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「何やってるんだ?」


 コップを持って台所に向かうと、ターニィは調理用のアルミホイルを二つほど広げ、その上に野菜を乗せていた。

 調味料も見られることから、さしずめホイル焼きと言ったところだろうか。


「料理の最中。見ればわかるでしょう? 野菜のホイル焼きだ。貴方は何をしに?」

「コップを置きに来た。それとこの麦茶、ぬるくなったが飲むか?」

「今飲む。」


 そう言って俺からコップの一つを受け取ると一気に飲み干した。

 ほら、とでもいうように空になったコップを俺に突きつける。


「もう少しで包みが出来るから。火を掛けたら交代。」

「ああ」


 俺はコップを受け取り、台所の流しでスポンジを使い軽く水洗いをする。

 手に水の流れる感覚を感じながら、視線をターニィに向ける。

 柔らかく優しい目をしながらホイルの上に野菜を乗せている。

 その姿は先ほど摩訶不思議な現象を起こした謎の人物ではなく。


 どこにでもいる、料理をしている女の子だった。


「どうしたの?」


 ターニィが俺の視線に気づいて声をかける。

 俺はややあって頭を振る。


「いや、普通の女の子だなって思っただけ」

「それ、偏見よ。女性は料理をしているっていうのは潜在的に“そうあるべきだ”って考えを持っている証拠なんですって。」

「……そこまでは思ってない。ただな、」


 そこまで言ってなんだか恥ずかしいことを言ってしまうようなきがして言葉が止まってしまった。

 ターニィは怪訝そうな顔を見せる。


「ただ、何? 悪口は晩御飯抜きよ。」


 同居人になるとは言っても初日でそれは厳しすぎやしないか。家主は一応俺なのに。

 俺はそんなことを思いつつ、コップを流している水を止め、コップを水切り棚に置く。


「別に、悪口じゃない」

「そう、じゃあ何?」

「料理をする女の子は新鮮で素敵だ、そんな感じだ。悪口じゃないだろ?」

「そう、それはお嫁さん冥利に尽きる、ってところかしら?」


 ターニィは笑みを浮かべてこちらを見た。

 その笑顔はやっぱり綺麗で、普通の女の子に見える。

 ターニィは料理に視線を戻し、盛り付けた野菜を包んでいく。

 包み終わった二つのアルミを軽く水の入ったフライパンに入れて蓋をしコンロのスイッチを押す。

 ちなみに我が家のコンロは電気コンロだ。

 ターニィはコンロにちゃんとスイッチが入っていることを確認すると俺の肩を叩く。


「それじゃあスープを頼んだわ。」


 そう言ってターニィはリビングへ向かった。

 蒸し焼きの間にスープを作れってことか。

 俺は冷蔵庫を開け、卵やコンソメなどを取り出す。


「卵スープにするか」


 そう決めて玉ねぎを探すが見当たらない。台所の三角コーナーを見ると向かれた玉葱の皮があった。

 しょうがない。長ネギで代用するか。

 俺はそう言って長ネギを切り出した。






 そして、料理を始め十数分ほどでホイル焼きを含め、すべての料理ができた。

 とはいえ、ホイル焼きに卵スープ、それに白飯というシンプルなメニューなのだが。

 ご飯を軽く盛り付る、ご飯は昨日炊いたものの残りで今回で炊飯器は空だ。炊かないといけないな。

 そう思いつつ料理と一緒にご飯を食卓に運んでいった。

 机の上に並べていくと、ターニィは待ちわびたとはにかむ。

 食事の用意が終わり、俺が席に着くとターニィは両手を合わせる。俺はその様子を見て遅れて両手を合わせる。


「いただきます。」

「……いただきます」


 行儀よく二人で手を合わせて礼をする。

 ターニィは卵スープを始めに手を付けて、俺は始めにホイル焼きを開く。


 中にはアスパラガスや玉葱、ピーマンや椎茸など、様々な野菜が入っている。

 それらの野菜は茶色に染まっており、香ばしいにおいから味付けが醤油をベースであることが分かる。

 思った以上においしそうだ。

 そう思うと自然と箸がホイルの中に潜り込んでいく。

 ホイルの底に箸の先が付くと箸で野菜を挟み込む。そこで端から伝わる感触が不自然に感じる。

 俺は一度野菜から箸を離し、ホイルの底を探ってみる。茄子があった。

 茄子がホイルの底に敷き詰められており、完全に茶色になっていることから味付けと混ざった野菜の汁が染み込んでいると分かる。


 箸で上の野菜と下の茄子を一緒に掴んでみる。するとまるで肉汁のようにしたたる野菜の汁が上の野菜に絡みつく。

 その姿を見た俺はたまらずに口の中へ押し込む。

 熱く、味が濃い。特に味は舌の上に沈殿するような感覚がある。ご飯が欲しくなる。

 塩っ辛さが口に広がる。しかし、その中に香ばしさは失われておらず、不快感は無い。

 この香ばしさは醤油のほかに味醂やバターもあるな。


 俺は茶碗を手に取りご飯を箸で掴み上げ口の中へ。

 噛みながら口の中で野菜とご飯を混ぜると、どうだろう。野菜の沈殿するような濃い味付けがご飯の味に掬われ、味を程よくなり、ご飯の甘さが野菜の旨みを底上げしている。

 口の中でご飯と野菜が混ざりあったと感じ、ゴクンと飲み込む。その瞬間に喉から鼻にかけて、ご飯の甘さ、野菜の旨み、香ばしい香りが駆け抜けていった。

 食事は飲み込む瞬間が一番食べ物を感じる瞬間なのだが、

 これは、これは。


「これは美味い」


 そう、思わず声をもらしてしまった。


「ありがとう。」


 ターニィはさっぱりと礼を言った。

 ターニィは空になったスープ用のカップをこれ見よがしに見せてくる。どうやら卵スープを飲み干し、ホイル焼きの感想を待っていたようだ。

 それからややあって、ターニィは口を開く。


「卵スープ。少し薄いわ。」


 そう言うと人差し指にカップを引っ掛けて振り子のように動かす。

 遠慮がないな。いや、料理に妥協しない性質なのかもしれない。


「味を調節してからお代わりか?」

「出来れば。」

「期待はするなよ」


 俺はそういって台所へ向かう。

 卵スープの入った鍋を見る。そこまで薄い味にした覚えはないのだが、男の舌は大雑把という話もあるからな。

 味見しつつ塩胡椒を加え、スープをカップに注いでリビングへ持っていく。

 ターニィは黙々と食事を勤しんでいるかと思っていたのだが、ホイル焼きも開けずに箸を置いて待っていた。


「食べてればいいのに、そんなに卵スープが好きなのか?」


 お代わりの卵スープを渡しつつ俺は着席しながら尋ねた。それに対してターニィは頭を振る。


「ご飯は一緒に食べたほうがおいしいでしょう?」


 彼女は割と明るい笑顔でそう言った。

 それを聞いてなるほどと頷いた。

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