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 担任に並んだ転入生の少女は顔を見やすくするために後ろの黒板に視線を送りながら言葉を作る。


「はじめまして、『ターニィ=ラットホープ』といいます。

 皆々様、以後お見知りおきくださいね。」


 澄んだ少女の声が呆けたクラスに響き渡る。その口調は少し語尾止めるような話し方だった。

 その少女は腰の下まで伸びる黒い髪をしており、一瞬日本人かと思えたが、やや攻撃的な雰囲気を持つツリ目の青い瞳がそれを否定している。また、鼻立ちは高く日本人のようなのっぺりとした顔立ちではなく、由緒正しき西洋のお嬢様を彷彿させる顔立ちはおとぎ話などで出てきそうな愛らしく美しい容姿であった。

 軽く身体を見るに極端な凹凸は無く、制服のスカートから覗く長い細い脚からスレンダーなイメージを与えてくる。

 絵に描いたような美少女。

 それがこの転入生、ターニィ=ラットホープである。


 一同拍手。クラスは転入生の少女、ターニィを大いに歓迎した。


 その中、俺は頬杖をつき、ただ茫然と成り行きを見守った。

 関係の無い事、そう割り切っている。

 何せあんなに美人なのだ。

 ボッチの自分とは最低限の関わりしか無いだろう。そう思って。


 ターニィは拍手が終わると綺麗なお辞儀をしたあと、担任に窓際の一番後ろの席に行くように施される。

 ターニィは行くべき席を見つめた後、


 俺と目を合わせた。


 ような気がした。


 ターニィが歩く。生徒の座る席の中央列に沿ってまっすぐ後ろに向かう。

 俺の席は中央列の一番後ろ。つまり、ターニィがまっすぐ俺に向かってくる形になっていた。

 視界の隅でクラスメイト達がターニィの姿を目で追っているのが見えるが、ターニィは無数の視線を無視して悠々と歩いてくる。


 そして、ターニィが俺の横に立った時、立ち止まる。俺は立ち止まったターニィを少し首を動かして確認する。

 するとターニィが腰を折り、顔を俺の顔と同じ高さにしてぼそりとつぶやく。 


「また、放課後。」


 身体が硬直し変な声が出そうになった。

 その後、勢いよくターニィを見ようと首を素早く動かしたが既にターニィは俺の後ろをお通り抜けて指定された自分の席の前にたどり着いていた。

 そして着席する瞬間、こちらを一瞥し、流れるように着席した。


 そこから担任は何もなかったかのようにホームルームが終わらせ、教室を出て行った。

 その後に起きたことは誰にでも分かる状態になった。

 クラスの者共は死体を食い荒らす鳥がごとくターニィに食らいついた。

 クラスのおよそ過半数である15人以上が取り囲み、その周りでウロウロしている囲いに入れなかった者は「次は自分の番だ」というように質問という名の牙を研いでいた。

 当の俺は自分の席に座ったまま、転入生は大変だなあ。と完全に他人事な感想を抱いたのだが、しかし、そうもいかなかった。


 また、放課後。


 この意味は何なのかを本人に聞かなければならないからだ。

 いや、放課後になれば否応にも分かるのだろうが、気になって仕方ない。

 ただ、10人をはるかに超える群れの中に友人という友人のいない自分が入り込むのは気が引けた、いや違う。そんな勇気はない。

 下手をしたら「お前、喋れるのか」なんて言われかねない。自分でさえそう思えるほどクラスで発言をしていないのだ。

 そんな奴が乗り込んだところで……いや待てよ。

 もしかして、あのターニィという転入生は群れによる質問攻めを見越して用のある俺に「放課後」という言伝を残したのではなかろうか。


 そんな考えすぎなことを思考で回しながら群れに囲われたターニィの方を見ると、


 群れの隙間から目が合った。


 そしてその視線はすぐに遮られる。

 それは決して群れに紛れたわけではなく、単純に俺の前に人が立ったが故である。

 視界に入ったのはスカート特有の縦しわとスカートに重なるようにある上制服の裾だった為、女生徒だとわかる。

 見上げてみれば悪戯好きそうな小悪魔的な笑みを浮かべた少女が居た。


「ブック、何か考え事?」


 不敵な笑みで紡がれる言葉は挑発的な発音を含んでおり、どこか人を意図的に怒らせようとしていると感じる言い方だった。


「秘崎、お前は転入生に質問攻めしないのか?」


 悪戯好きな女子であり、“ブック”の名づけ親でもある秘崎はふてぶてしく鼻で笑うと、


「そりゃあそうでしょ。あんなに人が群がってったら聞けるものも聞けないわ。そんな事よりブック」

「なんだ」

「あなたターニィさんに何か言われたでしょ、なんて言われたのよ」


 この秘崎というやつは転入生と直接話せないから別方向からの情報を得ようとしているようだ。目ざといと言うべきか、ずる賢いと言うべきか。


「知らん」


 変に勘ぐっている秘崎にそう突き返した。

 すると秘崎はニヤリといっそう嫌らしく笑みを作った。


「またまた、彼女に見惚れて他の人は気にしてなかったけど私の目は誤魔化せられないよ? ほら、言った言った」


 急かすように秘崎は手招きした。なぜ手招き?


「本当に分からん」


 できるだけぶっきらぼうに言い放つ。

 秘崎はそれはもう不機嫌な顔になり、「それじゃターニィさんに直接聞くから」と早々に去っていった。

 もう少し粘ってくると思ったのにアッサリ下がって拍子抜けをした。と思ったらチャイムが鳴った。

 ターニィの方を見ると、ターニィの周りからスライムが這うように群れが名残惜しそうに解けていった。

 時計を見てみると丁度授業の時間を示していた。秘崎は自己中心的な人物だと勝手に思っていたのだが、案外時間を守る律儀な主義を持っているのかもしれない。


 そう思いつつ俺は授業の準備のためにバックから教科書を引っ張り出していると、ふとターニィの方を見た。

 ターニィは新品の教科書を片手にこちらを見ていた。微笑を湛えながら。

 その微笑に俺は首をかしげる他なかった。

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