act.3:NE-0 ライナーゼロ



 ブレイディア急行はその日から、運行を停止して架線を引く工事を全ての線路上へ行っていた。

 現在、イーグル工業にて車両も製作中。


 おおよそ半分の駅までの工事が終わる頃には、完成する予定だ。



       ***



「その工事ついでで申し訳ないが、頼みというのは駅を共有化してほしい、ということなんだ」


 カトリ・ドラルズが切り出した提案とは、そういうものだった。


「君も大きく関わっているだろうから敢えていうが、間も無く大陸の交通事情は大きく変わる。

 飛行船により、数年以内には大陸の行き来がより速く、より身近になってしまう。


 鉄道の利用も大きく変わる。

 これからは、遠くへの比較的安価な旅の手段以上に、近隣への足という面が増えるはずなんだ」


「つまり、輸送の革新に伴う、役割の変化というわけですね」


「とどのつまりは。


 故に、私はサウスブレイディアラインの今後を考えれば、大小様々な鉄道網と共存するべきと考えている」


「共存?」


「鉄道と飛行船の最大の違いは小回り、いわば町単位で移動できる面だ。

 ブレイディアは、案外地方都市は多く、鉄道に頼る比重が大きい。


 ブレイディア急行の駅は数が少ないが、いずれも交通の要所。

 我々は、サウスブレイディアラインの延長として、そこを横切る鉄道を作っているんだ。

 別会社の支援という形でね」


「つまり我々の役目は……?」


「夢の高速鉄道、それがもしできるのならより好都合だ。

 そこの駅より降りて、我々の用意した新たな鉄道で別の場所へ迅速に向かう。


 乗り換えだよ、パンツィア会長殿。

 それを容易にしたいんんだ」


 思わずその話を聞いたパンツィアは、関心してしまった。


「乗り換えが用意になれば、利用客増加もやりやすくなる。

 みんながみんな、儲かりやすくなる、という事ですね?」


「商売はね、独占はしすぎるべきではないんだよ。

 利用客は、いわば我々の富の血液。

 留めてしまっては腐らせるのみだ……常に新鮮な流れを与えなければいけない」


「……好きですね、その考え」


「ふっ、古い商売人にはよく笑われるがね。

 いずれにせよ、ブレイディア急行に倒れられるのも、こちらとしては困るんだよ。

 ある意味では君が……」


「あ、カトリさん?」


 ふと、その話をした時に、パンツィアが遮る。


「なにかな?」


「実は、オルファスさんと相談したんですよ。


 社名、ちょっと変えます」


「なにぃ!?どんな名前に?」


「今度から、『HSX ブレイディア』及び、『HSX ユグドラシア』に変わります」


「HSX……?」


 ニコリ、とパンツィアはその正式名称を言う。




「『High-Speed eXpress』、『高速鉄道』です」



       ***


 計画始動より、僅か3ヶ月。

 真新しい車両基地の中、一度解体した車体を組み上げる様子が繰り広げられていたのは昨日まで。


 暗い倉庫を照らす電灯。

 鎮座する、6両編成の奇妙な列車。


 先端は三角に近く、やや丸みを帯び、蒸気機関も煙突もない。

 先頭車両の先端には、魔力灯が二つ並び、まるで目のようだ。さしずめガラス張りの運転席は眉毛とでも言うべきか。

 天井部分から真上に伸びた金属を格子に編んだような物は、パンタグラフと言われる電気を上の電線から得る為の機械。


 白い車体の真横には、赤いラインが一本引かれ、窓が並んだ先の扉の近くに、『NE-0』を芸術的に書いたエンブレム。


「オルファスさん……!

 この色、配色……すごくかっこいいですよ……!」


「だろ?

