第42話 反撃の序曲

【永代通り 三井住友本社ビル前】


静かだった。

涼子わたしを先導するパトカーのサイレン。リズミカルな心肺器の振動。ずっしりと腹に来る甲冑の足音。前方から来る騒乱。いずれもが意識から切り捨てられ、操縦槽の中は穏やかだ。

準備には苦労した。紅の甲冑と共に城に飛び込むのにまず難儀したし、いつ来るとも知れぬ出陣の時に備えるのにも。それ以上に、異世界での戦いを想定させる事が大変だった。各部門の長たちには感謝してもしきれない。

皇居より東京駅方面に進んだ先。大手町で左折し、神田橋と交差する首都高速道路。その高架の向こうに、目指すものが見えた。何体もの甲冑の下半身。高架と甲冑の高さはほぼ同じであるから、下を潜り抜けるにはるのだろう。どうやら連中には、屈んで潜り抜けようという謙虚さの持ち合わせがないらしい。先程から聞こえてくるのは、奴らが邪魔な首都高を大金槌や金砕棒で破壊する音なのだ。後続のイーディアへハンドサイン。パトカーが脇に退避する。それを追い越す。速度を上げる。極端な前傾姿勢。ほとんど四つん這いだ。太刀はまだ抜かぬ。地面に接した鞘が火花を散らす。反動でバランスを支える。敵勢がこちらに気付いた。

―――もう、遅い。

高架を潜ったわたしは、から突っ込んだ。

強烈なタックルは敵の腹部に激突。その巨体を撥ね飛ばした。

宙を舞う、百トンの巨体。初陣を思い出す。腰のものを抜剣。次の敵へと振り上げる。

胸部を切り裂かれたそいつに目もくれず、左の鞘を突き出す。衝撃。鞘の表面を滑っていくのは繰り出された長槍。間合いが遠い。問題ない。右の剣を返す刀で

接触している敵に対して、矢除けの加護はもはや機能しない。それが例え武装ごしであっても同じ事。投げ付けた剣は、見事敵手の操縦槽を貫いた。ゆっくり倒れていく、12メートルの巨体。

この段階でようやく、最初の甲冑が道路に激突。アスファルトを削りながら停止した。巨大な振動に周囲のビルディングが震える。一拍遅れて窓ガラスが砕け散った。

左手の太刀をすらりと抜く。魔法文字が浮かび上がる、美しい刀身。工房衆はいい仕事をしてくれた。

残る十近い敵勢が身構える。槍や金砕棒、大金槌。戦斧。より取り見取りだ。こちらを半包囲。一斉に襲い掛かるつもりか。広いはずの交差点が手狭に感じる。だがすぐに空くだろう。

奴らが強襲から立ち直りつつあったところで、次なる奇襲が来た。真上から。

正面の甲冑。その頭部が。高架を、落下の勢いそのままに踏みつけた紅の甲冑の仕業であった。もちろん操縦者は即死であろう。

ゆっくりと前のめりに倒れて行く甲冑の背後へ華麗に着地する紅の巨体。イーディア操るそれは、敵勢に向き直った。

わたしとイーディア。二人の強敵にされた敵勢が一瞬、迷う。もちろんそんな好機を逃す手はない。

わたしは、踏み込んだ。


  ◇


【錦町河岸交差点先】


強烈な一撃が、振り下ろされた。

操縦槽で、騎士は考える。

大金槌。元来は甲冑用の攻城兵器であるこれは、建造物を破壊するのに最適な武装の一つである。街並みを構成する地球人どものでその威力は実証済みだった。硝子ガラス張りで、四角いそれらを容易く破壊してきたのである。

だから、前方の障害物。驚くべき巨大さの、空中に架けられた橋と言えどもこの威力には逆らえぬ。一撃ごとに砕け散るその素材はコンクリート。どうやらこの地の人間たちも建材には自分たちと同様のものを用いるらしい。中には鉄筋が入っているが、強度を増す工夫であろう。舞い上がる粉塵。破片が落ち切るのを待たずに、再び大金槌を振りかぶる。

振り下ろされる、一撃。それは目的を達することなく空振りした。

何故ならば、前方の。その下を潜ってきた衝角の強烈な一撃が、騎士のを強打したからである。

跪く甲冑。奇襲に混乱する騎士は、見た。何体もの泥人形に抱えられた衝角が複数本、こちらに向けられているのを。どころか、そいつらは一斉に突っ込んでくるではないか。同僚たちの援護は間に合わない!

迫る衝角。急激に視界を埋め尽くしていくそれは、驚くほどゆっくりに見えた。

激突。

強力な攻撃は、甲冑のもっとも装甲の薄い部分。すなわちに直撃し、突き破る。

自らの死を自覚する暇すらなく、騎士の肉体は押しつぶされた。


  ◇


広大無辺だった。

伝令で飛び回るネズミが選んだ姿は隼。高所から見えるものに、彼は圧倒されていた。見渡す限り続く、信じがたいほどに巨大な都市を。

だが、それ以上に圧倒されるのは霊気。遥か西にそびえ立つ巨峰から立ち上るのもそうだし、市街のそこかしこに設けられた壮麗な寺院の一つ一つには、とつてもなく強力な精霊の気配を感じる。地球人には精霊が見えない?あまりにも信じ難かった。精霊の助力なくしてこれほどの都市を築き上げたというのか!!そして、助力を得られなくとも。見ることすら叶わぬ精霊に対しても、人はこれほどに敬虔となれるのか。

それは、奇妙な感動となってネズミの内を満たした。

とはいえ、今はそれどころではない。眼下で繰り広げられている死闘の支援が彼の役目である。現地の衛兵たちとは言葉が通じぬし、彼らの遠話の道具の使い方を学んでいる暇もなかったから伝令役は必須だった。ヒルデガルド殿下改めの超人的な戦いぶりはもはや慣れたが、それ以外の奮闘も目覚ましい。とやらを上手く盾にした泥人形部隊は敵勢相手によく渡り合っていた。甲冑は高架を潜れないが、泥人形には容易にそれが出来るのである。身長差を生かした戦術と言えよう。

とは言え安穏とはしていられない。敵は多勢。それが幾つにも分散しているのだ。奴らの一隊にでも、後方にある宮殿に到達されればこちらの敗北が確定する。この地の軍が来るまではなんとしてでも持ちこたえねばならぬ。

そのためにも、己が味方を誘導せねば。

ネズミは、目当ての歩兵部隊を見付けると降下していった。

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