第13話 人機一体
「―――小癪な」
魔法王は呟いた。
河岸に設けられた本陣。その物見台より戦況を眺めての発言である。
彼には見えていた。蒼の甲冑が水面を疾走し、自軍へ斬り込む姿が。
アルフラガヌスは魔法に長けていたから、あれへの対処法はいくつも思い付いた。うちひとつを実行すべく命令を下す。
「サモスのコノンをここに」
◇
蒼き甲冑の騎士。すなわち流水騎士団の長、バルザック卿は今。大忙しだった。恐るべき高速を、それも尋常ならざる高所で体験中だったのである。
彼は今。水上12メートルの高みにいた。
「ひゃぁぁぁぁっほぉぉ!」
切りつける。蹴り飛ばす。敵の矛を掴み、引っ張る。面白いように敵は打ち倒されて行った。転倒するだけで溺死するのだ。こと水上では、この蒼の甲冑に敵うものなどいない。並みの甲冑どころか、それ以上の機動力を発揮できるのだ。水がしっかりとした足場として機能するが故だった。
代わりに、この甲冑を操るには魔法の心得が必要となる。それも極めて高度な。
この種の甲冑が希少な理由だった。扱える者が少ないのである。魔術と武術の双方に長けた騎士のみが、この蒼の甲冑を使いこなすことができるのだ。
部下たちの援護射撃は小粒のものに切り替わったようだ。手はず通りである。時折装甲を叩く音。敵の混乱はいや増すばかり。この隙に徹底的に叩き潰してくれよう。
と。
盾を振り上げる。そこに強烈な衝撃。
敵の本陣より飛来した石弾であった。ひとつではない。幾つものそれが、味方がいるのもお構いなしに飛んでくる。矢除けの加護の力を見込んだ戦術であろう。
厄介な。こちらには矢除けの加護がない。
だが問題ない。それを想定して重装甲が施されている。陸上なら移動に難儀するほどの質量の。盾もある。至近距離ならともかく、これだけ離れていれば―――
衝撃。
飛来した槍は、とっさに構えた盾を貫通。その被害は左腕にまで及んでいた。
「な―――」
なんという威力!
対岸に目をやる。ずらりと並んでいる投射兵器は予想の範疇だった。
そして。
鈍色の甲冑。
槍を投じた姿勢のそいつは、手に
視界の悪い甲冑で弓や槍投げ器を扱うのは困難極まる。それをこれほど正確な照準で投じるとは!
バルザックの視線の先で、敵手は。鈍色の甲冑は、第二射を構えた。
◇
―――ふむ。よく躱した。
サモスのコノンは感嘆のため息をついた。彼が操る鈍色の甲冑より放たれた一撃は、奇襲となったはずである。にもかかわらず、見事盾で受け止めるとは。
傍らの甲冑より、次なる槍を受け取る。
操縦槽はよい。歯車音。どこかで吹き出す蒸気。カムがかみ合う音。鋼線のすれる音。はずみ車とふいごが織りなすリズミカルな振動。
そのすべてに神経を通わせる。自分を重ねる。12メートルの巨体に自らを広げていく。甲冑に宿る精霊とひとつになる。
今や、甲冑の眼球はコノンの眼球であり、甲冑の装甲はコノン自身の肌に等しい。不自由な操縦槽より外を見る必要はもはやないのだ。
人機一体。その境地に、この稀代の武人はいた。
子供のころ、学者になりたかった。生まれたのが貧しい家庭でなければそうしていたかもしれぬが、選んだのはいくさ働き。槍一本の雑兵から始まりたちまちのうちに甲冑を任されるまでになった。そして今や、王の近衛隊の武術指南役だ。大好きだった本を好きなだけ読める身分になった。遠回りだったが、結果としてはこれでよかったのだろう。
しかしいくら本を読み漁っても、分からないことはある。
昔、ある魔法使いに訊ねた事があった。もしもこの世に精霊がいなかったら、投じたものはどのように動くのか、と。
帰ってきた答えは「分からない」だった。
精霊は気まぐれだ。もし完全に無風、完全に同じ力でものを投じたとしても。いや、同じ高さから同じ質量のリンゴを落とした場合でも、常に結果は揺れ動く。精霊がいたずらをして片方を先に地面に落とすかもしれないし、極端な場合ならば両方が真上に飛んでいくことすらあり得る。
だから。精霊の力が働いていない世界など、想像のしようもなかった。
コノンにできるのは、精霊に祈ることだけ。どうか、邪魔をしてくれるな、と。
第二射が、投じられる。
サモスのコノンはまだ知らない。彼の疑問への答えを持つ女に、会っていたことを。
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