 白は、ブレイディアの守護竜神のレアの色、赤はブレイディアが国旗にも描く魂と竜の血の色だ。


 ブレイディア行きと言うなら、この色じゃなきゃいけねぇ……!」


「流石だな、君は芸術家の才能がある」


「素晴らしい配色だぞオルファス。俺たちの列車の色にも意見を貰いたいぐらいだ」


 ドラルズ兄弟も含め、4人はそのウットリとするような、この異形の列車がとても上品で芸術的な印象を受ける色を見つめる。


「━━━はいはい!

 そんなこといいからさっさと乗ってくれる!?」


 ふと、そんな声が四人の背後から聞こえる。


 振り向けば、そこには新しく作ったここ、HSXの制服に身を包んだマルティナがいた。


「お、似合ってんなマルティナ!」


「紺のブレザーに赤いネクタイ……ミニスカートとは大胆な!」


「だが、なんて清潔な印象!

 お茶にでも誘いたいな、個人的に」


「意外と似合うでしょ?

 というか、そこのオルファスがこんな才能あるなんてねぇ〜」


「うるせぇ!そう言うの得意なんだよ……個展を開く程度には……」


 恥ずかしそうに顔を背けるオルファスの後ろで、クルリとその場を一回転してみるマルティナ。


「しかし、この高速鉄道の運転手に志願するなんて意外ですね?」


「いやねぇ……コレに興味があるの。

 本当にそんな速度が出るのかどうか」


 その言葉に、全員表情が引き締まる。


「運転方法は、大丈夫ですか?」


「説明書チンプンカンプンだったわ!


 後で身体で覚える……!」


 そう言って、運転席の扉を開けて乗り込む。

 不安だ……


 だがまぁ、


「……まぁコレは試験運転だしな、会長?」


「……毒を食らわば皿まで」


「どこの諺かな?だが、言いえてまさに、」


「この状況だ」


       ***


 運転席の扉を開くと、すぴー、と言う寝息が聞こえる。


 座席には、だらしなく胸元をはだけ、その大きな双丘がこぼれ落ちそうな制服姿のリルファが寝ていた。


「ちょっと、今もう朝って言えない時間なんだけど?」


「がびっ!?」


 マルティナが鼻をつまんだ瞬間、飛び起きるリルファ。


「あ、おはよ!」


「おはよー、どころかこんにちはなんだけど?

 というか、なんでいるのよ」


「そりゃもちろん……説明書読んでないでしょ?」


 にこり、と取り出した分厚いマニュアルを取り出すリルファ。


「あんた……全部読んだの?」


「失礼しちゃうよぉ!!

 私、石炭とか入れまくるよりはこっちの方が得意なんだよ!?」


「へぇ〜〜、以外ねぇー……」


「分かったらさっさと座っちゃって?

