act.1:彼女の名前は、パンツィア・ヘルムス



 突然だけど、私ことパンツィア・ヘルムスは、異世界の転生者なのだった。


 前の世界は地球と言って、私が住んでいるのは日本の割と大都市な所なのだった。

 え?にほん、って何って?地名だよ地名。そこから……だよね、うん。


 まぁ、私もそんなに頭の良い方じゃ無かったから、説明も難しいけど。

 ともかく、そんな国で暮らしてたんだ。


 学校に通って、バイトして、友達と遊んで……後アニメ見たり、オモチャが趣味だったから集めたり。


 ……待って、アニメって何って、長くなるしやめよう、それは後。


 ともかく、元の世界じゃ普通の人間だったんだー。


 ただ……運悪く地震で頭から屋根の瓦を被っちゃって……うん、多分死んじゃった。


 そしたら、目の前になんだか……でっかい人?がいて……


『人よ、転生させてやろう』


 とか言った?のかな……覚えてないや。


 ただその時に、そのなんか神様か何かに『能力をやろうか?』とか聞かれたんだけど……断っちゃって。


 うーん……似合わないかなって思ってさ……なんか、ピンと来なかったし。


 私は、私のままでここに転生して……気がついたら赤ちゃんだったって事かな?


 特に何か特別な力もないし、何だかんだ川を流されてて、ああ死ぬのかな、って思ってたんだけどね……



「で、爺ちゃんに拾われて、今は普通の魔法使い見習い、って事かな?」



       ***


 2年前、王国の森の外れの家



「コラコラ、お爺ちゃん、じゃなくって、お兄ちゃん、かお兄さん、だろう?

 なんて言ったって、僕まだたった2089歳だよ?」


「見た目が若いだけで、この世界の人間基準で言えば全然お爺ちゃんだよね?」


 白い不思議な光沢を見せる髪の美しく若い顔立ちの男性に、小さな少女は辛辣に言う。


「酷いなー君は!僕はそんな子に育てた覚えはないよ?」


「赤ちゃんの頃ならまだしも、物心ついた時からは、掃除も洗濯も料理も私がやってるよね?」


「だって、君が作ると僕の使い魔の三倍は美味しいじゃないか?

 ちなみに君の使い魔の方も美味しいね、うんうん!」


「ダメ人間ー、じゃなくって、ダメ夢魔だー」


「ダメじゃないし半分人間です〜、ぶーぶー!」


 はいはい、と言って、綺麗に食べ終わった皿を、自分の魔法で動かす人形で片付けさせる少女。


「……ふむ、しかし本当に上手いもんだよ。君は、本当に『外の神』になんの祝福も得なかったのかい?」


「昔はよく失敗したの見てたじゃん!笑ってたじゃん!!悔しくって一人で練習してたのもどうせ見てたでしょ!?」


「ふふ、弟子の姿はいじらしくってね」


「最低!どうせ着替えとかも見てる変態なんでしょ!?」


「いや、流石にまな板同然の子は可哀想で手が出せブゲラッ!?」


 初級火炎魔法であるフレアを顔面に放っておく。どうせ、反魔法(レジスト)は完璧なので致命傷にはなっていない。


「爺ちゃん、本当変態」


「知ってるかな?知能指数と性欲は比例して、ゲブゥ!?」


 威力を高めたフレアーデを叩き込んでおいて、ため息混じりに、自分のメモ紙を取り出す。


「……こんなのが、私の今の家族で、この世界でも最も権威ある魔法工学博士、『夢幻の賢者』ことケンズォ・ヘルムスなんだよねー」


「君にもし『外の神』の祝福があったとしたら、多分運なんじゃないかな?

