光の『賢者会議』に第一回目からずっと顔を出し続け、幾たびもの偉大な研究を成し遂げつつ、
第一回目から今の今まで必ず遅刻しているロクデナシが、大抵の人間がこの時間には集まり終わっていると言うのに……!
連絡もなく……
こちらの応答も答えず!!
堂々たる貫禄で寝坊しているという認識でいいと言う事なのかぁ!?!?」
第89代国王、クレド・ブレイディア17世は、自分の頭痛を取り払おうとする勢いで叫んだ。
元々、生真面目で有名な国王として国民に親しまれているが……今は気の毒の一言に尽きた。
「…………はいィ……!」
答えたのは、耳の尖りと金髪でやや長身なのが特徴の亜人、エルフの女性。
森の狩人、誇り高き緑の番人……という普通のエルフ像からかけ離れた、情けなさ以外何一つ感じない涙目と諦めの表情をして答えていた。
「……シャーカ魔法博士、失礼ながらこれは悪い夢ではないのだな?」
「あ、う……はいィ……出ません……魔法石通信機に…………私の師であるケンズォはでてくれましぇん……!!」
おそらく、何度もかけ直したのだろう。ずっと受話器と呼ばれる通信機につながる部分を持って、泣いている。
「いや!!君が泣く必要はない!!!
私が今、もしも仮に誰かを悪いと思い、たとえ人の道を外してでもその首を切ってやろうと思うのはただ一人!!
君の師であるケンズォだけだ、あのロクデナシめ!!!私が知る限りもう6度目だ!!!」
「ヒィ!?しゅびばせん、すみません!ごめんなさい、ごめんなしゃいぃ!!」
虚しい状況だった。
別に何も悪くない気の弱いエルフが泣いている上に、便宜上主催者たる高貴な血の王が頭痛を催しているにもかかわらず、
元凶は今も寝ているのがありありと想像できたのだから。
「クレド……」
ふと、国王の肩に触れるシワの深い手がある。
「おぉ、父上……!」
「クレド……心中は察するがな、諦めろ。
儂も主催者だった頃は、煮え湯しか飲んだ覚えはない」
その手の主の老人━━前国王、別名『博士王』カーペルト1世は、深い深い諦めとともに声を出す。
「今度こそは、と思いましたが……」
「だが安心せい、まだ手はある」
「いえ、しかしそれは!」
「クレド!どうしたクレド17世!!お前が民を思う王だと言うことは、誰よりも優れているとは思うが……この場合は仕方がないじゃろうて」
「あのバカの不始末を、彼女にまた尻拭いさせるのですか!?」
「愚か者!奴は馬鹿ではない!
ロクデナシだ!!
奴と比べるなんぞ、バカに失礼であろうが!」
「!
しまった……これは失礼を……」
「全く……奴と比べられるなんぞ、バカな人間などという高尚なものを持ち出すんじゃあない……」
酷い。あまりに酷い評価
だがこの時、ケンズォにかつて120年支持した事のあるシャーカは、涙目で聴きながら思った。
(全然否定できないよぉ…………あの人、偉大な魔法博士なのは間違いないし恩もあるけど……
バカ以下でロクデナシなの否定出来ないよぉ!!)
「だから……奴の手綱を取れる唯一の人間を使うのだ!」
「くっ……彼女にも研究があるだろうに……!」
「仕方がない……シャーカ君、頼めるかな?」
「あ、今繋がりました!」
ホッと胸を撫で下ろす。
ロクデナシの養子とは思えない、非常に出来た人間だった。
「もしもしパンツィアちゃん?」
『そろそろかけてくると思いましたよ、シャーカさん。
30分待ってください』
「え!?もうそんな近くですかぁ!?」
『いえ、今も家です』
「えぁ!?」
だが、この日の電話の主の声は、
少しだけいつもの返答と違った。
***
話は一時間前に遡る。
朝の森の一角だ。
「ハッ!!ハッ!!ヤァッ!!!」
自身の使い魔である
この世界に生まれ代わり幾年、物心がつくなり彼女は前の世界からの日課を続けている。
空手。
元の世界ではあまりに有名な格闘技だが、いまここには使い手は一人しかいない。
「あたっ!?」
そして、今日は自動人形に組み込んだ動きの方が上手だった。
一本取られ、倒れそうになった所を人形に支えられる結果を生む。
「あ……あはは……強くなったなぁ……
おっと!対戦者に、礼!」
最後は、お互いに向き合い、礼をして終わる。
パンツィアは、殴り合いよりはこの瞬間の方が好きだった。
「ふぅ……じゃあ、戻ろうか」
と、帰路へつこうとした瞬間、サァ〜と木々がざわめき始める。
「ん?」
ふと見上げた瞬間、ビュォォ、という突風と共に真上を何かの影が横切る。
「あ……ちょっと余裕こきすぎちゃった!?」
自動人形が差し出した時計は、この国の標準時で8時40分。
「あっちゃ〜〜……来ちゃったか〜〜……!」
急いで家の方まで戻る。
なにせ、待たせるには失礼過ぎる『さる高貴なるお方』だからだ。
***
「遅いっ!!
