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 公園。

 近所に一つ公園がある。俺が生まれる前からあるやや年季の入った公園だ。

 落ち込んでいた10年前には気分を変えるためによく通ったものだ。

 あ、そういえば。


「10年前はあの公園で何人かと話したな。 ほとんど覚えてないけど」

「そう、その時に、泣きそうな顔で原っぱに寝ていたのを覚えてる。」

「……そう、か」


 公園へは両親が居なくなって悲しい気持ちになったりした時に行くようになったから、その時に泣き顔さらしていたのだろう。

 その時とは言っても話した人物は何人かいる。その上、その顔はおぼろげだ。

 その中の一人と言われてもパッと思い出せない。色あせた写真を見ても目の前にいるターニィのせいで写真の少女の顔に脳内補正が掛かってどうもピンと来るものがない。


「思い出せないな」

「そう。」

「ま、その時に俺と会って、その後に迎えに来たか様子を見に来たかした俺の保護者と会ったって感じか?」


 ターニィは間を作るように頷く。

 その時の縁で、祖父が死に身寄りのなくなったターニィは俺と一緒の家に、ってあれ?


「まて、お前なんで転入してきた? こんな中途半端な時期に」


 そう、おかしいのはなんでこんな中途半端な時期に俺のいる学校に来たのか、だ。

 そもそもターニィの祖父が亡くなったのだって去年の夏だという。

 ならば進路や何やらで俺のいる学校に入学すればいい。それをせずに転入してきたという事は、別の学校に一度入学してこちらに転校してきた、と考えることができる。別に海外から来たという訳でもない。


「貴方がどの学校に行くかは聞いてなかったし。それにお爺ちゃん――祖父の財産についての手続きとかもあったしね。少し遅れたのは面倒ごとを片付けてたから。」

「そういうってことは一度は別の学校に?」

「ええ、祖父の家から近いところへ。もう決まっていたから。」


 まあ、俺の保護者にあった時はそこへ行くことになっていたのか。その後に俺のいる学校に。

 だが、彼女の祖父の家は俺の家から近いという、ならばホームシェアするからと言って転入する必要はない、だったら今までの発言でそれらしいことは、


「転入した理由は俺の婚約者だから、といったところか?」

「そうよ。」


 ターニィは学校で見せたような微笑を湛える。

 婚約、簡単に言えば将来結婚すると約束することをいう。

 一応子供同士の「大人になったら結婚しようね」ってやつも便宜上は婚約に当たる。基本成長につれて忘れるが、もしかして、


「10年前に俺と結婚の約束とか?」

「いえ、違うわ。」


 諭すように返されてしまった。


「約束をしたのは叔母様の方。」

「俺の保護者?」

「ええ、公園であった時に『次会うときに覚えていたらあの子のお嫁さんにして下さい』ってね」


 えぇ……。思った以上の子供の約束だよ。

 でもこうして俺の家に来ているという事は、


「あの保護者は覚えていたのか」

「ええ、せっかく写真を持ってきたのにね。」


 ターニィは肩をすくめながら写真を机の上で指でつついている。

 ターニィの様子から、あ、見せなかったのか。とひょんなことを考えていると、


「そういえば、一つ質問いい?」

「ん? 俺、何か変なこと言ったか?」

「いえ、さっきから叔母様の事を“保護者”って言ってるけど何で?」


 その言葉を聞いて俺は天井を仰ぐ。


「母親に似てるからな、特に最近は年齢的にも近いし、区別するためだよ。一応本人の前では名前で呼んでるけどさ」

「……そう、叔母様って今年でいくつ?」

「俺の母親から6歳下だから、34くらい?」

「貴方のお母さんって、早めに貴方を生んだのね。」

「ああ、24の時だって、生きていれば今年で40になるな」


 ターニィは「そう」と返し沈黙した。

 俺はその間に麦茶を手に取り飲む。コップは水滴に塗れているが、麦茶自体は少しぬるくなっている。

 喉を軽く潤し、話を戻すために質問は決める。


「それはそうと、まあ、俺の保護者に婚約を言い渡したのは良いとして、俺はその時は自暴自棄になってた思い出しかないが、その時の何を理由にお前は婚約しようと思ったんだ?」

「言葉よ。」

「言葉?」


 俺は短い返答に続きを促すように言葉を繰り返す。

 ターニィは何かを愛しむように目を細めて言葉を出していく。


「貴方はね、初めて会って話した時に色々話したわ、別に楽しい話をした訳ではなかったけれど、色々と気持ちを話し合ったわ。」

「俺はその時にどんな話をしたんだ? 何を言ったんだ?」


 ややあってターニィは視線を上げる。


「そうね、話はご両親の悪口かしら。私からもそんな感じだったけど。そんな中にね、貴方はこういったの。『俺は一人ぼっちになんてしない』って。」


 何にも言えなかった。何かを思い出した訳ではないのだが、そんなこと言っておいて今の俺は基本的に学校ではボッチなのだ。何にも言えねえとしか言葉を紡げない。

 そんな苦笑いをしそうな俺をターニィは一瞥し言葉をつづける。


「その言葉はね。私の心に響いたのよ。」


 そんなセリフ、誰でも言いそうなものだがな。呆れるというかなんというか。チョロイ、みたいな?

 ターニィは俺の顔を見て少し言葉を止める。俺の考えが顔にでも出ていたのだろうか?


「チョロイとか考えた?」

「あ~、だってだな、そんなの誰でも言える言葉だろ?」

「本当にそう思う?」

「思ったけど、違うみたいだな」


 ターニィは頷くように視線を下げた。


「誰でもっていうのはその通り。知り合いとかはこぞって言いに来たから覚えているわ。それだけだった。」

「それだけって、そりゃそうだろうさ。そういう言葉以外にどんなことを言えばいいんだよ」

「ええ、その通りね。でも、“それだけ”っていうのは決して選んだ言葉の方じゃないのよ。」


 俺はその言葉の意味を理解できずに呻いてしまう。

 その俺の様子にターニィは下げた視線を俺に合わせるように動かす。俺は反射的に視線を横にずらしてしまった。

 ターニィは俺から目を離さずに言葉を続ける。


「私に色々言ってきた人たちはね、同情しかしてくれなかった。可哀想に、一人で寂しいね、私ならどこかに行かないのに、ってね。そんな上っ面な、聞きようによっては文章を読んでいるような“言葉”しかなかった。私は別に寂しい思いをしている訳じゃなかった。両親は共働きで家を空けることが多かったし、頭の中でいつかいなくなるんだろうなって考える時だってよくあった。可哀想な子供かもしれないけど、だからっていなくなったあの時でも自分は考えた以上の感情も感覚もなかった。可哀想なんて感じなかった。子供だから親のありがたさが分かっていなかったのかもしれない。でも親を愛していたわけでも感謝していたわけでもなかった。ありがたかったなんて微塵も思わなかった。」


 ターニィは俺を見つめたまま、決して逸らさず、逸らす気配すら見せずに俺を見る。


「だから、貴方の言葉はよく聞こえた。心で感じた。」


 俺は訳が分からず、逸らした視線をターニィに向ける。

 二人の視線が合う。


「貴方の言葉には重さがあったから。他人事のように話さなかったから。あの時に貴方は、自分を話していたから。」


 ターニィの目は真っすぐに、ただ真っすぐに俺の目の奥を見据えていた。


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