act.4:超合金スーパーオリハルコン


 ところで、ケンズォが反応魔導炉リアクトオーバードライブの発表をしていた頃、竜騎兵用降着広場では、


「…………飛びおった……先に飛びおった……先に空を、パンツィアの嬢ちゃんが……!!」


 一人、うつむく老人がいた。

 そう前国王にして、『博士王』の名を持つ高名な魔法博士、カーペルト1世その人であった。


「分かっておったんじゃ……あの子はいずれ空を飛ぶ……天才だと分かっておったのだ、なのに……ワシは、ワシはまだ、まだ飛ばぬなどと慢心をしておった……!!」


 少しだけ博士王の話をしよう。


 彼は、ここブレイディア王国を統治する王の中でも、魔法博士として優秀な稀代の王だった。

 炎魔法の改良の偉業による兵士の強化などが有名だが、実は彼の研究はずっとある目的の為にあった。


「飛竜のように自分が飛びたい」


 カーペルト1世は、空が飛びたかったが竜騎兵の才能がなかった。

 今でも竜には懐かれない。

 だからなのか、幼少期の頃から空を飛ぶための研究をずっと続けていた。


 そうして、今日、炎魔法の応用による推進器の開発に成功したため、いよいよ空を飛ぶ準備が出来たというところで……


「悔しいぞ……非常に悔しい!!

 ワシは……年甲斐もないと言われようとはっきり言ってやる!!


 先に飛ばれて死ぬほど悔しい!!

 悔しさで今ならば何でも出来そうだわい!!」



 そして、彼は年甲斐もなく、悔しがり屋なのだった。




「……あのー、前王?」


「今更改まらんでも良かろうに。儂とはもう50年以上顔合わせておるだろう?」


「いや、あの……王子の頃から懇意にさせてもらっておりますが、流石に……」


 そしてとなりのシャーカとは長い間魔法博士仲間なのであった。


「それで何かね?」


「あう……悔しいという割に、顔が笑ってますよって……はい……」


 不意の一言に、カーペルトは自分の口を押さえて驚く。


「……そうかそうか、つい笑ってしまったか」


 そして、今度こそ心の底から笑う。


「いや、悔しいというのにな……

 肯定された気分なのだ。


 そう、言ってしまえば、珍説が事実だったと分かったかのような、あるいは亡き妻がちょうど寂しさを感じた夜に抱きついてくれたあの夜のような、じんわりとする温もりに包まれたような非常に良い気分だ」


「先に飛ばれたのに、ですか……?」


「飛ばれたからだ。飛んでくれた。

 そう……儂も続いていいと言われた気分だ……」


 まるで噛みしめるよう、しみじみと言葉を選んで紡いでいく。


「……悔しいのぉ、先に行かれるというのは……

 だが、儂も飛んでいいのだな?


