act.4:そして、大陸の距離が縮んだ




 HSXに新入社員がやってきた。


「サンザ・スリーストリートですッ!!

 今日からよろしくお願いします!!」


「威勢がいい新人だな!!

 知ってるとは思うが、駅長のオルファスだ!

 早速だが、車掌がすべきことを頭と身体に叩き込んでやる!!」


「はいっ!!」


 新人車掌のサンザは、真新しい車掌の服を纏い、いくつかの指導と、協力してくれたサウスブレイディアラインの車両での実習を経て、短期間ながらなんとかまず基礎の仕事を覚えた。

 失敗もあったし、生来の気性のせいで何度も危うく腕が出るところだったが……ここで辞めさせられてはと歯を食いしばり、なんとか何事もなく車掌として形が出来上がったのは、3ヶ月後の事だった。



「どうも、サンザさん。一応会長のパンツィアです。

 実習お疲れ様、と言うところで申し訳ないのですが、HSXは車掌のシステムも少々革新しています。

 覚えるまでが大変ですが、今の貴方を信じて、他の雇った他所からのベテラン車掌さんとともに、高速鉄道での車掌の役目をレクチャーします」


 一端の車掌の自負があるとはいえ、新しい同僚や経験者の顔も曇っていることから、一筋縄ではいかないとは思っていた。


「じゃあまずは、こちらを紹介しましょうか」


『━━━どうも〜、皆さまこんにちはでありまーす!』



 だが、それは本当に予想の斜め上だった。


 それは、奇妙な姿の存在だった。

 妙に丸っこくて滑らかな素材の手足に、カボチャをくりぬいたランタンみたいな、どこか愛嬌のある顔。

 よく見れば、ネクタイのようなラインに帽子のような頭部を持っている。


 車掌のおばけ、というのが正しいかもしれない。


『ワタクシ、車掌型『自動人形オートマトン』の「シャショータン」と申しまーす!

 皆様方のサポートのために、全力をかけますので、よろしくお願いしまーす!』


 と、同じ顔で、かろうじて型の番号が違う「シャショータン」という自動人形たちが一斉に頭を下げる。


 というより、「目が笑っている」という表現を、流行りの冒険小説以外で初めて体験した気のする車掌たち。


「はい、これがみなさんと働くことになる新しい仲間です!

 人員の足りない分は、彼らシャショータン達が補います」


『『『『『よろしくお願いしまーす!』』』』』


 一瞬で不安になってきた……





 というのも、一週間前の話だった。

 訓練で接するシャショータン達は、ふざけた見た目と裏腹にとても優秀だった。

 特殊な魔法が施され、どの場所から来たか分かる切符の確認も早く、統率も簡単でとても素直。


 かと言って人間味がないのか、と言うわけでもなく、知識は足りないが会話がちゃんとできる。


 そこが一番だったのか、仲のいいシャショータンの番号が出来たり、シャショータンに名前を付けたりして愛着が湧くのも早かった。


 ようは、自分は彼らのリーダー。

 新人のサンザも、そういう責任と権限が持てるようになり、より仕事に励めるようになった。



「くぁ〜、業務終了だなぁ、オイ!」


『サンザさん、制服を丸めて置くのはおやめくださーい!』


「あ、悪い!56!」


 つい、いつもの調子で帰りそうになり、シャショータン56号機にたしなめられる。


『生活習慣改善しないと、明日からは大変でありまーす!』


「だな……つーか、始発から俺か。

 オルファスのアニキに断って、俺駅で寝たほうがいいな」


『寝坊する前提でありまーす……』


「うるせぇなぁ!!オカンってこんな感じらしいからいなくて良かったぜ!」


「━━━うるさいのはどっちよ?」


 うげ、と振り向けば、同じく仕事終わりらしいマルティナが立っていた。


「あ、あねさん……こいつぁ、すんません……」


「ちょうどいいわ!夕飯行きましょ、夕飯!!酒飲めんでしょ?行くわよ!」


「え!?ちょ、俺もアンタも始発から!!」


「ゼロで寝りゃあいいのよ、ゼロで!!」


「待って!助けて!!俺潰れたあねさん引きずってて帰るの嫌だァ!?!」


『さ、サンザさーん!?!せめて生きろでありまーす!?!』


 哀れ、新人は先輩に捕まり、夜の街に引きずられていく。



 だが、浮かれるのも無理はない。

 何故なら明日は……


       ***


『━━ただいまより!!


