act.3:ザ・ライトスタッフ-重力無法者供-



 パンツィア・ヘルムス。15歳

 専門は内燃機関及び飛行機械レイアウト。反重力魔導機構の開発者でもある。

 一応リーダーでパイロットでもある。




 カーペルト・ブレイディア1世。58歳

 専門は上に同じ。研究歴四十年

 パイロットでもあるが、歳のせいか周りによく止められるのが悩み




 ピアース。57歳

 流体力学専攻の魔法博士。カーペルトと共に航空機の研究に携わるベテラン。

 ちょっと不気味な大柄の老人。





 コーヴ。57歳

 人間工学専攻。同じくカーペルトと共に空を目指し続けた人間。

 割と不気味な小柄の老人。




 シドーマル・シマヅ。25歳

 素性不明ながら、数年前いとも簡単に魔法博士の資格を得た東方の出身の男。

 飄々としながら多方面な技術に精通しており、自動詠唱機にも精通するようになり、機体制御系を担当している。

 自分も飛行機に乗りたいのだが、大酒飲みなので止められ、現在7度目の禁酒中。





 パチェルカ・ヴィレッジ。27歳

 クトゥルーの魔法博士であり、パンツィアの反重力魔導機構の改良を手がけている魔法博士。

 ちなみに頭だけの種族だが、飛行艇だが決して短くはない飛行経験もあるのでパイロットにもなれる。




 レア。大体4500万歳

 ぶっちぎり最年長の竜神。昔の怪我が原因で空が飛べなくなったらしく、皆のように研究者ではないのだが、空が飛びたいので試作段階でのパイロットを買って出る。

 生身で飛べてた経験から落ち方や滑空の仕方をよく知っているので、事故原因が分かるように落としてくれる。





 以上6名。この大陸で一番空を飛びたがっている者共である。


 誰が呼んだか『重力無法者ライトスタッフ』。

 現在の皆の夢は、『音速の突破』か『『最果て』の到達』。

 皆、空にロマンを感じる者共であった。





「にしてもこの設計攻め過ぎでは?」


 そんな彼らの考えた、ブレイガーOの操縦席でもあるウィンガーの設計図は、


 今まで作ったどのウィンガーも霞むかなり攻めた姿だった。




 その胴体はほぼ翼だ。

 前は三角、後ろはWの字。

 その谷間に尾翼、と見せかけて反重力魔導機構リパルサーリフトが2基。

 エンジンは双発。キャノピーは下方視界や後方視界をあえて無視した薄さでもある。


「お嬢のよぉ、朝の演説の話、

 俺は実は信じてるのよ」


 ふと、そんなことをシドーマルは漏らす。


「あら、なんでまた?」


「お嬢の全翼機の話、あれはどう聞いても『実物を見た事のある奴』の口ぶりだぜ?

 狂言や妄想にはない、『ごく自然に感じた素っ気なさ』って奴があった」


 にぃ、と笑うシドーマル後ろで、ピアースとコーヴも笑う。


「クックック、だから、我らは全翼機を『出来る』と思ったのよ。

 異世界でできるならこっちの世界でも出来て当たり前……!


 だよねー、コーヴくぅん♪」


「そーだね、ピアースくん♪

 実際聞いた時から僕らはずっと、ずっとこの全翼機を作ってみたかったのさ!

 何より……ブレイガーOに被せると帽子見たいだろう!?

 格好よさも必要さ!!」


 この不気味な老人二人は、しかし中身は案外ずっと子供っぽく、こういう事には目を輝かせてしまうのだ。


「クットゥルーっ♪

 でもかっこいいだけじゃないのよ?

 コレは航空機かも知れないけどそれと同時に巨人の『あたま』なのよっ!

 普通の航空機の形じゃ、合体時の空力バランスは酷いわ」


「それであえて全翼機に……!」


「クトゥルッ!

 まぁ、バランスというなら、この尾翼がわりのリパルサーリフトユニットがあるから、完全に全翼機とは言えないけどねぇ」


「おいおい、盛り上がっているところ悪いがまだまだ新要素は多いぜ?

