6-1
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5月4日。朝起きて、顔を洗い、寝起きの歯磨き、洗濯をやり、そして……。
「おはようございます。」
台所で料理をしているターニィが窓からの光を浴びながらそう言った。
その姿は今までの日常にない新しい日常の始まりを表す一幕。
ただ、ターニィの姿が大人、つまり俺と同い年のオリジナルではなく大きい姿のターニィが台所にいることが、俺の心に、ああ面倒だな。という言葉を思い起こさせたのは、恐らく気のせいではない。
「最初はそれか」
「そうですよ。リクエストを聞いてなかったのでこの体で一番慣れている性格で行こうかと。」
「いいと思うぞ。少しツリ目だから合わないところもあるが」
昨日会った荒村ほどに厳ついわけでもない。
むしろ、どこかの雑誌か芸能界でモデルやってそうな美人だ。
男子高校生の俺よりもやや高い身長。ツリ目気味の眼はクールな印象を与え、体系は出るところが出ていてしまっているところは締まってる。黒髪はいつも通りの事を考えると、ターニィの姉と言うと和感がない。
未来のターニィはこのような女性になるのだろうか?
だとしたらこれをやる意味がないような。
そこまで考えて、いや、と頭を振る。
恐らくはあっちの性格の姿とでは何かしら違うのだろう。服も制服と私服で着ている感覚が違うように、体が違うとなると自分という感覚も違うのだろう。
それに、今の大きいターニィはおっとりとはいかないまでも穏やかな物腰だ。昨日とはまるで違う。
昨日言ったことを実行していることを考えると、このデート企画(半強制)はターニィにとってはそれほど大事なことなのだ。せめて、頼まれたのならば最後まで付き合おう。
「うん。今は今日という日を楽しもうな。ターニィ」
「もちろんです。」
そう言った大きなターニィは見覚えのある微笑を見せた。
ターニィは作った朝食を食べ終えた後。
「さて、どこに行きましょうか。」
朝食の片付けをしながらターニィがそう話しかけてきた。
そういえば昨日の言い分を考えるとノープランなんだよな。
デートって計画を綿密に組んで相手を振り回すものじゃないのか? 完全に本の知識による偏見だが。
「どこか行くところはありますか?」
「ん~、そうだな」
思考。一分弱。
脳内をフル稼働して、ふと、ターニィを見る。
ターニィはその視線に首を傾げる。
昨日、デート云々をけしかけた人物とは思えないほど大人しいな。
そう思ったからこそ決める。
「デート定番の水族館に行こう」
「ああ、いいですね。行く先はどこへ?」
ターニィは穏やかな笑みを見せてそう言った。
何故だろう。
その笑みの、その目の奥は、遠い。と感じた。
近所の駅から海の近くへ電車で向かっていった。
場所は首都圏でそこそこ有名な島の近くにある水族館。
たどり着いて思う。倉庫のようにも見えなくもないが、大きい。
小さい頃に保護者に気分転換の為に連れていかれたことがあるが、大きく感じるのはその時の俺が幼かったからかと思っていたのだが、高校生になって水族館と言うものが見上げる程とは思わなかった。
「行きましょうか。」
そうターニィに諭されて、入場チケットを買って、水族館に入った。
ゴールデンウィークの真っ只中、水族館はそれなりに人が入っており、暗がりの館内は一層暗く感じられる。
そんな暗い中でターニィは俺の手を掴む。
「ゆっくり見ましょうか。」
ターニィの言葉は水のように静かで暗闇に溶けていくようだった。
俺はその言葉を聞きつつ、ターニィの顔を見る。遠くの水槽の方向を見つめているように見えるが、視線の先は人のように見えた。魚を見てはしゃぐ子ども、ジッと静かに魚を見つめる女性、友人と魚の話をする男性。様々な人がわらわらと揺れている。
もし、ターニィが見ているのが人なのだとしたら、何を思って見ているのだろうか。
その時の俺は、ただ思う事しかできなかった。
それからターニィとの水族館見学はゆったりとしたものだった。
今のターニィの性格からこれと言った会話もなく、只々、館内を見て回っているだけだった。
俺は一度、イルカショーを見ようと提案したが、やんわりと断られた。
そのまま俺たちは自分を取り囲むアクアリウムを黙々と回っていった。
それはまるで水槽を無心に泳ぐ魚のような錯覚を覚えた俺は、ふと、この水族館は人にとっての水槽のようにも思えた。
言葉を話さず、只々目に入るものを見て、ただ見て、通り過ぎていく。
人間も話さなければ魚と同じなのではないか、錯覚は新しい錯覚を作り出す。
その錯覚はもちろん、ただの気のせいだ。
無言のまま水族館の出口に向かう俺はふとあることに気付く、いや、思い出す。
どれだけ無言でも、魚と同じように見て通り過ぎるだけであっても。
ターニィは俺の手を放してはいなかった。
強く強く握られた手は、厚く汗が滲んで蒸れていた。
出口を過ぎ、水族館を後にした時に離した手は異様に涼しく感じられた。
ターニィも何か違和感があったのだろう。俺と手を握っていた手に視線を落としていた。
その視線は名残惜しそうな感じなどではなく、その掌を通して、どこか遠くを見ているようだった。
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