第45話 鋼鉄の翼
【首相官邸地下1階 危機管理センター】
現在の首相官邸を特徴づけるものに、危機管理機能を集約していることが挙げられる。各省庁からの人員が参集するオペレーションルームや幹部会議室等を備えた危機管理センターが地下に設けられているのだった。
オペレーションルームを抜けた奥の会議室において、もっとも上座に位置する首相。今世紀初めて魔法を公式に実戦投入した男は、感嘆とも苦笑ともとれぬため息をついた。
「これで、私は戦後初の、防衛出動を命じた総理として名を遺す事になるな。」
たった今、自衛隊による攻撃が開始された。富士の特科教導大隊に配備されたMLRSが発射され、そして敵―――そう、敵だ!!―――巨大二足歩行兵器への弾着の報告が入ったのである。ロケット弾の直撃を受けても無傷だという報告も。現地では警察官や市ヶ谷より急行した自衛官たちが援軍のサポートに回っている。例の異世界人の協力あればこその連携だった。
彼の前方、長大なテーブルの先にあったのは巨大なモニターである。そこに映し出された、都内各所に設置されたカメラからの映像は悲惨の一言だった。崩壊したビル。踏み潰された自動車。壊滅したJR沿線、上野駅から東京駅までの被害がどれほどになるか想像するだけで寒気が走る。
かくなる上は、皇居への侵攻を何としてでも阻止せねばならぬ。
「総理。ここも危険です。速やかに退避すべきかと」
進言したのは内閣危機管理監。危機管理を統理すると内閣法で規定された役職の男に対し、首相はかぶりを振った。
「陛下にぎりぎりまで踏みとどまるよう要求しておいて、私だけがどうして逃げられよう?
とは言え万が一の際、政治的空白を作ることはできない。内閣の主要人員は速やかに退避だ。
ああ、防衛大臣。悪いが君には付き合ってもらうぞ」
防衛大臣は苦笑。心得ております、と頷いた。
続いて首相は、内閣官房長官へと顔を向ける。
「私に何かあった時は君が代理だ。頼んだぞ」
「そうならないことを祈っております。私が臨時代理になって最初にする仕事は、降伏文書への調印でしょうから」
「相手に降伏文書の概念があるかどうかも怪しいがね」
内閣総理大臣臨時代理。内閣総理大臣がその勤めを果たせなくなった時、代理となる役職である。組閣時に就任予定者を5名指名するが、第一順位は内閣官房長官となるのが原則だった。
多くの人間が慌ただしく退出していく。国務大臣たちは屋上に来る陸自のヘリで。それ以外は車によって避難するのだ。
それを見送った首相は、傍らへと目をやった。千年の時を超えてきた、異相の鬼へと。
「貴女は逃げないのかね?」
「うちの若いのが現場で体を張ってるからね」
首相は頷いた。
賽は投げられたのだ。後は、結果を待つのみ。
◇
【東京上空】
―――酷い有り様だ。
首都上空に進入したパイロットは、そう思った。次々と流れていく市街地の先からは、幾つもの土煙が立ち上っていたからである。あの下ではどれ程の被害が出ているか。
自分と僚機は、そこに攻撃を加えるのだ。演習ではない。実際にあそこへ爆弾を落としに行くのである。
まもなく攻撃地点に入る。
パイロット操る15・52メートルの巨体。その腹に抱えられた凶器は、今まさに目覚めようとしていた。
◇
【首都高下】
―――おのれ!!
一進一退だった。
イーディア操る紅の巨体は身動きがとれないでいた。右には巨大なビルディング。左は首都高の高架が邪魔をしている。対する敵手は山猫の形態だ。すなわち高架の下を自由に潜れるのである。先ほどの自軍とは立場が逆転していた。敵の攻撃力がさほどではないのが救いである。
敵手は地獄谷でも一戦交えた呪術師。イーディアはその名を知っていた。山猫の民の長、アリヤーバタであろう。厄介にも程がある。
このままでは敵勢の進攻を許すことになる。どうすれば。
その時だった。町の各所から、大音声が響き渡ったのは。
『空爆が来る!!高架より退避しろ!!』
それが防災無線のスピーカーより響いた事まではイーディアには理解できなかった。理解できなかったがしかし、それが知っている言語だったが故に彼女は動いた。敵手を置き去りとし、全力で蒸気を噴射したのである。
紅の甲冑がその場を離脱するのと、大気を切り裂く音が聞こえてきたのは同時。
破壊の嵐が、高架へと襲い掛かった。
◇
【首都高 高架上】
「アリヤーバタ殿!」
サモスのコノンは高架の端へと駆け寄った。十二メートルの巨体で下方を見下ろしたのである。
下では揉み合い、紅の甲冑より離れた巨大な山猫の姿。その背に座する呪術師は、こちらを見上げそして叫んだ。
「ここは私が引き受けた!行かれよ、コノン殿!!」
「承知!また後でお会いしましょうぞ!!」
短いやり取りを終えると、コノンは手勢に命じた。この先より高架を降りて西進せねばならぬ。敵の王を宮殿より追放し、儀式を完遂せねばならかった。
走り出そうとした時点で、彼は気付いた。甲冑の鋭敏な感覚によって、上空より接近してくる二つの巨体を発見したのである。
―――鋼鉄の、翼?
コノンはしばし絶句。対比物がないため分かりにくいが、甲冑をも凌駕する巨体が信じがたい速度で飛翔しているのである。さらには、それぞれが複数に分裂したではないか。
それが、JDAM―――GPS誘導機能を付加された500ポンド爆弾だということまではコノンにも分からなかったが、しかしその意図は明白である。あれは攻撃なのだ!
「―――散開せよ!!橋が崩れるぞ!!」
直後。
落下してきた227kgの質量が、高架へ相次いで突き刺さる。
それは僅かな間をおいて、持てるエネルギーを解放した。
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