09,”俺”と……

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 これは夢だ。

 夢を見ている。


 それは俺の親が行方不明になったと聞いてしばらく経った頃。

 俺は晴れた日などに近くの公園に行くことが癖になっていた。

 その公園には出入り口以外がフェンスに囲まれている。公園はやや高いところにあり、それによって公園の周りの一部が崖になっているため、安全を考えてフェンスか設けられている。

 さらにフェンスの上は内側に向けてのネズミ落とし状になっている別のフェンスが取り付けられている。それはもちろん俺のようなフェンスを越えようとする子供対策だったのだが、自分で思うよりも運動神経のあったのか俺は試行錯誤の末に楽々超えるようになっていた。


 俺はそのフェンスの外に行くことが当たり前のようになっていた。

 理由はあった。子供ながらのくだらないものだった。

 公園の周りは一部が崖になっているのだが、それとはまた別のところに狭いながらも草原になっている場所があった。


 そこで青い綺麗な空を見れたから。


 その小さい草原は木もなく、電柱もなく、もちろん電線もなくて、草原から空まで遮るものなんかなくて、その青い空はアニメや漫画でしか見られなくなったその光景はとても日常では見られない特別なものに思えた。子供ながらに綺麗と思った。

 この障害物のない綺麗な空を見ていると俺はどこまでも行けるような気がして、悲しい気持ちもどこまでも飛ばせるような気がして。

 その感覚は俺にとって掛け替えの無いような気がしたのだ。


 そして、いつも通り、晴れた日に公園に向かった。

 公園からいつも登っている草原手前のフェンスへ向かってみると、フェンスの前に女の人がいた。

 大きな、多分、大人の黒髪の女性。

 その女性は子供の俺よりも大きな手足を器用に使ってフェンスを登って外側へ行ってしまった。

 この時「大人の女性が何で」とか、「器用に登るね」とかは思わず、子供特有の独占欲を刺激されて「なんでそこに行くんだよ、俺の特等席だぞ」なんて考えて急いでフェンスを登った。

 しかし、そこには大人の女性はいなくて、代わりにすすり泣くぶかぶかの服を着た女の子がいた。


 俺は大人の女性の事なんて頭からすっぽり抜けてしまった。

 俺はすすり泣く女の子の傍によって見る。

 俺と年の近そうな黒髪の女の子だ。肌は白い。雪のようにとは言わないが、見慣れない白い肌をしていた。

 女の子は傍まで近寄った俺に気付いて顔を向けてきた。目は涙で赤くなっていた。


「どうしたの?」

「……泣きに来たの。」


 俺はおっかなびっくりにそう聞くと、端的に答えが返ってきた。少し拙い言葉遣いに感じる。

 俺としてはなんでここを選んだのか聞きたかったけど、思考は既に女の子の事を第一に考えていた。


「何が合ったの? 辛い事でもあったの?」

「……」


 少女は黙って鼻をすすりコクリと頷いた。

 俺は覗きこむように女の子を見ながらもう一度聞いてみることにした。


「何が合ったの? 話してみて欲しいんだけど」


 そう言うと女の子はこちらを睨み付けてきた。

 割と鋭く感じるのは気のせいではないのだろう。女の子はあっちへ行けって雰囲気を振りまいている。

 しかし、俺は特等席を占領されていることもあり引き下がりたくはなかった。

 鋭い睨みを我慢しながら何度も聞く、「なんで泣いてるの?」「教えて欲しい」「睨んでるだけじゃ困る」そう何度も言った。

 しばらくすると女の子は観念したのか拙い言葉遣いで話し始めた。


「少し前にお父さんとお母さんが何処かに行っちゃった。きっと私が変だから、気持ち悪いから、お父さんもお母さんも私を置いてどっかに行っちゃったんだ。私が変だから。」


 そう言って女の子はさっきまで睨んでいたのに、一転して顔をひしゃげさせてすすり泣き始めた。泣くのを我慢しきれなくなったのだと分かった。

 そんな女の子を見ていると、俺が両親の行方不明を言われた後の泣いて周りの言うことを聞かなかった頃を思い出させた。今もいう事を聞いているとは言えないけれど。

 でも、だからこそ言葉は自然に出てきた。


「俺もそうなんだよ」

「……そういうのはいい。」


 女の子の声を無視して言葉を続ける。


「一か月か二か月前にさ、俺の両親がどっか行っちゃったんだよね。しかも海外で。もう会えなくなったなんて思ってなくて、会えないなんて微塵も考えてなくって、色々騒いで怒られたんだよ。

