03,食事と乱入

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 俺は一度椅子に座ったが、頭の整理をすべく黙っていたところ、時間が午後6時に差し掛かってしまった。

 このまま話し合ってもよかったのだが、これからお腹の減る時間になることは分かっていたので夕飯の支度をすることにした。


「ターニィ。勝手に黙ってしまった手前申し訳ないんだが、夕飯にしようと思う。食べられないものはあるか? 特にアレルギーとか」

「特にないわ。」

「嫌いなものは?」

「……ゴーヤ、くらい。」

「ん、てっきり納豆とかオクラとか言うかと思ったが」

「よくある偏見ね。私は食べれるわよ、いえ、むしろ大好物よ。」


 俺は台所へ向かい冷蔵庫の中を覗く。


「じゃあ朝昼晩、納豆祭りにするか?」

「幾ら貴方が毎日納豆を食べたいからって偏食は良くないわよ。」

「そんな返しをされるとは思わなかったな」

「模範的なことを言われたら模範的に返すのが当たり前でしょう?」

「……お前のいた環境がどんなものか気になってきたな」

「女子中による女子の為の女子によるえげつない話があるのだけれど、どう?」

「えげつないって部分を割いてくれ」

「話の9割が削れちゃう。」

「お前のいた環境がえげつないことが確定したな!」


 冷蔵庫の中を一瞥し、一度冷蔵庫を閉めて考える。

 何を作ろうか?


「あら、てっきりインスタント食品を片手に持っていると思ったら、何か作るの? まさかの料理男子と言うやつかしら。」


 ターニィが冷蔵庫の前で考えている俺の横にひょっこり顔を見せる。

 ターニィは俺の顔を見た後、俺を押しのけて冷蔵庫を開けてうんうんと頷く。


「お前が料理を作ってくれるのか?」

「ええ。丁度いい材料もあるし。そうだ、野菜だけでご飯を食べたことあるかしら?」

「ん? そういえばないな。野菜炒めとかだってひき肉入ってるしな」

「そう、じゃあ主菜は私が作るわ。」

「ん、それじゃあ俺はスープでも作ろうか、一緒に作るか?」

「いえ、私が先に作るわ。」


 ターニィは手をひらひらして俺に机に座って待つように促す。

 俺は促されるままにリビングの机に向かい椅子に座る。

 するとターニィがこちらに顔を出す。


「包丁はどこ?」

「包丁はコンロの下の引き出しにある」

「ありがとう。」


 ターニィはそう言って台所に戻り、包丁を取り出す。

 リビングからは野菜を包むビニールを取る音が聞こえる。

 そこから野菜を軽く水洗いする音や、包丁で切る音がする。

 ターニィが家事を勤しむ音を聞きながら、目をつむる。


 こうして誰かが台所を使ってるって状況、久しぶりだ。

 台所を他人が使うことは10年前の親、それと保護者たる叔母くらいなものだ。

 それ以外の人間が使うのは、初めてだ。

 そういえば、と台所の方向を見る。


 ターニィは今日会ったばかりなんだよな。

 なんで台所を簡単に貸したのだろうか。

 疑問に思うが、台所から料理の音が聞こえてくるとなぜだか落ち着く。

 今思うと、保護者が料理をしているときも大人しくここで待っていたような気がする。

 だとしたら、俺は誰かが料理していることが好きなのかもしれない。


 台所の方向から目を離すと机の上が視界に入る。

 飲みかけの麦茶が一つ、口の付けてない麦茶が一つ、そして写真が一つ。


(ターニィ、写真を仕舞い忘れてるな)


 飲みかけの麦茶を飲みつつ写真を手に取ってみる。

 写真の少女を見てみるが見れば見る程ぼやけて見える。

 ジッと写真を見ていると、違和感があった。

 てっきり写真が色あせて、その影響でぼやけているのかと思ったのだが、よくよく見るとターニィの両親と俺の両親は少しもぼやけていない。

 写真の少女、ターニィの顔だけがボンヤリとしている。

 写真を鼻が付くような距離まで近づけてじっくりと少女を見てみる。


「あれ?」


 このターニィのぼやけが思っていたのと違う。

 写真がぼやける時はピントが合っていないときや、手ぶれ、あるいは動くなどをした被写体のぶれだ。

 だが、少女のぼやけは良く見るとそれらとは異なっていた。

 まるで複数の顔が重なっているような、つまり重なった顔と顔が輪郭をぶれさせているように見える。

 それを含め色あせているのも相まって大きくぼやけて見えるのだ。


 そこまで考えてふと、ターニィが見せた摩訶不思議な現象を思い出す。

 姿が変わり、俺の思考を混乱させたあの現象。

 もしかして、この写真のターニィがぼやけているのはその現象のせいではないのだろうか。


 そこまで考えて、俺はふと、何かを忘れている気がした。

 気がしただけだったが、その気が反射的に思い出すきっかけを探して周囲を見回すこととなった。

 しかし、机の上に残った物しか目につかず、何も思い出すことは無く肩を落とした。


 ふと台所に意識を向けると、包丁の音は無くなり、代わりにビニールとは違う何か硬いものをガサガサしている音が響いてくる。

 俺は机に上に置かれているコップを二つとも手に取り台所に向かう。見に行くためのちょっとした口実だ。

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