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 屋上に設置してあるベンチを撫でてみる。

 昨日の雨の残りで濡れていないかのチェックだ。

 完全に乾いていることを確認して、俺は座る。

 すると、その横に荒村、そして荒村の隣に鬼川が座った。よく見ると荒村と鬼川にくっ付くように距離が近い。カップル云々の噂は本当なのかな?

 そう考えていると、向かいのベンチに会長と秘崎が座った。


 俺は弁当箱を取り出して蓋を開ける。

 ご飯にから揚げ、キャベツの千切りに、卵焼き、小さく切られたリンゴ、等と種類が豊富な弁当だった。普通においしそうな弁当だった。

 から揚げは上げたような匂いはなかったから、恐らくは冷凍のものだろう。心当たりはある。


 俺が弁当箱を眺めていると、荒村が顔を弁当を覗きに顔を近づけさせる。


「あ、美味しそうですね。摘まんでいいですか?」

「駄目だ」


 残念そうな荒村の手にある弁当箱を見るとピンク色の小さな弁当箱だった。乙女かお前は。しかもその弁当から見える中身はカラフルだ。言うところのおしゃれ弁当と言うやつか。肉に卵、ホウレンソウにサラダスパゲッティなんかも見える。

 荒村の弁当を見ていると、荒村の横にいる鬼川の方から、ガポッという音が聞こえた。

 その方向を見ると、なんと鬼川の手には黒い大きな弁当箱があり、その中身は大きなハンバーグに申し訳程度のレタスにご飯という何とも偏った内容だった。

 荒村と鬼川。両者ともに外見にそぐわない性格をしていて、更に弁当までもがそうだとは思わなかった。

 人は外見で判断してはいけないなと、今強く思った。


「ブックさん。そのお弁当は誰が?」

「ターニィが作った」


 それを聞いた荒村は感心したように弁当を見てくる。

 すると向かい側から声が聞こえてきた。


「料理ができる女子っていいと思わない? ねえ、秘崎さん」

「会長。何でこっちに振るんですか。嫌がらせですか?」


 向かいにいる二人はコンビニで買ったであろうパンを頬張っていた。

 その口ぶりから察するに料理できないのか。


 そして俺は弁当を食べる。普通にうまい。帰ったら素直に感想を言っておこう。


 そういえば。


「秘崎」

「ん? なに?」

「お前あの扉に何したんだよ」

「ん? ああ、あれね」


 秘崎は軽く相槌を打つと、手をひらひらさせる。


「扉には何もしてないよ」


 扉には何もしてない?


「でもドアノブどころかビクともしなかったんだが」

「私は貴方が屋上から出る要素に干渉しないように制限しただけだから、扉自体に何もしてないの。他には、そうね、例えば貴方が屋上のフェンスを乗り越えようとしたら、フェンスの隙間に指が引っかからなかったでしょうね。」


