6-2


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 かくして、無言のままの水族館デートは終了した。

 帰りの電車で揺れる俺たちは癖のようにまた手を繋いだ。

 その時のターニィの手は水族館の時よりも強く、指を絡めた繋ぎ方、恋人繋ぎをしていた。

 ターニィは夕焼けになろうとしている太陽を見つめながら、手の力を緩めることなく俺の隣にいる。


「ターニィ。夕ご飯はどうする?」

「魚以外で考えます。」


 それは感傷なのか、それとも他に感じ入ることがあったのか。

 だが俺は何も言わずに頷く。

 ターニィが何を感じたのかはわからない。

 過去にターニィと出会っていたのだとしても、覚えていない俺が理解することは出来ないからだ。

 だけど、これだけは聞きたい。


「なあ、楽しかったか? 水族館」

「楽しかったですよ。」


 淡泊な言い方に俺は苦笑いをした。

 ターニィは俺を見つめ、こう問いかけた。


「貴方は、何か感じたりしましたか?」

「さあ、あったかもしれない」


 ターニィの質問にあいまいに答える。

 感じたことがなかったわけではない。でも、このデートが何のためのものなのかを知っている。

 だから、今ここでいう事ではない。それが良いと考えたから。

 ターニィは俺がそれ以上答えないと分かるとまた電車の外を見る。


 また無言になった時、俺は電車を見る。

 そのほとんどがケータイを弄っており、会話がほとんどない。

 ふと、意識が電車の外に向く。

 流れる家。遠目に見えるマンションビル。波打っているように見える電線。そこから、電車の窓を見る。


 まるで水槽だな。

 だとしたらここにいる人間は全員魚か。


 目をつむってみる。自分が水の中にいるいるような想像をする。


 ガラスの向こうは人間が住んでいて、視界に上には水面が波打っていて、俺の周りは魚だらけ。


 そして――。


 その先は想像できなかった。

 手の温もり。それが俺の意識を想像から現実に引き上げた。

 ターニィを見る。視線は変わらず窓の外だ。

 俺は視線を落として繋いだ手を見て、そしてターニィと同じく窓の外を見る。


 これは魚じゃないな。


 俺はターニィの手を強く握り返した。

 ターニィの手が震える。だが、俺はターニィの方を向かず、窓の向こう側へ視線を向けたままでターニィの様子は分からない。

 只々、その温もりを二つの手にしまいながら、俺たちは電車に揺られていった。




 その後、電車を降りた俺たちは帰り際にスーパーに寄って食材を買ったあと、他に寄ることなく帰宅した。


 今日の晩御飯はハンバーグだった。


「ターニィ。美味しいぞ」

「ありがとうございます。」


 食卓での会話はこれだけ。本当に静かな夜だった。


 でもなぜか食事中のターニィは笑顔だった。

 口の中のハンバーグを楽しむというよりは、目をつむり、何か思い出しているような、そんな笑顔。


 今日この日、このターニィはきっと、何かを知ったのかもしれない。

 だが、俺はまだコイツの事は分からないことだらけ。今日の出来事が俺の忘れた過去の何かに引っかかるわけでもなかった。

 俺がターニィの婚約者という事にはまだ実感と言えるものはない。良くて近しい女性程度。

 いきなり婚約者だのお嫁さんだの言われ、流されるまま昨日今日のデートをしたが、俺が変な気は起こさないあたりを考えると、まだ内心で警戒しているのかもしれない。


 昨日今日でのターニィはそれぞれが違う人間としか思えない過ごし方だった。

 これを後三回残していると考えるとその時に俺は疲れ切ってターニィに対する答えなんて捨てているのではないかと心配になる。

 くたびれたりしないか自分で自分のことが心配だ。


 そんなくだらない思考を巡らしていると、自分の手に視線を移していた。

 理由は今日、ターニィと手を繋いだことだろう。

 手を繋ぐという行為はあんなに暖かいものだったのか。

 そう思いつつ掌を開閉してみる。

 水族館を出た際に感じた涼しさはない。

 ただ、感覚として空を掴んでいるという事実だけがそこにあった。


「空しいな」


 気付けば、そんな言葉が口から出ていた。


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