8-2
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ターニィがお昼に要求してきたのはお好み焼きだった。
理由は、
「だって、お好み焼きどころかたこ焼きすら無かったんだもの。」
だそうで、なぜかターニィは口の中を大阪にしたい様だった。
何を言っているのか俺自身よくわからないが、当の本人がリクエストの理由でそう言ったのだからしょうがない。
「期待してなかったけど、お店みたいにおいしいわね。」
という褒めてるのか貶しているのか分からないことも言われた。
あ、今良い笑顔をこっちに向けた。
「おい、お前の歯に青のり」
そこまで言ってターニィに青のりの入った容器を投げ付けられた。
流石に失礼だった。親しき中にも礼儀あり。
あれ? あって一週間もせずに親しく?
いや、友人とか、きっとこうやって小気味よく出来ていくのだろう。
俺が今まで知らなかっただけで。
なら恋人はどういう風にできるのだろう。
青のりの容器が床に落ちた音と、ターニィに謝罪の言葉を述べつつ、俺はそんなことを考えていた。
昼食後、皿を片付けた俺はターニィに話しかけた。
「これから公園に行こうと思う」
「公園?」
「そう、俺が小さい頃に行っていて、お前と会ったっていうあの公園」
「なぜ急に?」
ターニィは椅子に座ったままワンピースの裾をパタパタと動かしながら言った。
その行動を見つつ、話を続ける。
「思うところがあってな」
「それで、これから行くの?」
「そうなんだが、一つ頼んでもいいか?」
「?」
ターニィは座ったままこちらを見て首を傾げる。
俺が片付けの為に立っていて、ターニィの視線は自然と上目使いになっている。
全体に明るい今のターニィは今まで以上に綺麗に見えて、その上目遣いはとてもあざとく感じた。
その後、元のオリジナルの姿になったターニィを引き連れ、俺は快晴の下で公園へ向かっていた。
ターニィは姿を変えた際に着替え、タートルネックにジーパンという簡単な格好になっていた。
そのターニィはふてくされた顔をしながらついてくる。
まあ、それはそうだ。せっかく気合の入れたであろう姿をしたのにもかかわらず、その姿のお披露目は御前で終了したのだ。
俺は公園に行く際に、今日のデートはお終いにしてほしいと頼んだ。
ターニィは渋ったが、決めることを決める為と言い含め、何とかオリジナルになってくれた。
この決めるというのはもちろん、ターニィの体についての約束を守るという事だ。
その決意を胸に歩いていると、後ろから声が掛かってきた。
「決めたって言ったけれど、なぜ家じゃなくて公園に?」
「個人的に行きたいと思ったんだ。それに、お前と会ったって場所なのに一回も行ってなかったからな。どうせ言うならそういった場所で言うのも粋なものなんじゃないか?」
「やっぱりあなたってロマンチストか何かなのかしら?」
「誰だって告白の際は雰囲気に後押しをしてほしいと考えるものなんじゃないのか? 俺も似たようなものだしな」
それに対して、ターニィは何も言わなかった。
そこから無言となり、気付けば公園にたどり着いていた。
公園は思ったよりもと大きく何人かの小学生ほどの子供たちは大きな広場で広々とかけっこをしている。
その微笑ましい風景をしり目に、俺たちは公園の奥に進んでいく。
ずっと来ていなかった為か、余り懐かしいというような感覚は無く、手探りに近かった。
いくつかの遊具には錆が付いていて、子供が寄り付かぬ有様から、どことなく寂しいような風体を見せていた。
それの横を通り過ぎてさらに奥へ。自然と足が進む。
そして奥にたどり着く。公園は俺の家のある町と下町である隣町の間にあり、その都合上、公園は下町から少し高い位置にあり、公園の周囲には公園から下町へ落ちないようにフェンスが取り付けられている。
