第41話 ふたりのヒルダ
【首都高 永田町付近】
遠雷が鳴り響いた。
皇居を挟んだ遥か向こう側。そこから立ち上るのは粉塵である。膨大なそれは、ひとつではない。幾つもの高層建築が崩落し、それによって立ち上っているのだ。雷かと思うような轟音とともに。
「―――!!」
澄田遥香は思い出した。阪神大震災の時、燃える長田から立ち上る煙は空を覆い尽くしたのだという話を。太陽が隠れつつある現状と、そして破壊されていく都市のあり様はまさしくそれを連想させた。
景色を高速で置き去りにしながらバイクは行く。時崎邸の裏手、道ともいえぬ獣道を抜けた!と思ったとたんにたどり着いたのが東京のど真ん中だったのには遥香も度肝を抜かれた。首都高に出現したのである。縮地の術だとかなんとか。昔は急使の連絡に用いられたらしいが、交通や通信が発達した現代では細々と管理されているだけなのだそうだ。日本各地に連なる長大な山道を無理やり縮めたものだそうで、時崎邸が摩耶山の麓にあったのもこのためである。便利に見えるが、時空がぐちゃぐちゃにねじ曲がっているため、出口が安定しない。齢300の仙人ですら時にどこぞの山中で迷子になって大変なことになるらしい。安全性では科学に勝てぬ。
「首都高を降りたら次を左に曲がってください!」
恵の指示に従う。国会議事堂の横を走る。避難していく人々の間を抜けて750ccを操る。ターン。祝田橋を抜けてたどり着いたのは、都心でも数少ない憩いの場だった。
皇居前広場。広大なる城塞の一部にして皇居外苑の代表的な広場では、すでに幾人もの人々が待ち構えていた。
「お待ちしておりました。用意は整っております」
駆け寄ってきたのはスーツ姿の女性。その物腰にあの仙人と似たものを感じた遥香は目を凝らした。
気付いたのは、尖った耳やそして角。やはり恵の血族であろう。なるほど、知っていれば見破れる術か。
同乗していた恵と、そしてヒルダが飛び降りた。
広場の中央には、すでに準備が整っていた。人海戦術で用意したのだろう、白木の祭壇が。
「神道の祭壇だが大丈夫なのか?」
「問題ない。この地の神々に、助力を請うのだから」
遥香の疑問に答え、ブレザーを着こなしたヒルダは祭壇に歩み寄った。更には声を張り上げる。
「これより儀式を執り行う!皆の者、場を空けるのだ。軍勢が出てくるぞ!!」
◇
巨大な霊気が渦巻いていた。
皇居は、軍事施設としての側面を持つ。その前身は江戸城。すなわち、武家によって建造された巨大な城塞なのだ。江戸が東京に代わり、その主を変えてからもここは常に日本という国の中心だった。戦中には防空施設が設けられ、そして今に至るまで城門と堀、防壁によって守られた現役の施設。
似たものは互いに影響し合う。すなわち、二つの軍事施設の間にも繋がりを見出すことが可能だった。
精霊は、わたしに応えた。その霊威をもって、繋がりのある二つの空間を結び付けたのである。
わたしの城と、皇居外苑を。
空間が裂ける。光輝く。それはたちまちのうちに縦に広がり、そして横へと拡大していった。
開いたのは、縦横100mにも及ぶ巨大な
「おお―――」
誰かの感嘆の声も耳に入らない。向こうの光景が見える。見慣れた景色。長い間留守にしていた、我が居城が。
聞こえてくるのは静かな機械音。はずみ車の回る音。ふいごの吸気。歯車。鋼線のかすかに擦れる音。蒸気が噴き出す音。地球のものとはまた異なる、それら。
懐かしい。
屹立していた、塔のごとき巨体。それが、静かに踏み出した。
驚くほどに優雅な一歩。白銀に彩られ、両の腰に剣を帯び、そして左手にも長大な太刀を携えた甲冑が行く。すれ違う瞬間、喉元に設けられたスリットから投げかけられた眼差しを、わたしは生涯忘れないだろう。
わたしと涼子。ふたりのヒルダがこの場に今、初めて揃ったのだ。
続いて出てきたのは紅の甲冑。槍を携え、マントをなびかせた細身の巨体は美しい。涼子に負けず劣らぬ優美な歩行は優れた操縦技術の証だろう。万全の整備を受けていることが伺えた。
二領の甲冑に続いたのは、軍旗。抽象化された火山と
最後に、兵士たち。戦衣をまとい、武装を帯びた歩兵部隊が見事な行進を披露した。訓練が行き届いている証であった。
士気高く、強力な兵器と魔法で武装した、光り輝く軍勢がここにいた。
涙が出そうになった。彼らは。わたしの兵たちは待っていたのだ。この日、この時を。乾坤一擲となる戦いを。
振り返る。
白銀の甲冑が、こちらへ向き直っていた。手にした太刀を鞘ごと振り上げ、そして操縦者たる涼子は叫ぶ。
「皆の者。これが最後の戦いとなる。アルフラガヌスを倒し、そしてすべてを取り戻すのだ!!」
鬨の声が上がる。恐るべき大音声だった。
反撃の刻が、ようやく訪れたのだ。
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