6-5
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リビングに戻ると、ターニィは机に突っ伏して眠っていた。
学校でもたまにいるけど、よく机の上で眠れるよな。
なんであれ、その状態だと首を痛める。
「起きろー」
腋に手を差し込み持ち上げるが、首をだらんと下げて寝ている。
息苦しくないのかそれは。仕方なくリビングにあるソファーまで連れていき、先にソファーに座った俺の腿を枕代わりに寝かせた。
一息つくと、意識が家の外に向く。
外からは地面をたたく不規則な雨音と、屋根から落ちる規則的な音が合わさって多くの音が響いてくる。
その音は騒音ともいえるが不思議と不快感はない。むしろ落ち着くような気さえする。
たしかヒーリングサウンドって言うんだっけ? 海の波の音や木々のさざめき、鳥の声や風の音。自然の音とも言われるそれらは、精神的に癒しを与えるのだとか。
その音を耳に入れながら天井を仰ぐ。
先ほどのゲームでこの小さなターニィの事で少しわかったことがある。
性格と思考だ。これは恐らくは外見相応のものだと分かった。何が良いか、何がしたいのか。小さなターニィはそういった好奇心に外見相応に忠実であるように思えた。
それと、ターニィはリクエストなんてしているからてっきり演技していると思っていたが、本人は演技はしていないと言っていた。
この二つが事実ならば、外見に沿って性格や口調があるのではなく、性格の方が外見の後付けなのかもしれない。。
この小さなターニィに限らず、昨日の大きい方も、歳近い中高生ぐらいのほうも、何らかの異なる性格を持っているという事になるのだろうか。
しかし、それは多重人格ではないのか? 本人は違うと言った。
一つの人格に、体ごとに異なる性格。これはあり得るのか? いやあり得るのだろう。
確信のあるものではなかったが、小さいターニィと話したり接していると考え方の根底がターニィに似ているような気がしたからだ。
大きいターニィとは何故かほとんど喋らなかったから分からなかったが、恐らくは考えの底はターニィという一人格にたどり着く。
そこまで考えると、問題はそこではない気がした。さきに考えを止めずに進めよう。
一つの人格を複数の性格で別れている。普段は彼女のいうオリジナルと呼んでいるのが一般的に過ごす姿だ。実際に俺と出会ったのも、学校にその姿で来ていたことからも事実だと分かる。
だが、ターニィは、そう。変わらないと言っていた。
オリジナルとそうでない体三つとも。大差がないと。
それはつまり、「一つの人格」に「複数の体」に「複数の性格」が大差なく彼女の中で成り立っている、という事になる。
それは、本当にそうなのか?
もし、俺がそんな状態にさらされたら、自分と言うものを保てるか?
――無理だ。
どれが自分か分からないものを身に抱えて、これが自分だとは言えない。多分、自分が分からなくなる。
だとしたらターニィはどうだろう?
他の三つの体は生まれ持ったとは言ってなかったが、物心ついた時からあるとは言っていた。
ならばどうなのだろうか。
物心ついた時からあるのだ。そのように最初からあるものは負担がないのでは? 慣れているのでは?
俺の知らない考え方があるのではないか?