 ほら、僕みたいなすごい人に拾われるなんて早々ないじゃないか」


 いつもの、普通の女性ならコロっと行きそうなキメ顔に呆れつつも、まぁとまんざらじゃない笑みを浮かべる少女。


「確かに、私こと、『パンツィア』は幸せです」


「でもいつも思うけど良いのかい?その名前は、本来の君の物じゃない。

 まだ喋れなかった頃に僕が勝手につけた物じゃないか」


「ん?私、もうこの世界で生きてるんだよ?」


 さも当然、と言った様子で答える少女━━パンツィア。


「前の世界も嫌いじゃ無かったけど……今の世界も好きだし、別に執着はないよ」


「そうなのか……残念だな〜、執着があるんなら、君にはそこへ向かう研究とかさせて、僕も便乗して行ってみたいのになー」


「つまんないところだよ?」


「それは、君がそこが『当たり前』だからさ。

 僕らにとってそこは未知の世界、夢の国、ロマンの終点なのかもしれない。

 できれば僕も直接見て見たいのさ、そんな世界を」


 それは、めずらしく柔和さの抜けた真剣な顔だった。

 そう、まるで自分の研究の発表の時や、新発見と自説の核心を得た時のあの顔だ。

 そしてそれはつまり、


「……本音は?」


「他の世界の女の子も見てみたい」


 こういう事を考えている真剣な顔である。


「……良かった、不純な動機がないなんて事になったら、明日は雪だもん」


「酷いなーパンツィアは!

 女の子を求める気持ちとは、知的生命体だけが持つ極めて純粋なものなのに!」


「どうせおっぱいだけ見てるんでしょ」


「当たり前じゃないか。おっぱいとは、人間の母性の象徴にして万物に安らぎを与える至高のもの、絶対なる造形美なんだ。

 良いかい、そもそも……」


 この話をすると、ケンズォはしばらく戻ってこないのは知っていたので、すぐにテーブルを立ち、まずは玄関の扉を閉めておく。

 玄関の魔力灯を無詠唱で消し、同じように廊下、地下の研究室、階段と無駄な電気は消していく。


「……であるがゆえに、おっぱいには魔法学的にも安らぎを与える効果は確かに認められているんだ。

 特に、生物学的見知からも、他の生物の特徴からおっぱいの研究はなされてい」


「おじーちゃん、明日は『賢者会議』!

 国王陛下含めての合同研究発表なんだから、今寝ないと寝坊するよ」


「ああ、それなら安心してくれないかな?

 僕は今から寝ても寝坊できる!」


「だから、二つ名が『至高の知恵もつロクデナシ』なんだよおじーちゃん」


「それ誰が言ったのさ!!あ、さてはカーペルトだな!?まったく、教養を悪口に使ってくる人間は有る事無い事簡単に言ってくるから困るなぁ……!」


「無いことだと思ってるの?」


 さっと顔を背けたので、直ぐに頭を掴んでこっちに向けようとしたが、やはり案外力が強いので無理だった。


「……全くさー、どっちが歳寄りなのか分かんないよね?」


「気にしない気にしない♪ 君がしわくちゃになってもまぁ、きっと美人なお婆ちゃんだと思うし」


「50年後はそうなっちゃうんだろうなぁ………はぁ〜〜」


「こらこら、そんなにため息をつくと直ぐ老けちゃうじゃないか!

 人間の時は大事なんだから、そんな事に使うべきじゃ無いよ?」


「誰のせいだと思ってるんだか」


「僕のせいだと思ってるからフォローしてるんじゃ無いか」


「……ふふっ」


 呑気だなぁ

 内心思ういつものセリフに笑ってしまう。

 まぁ、とパンツィアは思う。

 呑気だから、私のような得体の知れない人間を拾って育てられたんだと。


「……スケべでロクデナシだけど、憎めないなぁ、やっぱり」


「お、嬉しい事言うじゃ無いか」


「感謝はいつもしてるよお爺ちゃん。

 さ、早く寝ないと、明日また陛下に怒られるよ?」


「でも研究の発表をしてほしいって言ってきたのはあっちじゃ無いか。

 半日の遅刻ぐらいいいと思わないかい?」


「時間を守らない人間って、クソだよねー」


「おおっと、女の子がそんな事言っちゃダメじゃないか」


「全く……半日寝たら、ここからコウシ湖の『賢者の宮殿』まで竜車でも三時間だよ?