 よぉし、ならば飛んでやろう。飛竜の力も竜騎兵も無しで、だ。

 先に飛んだことを後悔するぐらいあの子に飛んだ感想を、方法を、感覚を聴いてやろう。


 そして、次が儂だ……!」


「……王子の頃から全く変わってない……」


 はっはっはっは、と笑う姿は、教師だった時に街のガキ大将と喧嘩して自分の授業を遅れた時の姿から全く変わっていなかった。


 やっぱり、人間の寿命は心まで成長するには短いな、と密かに思うエルフのシャーカだった。


「━━━ぁぶないぞ、そこを退けぇーっ!!」


「「うぉ!?」」


 ふと、バサバサという音と共に突風が起こる。

 慌てて避けたその場所に、白い竜が降り立つ。


「む?お爺様!これは失礼を」


「アイゼナ!!男勝りは別にいいが、もうちっと優しく竜で降りてこんかい!!」


 軽く埃を払い、見事横で地面とキスしていたシャーカを起こし文句を投げる。


「すみません。コイツも私もムキになって飛ぼうとして息切れを起こしてしまい結局遅参となりました」


「いや、どうせそんな事だろうと思うた。

 大方あのロクデナシには勿体ない出来た子の為に迎えへ行って、競争に負けたんじゃろぉ?我が孫や」


「お恥ずかしくも、耳が痛い限りで」


「安心せい、お前は儂の孫だ。そのぐらい気性が荒くなったのは儂のお爺様から隔世に受け継がれた血よ。

 女に出たのは意外であったがな」


「ふふ……久々にライン共々熱くなりましたよ。

 パンツィアの飛行機械は、」


「とんでもない。


 流石は儂のライバルじゃ。もう飛びおったのは誤算じゃが」


 はっはっは、と笑うカーペルトに、実は前より飛行試験に付き合わされてたとは言えず、なんとも言えない顔を見せるアイゼナ。


 シャーカもずっと前に飛んでいたのは知っていたが面倒なので黙っていた。


「よぉし、どうせ儂の子は鳥の研究を先に見ていて、来賓も研究発表そっちのけで談笑でもしとるじゃろ!

 と言うわけだ……ロクデナシの偉業とパンツィアの大偉業でも冷やかしに行こうか」


「あのー、私も研究発表が……」


「儂もじゃ。どーせ後でも文句は言われんだろう、お互いに」


「あれ、いま自然に私の発表大した事ないとか言われました?」


「私もパンツィアに文句を言ってやりたいので向かいましょう」


「あ、スルー……酷い、人間の王族酷い」


 スタスタと歩き始める二人と、トボトボ続くエルフ一人。

 ふと、宮殿に入った瞬間、なんだか慌ただしい喧騒が聞こえる。


「おい、マジで折れたのか!?


「マジマジ!マジで折れたんだとよ!!それどころか、まだ折るつもりらしいぜ!」


「マジかよ……見るっきゃねぇなぁ!」


「おい衛兵、何を騒いでいる?」


 ふと、二人の衛兵に声をかけると、すぐさま二人は姿勢を正す。


「王女殿下!前王様これはお見苦しいところを!」


「休め、二人共。

 何があった?」


「それがですね、王女殿下!

 驚くべき事が三度起こりました!!

 サボ……場内警護の交代をしておりましたら、はい、」


「わかった!サボりは腕立て伏せ100で許す。

 その代わり簡潔に話せ!」


「はい!!

 コイツに変わって私が……


 なんと、オリハルコンの剣を作った錬金術師のその剣が、折れたのですはい!」


 はぁ?と思わず声が出る。


「オリハルコンは破壊は不可能ではなかったのか?偽物ではないのか?」


「近くで見ました、本物です!

 触りもしました!岩も切り裂きました!

 でも……あの鉄はそんなオリハルコンを折ったほど硬かったのです!」


 ますます、訳が分からなくなる。


「待て待て、お前達がサボったのはこの際不問にしよう。

 しかし、儂らには訳が分からんぞ?

 どう言う事だ?」


「ええと……その、ではご一緒に観に行きませんか皆様!?」


「「何?」」


「どのみち、国王陛下はすでに観戦の準備を終えております。


 あんな凄い物見ない訳にゃいか、もとい!会場に人が集中したならば混乱も多く、人手が足りないそうなので手伝わなければと思い馳せ参じているところですね!」


「護衛にかこつけて見、すみません、皆様を誘導する任は必要と感じましたので!」


 全く分かりやすい奴らだ、とは思ったが、ここまでまくし立てて語るのなら観たくもなるのも人情だった。


「分かった!!

 二人とも、案内を頼む!説明もだ!」


「「ありがとうございます!!この大任お任せあれ!!


 ぃいやぁったぁぁっ!世紀の対決が見られるぜぇ〜!!」」


 本音はダダ漏れだが、ちゃんとこちらが動くのをみてエスコートをする辺り、妙に真面目な衛兵達だった。


「で?」


「はい、実は……」


    ***


 話は、スーパーオリハルコンの外装を出し━━━




「超越した《スーパー》オリハルコンとは聞き捨てならないッ!!!!!!!!」



 その名前を出した瞬間、そんな土星が響く。


 ドスドスと怒りの足音を轟かせ、人混みを掻き分けやってくる長い長い尖り帽。


「おい、クソジジイ。オレを差し置いてまさかオリハルコンを作ったなどと抜かすつもりはないだろうな?