 制御系もな、目ん玉飛び出るようなすごい事になってる!」


 と、いうや否やパンツィアに「来な」とこの研究区画の一角へ東方産の履物である『ゲタ』を鳴らして歩き始める。





「3時間で作った操縦席コックピットだ!!」


 バーン、と見せられたのは、新しいウィンガーのコックピット部分だった。


「はやい!あれ、でも……」


 しかし、パンツィアはすぐにそれのおかしな点に気づいた。


「キャノピー……曇りガラスというか……

 全然、透過してない……?」


 一瞬、緑の半透明なようにも見えたそれは、ガラスではなく、中も透けて見えない。

 言ってしまえば、視界がない。


「まぁ、まずは開くから乗ってくれや!

 あ、インカム越しに通信で教えてやるよ」


 そうしてコックピットハッチを開き、シドーマルはパンツィアを誘う。




「━━━わぁ♡」


 完璧なコックピットだった。


 目の前には、全ての計器、操作ボタン等が前方を向いただけで分かるように配置され、小さくなりすぎずに見やすい大きさで並んでいる。

 中央には、グリップが生えたハンドルの様な一つの操縦桿、左手側にはスロットル。

 コンパクトだが、けっして『狭い』と感じない配置と開放感。


 そうそう、こう言う配置だ。


『━━━どーよ!コレが故郷ヒノクニの精神論の一つ、『真心まごころ』って物をふんだんに詰め込んだコックピットよ!!』


「素晴らしい……!これぞまさに、真心のコックピット!」


『はは!!すぐに素直に褒めてくれるのがこの国のいい所だな!!


 じゃあ次はあんたらの国が作った最新の『すんげぇもの』の出番だ!!

 魔力を入れな!!』


 魔力源のスイッチのカバーを上げ、スイッチレバーを上げる。


 ブゥン、と周りの暗い壁が光を放ち、いくつかの魔法陣を水が凍って結晶になる過程のように走らせて、


 突如外の景色を映す。



「おぉ!?すごい!?」


『見えてるか!?見えてるよなぁ、スゲェだろ!?


 透過魔法の応用なんだとよ!カメラと違ってこの超合金部分を一方的に光を透過させて映像を取り込めるから、タイムラグが少ないんだとよ!

 後カメラ撃ち抜かれて壊れる心配も無いわな、なんせ超合金だ!!』


 外でこっちを見ているシドーマルに思わず手を振る。

 視界は左前の270°、上下270°をカバーしており、航空機状態ならば相当に視界がいい。


「グゥレイトォ!ですよこれは!!」


『最高評価のところ申し訳ないがね、パンツィアちゃん?』


『まずは、その操縦桿のトリガーの下部分を強く握って手前に引いてから評価してほしいよねぇ、パンツィアちゃん?』


 と、シドーマルを押しのけてピアース、コーヴの二人がずい、と不気味な顔を近づけて行ってくる。


「よしきた、二人の怪作を試しましょう!」


 初見では不気味だったが今では見慣れている。

 パンツィアは素直にそう操作した……瞬間、




「おっ……!?」




 下方視界が消え、計器のなかった場所に新たにスイッチ類が増える。

 同時に引いた操縦桿は二つに割れ、引っ込んでいた中指以下のレバーが顔を出し、あのブレイガーO専用の操縦桿となる。


「おぉ!!すごい!!何がすごいって、この複雑な変形なのに!

 固定がしっかりしていて、全然脆そうに見えない!!

 超合金製なのもあるとはいえ、ロック機構もちゃんとしているみたい!!」


 レバー状の操縦桿を動かし、パンツィアは感嘆の声をあげる。


「それ見たことか!天国のおじいちゃんめ!!


 コックピットを作らせるには、私の仲間、ライトスタッフのみんなの方が数枚上手だ!!」


『ははは!!天国のケンズォ博士にも自慢してやりてーな!!』


 たしかに、と充足感とともに、ふと小さな後悔がくる。


(……言ってくれればいくらでもアドバイスしたのに……


 サプラーイズ!!


 とか言って、完成品を見せた上で、アレコレツッコミを受けるつもりだった?


 バカだなぁ、天才なのに。


 事故とはいえ……その前に死ぬなんてさ……本当に……)


 気持ちは沈んだが、パンツィアは余計にやる気が出てきた気がした。


「じゃ、早速モックアップ抜きで実機やりましょうか!!