 身体で覚えた方がいいなら、後ろで教えるから」


 そういうことなら、とマルティナは席へ座る。


 改めて……そこから見える景色はまるでこの世のものとも思えない。

 いくつかの計器メーター、レバーにボタンに、とにかく様々な物がある。


「あー、もう、何がなんだったかしら?」


「そだね、先ずは貰った魔導札を出して?」


 胸ポケットから、硬質な素材でできた一枚の札状の物を取り出すマルティナ。


「そこの透明なところ、そこに差し込むの。

 ドアを開ける最低限の魔力以外の機械の魔力が流れるようになるよ」


「要するに、コレで起動ね」


 言われた通りそれを差し込むと、『ピピ、ポン♪』という音と共に計器に光がともり、暗かったモニターに何かの数値が映る。


「NE-0、起動確認。

 ……ねぇリルファ、ただの数字と文字の羅列なのに、この響きかっこいいわね」


「新しいEシリーズの0号機、で『New-E series:Type-0』の略らしいね〜」


「なんて愛称付けてやろうかしら?」


「それも決まってるって〜」


「何?」


「『特急0ライナーゼロ』」


「やだー、カッコいいわねぇ〜〜、安直でさ!」


 ふと、リルファに手招きされ、一度入ってきたドア付近へ向かわされる。


「電源が立ち上がると、客車のドアが勝手に開く仕組みみたいなの。

 ドアの外に車掌さんがいるみたいだから、お客さんが完全に入ったのを確認して合図を出すと思うから、それを確認してドアを閉めるよ」


「車掌、まだいないじゃ……」


 ヒョコッ、と窓の下側に、パンツィアの顔が現れる。


「わぁ……♪」


 リルファが和んでいるうちに、腕で大きく丸を描き、OKのサインを出す。


「発車準備完了って訳ね」


「じゃあ、こっちからもOKのサイン出すよ〜♪」


 上機嫌で指で丸を作り了承のサインを出す。


「はい席戻って〜、座って先ず右の通信機の脇のアナウンスボタン!」


 言われた通り、そこのボタンを押すと、ポン♪という音と共に次の言葉が流れる。


『この 列車は ブレイディア王国 行きです』


「コレが流れたら、通信機に、」


 と、言う前にマルティナはスイッチを押す。


「『ドア閉まりまーす、駆け込み乗車はおやめくださーい』」


「…………なんでそれだけ知っているの?」


「こう言うね、儀礼や規則の言葉は竜騎兵では必ず覚えなきゃいけなかったの。

 あ、私乗せる方だったけど」


 そっか、と言ってリルファはマルティナを前へ向かせる。


「ドア閉めるボタンこれね。

 言ってから、大体一拍置いておして」


 言われた通りボタンを押す。


 すると、列車と扉の位置を模したランプが、青から赤へ変わる。


「全部閉まったらこうなるんだって」


「なるほど……で、ここでこうね。

 『列車、発車いたしまーす』」


「うまいねぇ。

 じゃ、右手のこのレバーがアクセル。左手の方がブレーキだよ。

 最初はゆっくり、アクセルのレバーを上げて?」


「ゆっくりでいいの?」


「急加速は、発車時はダーメ!」


 了解、とゆっくりとアクセルレバーを上げていく。


       ***


 くかーくかー、と座席の並ぶ客車に響く寝息。

 ここまで、車体を作ってくれたイーグル工業の皆は、クッキードを含めこの客車の中で寝ていた。


「呑気なもんだなぁ?悪いなドラルズ兄弟、ちょっとみっともないとこ見せてよ」


「構わん、この座席は寝るのもうなづけるいい座席だよ。なぁラトル?」


「すごいぞ、兄さん……座席を倒してリクライニングまで出来る……!」


「駅が少ないと聞いたので、少々長めに座る事も考えて設計させたんです」


「会長、あんたただ早い列車作る天才ってだけじゃねぇ。

 ちゃんと人のこと考えてる天才だぜ」


 ふいー、と少し落ち着くと、目の前の座席後部に目が行くオルファス。

 ……何か、ダイヤル錠の物と、樹脂製の四角い物。


 回してみると、その四角い物が外れこちらに伸び……小さいながらテーブルが出来る。


「おぉ……!」


「コレは…………」


「お弁当とか食べる人用に」


「うまく考えるものだ……車内販売も視野に?」


「ええ、必要かなって」


 色々と感心しているうちに、ポン♪ と言う耳障りのいい音が響く。




『この 列車は ブレイディア王国 行きです』


『━━ドア閉まりまーす、駆け込み乗車はおやめくださーい』



 いよいよ、発車する時だ。


『列車、発車いたしまーす』


       ***


 ピロロロロロロロッ♪


 車両基地に響く発車ベルと共に、グン、と白い車体が進み始める。


 車両基地を抜け出し、陽光に煌めく美しい車体が加速を開始する。


        ***


『この先、列車が揺れる事がございます。ご注意ください』


 危うく流し忘れるところだった放送を流し、感嘆の声を漏らし、運転席より前を見る。


「速度計見てよ!もう60km!」


「もういいわよね!?コレしか動かしてないのに、あんたの機関車が霞む速度よ!」


 待って、とある計器を見せるリルファ。


「この場所は、いずれ対向車とすれ違ったりするから、まだ速度制限があるの!