 ないだろうな!?」


 やってきたのは、かなり小さい少女だった。

 パンツィアも小さい方だが、その大きな尖りと鍔が広い帽子を抜けばパンツィアの肩のあたりに頭があるほどの小ささだ。

 その愛くるしい顔を、しかし憤怒に染めて歯をむき出し怒りをぶつけるよう声を荒げる。


「やぁ、誰かと思ったらアンナリージュちゃんじゃあないか」


「ちゃん付けで呼ぶ程お互い若いものかッ!!」


 ふと、その名前に皆がざわめき始める。


「アンナリージュ……まさか、稀代の錬金術師と噂の……あの?」


「齢にしてもう800年。体が弱るたびに異端技術でもあるホムンクルスに魂を移し替えて、自身の悲願である『オリハルコンの製造』を目指しているというあの……?」


「オイ、そこの三下!!聞こえてるぞ!!

 魂と言ったな、そんなもんただの人間の中にある魔力精製を司る天然魔法陣にすぎん、記憶は別だ!!

 お前ら魔法博士名乗る癖に魂と記憶は別に保存されている事ぐらい知らんのかバカめ!!

 医術にも関わることだぞ!?」


 わざわざ指をさして、口汚く説明するアンナリージュ。


「えぇ……」


「いや今のマジじゃないですか。

 記憶は脳内の電気信号が……あ、しまったコレはシャーカさんの研究にも関わる奴だし私からは言えない……」


「なんだお前?クソジジイの弟子だけあってその程度の脳はあるのか。

 空に知性まで飛ばしている訳じゃないみたいだな」


「まぁ、コレもほかのみんなの力あっての成果ですしね〜」


「ハッ!無能が分かるだけマシかチビ。

 それで?クソジジイのソレが、このオレのオリハルコンを超えるだなんて妄言を吐くのはどう言う訳だ?」


「僕本人から説明しよう!


 実は、これ正確に言うとオリハルコンの失敗作なんだ」


 ふと、ケンズォが懐から一本の、頭身が白いナイフを取り出す。


「失敗作だと?」


「でコレが成功した方」


「ほう?貸せジジイ」


 と、ふんだくるようにナイフを奪うアンナリージュ。

 指先で触れ、ふ、と小さな魔法陣を展開する。


「……お前、どこでこの物質組成を知った?」


「それなんだけど、答えは君だよ。

 君ら錬金術師ギルドが出している新聞に乗ってたじゃないか」


「だから驚いている。

 お前信じたのか?オレみたいな鼻つまみ者を」


「騙されたってまぁ気晴らしにはなるさ♪」


「ちょっと待ってくれ!