 HSXブレイディア、HSXユグドラシアの運行を開、はやぁぁぁぁぁいい〜〜〜〜!?!?』


 自らHSXの制服を着て挑んだ、運行開始の音頭は人の波にさらわれて最後まで言えなかった。


 パンツィアの小さな身体を流木のように押し流した人の津波は切符売り場へ殺到し、改札口に濁流を巻き起こした。


「押さないでくださーい!!

 押さな、押さ、


 押すんじゃねーぞゴラァ!?!」


 もっと駅員を雇えばよかったと後悔しながら、あらゆる人間、亜人の群れを抑えるオルファス。


「おい!!あの列車が来たぞぉ!!」


『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!』


 黄色い線の外側まで踊りでそうな狂乱の視線は、やってきたライナーゼロに全て向けられる。


「かっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?!?!」


 素直な感想を全力で叫ぶ、子供!


「なんて、素敵な列車……!」


 感嘆の息を漏らすお洒落なマダム……!


「これじゃあ……!!ワシが、ワシが昔初めて蒸気機関車を見たときの感動じゃあ……!!」


 いつも開かないまなこを見開き震える老人。


 それら全てを虜にした、華麗な流線型のラインがホームへ止まる。


 ドアが開き、す、と出てくるシャショータン達、そして最初の車両の車掌であるサンザ。

 拡声器につながる無線マイクへ向け、いよいよその言葉を吐く。


『お待たせいたしましたー!

 9:10分発、普通、ブレイディア行きです!

 ホームと列車の間に、若干の隙間がございますので、お乗りの際は足元にぃ、お気をつけくださいー』


 お、と言った間に大量の人が列車へ持っていく。

 よく噛まずに言えたと自分を褒めたいところだが、ここからが大変なのだ。


『はい、ここまでですー!

 次の列車をご利用くださーい!』


 人をある程度で区切り、駆け込みさせないようにして自分が最後に乗る。

 恨めしそうに見る人間を窓越しに安心しろという視線を送る。

 まだまだ、列車は来るのだ。


 だから、俺の仕事を増やすな




 ではサンザの仕事とは?


「わー!!すっごいはやーい!!!」


「前に探検してくるー!!」


「トイレー!!」


 この、『クソガキの波』をかき分け、少なくとも1から4号車までの切符を拝見すること!


 切符の魔法陣の反応を読む機械で機械的には読めるが、まぁサンザ曰く『おクソガキ様』の群れのせいでなかなか進まない。


 にしても多い

 サンザは辟易する。


「車掌さんかっこいいー!」


「持ってるの何ー!?」


 はい早速捕まった。


「……おチビさん達、」


 緊急プロトコル、「窓の外を見ろ」を発動する。


 真横に並列飛行する飛竜でも見とけ!