 大丈夫、この信号機マークが青になったら……」


「なったぁ!」


 信号機が青になった瞬間、アクセルレバーをより強く下げる。


 景色が通り過ぎる速度が上がり、街並みがどんどん姿を変えていく。


「今何キロ!?」


「時速120km!!まだ上がっていく!」


 やがて、街が途切れ、荒野を進むコンクリート製の高架橋の線路を進み始める。


「もう町を出たわ!!」


「見て!180km!!185、190、195……」


 速度計の針は、いよいよあの速度を出す。





「時速200km突破!!しかもまだ加速できる!!」




       ***


「おい左!!あれ見ろアレ!!」


 座席から窓の外を、オルファスに従って見る。


 そこに広がる荒野の中で、大型の地竜種や野生の牛が大移動をしていた。

 よく見れば、群がる飛竜が子供を狙い攻撃を繰り返している。


 生命の……力強さがいっぱいに広がっていた。


「すっごぉい……」


 その光景も瞬く間に通り過ぎて、やがてチラホラと緑が見え始める。


「……時速200kmの景色か……風情があるな、これはこれで……」


 そうこうしているうちに、クク、と制動がかかる。


『コルジリネ、コルジリネ、お出口は左側です』


「何!?もう駅か!?」


「30分も経ってないぞ……コルジリネは普通は1時間かかるはずだが?」


 だが、すぐに見慣れた駅のホームへこの電車がすぅ……っと止まっていく。


「おぉ…………」


「この速度でも……ゆったり止まれるのか……!」


「ブレーキは、事前に自動詠唱機コンピュータによりある程度は制御をしてます。

 急停車している時に何か飲んでいる人がいたら悲惨ですしね、カトリさん」


「たしかに。

 そういえば喉乾いたな……今から駅に……」


 と、立ち上がろうとした瞬間、何か入り口でドタドタと音がする。


 驚いていると規定の発車ベル、そして客車の前の扉が自動で開く。


 立ち尽くす、若く身なりがボロボロの白い肌の男。

 抱きかかえる、腹にナイフの刺さった褐色肌の少女。


「「「「!?!」」」」


「何も喋んじゃねぇ━━━ッ!!」



 実際喋る間も無く驚いていた皆は、男がナイフを片手にそう言って始めて体が動いた。


「車掌はどこだ!!今すぐ列車を引き返させろぉ!!!」


「乗ってねーよ!!つか、駅封鎖されてたろ、どうやって入ってきた!?!」


「喋ってんじゃねー!」


「無茶苦茶だなお前!!」


 と、オルファスと口論しているうちに、その男の腕の中の少女が呻く。


「ラナ!?」


「うっ、ぐっ……」


「おい、怪我してんじゃねぇかその子!」


「てめぇ誰が立って良いって言ったぁ!?」


「言ってる場合か馬鹿野郎!!」


 オルファスと、続いてパンツィアが駆け寄ると、男はナイフを抜けて一歩下がる。


「その子、あなたが刺したんですか!?」


「あ゛ァ゛!?

 ふざけんなこのチビィ!!!

