第14話 潰走
巨大な水柱が立った。
水面を走っていくのは蒼の甲冑。恐るべき速度のそれは、しかし一切の余裕がなかった。強烈な攻撃に晒されていたからである。
再び、水面に着弾。
次の槍は、足をかすめた。段々と狙いが正確になっている。こちらの動きを予測している証拠だった。
「―――!」
バルザックは考える。今のところこちらが無事なのは距離があるからだ。槍が放たれてから着弾するまでにタイムラグがあるから、回避し続けることはできる。しかし、それは回避に専念せねばやられる、ということでもあった。敵勢が上陸するまでに、できるだけの損害を与えねばならないというのに!
敵に上陸されればこの蒼の甲冑は、動きの鈍い木偶の坊に成り下がる。陸上ではその重量が災いし、歩くだけでも精一杯となるからだ。迎撃の配置についている部下の甲冑は17領。正面から戦えば、いまだ4倍以上の数を残す敵軍にかなうはずもない。
バルザックは、攻撃を選んだ。
走る。敵に突っ込む。矛を回避。剣で一撃を加える。槍が飛来。盾が砕け散った。まだ大丈夫。旋回中の甲冑を蹴り飛ばす。目についた敵の頸椎を切断。第五射が来た。とっさに伏せて回避。動きが止まった。まずい。周囲の敵からの矛が来る。脇腹に損傷を受けた。心肺器がぐずり始める。起き上がる。手を考える。―――あれだ。
バルザックは咄嗟に、近くの敵。まだ健在な甲冑の一体へと駆け寄ると、剣を振り下ろした。一撃。いや、二撃で敵手の両腕を切り落としたのである。
そこで、しゃがみこんだ。
飛来した槍は見事、両腕を失った甲冑の背に着弾。いや、その瞬間に停止する。矢除けの加護の魔力だった。
ひとまずの安全地帯。剣を損傷した左手に持ち替え、腕を失った甲冑を右腕で持ち上げる。重装甲を支えるため、蒼の甲冑は筋肉筒も増強されていた。この程度なんでもない。
さあ。悪いが代わりの盾となってもらおう。
損傷に悪戦苦闘しながら、盾の両足を切り落とす。これでだいぶ軽くなった。殺してしまうと矢除けの加護は力を失うから、死なせないよう気をつけねば。
次の敵を物色しようとして。
第七射は、上から来た。
大きく角度を付けて投射された槍は、盾とされた甲冑を上から迂回。蒼の甲冑の肩口に突き刺さった。
「―――ぐっ………」
―――ついてない。
バルザックは苦笑。これはもう助かるまい。破壊された構造材に、体が半ば押しつぶされている。
最期に、敵手へと目をやる。己を斃した鈍色の甲冑。恐るべき技量を誇る騎士の姿を目に焼き付けるために。
そいつの背後で旗が上がる。家紋が描かれたそれに、バルザックは敵の名を知った。
―――なるほど。自分がしてやられるわけだ。槍の名手、サモスのコノンとは。
水面へとひざまずいた蒼の甲冑。そこへ、周囲の敵勢が殺到した。
◇
「ふむ」
蒼の甲冑が沈黙し、水没していく様子。それを見てのアルフラガヌスの発言は、一言だけだった。
彼の視線の先では、配下の軍勢が陣形を立て直して渡河を再開している。もはや障害となりえるほどの敵戦力はない。勝利は目前であろう。
事実、この後の戦いは彼の予想通りに推移した。
川岸まで迫った巨大二足歩行兵器の軍勢。彼らの前方の密林より飛び出してきたのは流水騎士団に属する17領の甲冑と、そして複数の泥人形に抱えられた巨大な衝角が200あまり。
彼らはよく戦ったが、しかし戦力で勝る魔法王の軍勢に敵うはずもなかった。防衛線が突破され、投射兵器が破壊された段階で流水騎士団は後退を開始した。もはや、後続の歩兵部隊を阻止する手段を喪失したからである。いや、それは後退ではない。潰走だった。
この日の戦いは、魔法王アルフラガヌスの勝利で終わった。
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