「「「「わぁー!!!飛竜が飛んでるー!!!」」」」


 ありがとう、飛竜。ありがとう偶然。


 車掌サンザはクールに去る。




 シャショータンはまじめに働いているが、今日だけで子供に絡まれた回数は10回以上であり、引き離すのに苦労した。

 あの見た目が子供にも受けたのか、皆見かけるなり触ってきたのだ。


 そうして気がつけば昼過ぎであり、規定に退勤時間だった。


 後は別の車掌に任せ、本部で着替えれば今度は普通に切符を買ってライナーゼロに乗る。




 改めて、未だ人の多いこの高速鉄道は速かった。

 終点のブレイディア王城前駅まで、僅か3時間。

 快速で2時間。

 今まで一日中かかっていた旅路が嘘のようだ。

 値段こそ少し張る━━━ちょっと前なら手も足も売らなきゃいけないような値段━━だったが、その値段通りの恐ろしい速さと、


『お水はいかがですか〜〜?』


 と、飲み物がタダな程度には質がいいサービスだった。


「頼むわ」


『はいはーい、今日もお疲れ様でありまーす』


「悪いな、56」


『これもお仕事でありまーす!』


 たまたまこの車両の担当だったシャショータン56号機は、引いてきた車内販売車から紙のコップと水を出す。

 なんというか、あまりに不思議な光景だが、実際普通に飲めるので驚くばかりだ。


『それと……多分この後の『デート』に何もプレゼントを買っていないサンザさんに〜……』


「言うなぁ、自動人形野郎?」


『じゃじゃーん!!ワタシのお人形さんをプレゼントー!!』


「お……!?んなもんあったのか!?」


 受け取ると、いつもの愛嬌のある姿が華麗にデフォルメされた、柔らかい人形だった。


『まさかの非公式販売だったのでありまーす……我々秘密ではないのでありますが、姿がいつの間にやら漏れていて会長もびっくりしていたでありまーす』


「へぇ〜〜……にしちゃあ、いい素材じゃねーか!!

 悪いな、56!実際お前の言う通りだから恩にきるぜ!」


『ふふ、良い旅をでありまー、あらぁ!?』


 カラカラと車内販売車を引いていった先で、待ち伏せた子供にアタックされるシャショータン56号機。


 いい同僚よ、お前も頑張れ。


 サンザは、静かに人形を横に置いた。


       ***


 HALMIT東門前駅で降りて、HALMIT内部へ。

 医療区画は、病人より案外医者が多い。

 そんなことを考えているうちに、目的の病室へやってきた。

 早速ノックする。返事も待たずに開ける。


「コラッ!まだ返事してないぞ!?」


「別にいいだろ、元から部屋のある場所住んでなかったんだしよ!」


 サンザは、この瞬間に幸せを感じる。

 こんな、他愛のない事で軽く言い合いのできる━━━いや、言い合いしてくれる妹がまだいることに。


「お帰り兄さん」


「おう」


 ラナがまた無事な笑顔でいてくれたことを、サンザは全てに感謝していた。





「へぇ〜〜、兄さん誰にこれ貰ったの?

 可愛い物選べるなんて知らなかったけど」


「うるせぇなぁ、ハイハイ俺の同僚が持ってけって言ったんだよ、あーそーですよ」


「知ってる。気が回らないのが兄さんだもの」


 ケッ、と言えば、ふふと笑いかえす。

 いつものことだ。なんだか、久々な気もするが。


「……でもこれ、どうしよう。いつも抱っこして寝る訳には行かないし」


「部屋に飾れや」


「あそっか……え!?部屋!?!」


「アパート、借りれるようになったよ。

 これでも稼ぎがいいんだよ、ガキがうるせーし酔っ払いが昼間から乗ってるつってもな」


 えー、と驚いた顔を見せるラナ。

 入院前までは、路地裏で寝ていたのだ。


「そっか……でも大変そうだね」


「心配すんなや!!今度は、あの出来すぎているチビ会長に紹介してもらった学校に行きゃあ、もう刺されるような事ねーはずだしよ!」


「あ!ヘルムス学長のこと、そう言うの〜??ひどーい!」


「いつのまに仲良くなってんだ……!?」


「……実はあの人のおかげで、私もう高校卒業資格とったんだ!」


 えっ、と驚くサンザ。


「まだお前……中学校途中だろ!?」


「ぶっちゃけ、最初の一年で全部の教科書の中身は覚えたもん。

 でも出席しないと、卒業資格くれなかったんだ、ここと違って」


 さらに驚くべき言葉が妹より放たれる。


「じゃ……お前、学校は……!?」


「今度から、HALMITに通うよ。

 働きながらね?」


「働くって、お前どこで!?」


「━━━お前と同じとこだよ」


 突然背後からそんな声が聞こえ、サンザは振り向く。


「正確には、線路の維持とか整備担当の部署だとよ」


「オルファスの兄貴……!?」


 そこには、開きっぱなしの扉の部分で立つオルファスがいた。


「言っとくけど、俺は念を押して「そんな歳で働いていいのか」って聞いたぜ。

 兄貴の稼ぎもあるし無理する事はねぇ。俺はそう言った。お前もそう言うだろサンザ?」


「そりゃあ……!」


「━━━私、あの鉄道で働いてみたいです!!」


 その瞬間、窓から見える線路の上を、警笛を鳴らしてライナーゼロが走る。


「アレは凄いよ!!線路も電気系統も、車両も何もかも今までと全然違う!!