 誰が好き好んで妹を刺すバカがいるってんだ!!」


「妹……?」


 パンツィアの言葉に、明らかに不可解な事を言う。

 ━━━明らかに肌の色が違う。


「兄、さん……やめ……」


「ラナ!?おい、喋っちゃダメだろ!?」


 と、震える褐色の手で兄と名乗る男の服を掴む少女。

 途端、明らかに男はうろたえ、脇目も振らずすぐに彼女を地面に優しく下ろす。


「お願い……バカな事……もうやめて……」


「ああ、やめる。もうやめてやる。

 だから、喋んな、死ぬな、やめろ……」


「おいヤベーぞ、早くナイフ抜いて止血しねーと、」


「ダメです、ナイフを刺したまま止血しないと!」


「っ、くんなぁ!!!」


 パンツィアが近づいた瞬間、半狂乱で男がナイフを振るう。

 ピッ、と頬に一筋傷がついたのにもかかわらず、パンツィアは少女へ近づき、傷を見る。


「会長!?」


「まずいな……多分内臓までいってる……」


 刃渡りは、目測で10cm、覗いている部分が4センチ、半分程度。

 出血は入り口まで続き、大体小さなコップ一杯分。


「前に実験事故で怪我した時、医者の処置を覚えていてよかった……

 危険な状態で、止血しても持って1時間……」


 服を破こうとしたが案外頑丈で、仕方なく脱いだ服をそのまま紐がわりにして腹部をナイフを抜かずに締める。


「グッ……!」


「ラナ!?」


 もうこの兄らしき男も、どうしていいか分からないのか、必死で妹の褐色の腕を掴み、泣いている。


「どうすんだこれ?」


「一旦引き返しましょう。

 病院に連れて行かないと」


「そうだな……いや待った!!


 ヤベェぞ、引き返しても駅から病院まで2時間かかる!!」


「えぇ!?駅前にはないんですか!?!」


「ねぇよ、あんな寂れた工業地帯!!」


「テメェ!!じゃあどうするつもりだクソエルフ!!」


「ダークエルフだ!!あと、お前ナイフしまえよ!!」


 畜生、と言って男はそこらへんにナイフを投げ捨てる。


「……俺のせいだ…………

 妹を虐めるクソ野郎とそのクソ兄貴に一発ぶちかました俺の……!!

 ナイフ持ってるって事に気付けば……俺の代わりになんて……俺が、俺が刺されちゃ良かっ」


 バキッ、と凄まじい速度の拳が、その男に放たれる。


「間違っても自分が犠牲になっていいだなんて言わないでください。

 妹さんが、なんで前に出てくれたのかを考えてください」


 パンツィアの上半身の捻りだけで放たれた拳。

 それと同じぐらい強力な重みを持った言葉が放たれる。


「あ、」


「後悔なんていつでもできるッ!!


 今あなたがすべきなのは……妹さんに生きてと言うことじゃあ、ないんですか!?」


「あ……」


 崩れ落ちる。

 その小さな拳のダメージではなく、自分の不甲斐なさに。


「……言うねぇ、会長。

 だが現実的にどうするつもりだ?」


「方法がないことはないです。

 電話は確か……」


 通路の先、車両連結部分の前。

 そこにある受話器を持ち上げる。


       ***


「え、ブレイディア側の工事状況ですか?」


 電話に出たオークは、雇い主の質問に頭を書きながら答える。


「一応、こちら側からは、大体4駅目のエーゲ森前駅までは魔力線を弾き終えました。

 これ以上はあと二日は……え?


 工事を中断して、30分以内に線路内から完全退去!?線路を空けておけ!?

 いやできますけど……え、追加料金!?そんなに!?!


 やりまぁす!!


 おぉいみんなー!!一回撤収ー!!」


 そう言ってオークはすぐに皆に撤収の合図をする。


       ***


「事情は分かったけど、どうしろって言うの?」


『緊急走行マニュアル、F16番を適用します』


 運転席に入ったパンツィアからの通信。

 耳を傾けていると、そんな指示が飛んできた。


「リルファ、F16番って?」


蓄魔力器バッテリー走行!!


