9-2
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鬼川と荒村に連れられてきたのは下町の隣町にある廃れた工場の様な建物だった。
「ここにターニィが」
「ターニィを起点に結界が張ってあってな、私達だけじゃあ入れない。秘崎はターニィが連れ込まれる直前で侵入して妨害をしている」
「秘崎、大丈夫なのか?」
「はっきり言うと、秘崎は能力はあっても本人はただの女生徒だ。だが、仕事と趣味はやり切る奴だ」
鬼川は不敵な笑みを浮かべてそう言った。
信頼されているのかされてないのか分からないこと言うな。
「なんであれ入るぞ」
鬼川に連れられて廃工場の出入り口をくぐった。
くぐる瞬間、何かは這い回ったような感覚が俺の全身を襲う。
瞬間。
「ひえええええ! お助けえええええええええええ!!」
俺たちの耳に絶叫が響き渡ってきた。
秘崎が全力で走り回って逃げていた。
そしてその後ろを制服を着た女生徒が木刀のようなものをブンブン振り回して追いかけていた。
そんな傍から見たらコミカルな光景に俺は、
「帰っていいですか?」
反射的にそう言っていた。
「駄目に決まっているだろう。それによく見ろ」
「? あっ!」
よくよく見てみると秘崎を追い回している女生徒は昨日の屋上に続く階段の前にいたあの風紀の腕章をした2年生だ。
まさか、ターニィを攫ったのがあの人だったとは。
だが、まさか風紀を守る手合いの人物が生徒を攫うなんて。
「あの人、本当に風紀委員なの?」
「なんだあいつを知っているのか? ってそっちじゃない。あの馬鹿二人の奥を見ろ」
「ん?」
鬼川の言い方によるとあれは風紀委員で会っているようだ。
そして俺は追いかけっこをしている二人を無視してその奥を見ると。
「ターニィ!」
攫われた少女、ターニィが横たわっていた。
俺の声を聞いたのかターニィは身を起こす。口に猿ぐつわを噛まされ、両腕は何かに縛られたように後ろに回されている。
そして、その声に反応したのはターニィだけではない。
「!? なんでそいつが目を覚ましている!」
「ふああああ! 鬼川さん! 荒村君! 助けに来たんですね! 惚れます抱かれますぅ!」
風紀委員の方は俺を見てギョッとした表情を見せ、秘崎は鬼川と荒村を見て目を輝かせた。
「チッ!」
「あふん」
風紀委員は秘崎が気を取られた瞬間に秘崎を木刀で叩いた。いや、違う。あれは。
「あの木刀は何なんだ? 秘崎を叩いたように見えたけど叩いてなかった。なのに秘崎は倒れたんだけど」
正確に言うなら叩いたけど、直接木刀は当たってなかったのだ。
それに荒村が俺の横に来て答える。
「あれは“刀落とし”っていう木刀です。初めて叩く相手の意識を“必ず落とす”厄介な不思議道具なんですよ」
「だが、一回叩かれれば効果は聞かなくなる。ちなみに私と荒村は一回もたたかれていない」
と、鬼川は自分たちの現状を知らせてくる。
という事は、
「本野郎。あれを無力化する為に殴られて来い」
無慈悲に鬼川はそう言った。
「ちなみにあいつは剣道三段だが、現在取得できる最高段位の八段に匹敵する腕前らしいぞ。避けられるとは思うな」
しかも追い打ちが来た。いや、剣道の段数とか知らないし。
どちらにせよ殴られろってことだ。
なるようになれだ。
「行くぞ! 風紀委員!」
俺はそう叫んで走り出した。
そして、
「面っ!!」
その叫び声が聞こえると同時に俺は上に両腕をクロスさせる。
破砕音ににた音。肉が震え、骨がきしむ。
余りの痛さに俺は叫びそうになる。
俺は歯を食いしばって叫ばないように踏ん張る。
奥でターニィが何かを言っているが猿ぐつわのせいでなんて言っているのか分からない。
ふと顔を上げると風紀委員は再度木刀を構えていた。
腕は痛みで下げてしまっていた。このままだと直撃コースだ。
鬼川何してんの!? 無力化してくれ! 俺はこのままだと無策で突撃した無能じゃん!
……そういえば作戦とか聞いてないな。
そんな内心絶望に打ちひしがれていると、風紀委員は木刀を振り下ろした。
瞬間。木刀がパァアンと盛大に弾けた。
「なっ!?」
風紀委員は驚愕している。瞬間、俺の横に影が現れ、風紀委員の腹を殴る。
風紀委員は声を出せないままその場にうずくまる。
「ふう」
そう息を吐いた影は荒村だった。
荒村は大丈夫かどうかを尋ねながら俺に手を差し伸べてくれた。
「ありがとう」
「いえ、こっちこそ囮にしてすいません」
そう言って荒村は謝る。厳ついのにこの場で一番の常識人だよ君は。
すると、何か上から落ちてきた、木刀の破片かと思ったら、それは輪ゴムだった。
なんで輪ゴムが? そう思いつつ拾うと鬼川が後ろから強奪した。
「それ、鬼川の?」
「弾は回収した方がコストが掛からん。それよりもこっちは私たちに任せてお姫様のところに行け」
そう言って俺にナイフを渡すと、風紀委員をなんと担ぎ上げてしまった。
そのまま、鬼川と荒村はスタスタと工場を出て行ってしまった。
俺はその後姿を見届けることなくターニィの元へ行く。。
猿ぐつわを外し、腕を縛っていた紐を切る。
「助けに来てくれたのね。」
「まあ、他人任せだったけどね」
簡単な会話を済ませた後、ターニィは出口の方を見る。
つられて俺も見るが、そこには誰もいなかった。
「訳わかんないと思うけどさ、帰ろうか」
「知っているような口ぶりね。ちゃんと教えてよ。」
ターニィはさっきまで倒れていたとは思えないほど身軽に立ち上がった。
「まあ、かなり怪しい話だぞ」
そう言ってみるとターニィはクスリと笑った。
「あんな情熱的に長い告白をしたじゃない。それに比べたら、ねえ」
「そんなもんかね」
俺たちは手を繋いで工場を出た。
工場を出て家に向かっている最中に成るべくかみ砕いて昨日の工場での出来事から会長を始めとした笑いたくなるような秘密組織なんたらかんたらを話した。
成るべく分かりやすくしようと必死こいて説明した後、
ターニィはこういった。
「まあ、そんな感じだとは思ったわ。」
曰く、ターニィは今の今までにこの体にまつわる事件に遭遇したわけではなかったのだという。つまり、ターニィの体についての問題は一応はターニィ自身の中での問題であったとも言った。
だとしても、ターニィがそれについて悩んでいたのは事実であり、俺のした告白は間違いではなかったと確信をもって言える。
「もしかしたらずっと祖父に護られていたのかも。」
それを聞いた俺はふと、屋上での話を思い出した。
たしか、情報の一部が規制されていると。
ならば、ターニィの祖父は何者なのだろうか。
まあ、既に故人の人を探ったり決めつけるのは罰が当たるだろう。
「ターニィ。夕飯は何が良い?」
そう言いてみると、ターニィは空を仰ぐ。
空は既に落ちかけて、夕暮れになっている。
ターニィはこちらに夕焼けよりも暖かい笑顔を向けてこう言った。
「野菜のホイル焼きが食べたいわ。」
こいつも大概なロマンチストだ。
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