 俺はその言葉を聞いて頷く。“制限する能力”的なものを秘崎は持っているのだろう。ファンタジーなのかSFなのか。よくわからんな。

 ……もしかして。


「他の人もそんな能力的なものを持っているのか?」


 すると隣で弁当を食べていた荒村が身を乗り出す。


「詳しい概要は言えませんが、僕は悪意や害意に対応して何か強くなる感じのヒーローっぽい能力ですよ」


 ヤクザの息子顔負けの人物がそんな能力なのか。ってか自分でヒーローって。


「まあ、能力は喜々として言いふらすものじゃないぞ。だから私は言わない」


 黙々とハンバーグを喰らっている鬼川が言い放った。


 確かに、関係者といえど俺は一般人だ。余り秘密を言うべきじゃないのだろう。

 というか一般人だと思いたい。

 するとカランという音が聞こえる。その方向を見ると弁当箱を空にした鬼川の姿があった。

 いや、もう食べ終わったのかよ。弁当箱のサイズだけでも荒村の弁当箱の二倍はあるんだぞ。

 そんなことを思っていると鬼川はこちらを睨み付ける。


「こちらの情報を聞いてくるんだ。今度はこっちの質問に答えて欲しい」


 そうだな、こっちから聞いてばかりだ。それに、弁当を食べて落ち着いたのもあり、冷静に話せそうだ。


「じゃあ、簡単に言うぞ。俺とターニィは、言うところの婚約者、というやつらしい」


 知ったのは今週の月曜日だけどな。

 そのことを聞いた秘崎が噴出した。口に含んだパンごと。普通に汚い。


「あんたバカじゃないの? あんなに綺麗な人があんたみたいなやつの婚約者? ハッ! 冗談は死んでから言いな!」


 コイツ殴りてえ。荒村の爪垢を煎じたものを飲ませてえ。

 すると荒村が手を上げる。


「こっちの情報だと恐らく本当だと思いますよ。ターニィさんとの会話でそう言った旨の発言をしていたとか」

「なにぃ!?」


 荒村の話に大げさに秘崎は驚いた。

 っていうか荒村。お前はどこまで俺たちを調査しているんだ。

 怖いなんて感情はどっかに飛んで行ったが、もう怖いという感情じゃなくて不信感からお前が不審者に見えてくる。

 そして、ふとあることが気になる。


「ちょっと気になったことがあるんだが、会長いいですか?」

「なに? 答えられる範囲で頼むよ」

「保護だ処分だって言ってたけどさ、ターニィを保護するとして、もしかして意味不明な組織に入ったりとか、するの?」


 その質問に会長は頭を振って答える。


「いや、名目上の保護なんかじゃなくて、本当の意味での保護。保つために護る。だから、君がもし変なことを想像しているならそれは的外れだよ」

「本当ですか?」

「本当だよ」


 さて、どこまで信用していいのか。

 会長は今のところ顔合わせの時の様な不自然な行動もなく、普通に接している。

 だが、荒村の言っていたように機嫌が悪いらしい。何か変なことを起こさなければいいんだが。


「そういえばさ」


 会長が口を開く。視線は俺に固定されている。


「ブック君とターニィさんは婚約者なんだよね?」

「ええ、まあ」

「だったらさ。A、B、C、どこまでいったの?」


 会長はニコニコして聞いてくる。

 なんだよ。そのABCっていうのは。


「今のところはデートしたりしているだけで特に何もないですよ」

「チッ、つまんないの」

「なんか言いましたか?」

「いや、なにも」


 一応誤魔化したか。だが聞こえていたぞ。会長も思春期なのか、それともミーハーなだけなのか。


「じゃあさ、印象なんかはどうなのよ」

「印象?」


 会長は、そう。と言い頷く。


「例えば、良い子とか、我がままだったり、あとはそうだね、変なことをしてそうだとか」

「特に無いですね。しいて言うなら我がままって言える、かも。」


 あるいは自由奔放か。

 会長は俺の回答に不満そうな顔をする。


「つまらない」


 もう隠す気ないよこの会長。楽しさ優先で良いの? その秘密組織。

 すると不満そうな顔を崩した会長はベンチを立ち上がる。


「ま、そんな風に言うなら幻覚系の能力者ではない可能性が高いね」


 ん? 今までの会話でどうやってその判断を?

 俺の顔を見て察したのか、秘崎が横から話しかけてきた。


「ブック、幻覚系っていうのはね、根城にする場所の人間に幻覚を植え付けるの。

 文字通り幻を覚えさせる。その影響を受けた人はそれはもう酷いくらいべた褒めすることが多いのよ。こっちがドン引きするくらいね」

「それが何か俺と関係しているのか?」

「基本的に短時間で根城を作る際は身近な人の気を操ってその人の感覚を狂わすのよ。その人にどんなことをしてもいいようにね。過去の記憶は流石にごまかせないけど、狂っている間の感覚は記憶と一緒に残るから思い出す際にその影響を受けた発言をしがちになる。あんたはその兆候もない、ということよ」