 そこの、お嬢さんはつまりあのオリハルコンの組成を解明したのか!?」


 そこで、話の外に今までいたピエールが口を挟む。


「その通りだ、柱みたいな髪の。

 だからこうしてイチャモン付けてることぐらい分かれ」


「なぁにぃ?なるほど、これは偉業の割に名前が出ない訳がわかりますなぁ、錬金術師のアンナリージュさん?」


「別に性格を評価しろともさん付けで呼ばれようとも思っちゃいない。

 重要なのは、ジジイ、その失敗した金属とやらがなんでスーパーオリハルコンなんて、」


「見ての通りだよ、ほら!」


 何気なく振るった短刀は、その金属カバーに当たった瞬間折れた。


「「……」」


 ふと、一番近くにいた二人の間に、折れた刀身が落ちる。

 まず、アンナリージュは無言でそれを持ち上げ、しゃがんだピエールも無言でそれに視線を向ける。


「…………面白い手品だな。というかお前そんな筋力ないだろう」


「酷いなぁ!?これでも半分人間じゃないから腕力ある方だよ?」


「いや、すまんがまだ手品にしか見えん。

 普通の鉄でもここまで綺麗に割れるとは思えないもので……」


「えー、じゃあどうやって信じてくれるのさ!」


「おいジジイ待ってろ。ちょうどいい、本物を持ってきてやる」


 と、言うや否や小さい体をちょこちょこ走らせ、少し離れた場所にある自分の荷物へ向かうアンナリージュ。


 ……少しして、


「オイ!何見てるんだ!!手伝えデカブツ供!!重いんだよコレは!!」


 と、声に振り向いた皆の視線の先に、白い刀身の彼女の背ほどある剣を引きずるアンナリージュの姿があった。


「オイオイ、それは欲張りすぎでは?」


「うるさいな!剣なんぞ始めて作ったんだ!!」


 近くにいた屈強な衛兵に手伝ってもらい、その剣を持ってくる。


「ほう、オリハルコン製のバスターソードか」


「オレのセンスは他の奴には分からんだろうから装飾なんぞしてない。

 だが、切れ味だけは神話級だ。

 試しに何か切ってみるといい」


 ふと、すぐ近くに背にもたれたり座ったりできるような手頃な岩がある。

 ここまで剣を持ってきてくれた衛兵は、ここは、と言わんばかりに剣を構え振り下ろす。

 スパッ、と何の抵抗もなく岩に切れ目ができた。

 おぉ、と言う歓声が上がる。


「どうだ!」


「すごいなぁ、強度も衛兵くんの腕も」


「あんなスパって岩は斬れるんだなぁ……」


「では次はコレを」


 と、いよいよスーパーオリハルコン製の金属カバーの番となった。


 皆が円になるよう少し下がってみる中、再びオリハルコンの剣を構えた衛兵が振り下ろす。



 パキィン!


 ━━━折れた刀身が宙を舞い、放物線を描いてあの岩に刺さった。


「……は?」


 この時のアンナリージュの顔は、一瞬魂が抜けたかのような呆然としたものであり、


「…………待て待て、おかしい。どう言う事だ?ヒビでも入ってたか?いや、ヒビ程度でオリハルコンが折れるか?

 あの衛兵の力が?な訳あるか。アイツはどう見ても筋肉だけは一級品だろ。振り回すパワーさえあればオークでも、いやゴブリンでもなんでも切れるはずだ。

 折れた?強度で負けた?嘘だろう、一体どう言う事だ!?」


 徐々に、徐々に驚愕と戦慄を混ぜた顔へと変わっていく。


「強度で!?


 純粋な強度で負けたのか!?!


 ダマスカス鋼2、プラチナ1、タイタン鉄5、この組成のはずだぞ!?!


 オレの解析は完璧だ!!再現も!!


 完全なるオリハルコンが!!!


 強度で!?岩をも斬るほどの硬さで負けたって言うのか!?!?!」


 折れた剣を持ち、残った刃を両手で振り上げて改めてそれへ振り下ろす。

 再び、パキィンと根元から刃が折れる。


「…………オイ、クソジジイ」


「何かな?」


「お前…………一体何を作った?」


 振り向いたアンナリージュ。

 今にも泣きそうな、まるで自分の作った砂の城を崩された子供が、涙をためて親を見るような顔で、ケンズォを強く睨みつけていた。


「だから言ったじゃん。スーパーオリハルコン」


「だからなんなんだそれはと聞いているッ!!!

 どう言う組成だ!?何を混ぜた!!

 オレの、そして古代の人間が生み出した最高傑作を完全に過去のものにしたこの得体の知れない金属はなんだ!?!

