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 着替えが終わった俺はリビングへと向かう。

 リビングには、食卓のほかにテレビとテレビを快適に見るための大きめのソファーがある。保護者こと叔母はそのソファーにいびきをかきながら寝ていた。

 おっさんかよ、とは思ったが口には出さなかった。

 ターニィは食卓の椅子に座りつつケータイを弄っていた。


「ちょっと待っててくれ、あれ(叔母)の為に毛布を持ってくる」


 ターニィは手をひらひらと動かして返事をする。

 俺は小走りで寝具のある二階へ向かい手早く毛布を取ってきた。

 即座にリビングに戻り、おっさんのようないびきを口から吐き散らかしている30代に毛布を掛けてやる。


「それじゃ、部屋に案内する。ついてきてくれ」

「もしかしてあなたの部屋に私を」

「連れ込まないぞ。ちゃんとお前用の部屋だ」


 叔母が持ってきた荷物を代わりに持つ俺にターニィは減らず口を叩く。

 全く、ただでさえ色々とあったのに、普通の会話だけでも精神がすり減る。

 俺はターニィを連れて二階へ上っていく。

 二階は三つの部屋があり、一つ目の部屋は階段の目の前にある。

 俺は階段を上がり、ターニィに声を掛けながら階段から二番目に近い扉を指さす。


「あそこがお前の部屋だ。元々あの保護者が使ってたんだが最近じゃ二階に上がることも少なくなったから使われてなくてな。ちゃんと掃除はしてあるぞ。自由に使え」

「貴方の部屋は?」


 そう聞かれた俺は一番奥の部屋を指さす。


「奥の大きめの部屋だ」

「なんで大きめなの?」


 ターニィの言葉にその顔を見る。

 ターニィの顔は決して「大きいなんてズルい」みたいな表情はしてなかった。

 それどころか何かを察したような優しい目をしている。

 その様子を見て俺は「分かってそうなのに言う必要があるのか」と少し言いづらいような気分になった。なっただけだが、少し言い淀んでしまった。


「俺の部屋は元々両親が使ってた部屋なんだ。大きな部屋を二人で。俺はほとんど思い出せないけどあの保護者によると俺の両親は仲睦まじい夫婦だったらしい」

「覚えてないの?」

「……そうだな」


 10年前にターニィと出会ったことをほとんど覚えていないのと同じように、両親についての記憶なんて脳みそから何処かへ飛んでいる。既に写真でしか両親の顔なんて分からない。そんな俺にどんな夫婦であったかなんて覚えているはずがない。

 俺にとって両親という存在はどこかへ消えた血のつながった人間としか認識できないのだ。

 とはいえ、両親が使っていた部屋を放置するのは気が引けたので俺が勝手に自室にしているという状態。


「悪いこと聞いたわね」


 そう言ったターニィを見て頭を振った。


「両親の事は覚えてない。だから感傷もない。考えるだけ時間が無駄に過ぎるだけだ」

「……そう。」


 寂しそうな声色だった。

 俺は何か言おうと思ったがどんなことを聞けばよいか分からなかった。

 だが、このまま黙ってしまうと気まずい。話を部屋の事に戻すことにした。


「ああ、そうそう。この階段の前の部屋は物置兼俺の勉強部屋にしてる。基本的に教科書とか制服とかもこの中に仕舞っている。替えの制服もある」


 明日の朝に引っ張り出さなきゃな。とつぶやく。


「制服を物置部屋に、……貴方って公私を分けるタイプ?」

「一応な。あくまでも出来るだけって感じだけどな。……物置部屋、使うか?」

「いいえ、私の部屋は一つで十分よ。」


 そういうとターニィは俺の横を通り抜けて自分の部屋に向かう。

 俺はそのあとを追うように付いていく。

 ターニィは迷わず扉を開けると部屋に入り中の様子を確認する。


「どうだ? 快適に過ごせそうか?」

「ええ、よく掃除がされているわ」

「そうか、俺はこのまま寝るけど、何かあれば起こしてくれ」


 俺はターニィが不満な様子をしなかった為、そのまま自室へと向かう。

 すると後ろから声がかけられた。


「明日からゴールデンウィーク。買い物行くから手伝ってくれない?」


 俺はケータイを取り出してカレンダーを見る。明日から三日ほど祝日で休みだ。

 ターニィは俺が確認し終えたことを理解すると一言。


「デートよ。」


 そういうと俺から荷物を受け取り自室へ消えていった。

 俺はしばらく呆然と立ち尽くした後、デートという言葉を頭で反芻したあと、少し冷静に考える。


「ただの荷物持ちだろ、それ」


 そう言いつつも、ちょっと嬉しい気分でもあった。

 その気分を引きずりながら自室へ向かう。


 自室へ入るとそこは3つの本棚と一つのタンス、大きめのベッドが一つしかない広い空間が広がっている。

 おおよそ12畳。一人の寝室として考えると大きい部屋。

 俺はベッドに潜り込み、部屋を見渡す。


 ふと、一つの感情が湧く。


 俺はそれを振り払い、瞼を閉じる。


 しばらくして疲れているはずなのにそんなに眠くないことに疑問を覚え、ケータイで時間を確認する。


「まだ8時にもなってねえ」


 俺は寝落ちするまで本を読むことにした。

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