 猫の手、集めてきます」


『おうよ!』『ケッケッケ!』『クットゥルーン!!』『じゃ早速!』『おー!』


 そこは合わない、それがライトスタッフ。

 人材の闇鍋、でも何故か奥が深い味わいがある。


       ***


 パンツィアは自身最大の武器は『人脈』だと思っている。

 なるべく誠実に、たまに利害を一致させて、決してないがしろにせず、個人も繋がりもよく見て作る物。


 なにせ、それが壊滅的に下手で、仲間が大抵どこかダメだったり集まらないダメ人間を間近で見てきたのだから、逆をすればいいのだという発想の賜物である。


 ケンズォはさすが天才である。

 こんな良い子を育てられた事においても、見捨てられなかったことも。





「まさか、女神を捕まえて『猫の手』だなんて言うなんてね?」


「嫌でしたか、女神様?」


「そうね。普通ならば万死に値するわ。

 地獄の責め苦か一瞬で灰になるかを選ぶのが当然であり必然……」


 しかし、まさか女神が自分の講義の教え子になるとは思わなかった上に、こんな罰当たりな頼みをするとも思わなかった。



「と言う時代もあったけど、私はそこまで傲慢じゃ無いわ!!


 というか、結構楽しいわね、溶接!

 へぇ、こうやってつなげていくのね〜〜……」


 何より、頼んだ女神は嬉々として溶接作業をしてくれるとは思わなかった。

 あられもないTシャツと作業着の上を腰で巻いたスタイルは、女神というにはあまりに『本職やってる美人』みたいな様子だった。


「……あはは、頼もしすぎる」


 信仰心というのか、この感情は?


 などと思いつつ、パンツィアも手元の基板の回路を作る作業に戻る。



 各々捕まえた学生やら、オートマトンメイドを利用して新しいウィンガーを作っていた。


 意外と作り方は簡単である。

 超合金スーパーオリハルコンは、その性質上叩いて曲げたりするのが難しいのがほとんどなので、ある程度先の骨組みのパーツが作られ、それを繋げるよう組み立てるのが多い。


「F23番フレームどこー!?」


「あ、これFか!?E23番と間違えた!!」


 まるでプラモデルだなぁ、とその元の世界の玩具を参考にしてフレーム加工のノウハウを作ったパンツィアは思う。


 溶接には、ジャン・ピエール魔法博士特製の神の光魔法の応用レーザー溶接機を使用しているので、スーパーオリハルコンでも溶接できる。


 ただし、ボルトで留める部分だけはライトスタッフのメンバー自らが必ずやる。


 航空機、取り分けパンツィアのジェットエンジンが組み込まれたものは、振動がとても強い。

 ネジというのは、どうしても振動で回転を始め、緩む欠点があり、外れる時もその振動のせいで弾丸やエルフの矢のように飛び出して他の部分を傷つける危険がある。

 他の機械なら別に無視できるが、航空機はそうはいかない。


 破損=事故=墜落=死


 竜騎兵の間でも言われるこの教訓は航空機にも当てはまることなのだ。


 その為、ネジは緩すぎず、キツすぎず締め、場合によっては外れないような工夫を施して締めなければいけない。





 胴体フレームが組み終われば、すぐに先にできたコックピットブロックと接続していく。




 さて、そんな作業の脇で、航空機の『心臓』をパンツィアは手がけていた。


「エドワードさん、コンプレッサー接続します。そのまま水平に保ってー……」


「……もうちょいですか、教授?」


「はい!固定はオーライ、ゆっくり離して」


 ジェットエンジンは、普通はすでにブロックで作るべき物なのだが、


 パンツィアは、時間も切迫していることは承知の上で、新たなジェットエンジンをその場で新造し始めていた。


「しっかし、こんな時ですけど、教授」


「何です?」


「感動ものですよ、まさか実機を弄れるなんて!」


 さっきから付きっ切りでエンジン制作補佐をしてもらっているエドワードは、どうもこの作業に感動しているようだった。


「これが終われば、卒業資格試験なんて欠伸でる程退屈になりますよ!