 なんだと聞いている!!答えろ!!」


 もう片手でも持てる塚だけの剣をぶつけても、せいぜい4センチ程度のその金属は傷一つつかない。


「フーッ!フーッ!」


「どーどー、分かってるよ分かってるよ。じゃあ、まずは何処から話せばいいか……」


「……口を挟むようで失礼するが、まずは組成式から知っておきたい。

 とこの場の人間は思っているとは思うがね」


 と、ピエールが代わりに発言し、まだムッとしたまま涙を貯めるアンナリージュ以外のこのば全員が同意するようこちらに注目する。


「ああ、了解。

 組成は、さっき言った彼女のとおり、


 ダマスカス鋼が2に対し、

 プラチナが1、

 タイタン鉄が5、


 あと間違えて入れちゃった魔法石が6」


 ……………


「間違えて入れちゃった……?」


「うん

 ダマスカス鋼、プラチナ、タイタン鉄、全部混ぜればオリハルコンができる!はずだった……

 だけど意気揚々と、自分の家の溶鉱炉で作っていた時に、さっきの反応魔導炉の理論のために砕いて砕いて砕き過ぎた魔法石を入れたツボをひっくり返しちゃったんだ」


 ぷふ、と誰かが少しだけ吹き出した。


「……すぅ、」


 そして、ケンズォの頭へ、アンナリージュは掴みかかった。


「ふざけるなクソジジイお前ふざけるなオイ。つまりオレは間抜けな失敗で出来た金属に研究の成果をめちゃくちゃにされたって言うのか?あ?ふざけんなお前、本気で殺すぞなんてものをなんて間抜けな理由で作っているんだコラ?」


「いだいいだい髪の毛抜けちゃう、抜けちゃう!!」


「よせ!!気持ちはわかるが落ち着け!!」


 慌てて周りの人間がアンナリージュを取り押さえてケンズォから離す。


「離せ小児愛生者共が!!さわんな!!」


「小児って言うほど歳重ねちゃいないだろう?」


「うっさいぞこの柱髪!!お前にオレの気持ちが分かってたまるか!!」


「まぁまぁ、ならば……この私、ジャン・ピエールが、貴方の名誉の仇をとってご覧に入れましょう!」


 何、と言うアンナリージュから手を離し、尻餅をつく彼女を片手にケンズォに向き直る。


「ケンズォさん、貴方のスーパーオリハルコンが名前に遜色ない凄まじい金属、超合金の名前を冠するのに値するものと、先ずは敬意を持ち言わせていただこう」


「それで?仇を取るって、何をするんだい?」


「はは、興味津々という感じとあらば答えねばなりませんな。


 実は、本日私が持ってきた研究結果も、オリハルコンを破壊した実績がある!」


 瞬間、周りの驚きの声よりも大きく、『なぁ!?』と叫んだアンナリージュが首根っこを掴む。


「ふざけるな貴様ァ!?そう何度も何度もオレの研究成果がぶっ壊されてたまるかぁ!!」


「お気持ちは分かるが、考えても見てくれたまえ、錬金術師殿?

 君だっていつか思うはずじゃなかったのかね?

 オリハルコンを……古きものを超えたい、と」


「……!」


「ほぅら、顔に出た。作っている内に思ったはずだ。コレを『ひとまず完成』させたら、『次』。

 そう、『次は何処を目指すか?』と。


 コレはもっと発展できる研究じゃないのか?


 そう思ったはずだ……


 君が怒っている理由は、君の研究結果を荒らされたからじゃあ、断じてない!


 、そうだろう?」


 余計に、その小さな手に握られた胸ぐらに力が入っていく。


「だからどうした?大正解だクソ野郎……!!

 だから、どうしたァッ!?!

 そんなもん、織り込み済だ!!!!」


「だったら、まだ次がある事も頭では分かっているはずだ。


 未来を考えようじゃないか……を……!」


 う、と押し黙るアンナリージュに、一転して笑みを浮かべるピエール。


「だがまぁ、先ずはその前に、この私がスーパーオリハルコンとやらを破壊してみせよう!

 案外スッキリすることこの上ないものだぞぉ、私の研究結果は!」


「そこまで言うそれを早く見せてくれないかな!!結構楽しみなんだよ僕は!」


「ではケンズォ氏、これから貴方に挑戦する身なのだが……少しだけお手を借りよう」


 話は、決まった。


      ***


「━━━━それはまた面白い状況だが、一体何を始めるのかまだこの目で見ても検討は付かんぞ?」


 そこまでの経緯を聞いて、湖を見渡す大広場まで来たカーペルトはそう声を漏らす。


「そのまま支えてくれ!水平にしなければ意味はない!」


 地面に降りた太い3脚の上、ピエールの部下らしき人間が、長く四角い柱のようなものを取り付けていた。


 柱の先端は、魔法石かあるいは人口宝石かは知らないが、円形の半透明なものを埋め込まれ、それが湖を向いて取り付けられる。


「クソッ……!!言いくるめられた訳ではないが、なんでまたオレのオリハルコンが壊されなければならんのだ……!!」


「あーっと……ごめんなさい、アンナリージュさん」


「お前が謝っても1ミリも意味がないぞ、ジジイの弟子!!」


 その先に、地面に2本目のオリハルコンの剣を突き刺すアンナリージュと、スコップで地面を掘り、同じようにスーパーオリハルコンの外した外装を埋めて固定していた。


「……よし、二人ともありがとう!!