 上の架線から魔力が何らかの原因で取れない時に、このNE-0に内蔵されてる蓄魔力器バッテリーで走行して安全な場所で客を下ろすっていう奴!」


 わーお、と言っていると、さらに指示が飛ぶ。


『ここから後2駅で一駅の距離だけ、まだ魔力線を張っていません。

 その区間だけバッテリー走行で走って、ブレイディア側の駅の一つ、『HALMIT東門前』へ行きます。

 分かりました?マルティナさん」


「了解。分かり易いわね、かーいちょっ!」


『もう一つ、やってもらいたいことがあります』


「何?」


 と、パンツィアは二人にある指示を出す。


『このNE-0の、限界の最高速度を出し、一刻も早く彼女を救います!』




「━━━了解」




 マルティナの右手が、アクセルレバーを掴む。


「加速しきったら、止まるのが難しいよ」


「さっきみたいに機械が補ってくれる?」


「一応は」


「あんたは?」


「感でやってみるけど……私もまだ運転したことないしね〜」


「……やってやろうじゃない!」


 アクセルレバーを、徐々に徐々に下げていく。


 時速200……224……236……249……


「全力で行くわよ、まずは後2駅!!」


 時速261km。

 一切のブレーキをかけず、高速鉄道の名に相応ふさわしい速度で進んでいく。


       ***


 とりあえず、空いている客車の座席に、叩き起こした工場の人員でゆっくりラナという少女を横たわらせた


「おい、本当に大丈夫なんだろうなぁ!?」


「騒ぐんじゃねぇ!最善は尽くしてる!!」


 男の方は気が気でないのか、さっきから青い顔で右往左往し、半分泣いているような顔でそんなことばかり言っている。


「先ずいくつか。

 お兄さん、あと彼女の名前を」


「お、俺は、サンザ。サンザ・スリーストリート」


「3番道路(スリーストリート)ってお前、」


「へんな苗字で悪かったなぁ!?

 俺ら路地裏の人間にマトモな苗字なんてねぇ!!」


「お前……孤児、なのか……?」


 オルファスの質問に、彼━━サンザは顔を背ける。


「だったらどうしたってんだ……

 そうだよ、俺は、そこらへんの路地裏にいる野良犬とかわんねぇ、ただの孤児だよ!!」


 一瞬、思わず一歩踏み出したパンツィアをオルファスは押しとどめる。


「毎日、毎日はした金で働いて、ツバ吐きかけられてずっと暮らしてる街のゴミクズ!!それが俺だよ!!


 けど……けど、妹は違う……

 こいつはさ、頭が良いんだ。

 青空教室から街の学校に通えるぐらいには……

 こんな肌だからさ、色んな奴がいじめて来てよ……

 今より小さい頃だから、反撃もできねぇ……


 俺、そんな奴らがでかい顔すんのが嫌で、ボコボコにしてやったんだ。


 それから懐いちまってさ……いつのまにか本物の兄妹みたいになって……」


 浅い息を繰り返す、ラナの手を握り、涙を流すサンザ。


「学校行く金の為に、俺は喧嘩もせずにまじめに働いたさ……けど、気に入らなかったんだろうよ、学校にいるちょっと金がある奴らはよ…………


 アイツら、俺にギャングなんざけしかけやがって……!

 喧嘩で負けたことはねぇけど……ボコったやつがナイフを取り出してきた……!


 俺をかばって、妹が……くぅ……」


 手を握ったまま泣き崩れるサンザ。


「すまねぇ……すまねぇ……許さなくて良いから、生きてくれ……頼むぅ……!!」


 涙ながら頭を下げて、ひたすら謝り続けるサンザ。

 ━━━謝られている相手は、もう反応も難しい状態だった。


『これから先、バッテリー駆動走行を開始します。

 皆さま、揺れるぐらいの勢いでやらせて貰いますので、しっかりつかまってなさいな!

 じゃなかった、しっかりつかまっていてください』


 ふと、そんな放送で皆我に帰る。


「……お前の事情はわかった。

 まずなんにしろ、ここからはちょっと運頼みになんぞ、しっかり妹の無事を祈れ」


「どういうことです、オルファスさん?」


「会長、しらねぇのか?

 この駅からわな、渓谷の中を蛇行するように進むようになってる」


 あ、とパンツィアは驚き、隣でサンザもキョトンとした視線を向ける。


「そうか……角度こそ、旧時代のブレイディア急行の維持でそれほどないにしろ、カーブはカーブ……!」


「速度を抑えねぇといけねぇ。

 おまけにブレーキとアクセルには魔力使うよな?