 間近でみていたい!!

 線路の配線とか、メンテナンスなんて出来たら最高だよ!!


 ね、いいでしょう??」


「…………お前、やっぱ、怪我しても何してもラナだわ……」


 はぁ〜、と溜息をつくサンザの肩に手を置くオルファス


「この手の嬢ちゃん止めるのは骨だぞ。

 俺は無理だった」


「つーか兄貴よぉ、今日なんか国のトップの晩餐会だかに呼ばれてなかったのかよ?」


「そういうのは王様と知り合いの会長に丸投げした!

 俺はああいうの苦手だからな!!」


 酷い、とみんなで笑う。


「まぁでもこのまま帰るのもあれで、お前らの顔見にきたって訳だよ。

 じゃあな、ここらで帰るわ」


「なんか、色々すみませんね。

 こりゃ、兄貴に向けて足向けて寝れねぇっすわ」


「……良いんだよ、俺だって個人的な理由でお前ら気にかけてんだ」


 ふと、オルファスがそんなことを口走る。


「個人的な理由……?」


「……ラナちゃんな、俺の死に別れた姉貴に似てる」


「……はぁ……??」


「お姉さん、っすか……??」


「…………センチメンタルに浸る趣味はねぇ筈なんだけどな……」


 言い聞かせるような言葉とともに、ふとこんな話を始めた。


「俺には尊敬すべき人が二人いた。

 優しかった姉貴、あの鉄道の創始者のアニキ……


 俺達姉弟は、ダークエルフの戦士だった。

 ダークエルフってのは、ほんの百年前まで自分の土地を持たない種族でよ、

 そんなもんだから、『所有する土地』っていう概念がねぇ。

 おかげで森に籠るエルフを目の敵にし、人間からはなによりも迫害されてた。

 俺たちはそういう人間と戦う為に育てられてたんだ……


 ま、今から言えばただの野盗とやってる事はかわらねぇ。


 俺は、人一倍無謀で無鉄砲なのを『勇敢』だと思っててよ、冷静な姉貴とは違ったんだ。


 ……捕まって、袋叩きにあって、奴隷商人に連れ去られた俺を逃がす為、姉貴は慰み者になって死んだ」


 一瞬、苦虫を潰したような顔になるオルファス。


「お前らが生まれるずっと前、90年前まではダークエルフに権利はなかった。

 言っとくが、俺はそれが全て間違いだとは思ってねぇ。

 あとで考えりゃ、俺らの所業も所業だし、有名な『エルフの森焼き』も俺らのとばっちりみたいなもんだしな……


 だけど、俺はバカだ。

 そんなもん関係なく、人間を憎んださ。

 そして……それ以上に、姉貴に会いたくて会いたくて仕方なかった。


 だから……無鉄砲に、ある身なりのいい人間にナイフを突きつけたんだ……」


 ふ、と笑みが戻る。


「アニキはよ、めちゃくちゃ強かったぜ。


 手も足も出なかった……俺も死を覚悟したが、急にあの人はこう言ったんだ。


『元気だなぁ、ダークエルフの坊主!

 お前、ちょっと手伝え!』


 ……何故かしらねぇけど、俺は線路作る手伝いやらされてたよ。


 奴隷のつもりかとも思ったが、待遇がいいわ、言い出した本人が率先して作るわで、なんだコイツ?ってのが感想だったよ。


 そのうち、人間のルールと、人間と戦う事なく張り合える力……金と、話し方ってのを学んだよ。

 年がだいぶ下だったけどよ……アレは、まさに『アニキ』って呼びたくなる姿だったな……


 あの人にとっちゃ人間も亜人も自分自身も皆平等に『夢を叶えるための力』って感じでよ、立ってるもんはなんでも使い、使った分は金を出す。

 話して面白けりゃ、面白い奴だっていい、つまんなきゃ殴る。


 豪快なんだか、計算尽くなんだか……

 …………いや、俺にとっちゃ、今でも憧れだよ。


 死に方も傑作でよぉ、『死ぬかもしれないから最後はいい女抱いて死ぬわ』って言って娼館で死んだ!