 完璧に直線だ!」


 その装置の背後、望遠鏡と三脚、さらに分度器を合体させたような装置で剣の方を覗いていたピエールが叫ぶ。


「……それで、これは一体何の騒ぎかな?」


 と、その時になり、国王クレドがやってきた。


「国王陛下へ敬礼!!」


「休め。儀礼は省く」


 衛兵の言葉に即座にそう答え、ピエールの元へ歩いてやってくる。


「これは陛下、お日柄もよく」


「ジャン・ピエール魔法博士か……先月は武器の販売で顔を合わせたな。

 いい武器だったと娘が言っていた。

 まぁ、少々値が張るが」


「ご贔屓にしていただいたおかげで量産が捗ります。少々値下げも検討して降りますゆえに」


「まぁ、運用する費用は安くなった。それなりには贔屓にさせてもらうが……


 本題だが、これから何を始める気かね?」


「よくぞ聞いてくれました!

 これこそ、私が再現した『神の光』なのです!」


 ほう、と表情を変えるクレドに続き、聞いていた周りも顔を変える。


「おい、パンツィア」


「アイゼナちゃん何?」


「彼は今……『神の光』と言ったのは誠か?」


「残念だけど、まだ目では見てない」


 わざわざ駆け寄って尋ねるほど驚くのも無理はなかった。


 神の光。

 おおよそ300年前、人と神族が一度だけ争った時に確認された、ある光の神の魔法。

 あまりに鋭い光は、同じ神ですら防げず、あらゆるものを貫き、切り裂いたのだとか。

 結局戦いは神族が内部分裂したり魔族が漁夫の利を狙ったりして、30年戦争という泥沼が生まれて、今日の全種族の和平に至る足がかりになったのだが、未だに恐ろしい神の力として名は轟いている。


「本当か!?あのオリハルコンすら切り裂いたという!?」


「本当ですとも。少々壊れやすい物ですが、何度かの実験でオリハルコンを切り裂いてやりました」


「ふざけんな柱髪!!そうやすやす何度もオレのが切り裂かれてたまるか!!!」


「まぁまぁ錬金術師殿、完全に切り裂けない金属はないほうがいい。

 加工もできやしない」


 フン、とソッポを向くアンナリージュの姿を見て、なんとなくクレドは察してしまう。


「……オリハルコンを作れるようになった時代とそれを壊せるようになった時代が同時に我が治世で来るとは、これでは父上の年齢の頃にはこの国が空を飛ぶぞ」


「いやいや、クレド王。長生きな僕から言わせれば……よっと!」


 ふと、ずっと三脚の下にいたケンズォが顔を出す。


「徐々に技術は出来上がるが、一度でもそれが世に出たら、変化なんて速いものだよ。

 いつの時代もそうじゃないか?」


「やれやれ耳が痛い。

 出来れば貴方の遅刻癖やサボりぐせの治りもそのぐらい速く……」


「さぁ、実験を始めようか!!

 反応魔導炉フルパワーでいくぞー!!」


 不敬罪覚悟でのその切り返しの速さは見事すぎるので、いっそクレドは許せることが出来た。飽きれるのはいつものことだ。

 ちなみにチラッとみたパンツィアは頭を下げていた。

 まったく、とは思ったが、彼女の顔に免じて許した。なんて出来た娘なのだと。


 そんな思いを無視して、筒につなげた反応魔導炉のパワーを流すケンズォであった。


「おぉ……!すでに40%魔力コンデンサへ溜まっている!」


 手元に繋げた計器見て、驚きの声を上げるピエール。


「さて、撃つ前に皆様これを!