 そこにいくまでも20分、どうせ着替えるのに20分かかるんだから!」


「アレなら、20分も掛からず宮殿へ行けるじゃないか。

 ついでに『賢者会議』に出せばいいのに」


 ピタリ、とパンツィアの動きが止まる。


「……まだ、問題を解決して無いじゃん」


「何を言っているんだい?僕の最大の発明を組み合わせれば、普通に使えるじゃないか?」


「私一人の力じゃ無い物を……宮殿で見せるわけには行かないよ。

 そもそも、アレだってただ、ヴァールファラ神国の物をただ再現しただけで……」


「いいかい?誰だって何だって、この世を形作った超古代の神とか言う物の模倣に過ぎないんだ。

 重要なのは、誰よりも早く、誰より正確に、かつ本物より優れた模倣が出来るか、なんだ。

 その点で言えば君は、私の発明よりも実用的で画期的な魔法科学の結果を作った。文句はない筈だよ」


「それだって、お爺ちゃんの研究の助けがあって、シャーカさんの『遅延魔法陣』でようやく操作を出来るようにして、初めて扱えたものなんだ……


 私の物って……胸を張って言えないよ……」


 なんと言えば良いかは分からない。

 ただ、パンツィアの顔には、不安に近い顔色があった。


「…………張る胸ができるまではもう少しかかるんじゃないか、」


 今度は、拳を叩き込む。


「痛い!!乱暴だな君は!?そんな子に育てた覚えはないよ!?!」


「うっさい!!真面目にそう思ってるのに!!」


「でも僕は、そんな事真面目に考える方が馬鹿馬鹿しいと思うけどね」


 思わず、え、と呟いてしまう。


「考えた人間は数多くいる。何に使えるか分からないものは、誰でも作れる。


 でも君みたいに形にした人間は貴重なんだ。


 何より……君に形にして貰わなければ一生日の目をみないものがあったんだ」


 ……本当に真面目な顔だった。


「パンツィア、君一人で出来たわけじゃない、って思うのなら、それが正しいよ。


 正しいからこそ、君の作ったものを胸を張って紹介して欲しかった」


「…………」


「……まぁ、君が完璧じゃないと言うんなら無理強いはしないよ。

 でも惜しいなぁ……非常に惜しいなぁ……」


 やがて、いつもの笑みとともに、ひょこひょこと自室へ『惜しいなぁ』と呟きながら戻っていく。


「………………」



      ***


 夜は更け、月明かりさす家の2階の部屋、


「…………」


 パンツィアは、自室の中央にある機械を弄っていた。


 両脇に、水車のようなものが付き、透明な丸い殻のある機械。


「………………」


 おそらく、後ろに当たる場所、丸い金属のつつの中から取り出した、ススだらけの複雑な機械を外して、磨き、ダメになったと思われるパーツを交換していた。


「…………やっぱり、2000℃を超えるパワーになると……ダメになる部分が多いなぁ……」


 ちょい、と指先に小さく出現した魔法陣から青白い光の奔流を出し、目を守る黒いゴーグル越しに、パーツを溶接する。

 最後に、その複雑な機械を貫く一本の金属棒へ魔力を流すと、薄いパーツの間に行くつかの炎の魔法陣が出る。


「よし………」


 唐突に、頭のゴーグルから、ススだらけの作業服まで全部脱ぎ、部屋の隅にある洗濯機へ放り込む。


 物が多いが広い部屋の中、本棚のある階段の上には風呂にあたるスペースが内接されていた。


 真上の天窓の月の光を受けて、ようやく女の子らしい肉付きが出来た、と言うべき身体を手早く洗い、湯船へ浸かる。


「ふぃー……♪」


 今日の疲れは、ここで洗い流し、月の光で浄化する。

 パンツィアの、この世界に生まれてこのかたずっと続けている日課だった。


「…………お、今日は全部満月だったんだ」


 見上げる月は3つ。両方とも丸く輝いていた。


「……運がいいな〜〜♪なんだか嬉しくなっちゃうな〜〜♪ふんふふーん♪」


 鼻歌交じりに顔以外全て特注の湯船に沈め、月を見る。


「…………調子に、乗っちゃうかな」


 ふと、そう呟いて風呂から上がり、手早く水を拭き、寝巻きへ着替える。


 月明かりの中、肩までも行かない髪を良く拭き、最後は炎魔法のちょっとした応用で水分を飛ばす。


 そして、ベットへ潜り込み、眠りについた。


「…………乗っちゃうかなー…………すぅ…………」



 ━━━その日は、いい夢を見た気がしたらしい。


 そうして、朝になった。


 『賢者会議』。


 おそらく、多くの魔法博士にとっては最も重要な日を。

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