 葬式で泣いていいんだか笑っていいんだか分かんなくって、仕方ねーからみんなで酒盛りしたっけなぁ!!

 墓に酒ぶっかけあった上にションベンも……おっと、こりゃ汚ねぇ話だったわな!」


 ははは……と笑い、ふと話を聞きいる兄妹二人を見るオルファス。


「俺は、形から入るからよ。

 お前らをあのとき列車で見て、俺もアニキみたいに出来るかなって、思ったから助けただけなんだよ、本当はな」


 ふ、と笑って二人に背を向ける。


「だから、そんなこそばゆくなるほど慕わなくっていいぜ。

 自己満足なのさ、こ」


「それで救ってくれただけで、俺らには充分っすよ、兄貴」


 サンザは、素直にそう言葉を紡いだ。


「俺らには、命しかなかった。

 でも、あんたのその自己満足のおかげで、色々手に入れられたんだ」


 に、と笑って、サンザとラナはオルファスへ向く。


「だから言うよ、ありがとう兄貴!

 俺……兄貴ほどにはなれないかもしれないけど、いつかそう言うことができる人間になるよ!」


 ふと、オルファスの目頭が熱くなる。


 その言葉は、

 昔、言った事がある。


「……よせよ、こっぱずかしい……俺ぁ、まだまだなんだよ……」


 つい、流しそうになる熱いものを隠すよう、冗談じみてこう言う。


「それによ!あのちっさい会長の方がアニキっぽいぜ!

 結構考えとかやる事似てんだ!

 だから従ってるんだけどよ!」


「へぇ……ヘルムスさんに似てるんだ、その人」


「ちなみに、なんて名前なんすか、その人?」


「え、ああ……あの人名前で呼ぶと嫌がるんだよな……なんか家の方で色々あったらしくってよ。

 まぁ、それはそれとして、兄貴の名前は……」


 オルファスは、そのアニキと慕う人物の名前を言う


       ***


 家の扉より見た、ブレイディア王城。

 いつもの広間の晩餐会。

 いつもと違って、中々に格好良くきりりと出来るHSXの制服に身を包むパンツィア。


「えっ!?私に爵位を!?」


「そうなんだ、パンツィア。

 お前、公爵になるらしいぞ」


 美しい竜騎兵儀礼服に身を包み、パンツィアも羨むスタイルを引き立たせるアイゼナの言葉に驚く。


「公爵、って爵位最上級だよね……?

 なんで?私何かした……??」


「一つはものすごく納税してくれた事だろう。

 だがそれはオマケだ。

 本当は、お前の買い取ったブレイディア急行が……今はHSXブレイディアだったな、それが理由だ」


 えぇ、とより困惑する。

 一体何故だ?


「ワシが説明しよう」


「お爺様!」「カーペルトさん!?」


 ふと、傍からカーペルトが、いつもよりきっちりした身なりでやってくる。


「この話は、儂のお爺様の兄、大叔父様に関係があるのだ」


「はい……というと??」


「私の大叔父様は変わったお人でな。

 放蕩癖のため第一子にもかかわらず王位を継げなかったのだが、気にせずに色々な諸国を練り歩いておった。

 豪快にして思慮深く、我が祖父も大叔父の事を、小言は多いものもとても信頼していた。

 名により、一つ偉業があったのだ」


「偉業?」


「ああ。パンツィア、そもそも100年も前にこの国へ鉄道を敷こうと考えた大馬鹿は誰だと思う?


 それも、今考えてもおかしなぐらい凝った線路を考えついたのは、あの大叔父以外にはいない」


 ハッ、となるパンツィア。


「つまり、ブレイディア急行の創始者って……あの額縁の人って……!?」


「うむ。

 あの人の名は、」


       ***



「トーマス・ブレイディア、って言うんだ。

 あのブレイディア王家の一員だったらしいぜ、よく分かんねーけど」



       ***


「そんな訳で、仮にも王家が関わってるものなのだ。

 だいぶ時を重ねたせいで、今では誰もそんな事実を覚えてはおらんし、儂もあまり関心はなかったのだが……」


 あー、とパンツィアは理解した。


「それを私が、立て直してしまい、ついでにそんな事実が出てきた為に、」


「流石に王家と関わりある物を、何処ぞの馬の骨だけに任せるにもいかずに、というのが元老院やら議会やらで上がったらしく、一時はお主から管理権を剥奪しようという意見も出おったらしい」


