第43話 静寂

【首都高速都心環状線 神田橋JCT】


重厚な足音だけが響いていた。

ひとまず敵の一隊を撃破した涼子に続き、イーディアはへと足を踏み入れた。驚くべき長大さを持つ、空中に架けられた橋へと。高架の中央寄りを甲冑で走行していたのである。左側には多数の車両が列をなしていた。脱出しようとして渋滞につかまったのであろうか。イーディアの知るそれとは桁が違う混雑。

そして遠方。この橋から、それも甲冑の視点では、都市の様子がよく見える。先ほどの跳躍でもちらりとは見えたが、どこまでも続く市街には眩暈がしそうだった。なんという国力なのだろうか。足元の橋もそうだ。百トンの二足歩行兵器が走っているというのにびくともしない。もっとも、これは敵の侵攻も容易であることを示していたが。

やがて、前方。河と一本の橋の上をが交差する光景が目に入った。粉砕された首都高の高架も。突破されたのであろう。敵勢は幾手にも分かれて移動中のはず。

先行する涼子の甲冑が右手を伸ばし、ハンドサイン。

「イーディア。そなたは高架を進め!」

声は聞こえずとも意図は読み取れた。だから、イーディアは甲冑の霊力を解放する。全身の圧力を高め、そしてを噴出させたのである。

強烈な蒸気圧によって押し出されていく紅の甲冑。地上のすべてが小さくなっていく。白銀の甲冑が高架の破断面より下の橋へと降りるのが見える。

イーディアは、高架の向こう側へと着地した。


  ◇


【東京駅山手線ホーム】


嵐の後のようだった。

混乱の中で客が落としていったものだろう。様々な荷物や装身具が散らばり、あるいは踏み潰された痕跡が残る。電光掲示板には運休中との表示。階下では脱出しようとする人々でごった返しているが、この空間は奇妙な静けさに支配されている。それだけでも駅員たちの超人的な努力の賜物と言えよう。誰もいなくなった中、避難を呼び掛ける構内放送はどこか物悲しかった。

いや。人間が皆無、と言うわけでもない。

「誰か!もう残っている方はおられませんか!?」

制服を着た駅員はホームを回っていた。取り残された者がいないかを確かめるために。

一通り見回った彼女は最後にふと覗いた柱の陰で、逃げ遅れた乗客を発見した。

膝を抱えて座り込んだ、5歳くらいの男の子。親とはぐれたのだろう。

「大丈夫?」

手を貸す。急いで避難しなければ。武装したテロリストは秋葉原駅を破壊し、線路を通ってこちらに向かっているというのだから。

そこで、男の子が目を見開く。振り返った駅員は、見た。線路上を向かってくる、たちの姿を。

腕がある。足がある。頭がある。完全な人型を備えたそいつらは、しかし人間ではあり得ない。人間のはずがない!!なぜならば、架線を引きちぎりながら進むそいつらの巨体は、ビルディングの大きさだったから。ホームの屋根がそいつらの腰ほどもないのだ。

マントをなびかせ、手に手に巨大な武装を手にしたそいつらは、恐るべき速度でこちらにくる。逃げなければ。

「立って。早く!」

反対方向の階段を目指す。走り出そうとしたところで、頭上を何かが飛びこしていく。

次の瞬間起きたことを、駅員は爆発だと思った。衝撃で転倒した彼女。とっさに男の子をかばっていた駅員は最初、屋根を吹き飛ばしてそこに出現していた構造物が何かを理解できなかった。

ショックから立ち直った彼女は、それの上から下までを見た。二度繰り返した段階でようやく、それが何かを飲み込むことができたのである。

斧だ。信じがたいほどに巨大な、長柄の戦斧が出現していた。先ほどまで階段だった場所を押しつぶして。

駅員は、逃げ場を失ったことを知った。

線路を進んできた巨体。甲冑に見えるそいつは、投げた得物を引き抜いた。かと思えば、それを振りかぶったではないか。こちらめがけて。

―――死ぬ。

無理だ。逃げられない。

すべてを薙ぎ払う一撃が、繰り出される。

まさしくその瞬間、巨体は吹き飛んだ。体ごと突っ込んできた白銀の甲冑の、太刀に貫かれながら。

宙に浮いた両者が線路に激突するまで、随分と間があった。残るたちが向き直る。敵の出現を認識した彼らのは、白銀の甲冑へと斬りかかった。

強烈な斬撃。白銀の甲冑を切断するかに見えたそれは、振り返りざまに繰り出された太刀と衝突。火花を散らしながら互いにその軌道を変えた。翻るマント。巨大な慣性のぶつかり合いを流れるように制した白銀の甲冑は、右の腰より抜剣する。

鞘走った一撃が、の胴体を見事輪切りにした。振り切った太刀を切り返すよりこちらの方が早いという一瞬の判断がもたらした結果であるが、駅員には解らぬ。解らなかったがしかし、彼女にも白銀の甲冑の恐るべき技量は理解できた。

と。

白銀の甲冑は、こちらへと。咄嗟に身をすくめた駅員に降り注いでくるのは火花。見上げてみれば、頭上でふたつの刃がぶつかり合っていた。片方は白銀の甲冑。もう一方の持ち主は―――

背後より迫っていたあかがね色のそいつが突っ込んできたのを、白銀の甲冑は阻止したのだ。自分達を救うために。

「うしろ!」

男の子の声に振り返った駅員は、見た。白銀の甲冑。その背後より迫る、もうの敵の姿を!

危ない。そう思った瞬間、白銀の甲冑は動いた。右手の太刀。駅員たちの頭上で攻撃を受け止めているそれを真後ろに引いたのである。

長い柄が、背後の敵へと襲いかかった。それは見事、相手の喉へと激突する。更には回転するように、左の剣が前へと振り抜かれた。

たたらを踏んだ銅色の。その首が、斬り飛ばされる。

残された胴体はややあって、前のめりに転倒。駅員たちから見て斜めに横たわった。断面から覗く、首なし死体。これが人間の操縦する機械なのだということを、駅員は悟った。もはや恐怖心がマヒし、悲鳴の一つも出てこない。

そんな彼女を放置し、白銀の甲冑は動いた。残る敵勢。駅へと侵入した者たちに向かって。

今まで以上の恐るべき死闘が、始まった。

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