 なるほど? つまり俺は幻覚に捕らわれたような様子がないという事か。

 でも、


「もしかしたら、そういう風に見せているだけかもしれない。そうは考えないのか?」


 そう言ってみると荒村が口を開く。


「ありえませんね」

「なんで?」


 その答えは会長が割り込むように入って言った。


「そりゃそうだよ。幻覚系は自分にとって根城にしている場所の人間に疑いを掛けられるのはまずないからね」

「それってどういう?」

「さっき、ブック君はターニィさんを疑うようなことを言ったよね」

「疑うというよりも可能性の指摘をしただけで」


 疑うと言われたときにターニィに悪いような気分になった。

 そこは事実だからと割り切ろう。


「可能性の指摘もないんだよ」


 その会長の言葉に俺は首を傾げ、その様子を見た会長は言葉を続ける。


「だからね、根城にしている場所の人間は幻覚を見せられている。それは例え自然体を装っていたとしても考え方にまで影響が出るの。疑いを促すような可能性の話すらも」

「それも幻覚でってことは」

「幻覚は一種の刷り込みなんだよ。自然体のまま複雑に何重に掛けると考えるとこんな短期間では不可能だ」

「つまり?」

「つまり、ターニィさんは幻覚系の能力ではない! 調査でもそうだったしね!」


 会長は言い切り、人差し指でこちらを指さす。ドヤ顔で。

 流行ってんのかねそのドヤ顔。


「というか、調査でもって、分かっていたならそう言ってほしい」


 その不満に黙って見ていた鬼川が口を開く。


「言わないのが普通だ。実際の情報と調査の情報のすり合わせをしなければ情報の真偽は不明なままだ。それをやらなければ情報ではなく只の噂だ」


 鬼川がそれらしいことを言ってきた。

 すると会長は手を叩く。耳に良い音だ。


「ま、なんであれ、ターニィさんは保護路線が有力だ。だよね荒村君」

「ええ、お弁当からも悪意や害意も感じませんでしたし」


 弁当を覗いていたのはそういう事か。そう言えばヒーローの様な能力を持ってるんだっけ?


「それともう一つ」


 と言いつつ会長が俺に近づいてきた。


「なんですか?」

「君は彼女の婚約者だったね」

「ええ、そう、ですけど」


 会長はこれでもかというほど顔を近づけてきた。


「保護の件なんだけどね、もしよかったら私たちのところにター二ィさんを寄越して欲しいんだ」

「なぜ?」

「近くにいたほうが守りやすいからさ、まあ、君たちの中を割きたいわけじゃない。今すぐってわけでもない。でもよく考えて欲しい。これから彼女は苦労する人生を送るだろう。それを君がどうにかできるか、できないか、とかね」


 その言葉に俺は会長をにらむ。


「ターニィは狙われたりするんですか?」


 その言葉を聞くと会長は小さく笑い、顔を俺から離す。


「処分を検討されている時点で考慮するべきだという事だよ」

「……考えておきます」


 今はそう答えるしかなかった。

 すると会長がまた、あ。と声を出した。


「そういえば、あれあれ、出し忘れてた。ほら荒村君」


 荒村は気付いたようにポケットから紙を取り出す

 それを俺に渡す。写真が三枚。

 どれもターニィが写っている。ただし、それぞれ映っているものが異なっていた。


「これが火曜日のショッピングモールの時の、これが水曜日の、こっちが木曜日のです」


 オリジナルのターニィ、大きいターニィ、小さいターニィ、その三つを中心に写した写真だ。

 会長はそ写真を指さしながら質問をする。


「何か違和感ないかな?」


 違和感、そう言われてそれぞれの写真を見ていく。

 するとオリジナルの方の写真に目が留まる。

 少しターニィの顔がブレてぼやけているように見える。

 ……ブレ? ぼやける?

 そういえば、月曜日にターニィが見せた写真。あれもターニィの顔がぼやけたようになっていたような。

 それって確か。


 俺はぼやけた顔の部分を近づけてみてみる。

 そのぼやけ方は、複数の顔が重なったようになっている。


 俺はそれを確認して、他の写真を見る。他の写真は顔はぼやけていない。


 どうして?


 そこでふとあることを思い出す。

 オリジナルは生まれ持った体。それは認知している。

 だが、他の体と差がない。変わらない。そう言った感覚を指摘した。

 そして、大きい方と小さい方は遠くを見つめているような眼をしていた。

 そして、この顔が重なったように映るオリジナルと、重なっていない他の体の関係性は――。

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