「あー……私、何と無くですけど、印象悪いんです?」


「いや、そうでもないが…………時にパンツィアや、今日だけでここブレイディアの観光人数がどれほど上がったか、分かるか?」


 ふと、言われてシャーカより貰ったタブレットを開き、ブレイディア首都周辺の駅二つ、HALMITを抜いた二つの述べ降車人数を、HSX本社のコンピュータより出す。


「お、お主もそれ重宝しとるか……!」


「貰いたてですし、色々出来るので」


「儂も昨日は夜遅くまで色々とな……おお、そこまで動いておるか」


 データによれば、今日だけで延べ人数4000人をブレイディア首都周辺に降ろした事になる。


「乗車賃、指定席料とか含めると高めのはずなのに……」


「しかし、絶対に手に入らぬ値段ではない。

 お陰かこの利益よ、貰えるなら欲しいじゃろう?」


「私お金もう要らないです……」


「羨ましい言葉じゃ。一国の王でもな。


 だがまぁ、そんな物だから、金の方から寄ってきてしまうんじゃろうな……


 はっきり言って、お主は我らブレイディア王家では一番信用されておるのじゃよ。

 孫娘と友人であり、その性格じゃからな……お陰で、お主の知らないところで敵が増えてしまう。

 そういうゴタゴタも嫌じゃろ?

 だから、爵位で黙らせられる立場を用意した」


 はぁ、と理屈は分かるが、中々難しいことを言われ疲れてしまうパンツィア。


「……まぁ、表面上でも話を聞いてくれるのなら、敵意はないですよ、って言えるから、それも良いですけど……」


「パンツィア、お前、お父様と有能な方の大臣のようなこと言うな?」


「えー、私政治とか知らないよアイゼナちゃーん……」


「結構才能あると思うぞ?ま、儂もそういうの嫌いで早めに退位したのじゃが!」


 カッカッカ、と笑うカーペルトをみて、まぁとパンツィアも表情を明るくする。


「色々出来るなら、何とか出来る範囲で勤めさせていただきますよ、公爵を」


「頑張れ、ヘルムス公爵?」


「はぁい、アイゼナ姫殿下〜♪」


       ***


 こうして、ブレイディア急行改め、HSXブレイディアは、その革新的な鉄道システムのお陰で、連日大盛況だった。


 とにかく急ぐのなら、HSX。

 格好いい列車に乗れば、3時間とかからずブレイディアに着く。


 ドラルズ兄弟の提案を受け入れた、乗り換えの容易な駅も好評であり、他の路線の収益も上げてしまったのも、多大な功績となった。


 その後、パンツィアはまだ余ってた莫大な金をどうするか悩んでいた結果、さらに別の鉄道を買って━━━トレイル商会連合からの推薦もあり━━━大陸を縦横無尽に走る高速鉄道の大元となってしまったのは、1年とかからない話。




 パンツィアは、大陸の距離を劇的に縮めた。




 今日も、高速鉄道HSXは、

 人々の希望や、良き旅の為に、

 大陸中を、時速200km以上の速度で進んでいく。


























       ***


 現在、HSXグループ所属、イーグル工業の第一工場。


「はぁ…………なんだか忙しすぎる……」


 キュィィ、とパーツを旋盤加工する、スラッとした細身の、とても顔立ちの整った青年。


 そう、忙しさで痩せてしまったクッキードは、溜息をついていた。


「いやさ、会長様の命令だし、やってみたいとは思うけど……うーん」


 皆が真剣に作業する中、ふと目の前の設計図を見る。


「異常なまでの耐衝撃耐性に、超合金指定のシャフトって……」





 ━━━巨大な機械の腕の、指を動かすためのモーター、その設計図と完成予想図を。





「いきなりデータを送ってきて、作らせたこんな指で、何を殴ったり掴むつもりなんだ、会長??」


 ボヤきながらも、最後のはめ込み具合のチェックに入るのだった。



       ***

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