……いや、だとしたら。
なぜ、選んでほしいなんて言ったのだろう。
そう。思い出してみるとターニィがよく口にするのは決めるよりも選ぶという言い回しが多いい様な気がする。
なぜ選ばせる? なぜ一週間で選ぶ必要がある? 急いでいる? いや、焦っている? いや、そういう風には見えなかった。
ならば……。
「わからん」
思考が止まってしまった。
これ以上考えるなら本当にターニィと付き合わなければ分からない。
情報が足りないというやつだ。
考察は経緯までは多少のこじ付けはいいとしても、答え自体を作ってはいけない。
答えは、作るものではなく、見つけるモノだ。
そこまで考えて、少しは肌寒く感じた。外は雨が降っているのだ。気温が下がっていても不思議じゃない。
TRPGをやっているときは集中していたから気にならなかったのだろう。
俺はエアコンの電源を入れた。暖かい空気が部屋に回り始める。肌寒い中にその温風を浴びたからか、タオルに水がにじむように俺は眠気に誘われていった。
起きた時、時間は4時を過ぎていた。
ターニィは相変わらず俺の腿を枕にして寝ていた。起こそうか迷っていると、ふと、ケータイが鳴る。
「誰だ?」
電話番号のみ。それもそうだ。俺のケータイには保護者である叔母か、ターニィのものぐらいで他に電話帳に登録している人はいない。学校でも軽く話す人はいても、友人と言えるほど仲のいい人はいないのだから。
電話番号は090から始まることから恐らくはケータイからだろう。
誰からか分からないが、この手合いは無視が一番だ。
しばらくして、ケータイは留守番モードに入る。
そのまま留守番モードは続き、電源が落ちる。
俺はそれを見届けた後、再度ケータイの電源を入れる。
「留守電入ってるな」
再生を押しケータイを耳に当てる。
『こんちには。荒村です』
「!!」
一瞬ケータイを投げようとしてしまった。
それをこらえて再度耳に当てる。
『突然申し訳ありません。少々聞きたいことがございまして。明日の昼に屋上までお願いします。では』
ガタガタ、ブツン。留守番電話はそこで終わった。
なんで電話番号を知っている?
家の電話なら学校に知らせてある都合上、もしかしたらとは思うが、ケータイの方となるとなんというか怪しい。
面倒になりそうだ。と確信に似た感覚を覚えた。
ターニィが目を覚ましたのは俺が目を覚ました後の一時間後だった。
目をこすりながら起きる様子は本当に小学生のように見える。
「ターニィ。おはよう。夕飯は何が食べたい?」
「……ラーメン。醤油がいい。」
それを聞いて俺は子供が好きそうなものを選んだなと思った。
俺は明日の事を考えつつ台所へ向かっていった。
「荒村君とあなたって友達だったの?」
俺が今日は終わりにしようと提案してオリジナルに戻ったターニィはラーメンをすすりながら言った。
「違う。あっちがどうやってか電話を掛けてきたんだ」
「そうなの。どちらにせよ、明日の昼は一緒に食べれなさそうね。ま、お弁当くらいは作ってあげるから、寂しくないわよ。」
寂しくないって、メンへラみたいなことを言うな。怖いだろ。
ターニィの言葉をラーメンの麺と一緒に飲み込んでいく。
「何か用があるみたいだけど、何かした覚えはないんだよな」
「もしかしたらこの前会った時に惚れてたり?」
「だとしたら笑うぞ。俺は」
ターニィはその受け答えに微笑み、そして、昨日と同じ質問をする。
「それはそれとして、今日の私はどうだった? 可愛かったでしょう?」
「俺は子供の扱いが分からないんだ。勘弁してくれ」
「あら、小さい方というリクエストはあなたの方からじゃなかったかしら?」
「そうだ。だが、約束の都合上は何時か付き合わなきゃならない。だから」
「やるなら早く、ってことね。」
ターニィは、関心したわ。と付け足した。ドヤ顔で。
その表情は形容しがたい苛立ちを俺に覚えさせた。
「それで、明後日のリクエストは?」
「明日じゃなくて今聞くのか」
「ええ、下準備は出来るならしたほうが良いしね。」
「それなら決まってる。中ぐらいの。オリジナルじゃない中ぐらいのにする」
そういうと、ターニィはジトッとした目でこちらを見てくる。
「なんだよ」
「小さい方とか、中ぐらいのとか、他に言い方ないの?」
「だって全部お前だろう? なら大きさ指定で十分だと思うが」
「ロミオとかジュリエットとかあるでしょう?」
「ねえよ。心中するつもりか」
お前は何かをチョイスするときはボケなきゃいけないのかよ。
そんなこちらの気持ちはターニィには届かず、ターニィはラーメンを食べ終えて、ごちそうさまと両手を合わしている。
「でも、そうなると、オリジナルとは最後なのね。」
合わせた手を離すときにターニィはそういった。
「あれだよ。始まりと終わりは同じってやつ。良く小説とかでもあるだろ?」
「案外ロマンチストなのね。」
優しい微笑を湛えてターニィはこちらを見た。
俺は、そうだといいな。とだけ返した。
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