 コイツはちょいと光が強い!」


 差し出したのは、黒いレンズのゴーグル。いわゆる日除け眼鏡。

 元は吸血鬼が日中出歩く為の耐光ローブだけでは視界が悪い事から出来た物であり、今では工業的な利用もされているものだった。


「む……ずいぶん暗いな?」


「それだけ強いものでして」


 部下の人間が全員に同じゴーグルを渡し、パンツィアなどの一部魔法博士は自前の物を取り出してかける。


「む……おいパンツィア、なんだその眼鏡?本当に鏡見たいだぞ?」


「あ、コレ?ほら、空飛ぶと眩しいから、もっと強力なのを作ったの」


「ほう?私もそっちがいいな」


「言うと思って」


 アイゼナにも同じ物を渡し、かけたところで視線を戻す。


「現在、魔力容量98%!」


「照射を開始する。みな絶対に日除け眼鏡を外すなよ!」


 ポウ、とオリハルコンのつるぎの表面へ一筋の光が灯る。


 瞬くような明暗を繰り返し、やがて強い光の本流へと変わっていく。


「出力100%!おや、また彼女には失礼な事をした!」


 ジュン、と音を立ててオリハルコンの剣を貫いた光がスーパーオリハルコンまで到達する。


「あああああああああああああ!?!?!?!??!!?!」


「100%ですら貫けんか!!

 出力を最大の120まで上げる!!」


「いいのか!?お互い装置が壊れそうだぞ!!」


「数年たって壊れるのを見るのと自分で壊すの、どっちが見たい!?」


「私は後者だ!」


 ケンズォの反応魔導炉が唸りを上げ、ピエールの神の光を再現した機械がガタガタ揺れ始める。


 ジュゥゥゥという煙を超合金スーパーオリハルコンが発し始め、グラス越しでも光が眩しく感じ始める。


「煙が出てきたぞ!!」


「こうなったらもう一息じゃないかな!!」


「了解!」


 とうとう、限界の出力となり、スーパーオリハルコンに塗布されていた塗料が蒸発して消え、元の金属の色に変わる。


 光の線に生えた草は枯れて、地面は焼け焦げていく。


 何より、オリハルコンの剣だったものはドロドロに溶け出し始めていた。


「ああああああああああ……!」


「なんと……!」


「凄まじい威力だ……だが!」


 周りが驚きの声を上げる中、ボン、と音を立て先端が爆発し機械が壊れる。


「ダメかー!!」


「出力150%!!しかし新記録だ!!」


 皆がグラスを外すと、草木が枯れ黒焦げになった大地の線の上に、火山の溶岩のごとき赤い色とドロドロになったオリハルコンがある。


「オレのオリハルコンが……!!うぅ……」


 失意の中、熱で地面を掘り進んでいくオリハルコンにも触れず、代わりにその向こうにあるスーパーオリハルコンを見る。


 おそらく、直撃箇所は溶け出し、ほんの少し球形に凹んでいた。


 だが、原型はまだ保っている。ほんの薄い鉄のカバー程度のものにも関わらず。


「おぉ……」


「クソッ!!まだ暑くなけりゃ蹴ってるとこだ!!忌々しくも素晴らしいスーパーオリハルコンめ!!!」


 アンナリージュの罵倒と賞賛の入り混じった言葉に、全魔法博士達が拍手を始める。


 そんな中、ピエールとケンズォも握手を交わしていた。


「いやぁ、凄いじゃないかこれ!

 武器だけじゃない、オリハルコンの加工や、まさかのスーパーオリハルコンの精密加工にの利用できる!」


「いやコレも貴方の発明あってこそ!

 しかし、感服ですなスーパーオリハルコンの強度は!

 これは、引き分けという事でよろしいですかな?」


「いいもの見せて貰ったよ〜」


 オホン、と二人の横で咳払いする国王クレド。

 おっと、と二人が姿勢を正す中、クレドは一言だけ言い放つ。


「なるほど、お互い良き知識と知恵を振り絞った研究をしたようだが、


 少しは自重するように!


 この庭の草は一応、私のものということになっているのだからな!!」


「「申し訳ございません」」


 二人ともそれはそれは綺麗な頭の下げ方だった。


      ***

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