 こういう場所は蒸気機関の時代でも、相当しんどかった筈だぞ」


 窓の外の景色が変わる。

 隣は川、そしてすぐそばは崖の岩肌が見える。


「カーブ最大角度地点でも計算上の突入速度は時速140以下でなければいけない筈……

 バッテリーが持つまで抜けられるか……?」


 そういうや否や、最初のカーブに車体はやや傾きながら入り始めた。


       ***


「149kmで突入しちゃった……!」


「今のカーブならまだ良いけど、次からキツイよぉ……!!」


 運転席も修羅場だった。

 片側は崖の斜面、もう片方は川。

 よくもまぁ、こんな場所に線路を引いたと感心ができる。


 一瞬見えないカーブの場所を、速度計とバッテリー残量を見ながらブレーキレバーを慎重に操作する。


「バッテリー残り87%……!!

 ねぇ経験者、カーブの終わりまでどのぐらい!!」


「半分以上!!」


「ハッ!最ッ高!!」


 再びのカーブに、車輪が高く吠える。

 改めて、なんで高架線を敷くのを最後になったのかが分かる。


「57%ね、後どのぐらい?」


「半分かそこら!!」


「ギリギリを攻めるのは線路を引く場所だけにして欲しいってーのよッ!!」


 S字を凄まじい速度で抜け、続いて長く緩やかな左カーブへ。


「ここを抜けたら、直進!」


「は、つった今!?」


 目の前に広がる、決して急ではないが、大きなS字からの、まさかの上り坂。


「初めて知ったわ!!


 直進、って上にも行くのね!!」


「曲がらないからね!!緩やかだし」


「問題は、バッテリー様が残り3割ってこと!!」


 S字カーブを、素早く抜けた瞬間、坂に向かってアクセルレバーを全開にする。


 これまでにない速度で減るバッテリーのパワーによって、再び200以上の速度で長く緩やかな坂を駆け上がる。


「いよいよ、駅までは後10キロ!」


「もうバッテリーが14%よ、間に合うの!?」


「5%を下回ったらアクセルレバーは使えなくなるって。

 減り方見ると……ギリギリかな」


「止まるんじゃないわよ……!」


 ふと、前方の森の中、駅が見える。

 ━━━高架線もちゃんと引かれている。


「5%!ブレーキなんてしないわよ!!」


「お願い、持って!」


 速度や勢いは、明らかに落ち始める。

 バッテリーもどんどん消えるが、駅も近くなっていく。


「あとちょっと……!」


 バッテリー残量1%


「止まんなぁ……!」


 現在速度、89km


「行って……!」


 駅まで、1km


「!」


 時速67kmまで落ち、勢いだけで進んでいる車体。


 ━━━す、と駅の線路へ、1号車が滑り込む。


「来た!」


 途端、回復する魔力。

 車体へ流れ込む力が、アクセルレバーの指示通り動力に変わり、再び加速を始める。


「このままいくわよ!!!」


「オッケー!!!」


 再び、時速200以上の速度で、NE-0の車体が動き始める。


 目的地まで、残り少し。


 パァン♪ と警笛を鳴らし、高速鉄道は颯爽と駆け抜ける。



       ***


 HALMIT東門前駅(旧知恵の竜宮前)で止まった鉄道から、担架に乗せられて運び出されるラナ。


 発足したばかりのHALMIT内医療研究区画の集中治療室へ運び込まれ、恐らく大陸最先端の治療を受け、2時間後に無事の知らせがやってきた。


 そして、


「迷惑をかけましたッ!!」


 サンザは、オルファスとパンツィアに頭を下げていた。


「本当にすんませんでしたッ!

 このご恩は忘れません!!