 これが、最新の私の内燃機関エンジンです

 だって、まだ私も頭の中にしか設計図がないんですし」


 今、ウィンガーに必要な分のジェットエンジンを2つ、並行してまずは内部の格であるシャフト部分を組み上げる。


 そして、そのシャフトに合わせて、外部を組み立てていくのだが……


「教授、このパーツは!?」


 ふと、エドワードはある変わったパーツを見つける。

 何々、とちょうど溶接の手伝いが終わったデウシアも近づいてきて、エドワードからそれを奪って見る。


「どれどれ……って、何よ。

 ただの『風車』じゃない」


 それは、トドのつまり羽の多い風車の回る部分だった。

 ただ……ジェットエンジンはレシプロやターボプロップと違って、これは必要のないパーツだ。


「パンツィア、別のパーツ混ざってるわよこれ?」


 中々大きな風車の穴に指を通し、クルクル器用に回すデウシア。


「いえ、それが必要な最後のパーツです」


「「え?」」


 しかし、パンツィアは意外な事を言った。

 そして、そのクルクル回していた風車のパーツを、圧縮機コンプレッサー部分前のシャフトに取り付けた。


「じゃ、二人……じゃなくって、一人と一柱には、講義ついでに教えましょうか


 これが、


前方吸気風車式内燃魔術機関ターボファンエンジン』。


 私の研究の最新作です」






 その風車につながれたシャフトを覆うよう、エンジン冷却兼空気バイパスの空間を取り付け始める。


純粋内燃魔術機関ターボジェットエンジンは、ジェットエンジンの基礎でしたが大きな問題があります。


 その一つが、推進力であるジェット噴流が『早すぎる』という問題です」


 排気部分以外を淡々と作っていきながらパンツィアは言う。


「確か、流体力学や空気抵抗の都合上、

 ジェット噴流の速度は、機体が進む速度よりも『若干早い程度』じゃないといけないって、私が寝過ごした授業で言ってたらしいわよね」


「写したレポートでも覚えているなら無駄ではないですね。

 では写させてあげた真面目な方に、実際のジェット噴流の速度はどの程度なのか聞きましょうか」


「はい!えっと……現状は『5倍』。

 早すぎて魔力消費が莫大なのが欠点……でしたよね?」


「はい。まだ音速を突破できていない現状では、早すぎるジェット噴流は無駄が多い。

 前の前の時間のターボプロップエンジンもそこを解決するためにプロペラを前につけたのですが、結局時速700kmでプロペラの速度は音速を超えてしまう為に、効率と速度でも私の気にいるものにはならない。


 そこで、考えたのがこれです」


 一通り形になったエンジンを見せる。


 端的にいえば、本体とも言えるターボジェットエンジンの前にあるファンを、さらに円柱で包み、本体のタービンと迂回した空間を作っている。


「……どういうこと?」


「あ、そっか!

 バイパスした空気を流入させて噴流の速度を平均化させるのか!!」


 と、エドワードはわかったようだが、デウシアの方はまだピンときてはいない顔だった。


「ねぇ、教授さん?古い頭の女神にも教えてくれる??」


「あー……つまりですね……これどうせ仮止めです外しますね」


 と、半分だけエンジンのカバーを外す。


「コアとなるターボジェットエンジンへとこのファンが空気を流入するようになっていますが、ファンのサイズを本体タービンより大きくして、本体外側に空気の流れのバイパスを作り、排気部分と混合するように設計します。


 すると、本体ジェット噴流の高温高速な噴流に、迂回した低音低速の噴流が混ざり、噴流の速度は下がります。


 すると、我々が飛んでいる速度帯、いわゆる亜音速での適正なジェット噴流速度になるんです」


 おぉ、とようやく合点がいくデウシア。


「なるほどね……でも音速以後はこれだと効率が悪くなるんじゃ?」


「まぁ、そこはまず音速を超えてから。

 現状はまだそこまで行けていないのですし」


 さてと、と手を叩くパンツィア。


「こっちのエンジンの仕上げは我々が微調整しながらやっていきましょう。

 今日中には風洞試験までして本体に組み合わせます」


「分かりました教授。妹にパンの差し入れ頼んで来ましょうか?」


「はい」


「で、もう片方は、パンツィア?」


「そりゃあ……ノイン、ドライ!」


「「はい」」


 さ、と現れる2体のオートマトンメイド。

 銀髪のノイン、黒髪のドライがパンツィアの号令にすぐ駆けつけてくれた。


「私の作業の補佐として、片側のエンジンの作成を頼みます」


「承りました」


「すぐに作業に取り掛からせていただきます」




 さて、と作業が始まる。

 『前方吸気風車式内燃魔術機関ターボファンエンジン』の完成、


 そして新たなウィンガーの完成に向けて。



       ***

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