お前まであのロクデナシの賢者殿の様になってどうする!!」
いつもの凛とした声に男勝りな口調、
それでいて、同い年にもかかわらずもうメリハリがつき始めた身体の美少女が玄関の前にいた。
「これはアイゼナ・ブレイディア姫殿下様、今日もお日柄もよく」
「お前はその前振りを必ず言うな?気に入っているようだが、必要はない」
「そんじゃ遠慮なく。
アイゼナちゃん、おはよー。ごめんね、ちょっと色々考えがまとまんなくって、体動かして整理してた。
なるほど、とその美少女━━一応、この国の姫であるアイゼナは、頭の両脇でゆった金髪を揺らして答える。
「お前の事だから、どうせアレの事を起こさないとは踏んでいた。
関係ないね、とでも言うつもりだったんだろう、いい気味だ。
だがあいにく今日は父上の顔を立ててやらねばならん。
ほら、とっととラインの背中にロクデナシを載せろ」
親指で指し示す、大人しく座る白く若い飛竜。
アイゼナの乗竜にして、この国の竜騎兵の使う竜の中でも一番飛ぶのが早い白竜、ラインだった。
「ライン〜、ごめんね君もわざわざ朝も早いのに〜」
顎の下を撫でてやると、竜とは思えない人懐こさで頬を擦り寄せてくる。
年齢も若いせいなのか、気性の荒い竜種の割に人懐こいのだ。
「こいつなら30分だ、多少は遅れるがなんとかなるだろう」
「ありがとう。でも……ちょっとごめん、今日は私の都合でお爺ちゃんを遅れさせる」
何、と言う横で家のドアを開き、招く。
「どう言うつもりだ?」
「私、昨日決めたんだけど、やっぱ研究結果を発表しようかなって」
「何!?じゃあ、まさか『出来た』のか!?!」
「それなんだけど、肝心の問題二つのうち一個は、お爺ちゃんの『今日発表する研究成果』で無理やり解決したし、もう一個も結局パワーを落として使うしかなくって……最高速度は自信あるけど、まだまだ飛竜の方が機動力あるよ」
「やったなパンツィア……なぁに、お前の事だ、すぐに解決してしまうさ。
だが悲しいかな、これで我々竜騎兵の歴史も終わりが見える」
「終わりかなぁ……まだ当分はそっちが強いよ」
「抜かせ!じぇっと……だかなんだかから火を噴いたせいで有耶無耶になったが、ラインを抜いただろう?」
「今日は燃えませんように。原理的には燃やしてるけど」
さてと、と言ったところで、ジリリリリ、と壁の通信機からベルのけたましい音がなる。
「来たか……はいもしもし、ヘルムスです」
『もしもしパンツィアちゃん?』
「そろそろかけてくると思いましたよ、シャーカさん。
30分待ってください」
『え!?もうそんな近くですかぁ!?』
「いえ、今も家です」
『えぁ!?』
「それより頼みがあるんですよ。
賢者の宮殿の竜騎兵広場、ちょっと場所を確保していてください」
『えぇ!?!』
「ご迷惑をおかけします。ロクデナシは必ず連れて行くので」
と、返答も聞かずガチャリと受話器を置く。
「……ごめんなさいねシャーカさん。
血は繋がってないけど、やっぱり私爺ちゃんの孫なんですよ」
「シャーカ殿…………私からも埋め合わせはしてやらんとな」
「じゃ、アレはもう2階で用意しているし、外で待ってて?」
「心得た。
ああ、そうだ」
ふと、階段を登り始めたパンツィアを呼び止める。
「勝負しないか?