 医療費も、絶対に返しますッ!」


「ほぉ〜、殊勝な心がけじゃあ、ねーか……?


 だったらよぉ、お前!」


 と、その肩を掴むオルファス。


「お前、俺らHSXの車掌やれや」


「へ……??」


「始めたばっかで人が足りねーんだよ。

 医療費もバカになんねーし、お前の今の稼ぎじゃ、メシ抜いたりなんだりだろ?


 んなことしたら、お前、払い終わる前に死ぬじゃねーか!!」


「え、あ……」


「だからお前、明日から車掌な!!

 こき使ってやるから早く稼いで、妹の学費まで払っちまえや!!

 なぁに、今日の見ただろう?

 新しい鉄道、『高速鉄道』だ!!

 これからスゲーいいビジネスになるよう、全力で稼いでいくぜ!!」


「そうじゃねぇよ!

 いいいのかよ、俺に、まともな仕事まで与えてくれるなんて……?」


 あん?とオルファスがいう中、すす、とパンツィアが進み出てくる。


「私もそれがいいと思いますよ?

 一度に大量のお金ができても困りますけど、でも稼げるっていうなら、そのチャンスに便乗して稼ぐ。


 そのぐらい意地汚くたって、バチなんて当たりませんよ」


「そーそー!いいこと言うだろ会長はよぉ!!

 お前だって男なんだろ!?安定職見つけて、死ぬまで稼ぐんだよ!これがいいに決まってんだろ!!」


「安定するかはわかりませんけど」


「不吉なこと言うなやチビ会長様よぉ!?」


 オルファスにグリグリされるパンツィアを見て、慌てて止めに入るサンザ。


「痛ったぁい


「はっはっはっはっは!」


「……なぁ、オルファスさん、だったっけ?」


「あんだ?」


「なんで、俺の為にここまで……?」


 ふと、サンザはそんなことを訪ねた。

 パンツィアも興味深そうな視線を向けると、なんだかバツの悪そうな顔となるオルファス。


「……いや……別に……ほら、アレだよ……慈善事業だ!慈善事業!!

 久々に金が入ったんだ!!こんぐらいやんなきゃなって奴だよ!!」


「そんなので、ここまでしてくれるのか!?」


「そんなのだぁ!?

 いいか、金がある時まで貧乏根性むき出しにしてると、金はすぐ逃げてくんだ!

 リッチな時は、リッチに振る舞うもんだ!!

 ポケットに入れてた札をクソガキに一枚分取られたぐらいでよぉ、財布がまだ分厚いなら文句言う必要ねーだろ?」


「なんだそれ?」


 そう言われても、オルファスは大声でがははと笑っていた。




 ━━━あの時に見た、『兄貴』のように。




「『━━━お前はよぉ、黙って俺の下で稼いで、金返して、健康に過ごして、俺とお前の財布の為に稼いでくれりゃあ、良いんだよ』」




(そうか、兄貴……何十年越しだが、ようやく分かったぜ)




「『みんなでハッピー!それで良いじゃねぇか、それで』」


 オルファスの言葉と、遠い昔の人の言葉が重なる。


「……あんた……本当に良い人だな……」


「ダークエルフだけどな。

 これから頑張ろうや、サンザ!」


 二人は、いつかあった光景のように、固く握手を交わしていた。


 横で見ていたパンツィアも、なんだかあらゆることが理解できた気がした。





「着々と進んでいるな……HSXの準備」





 この時、パンツィアが呟いた言葉は嘘じゃなかった。


 彼らの会話の裏で、自身の鉄道駅舎共有化による乗り換えを容易にする計画を解くドラルズ兄弟は、


 生まれ変わったブレイディア急行━━━HSXの事を強く褒め称え、鉄道が変わらなければいけないことを説いていた。


 そしてその日、記者に取られたNE-0の車体は翌日一面を飾る記事になった。


 その結果は、数ヶ月後のHSXの運行開始に大きく現れることとなる。


       ***

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