 その後何にもやる気が起きなくてさ、学校もサボってさ、毎日何にもなくてさ。

 クラスメイトとか近所の人とか可哀想とか頑張ってとか適当言って、もう生きてる意味とかも思いつかなくてもう面倒で、もう何とでもなれって毎日思って、俺を置いていった両親なんか大嫌いって何度も叫んだりしてさ」

「……」


 女の子は黙っている。聞いているのか無視しているのか分からないが俺は最後まで話すことにした。


「だから俺は何度も考えるよ。俺だったら一人ぼっちにしないって、どんなことがあっても一緒にいるって、ね。」

「……」


 女の子は俺と目を合わせる。

 空のような青い目、のように見えた。女の子がすぐに目を逸らしてしまったので一瞬しか見えなかったけど。

 女の子はゆっくりと声を出す。


「私も……一緒に?」

「え? あ、そうだよ。一人にしない。君が言うなら一緒にいるよ」


 突然の問いに俺は一瞬思考が停止しかけたが確かにそう言った。

 女の子はもう一度目を合わせる。今度はちゃんと青い瞳が見える。


「私の秘密を見ても同じことが言える?」

「?」


 女の子の秘密。そう聞くと少しドキリをしたが、女の子は真剣にこちらを見ているのでおふざけと言うわけではないようだ。

 俺は良かったら見せて欲しいと頷きながら言う。

 ややあって女の子も頷くと、


 次の瞬間、目の前には中学生、いや、高校生くらいの金髪の女の子がいた。


 俺は何が起きたのかわからずに目をパチクリさせていると金髪の高校生は消え、黒髪の女性が目の前に出てきた。それはフェンスの前にいた女性のようにも思える。そしてあれよあれよの間にその女性も消えて俺よりも少し年上ぐらいの、しかし10歳には満たないぐらいの赤い髪の女の子がいた。


「????????」


 口が開きそうになっているのをこらえていると、ふと、先ほど話していた年の近い黒髪の女の子に戻っていた。


「どう?」


 そう女の子が言った。

 俺は思わず首をかしげると、女の子は目を伏せて話し始めた。


「私はね、いくつも体があるの、今の私と、今の私に近い体と、高校生くらいの体と、大人の体。四つあるの。今の私以外の体は肌の色と肌の色とかも変えることができるの。でも普通の人は体は一つしかないし、体の色を変えるなんて出来ないから、だから私は変で、普通じゃないから、気持ち悪くて。だからお父さんもお母さんも……。」


 体がいくつもある。確かに普通じゃない。体の色を変える、薬とか手術なしにそういうことができるなら確かに変だ。

 気持ち悪いかもしれない。引いてしまうかもしれない。

 人によってはうらやましいと感じるかもしれないけど。でも、この子はそういう自分を良く思ってない。気持ち悪いと感じてる。

 だからこそ。


「一人にしない」


 そう言って女の子の手を握った。

 女の子は大きく目を開いた。


「君の体がどうとか、関係ない。誰かが君の事をなんて言おうが関係ない。俺で良いなら一緒にいるから」


 女の子が何があるのかなんて俺にとってどうでもよかった。

 例え変なのだとしても一人になっていい理由にはならないと心の底から思った。

 辛い時こそ一人にさせない。寂しくさせない。させてはいけない。

 それを俺は良く知っている。

 だから。


「俺は一人ぼっちになんてしないから」


 そこまで言って、言い切ってふと思う。

 俺、すごく恥ずかしいことを言ったのでは?

 恥ずかしさが顔を覆う。恥ずかしさの余り泣きそうになり、涙が出ないように目をつむり原っぱに寝っ転がる。

 女の子はどうしたの? と聞いてくるが、俺は声が裏返りながらも、落ち着きたい。とだけ答えることができた。

 目頭の熱くなる感覚を鎮めようと目を閉じたままにしていたら晴れた暖かい日差しに眠気が押し寄せてきた。

 ふと眠気の中で女の子が気になり、重い瞼を薄く開けて女の子を見る。


 女の子は先ほどまで泣いていたとは思えない暖かい笑みを浮かべていた。

 良い笑顔だ、と僕は意識が落ちる前に言った。


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