今日は風向きがいい、30分以内に私もラインもたどり着けるかもしれん」
「勝負になんないよ」
「負けるのが怖いか?」
「本当は20分でつくんだよね。
多分、ラインは拗ねる」
「……言ってくれるじゃあ、ないか?」
「じゃ、また現地で〜」
言うや否や2階に上がり、アイゼナも即座に外へ出てラインへまたがった。
***
「くかー…………んん〜〜……」
ケンズォは、座席で完全に寝ている。
静かに、パンツィアは横で着替えていた。
下着も脱ぎ、専用に編んだ合成繊維のスーツを足からはいて腕を通す。
黒いそれは薄いが、裏にはびっしりと後ろの『本命』の副産物で出来上がった『衝撃吸収魔法』の紋章が刻まれている。
頭に付けるのも同じ効果を持つヘッドセット。それも知り合いの魔法博士が作った小型魔法石通信機が内蔵されている。
マイクは喉。同じく、骨の振動を介して喉の声を受け取る物だそうだ。
後ろにある自分の発明は、相当揺れるのでありがたい。
「よし」
即座に、座席で寝ているケンズォを、ドラゴンの中でも一際破れにくい体表を持つ個体から取った皮で作った『ベルト』で固定する。
引っ張り、外れないこと、急な動きでもそれがロックされて絶対に座席から浮かない事を確認する。
「拗ねるかな、追い越したら……アイゼナちゃん、後でこれと同じ機構の
さて自分も、前の座席に座り、座席の位置や背もたれの角度を調節する。
フットペダルの踏み具合をもとに調整を終えベルトをしっかり締め、目の前にある「コ」を90度回転させた物━━━そう、『操縦桿』の脇にある魔法石に触れる。
フォン、という光と共に、視線の先のメーター達が動き始め、規定の数値を見せてくる。
同時に、両脇にあった水車のような回転部分が回転を始め、淡く光を放ち始める。
「『
左手をあげる。
下で使い魔が壁を操作して、自分の部屋の天井が徐々に開き、自分達を乗せた機械が上へ伸びて行く。
透明な丸い殻のようなもの━━『風防(キャノピー)』が閉まり、外へ本体が出た瞬間、両脇にあった回転する部分が外へ倒れるよう開く。
そう、そこが翼だったのだ。
「『
ボタンを押した瞬間、胴体前にある穴の中でも回転が始まる。
ややあって、後ろの穴から炎の様な光がともり、凄まじい熱風を吹き出し始める。
「出力上昇」
左手でつかんだレバーを前に慎重に動かす。
熱を受け止める壁を今にも吹き飛ばしそうな風が部屋の書類や使い魔まで吹き飛ばし、いよいよ凄まじい勢いとなる。
そして爆音が近くの木々の鳥達を驚かせ、一斉に家の近くにいた動物が何事かと散り始めた。
「うわ、もう1800℃超えた!?
これ以上はあげられないか……!」
レバーをそっと離し、脇にある別のレバーを握る。
「ウィンガー試作機、発進!」
レバーを下げた瞬間、ガクンという衝撃と共に前へ進み始める。
ガタガタと震える機体が回転しない様に操縦桿をまっすぐ支え、空中を飛び出したコレの方向を足のペダルで操作する。
そう、それは空を飛んでいた。
龍の様に翼をはためかせる訳ではなく、代わりに後ろから出す熱風の勢いで進む。
お分りいただけるだろうか?
コレは、彼女の元いた世界にある、『飛行機』なのだ!
ウィンガーと名付けられた飛行機は、飛び立った鳥を追い越し、空を進んでいた。
「もうすぐ森を抜け……」
森の上をラインに乗り飛んでいたアイゼナ、
その真上を、弾丸の様な速度で何かが駆け抜ける。
「何!?」
先に飛んでいたはずのアドバンテージは、一瞬で消えた。
すぐにそれがパンツィアの作ったウィンガーだと分かった。
「ゴホッ、ゲホッ……相変わらず煙臭いな……!」
ゲェ、と下でラインも咳き込み、危うく 失速しそうになる。
「しかし、何が20分だ!?
あれでは15分も夢では、いや10分でも過言ではないぞ!?」
遠くに煙の軌跡を残すウィンガーを見て、驚愕のままに声をあげる。
「あがががが!?!何ななに何ぃ!?!」
「おはよう!!舌噛むから黙ってて!!」
「うぼぁぁぁぁ!?!?ものっすごく揺れてないかこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」
当の本人達は、凄まじい揺れと共に空を進み、目的地へ向かっていく。
***
賢者の宮殿、竜騎兵用降着広場
シャーカとカーペルトは、そこで出迎えの為に待っていた。
「しかし、20分とはどういうことか…………儂の孫の飛竜ですら、30分はかかるだろうに」
「え、えぇと、多分、もしかして、パンツィアちゃんの、研究が関係し、ニャッ!?」
ふと、キィィィンという甲高い不快音をエルフ特有の聴覚で感知してしまい、シャーカは辺な声と共に耳を塞いでうずくまる。
「ど、どうしたのかね……!?」
「や、やや、やっぱりアレだぁ……!」
何、と訪ねた瞬間に、今度こそ人間の耳でその音が聞こえる。
「ん?」
遠くの空、まだやや低い太陽。
それを背に、何かが飛んでくる。
「な、なんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!??」
ギューンと一気に距離を縮め、その物体は腹をこちらに向けて止まる。
甲高い音は段々と下がり、しばらくこちらを避ける様後退して、ゆっくりと広場に降りる。
「…………」
「…………」
驚きすぎて言葉も出ない二人の前で、透明な殻が開き、中から人が出てくる。
「ごめんなさい、遅れました。
ご迷惑をおかけします」
丁寧にお辞儀した彼女━━パンツィアを見ても、まだ二人は言葉を発せなかった。
「ねぇ……そんな事よりさ…………」
そして、ふと背後からそんな弱々しい声が聞こえる。
「だ、誰か……水持ってきて……朝ごはん抜いたお陰で吐かないけど、ウッ…………めちゃくちゃ気持ち悪いです」
そこには、青ざめたケンズォがいた。
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