そのフェンスの前にたどり着いた。フェンスの向こう側は大人の足が入るかどうかの茂みと、その奥には土などが落ちないようにするためにセメントで固められ補強されていた。
「こんな感じだったけ?」
俺は余り記憶がない。自然と進んだ足取りも、恐らくは気のせいだったのだろうか。
そんな気落ちしそうな俺の肩をターニィは叩く。
「私と会ったのはもう少し向こうの方よ。」
ターニィは右の方向へ指をさす。
俺は言われるがままにフェンスを添って進んでいくと、フェンスの向こうの景色が変わった。
フェンスの向こう側の茂みが大きく開けていた。それも大の大人が優に10人以上寝っ転がれるんじゃないかと思うほどに。
そこはちょっとした原っぱだ。
周囲を見ると、その場所のフェンスの周囲は木が多く、公園の出入り口や広場からは見えない位置で、だから俺は公園に来た時に気がつかなかったんだろう。。
ターニィはその原っぱを指さす。
「ここ。」
「ん?」
「ここの原っぱで会ったの。私たちは。」
「原っぱ、ってなあ」
俺はフェンスを見る。フェンスは上の方が内側に向かってネズミ返しになっていて、登るのは難しそうだ。
でも、身軽な子供なら登れそうだ。となぜか思った。
俺は原っぱを見る。
ふと、何かの影が見えた。
俺はフェンスに近づいた。が、そこには何もいない、だが、今も何かの影があるようん気がした。
「……大体そのあたりなのよ、私とあなたが話したりしたのは」
ターニィはそう言って懐かしそうに原っぱを見つめる。
俺は何かの面影をその原っぱから感じつつ、そんなものを感じているのに思い出せない俺は薄情者なのかなと考えてしまう。
だが、ここなら言いやすいな。俺は深呼吸をしてターニィと向き合う。
「ターニィ。ここまで来たんだ。話をしなきゃな」
「……そうね。それじゃあ、どの私を選んだのかしら。」
俺は体を動かさず、ターニィと目を見つめて言った。
「おまえだよ。言うところのオリジナル」
ターニィは眉をひそめた。
「どうして? まだデートもしてないのに。」
「いや、お前じゃなきゃだめだよ」
その言葉にターニィは息をのんだ、ように見えた。
「理由を聞いてもいいかしら。」
俺は長くなるぞ、という前置きを言い、話す。
「お前の生まれ持った体をオリジナルって言っているが、俺は最初その言い方に納得していた。
でも、なんでオリジナルなんだ? 生まれ持ったって知っているならそのオリジナルは本当の体のはずだ。だが、お前は他の体と変わらないと言った。そしてその他の体から本当の体を選べと言った。俺はその時にその言葉に納得してしまった。矛盾でおかしいのにな。
そして次にお前が持っていた写真。お前の顔がぼやけていた。そのぼやけ方がさ、顔が重なってるように見えたんだ」
その言葉にターニィは目を伏せる。
多分、思い当たることがあるのだろう。俺は話しを続ける。
「昨日、屋上に呼び出された時に、お前を写真で撮った奴がいた。その写真でもお前はぼやけていたんだ。お前が持ってきた写真のように」
盗撮云々の話があるため、荒村のことと、他の姿の写真の事は伏せつつ、話を進める。
「それらを見て、ある仮説を立てた。本当にただの推論だ。
それはな、オリジナルではない他の体は、“お前”が解れた物なんじゃないのかって。
少しおかしいとは思ったよ。なんで、小学生低学年ほどのもの、中高生程のもの、大学生前後のもの、その三つなんだって。
それは“おまえ”の幼い部分、成長期の部分、大人の部分に分かれているからなんじゃないか?
お前にとっては子供は好奇心で動いていて、中高生は明るく行動していって、大人は無駄なことを言わなず物静かにしていた。
それは全部“お前”だお前自身だ。お前は好奇心もある。明るく行動することもある。静かに過ごすこともある」
ターニィは伏せていた目をこちらに向ける。
目を逸らさないように気を付けながら口を動かす。
「写真でお前がぶれるのって、その全部がお前だから、こうしてそれぞれが出てきてるんじゃないか?
