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「自分を話した、か」


 ずいぶんな熱弁をしてくれたが、どんなことを言ったのか全く覚えていない。

 俺は何度も首をかしげるだけだ。

 反応のイマイチな俺を見て目を伏せうつむく。

 何かを決めたように頷きターニィは立ち上がり、俺の横に来る。

 俺は座った状態のままターニィと向き合う。


「どうした?」

「少し、見てもらいたいモノがあるの。」

「見てもらいたいモノ?」

「そう。本当は明日にしようかと思ったのだけれど、早くても、いや今見てもらった方がいいかと思って。」


 ターニィはそういうとしゃがみ込みこちらを上目遣いに見る。


「驚くと思うけど、ちゃんと思い出してね。」


 俺は何かを言おうと息を呼吸の時よりも大きめに吸った。が、吸った息が言葉にはならなかった。


 それは瞬く間に現れた。座っている俺のズボンを握りしめる小さな手。

 ハッと前にいる者を再確認するように見る。ぶかぶかな制服を器用に身に着けた少女。

 目測で10歳に満たないほどの少女、目は空のように青く、髪の毛は夜空の様に黒く、少女はターニィを幼くしたような姿をしている。


 ふと、視界の隅に写真の端が見えた。


 写真、その中の少女のぼけた顔、記憶の中の公園の風景、公園で出会った内の一人。


 先ほどまでおぼろげで本当にそんなものが、記憶があるのか疑惑の渦にあったモノが浮上する。


 俺の中のモノが、不鮮明な記憶が、塗りつぶされる。

 まるで適当に書いた下書きに文字を書くように。

 まるで適当に描いたラフに絵の線画を書くように。

 まるで色のない塗り絵に間違いのない色を塗るように。


 知らない、否、知っていた何かに脳裏から頭の中を掻き回されたような感覚がした。


 声が漏れる。

 それが俺の声であることは間違いないが、それが、あ。なのか、え。なのか、俺には分からなかった。


 少女。ターニィを幼くしたような少女。

 知っている姿よりは少し大きい気もするが、確かに知っている。


 俺は刺激に反射するように立ち上がろうとするが、足に力が入らずに後ろに躓く。

 躓いた拍子に後ろの椅子を蹴ってしまい俺の体を落とし込む物は後ろからいなくなった。

 結果、俺の体は急降下し、尻から床に叩き付けられ、肩やら頭やらを近くの机や椅子にぶつけることになった。


 俺は必死に体が倒れないように手を床に付けながら前を見る。

 微笑みを浮かべる少女。それは、10年前に近所の公園で出会った少女に酷似していた。


「え、え、ああ?」


 言葉にできない感覚。

 不安に駆られ急いで周囲を見る。しかしターニィはどこにも見当たらない。

 俺は目の前の幼い少女を再度見る。

 そこには幼い少女はいなかった。

 代わりに見知らぬ金髪の中高生程の少女がいる。いや、よく見たら髪の毛が金色と言うだけでそのほかはターニィそのものだ。


 髪の色が変わっている? どうやって? いや、どこへ行っていた? 先ほどまでいた既視感のある小さな少女はどこに?


 混乱を極めた思考は渦のようにぐるぐると頭の中を掻き回し止まることのない疑問が浮かんでは別の問いを作り出す。

 ぐるぐる、ぐるぐると。


「大丈夫?」


 目を回すように呆けていると、金髪のターニィは腰の抜けている俺に手を差し伸べる。

 そのことに気付いて思考が沈黙し、差し伸べられた手を取ってみる。

 強く手が引っ張られる。

 体は軽く浮き、おぼつかないながらも足に力を入れて立ち上がる。

 立ち上がる際に視線が下を向いた。ふと、手の感触が変わった気がした。


 ゆっくりと視線を上げる。一番最初に目に入ったのは、女性の胸だった。

 この胸と言うのは胸部と言う意味ではない。

 大きな、そう、突き出るような大きな胸が見えた。

 目を瞬いて顔を、正確には視線をゆっくりと上げる。

 凛々しい女性がいた。


 まるでターニィを成長させたような女性だった。

 数歩下がって女性を見る。

 制服絵を着ている。ターニィと同じ制服を。

 身長は俺よりも高く、腰下まで伸ばした黒髪が大人びた雰囲気を帯びさせている。

 その体つきは中高生のそれではなく、20代半ばのお姉さんと呼べるもので、大きく突き出た胸は制服を押し上げていた。


 ターニィみたいなお姉さんは俺が立ったのを確認して踵を返すように机の向かい側へ行く。

 着席。しかし、着席したのはターニィだった。

 小さくもなく、金髪でもなく、大きくもない。

 俺が今日出会った姿のターニィだ。

 ターニィは何もなかったかのような様子で座っており、拍子抜けするような感覚をおぼえ、立ち尽くした。


 その様子を表すように放置された麦茶は完全にぬるくなり、コップは汗を流した。




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