だとしたら選ぶ必要なんてない。お前ひとりで、全部なんだから」
「それは!」
「今は黙って聞け!」
ターニィの言葉を遮る。
怒鳴ってしまった。だが、目を逸らすな。見続けろ。覚悟をしただろう。
「全部お前だったから、辛かったんだろうさ。別々の違う性格。異なる体。どれだけ演技してもそれは変わらない。
だから思ったんだろう? 自分が分からないってさ。お前はその体の事を物心が付いた時からって言っていたから、最初に考えた時はてっきりお前は慣れていて、体と性格の差異なんて慣れてるのかと思ったよ。でも人間は普通はいくつも体なんてないよな。あるとしたら人間じゃない。だが、お前は人間だ。普通じゃないならそれを不安と思わない方がおかしい。
それに、今日を含めた三つの体全部、なんか遠くを見ていたような眼をしていた時があった。繋いでいた手を見ていた時、自作のキャラクターを見ていた時、今日の買い物袋を俺に渡す手を見ている時、それはお前は『これは本当の自分ではないんじゃないか』そう思ってたんだろ? どうなんだ、ターニィ」
それを聞かれてターニィは目を伏せる。
俺はターニィの頭を掴んで無理やり目を合わせる。
目を逸らしたんだ。恐らくは大体あってるのだろう。だったらここからが肝心だ。
「だとしたら、お前は怖かったんだよな、不安だったんだよな。
昔会って結婚の、それも子供の約束をした俺なんかに頼るほどにさ」
「それは、違う」
ここで否定の言葉を掛けられるとは思わなかった。だが、それで止まってはいけない。最後まで突っ走れ。
「違う。そうだとしても、お前は俺に選べと言った。その事実は変わらない」
「……」
ターニィは押し黙る。不安そうな目をこちらに向けている。
「だから俺は選ぶ、“お前”を選ぶ。小さい方も中くらいの方も大きい方も、全部でお前なんだ。
属性だなんだっていったよな。その属性はな、誰だって持っているものなんだ。誰だってどんな形で会っても他人と関わる。友人が居ようといなかろうと、その関わりの中で一人の人間から色んなものを見つけていくものだ。人間、成長すれば性格も変わるさ。環境が違えば見せる表情も違うさ。服装によっては他人からの見え方も変わるさ。
だがな、そんな変わっていくものや異なるもの、違う見え方だって全部ひっくるめて人間なんだ。
だからさ、ターニィ。リクエストなんて変なことしないで、自分と向き合ってくれないか?
それはお前自身なんだからさ」
ターニィは答えない。只々こちらを見つめている。
「簡単に言うなって思ってるかもしれない。俺も思うよ。でも俺みたいな他人には待つことしかできないんだ。
だからさ、俺にできることは“お前”が何かの区切りをつけるまで、俺は待とうと思う。
だから、ターニィ、その時まで一緒にいよう。一緒に待とう。ただ見守るんじゃない。お前の横に居たい。
最後にお前は変わって、俺の事が嫌いになるかもしれない。でも、その時までは一緒に居たい。一緒に居ようターニィ」
俺は転入生に家に押しかけられて、訳も分からず婚約者だっと言われて、一緒に暮らし始めて、いきなりその婚約者から大事なことを任されて、訳も分からず流されたけど、ここまで来たら引き下がるなんて考えられない。違うな考えてはいけないんだ。
コイツに他に本当の目的があったとしても、その時は本気で笑い飛ばしてやる。落ち込みそうだけど。
だとしてもその時までは、一緒に居よう。
「ターニィ。俺は“お前”と一緒に居たい。どうだ?」
ターニィはどこかで見たような暖かい笑顔を作った。
「そんな長くておかしい告白をするなんて、どうかしてるわ。」
ターニィは笑った。ただ優しく笑った。
その様子を見ながら俺は緊張の糸が切れて心臓が激しく動き出す。その拍子にターニィの頭を掴んでいた手が離れる。
その体の内からの衝撃を受けながらターニィに問う。
「で、答えは?」
「嫌っていった方がいい?」
「それだと俺只の恥ずかしい奴になっちゃうから」
「そうね。それに。」
そう言ってターニィは腰を低くして上目遣いでこう言った。
「これからよろしくね。」
「ああ、よろしくな」
傾き始めた太陽の下。
俺とターニィは手を握り合った。
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