第50話 死闘の果てに

―――おのれ!

ヒルダわたしは内心毒づいた。アルフラガヌス自らがこうしてやって来たということは、もはや敵に甲冑がないことを示している。奴さえ倒せば勝ちなのだ。にも関わらず優勢なのは敵の方だった。

二つの塊が激突しあう。

一方は泥人形。重厚にして多重の横隊が、真正面から突っ込んだのである。

それを受け止めたのは、巨大な盾を構え見事な防御陣形を構築した、制服の男たちだった。

機動隊。日本において、盾を用いた集団戦法に最も習熟した集団である。彼らは異形の軍勢に臆することなく、どころか反撃に出た。

押し返す。踏み込む。振り上げた盾を、振り降ろす。

泥人形の体躯に、盾の角が食い込んだ。この武装は単に身を守るための道具ではない。その堅牢さと質量は強力な武器ともなるのだ。

さらにの要領で力を込める。傷が押し広げられ、泥人形が崩れた。そこかしこで同じ事が行われ、その度に泥人形が破壊されていく。

いけるか。機動隊員たちはそう思ったことだろう。

されど。わたしは、敵将が次なる術を詠唱していることに気が付いた。まずい。

阻止すべく、スマートフォンを取り出す。フォルダを開き呪符をタップ。もどかしい。間に合うか!?

わたしの呪符が発動するのと、アルフラガヌスの詠唱が終わるのは同時。

敵の周囲に出現したのは多数の光輝く球。

それは、弧を描いて機動隊の頭上を飛んでいく。

対するわたしが召喚したつむじ風は、そのうちの多くを巻き上げ、壕の中へと運び去った。じゅっ。と消滅する球。

されど、残ったものが機動隊の背後に落下。炸裂したのである。凄まじい破壊力が解放された。多数の機動隊員が焼かれ、生命を失ったのだ。

火球ファイヤーボールの術であった。

泥人形たちにはたいした被害はない。皮肉なことに、機動隊が盾となったことで破壊力が軽減されたのである。

多大な損害を受けた機動隊。彼らが突破されるのは時間の問題だった。

混乱の中を魔法王は進む。時折飛来する攻撃魔法は足を止める役に立たぬ。周囲を巡る幾つもの呪符によって防護されていたからである。術を飽和させるには手が足りぬ。大魔術か大型の火器が必要だろう。

そこで前に出たのは、恵。

「―――行きます。援護をお願いします」

わたしは、頷いた。


  ◇


恵は気を練った。自分だけではない。その場にいた数名の一族。同じ時崎の者達が、敵将を討つべく構えたのである。

行使したのは先程と同じ術。そしてもうひとつ。

皆が一斉に、真正面から突っ込んだ。

敵勢の上を。存在を仮定した架空の階段を踏破する術。他人から見れば空を渡るように見えるだろう。

敵が気付いた。魔法王がこちらを一瞥したのである。

アルフラガヌスが投じたのは、多数の札。それはたちまちのうちに燃え尽き、強烈な理力の矢エネルギーボルトへ変わる。

それは矢の雨となって、一族に襲い掛かった。ある者は直撃を受け、またある者は足場を落下する。こちらにも襲い掛かってくる。

大丈夫。一度見た。タイミングを見計らう。剣を一閃。強烈な攻撃が

時崎の家に伝わる破魔の術であった。歳馬神社でもヴァラーハミヒラの心を操る術に対して使っている。あのときは、悪霊がちょっかいをかけてきたとばかり思っていたのだが。

敵は目前。届いたのは己だけだが問題ない。

空中から剣を、突き立てる。まさしくその瞬間。

破裂音。

「―――え?」

無様に落下する。腹に灼熱のような感覚。

当てた手は、真っ赤に染まっている。重傷だった。

苦労して見上げた先。魔法王が手にしていたのは古ぼけたリボルバー拳銃である。

地球人こちらが魔法に頼ったように、敵も科学の力を使えるのだ。という事実を、今更ながらに恵は理解した。

目の前が暗くなる。立たないと。こいつを倒さなければ―――

そんな想いも虚しく。

恵は、意識を喪失した。


  ◇


ここまで来て!

涼子わたしは、レバーを引いた。甲冑の前面が開いていく。蒸気が噴出。歪んだ構造が嫌な音を立てた。もどかしい。前方では警察と泥人形どもの集団戦闘が繰り広げられている。こうなっては強力な魔術や大型の火器は使えない。味方を巻き込んでしまう!

革帯を外す。両腕を籠手から引き抜き、内部に固定してあった幅広の剣ブロードソードを外す。開いた隙間から身を乗り出す。

わたしは、甲冑の外へと飛び出した。


  ◇


―――厄介な。

魔法王アルフラガヌスは急速に消耗しつつあった。甲冑の遠隔操縦は心身を酷使するし、立て続けに行使している大魔術の負担も大きかった。己が未だに無事なのは、乱戦に持ち込んだことが大きい。

破壊された黄金の甲冑との繋がりはまだ維持されている。機能は停止しても、そこに宿った精霊の力を借りて大魔術を行使できるのだ。アルフラガヌスの卓越した霊力あってこそだった。

だから、ここさえ突破すればまだ勝ち目はある。

それを邪魔するならば、何者であろうとも排除する覚悟だった。それが、生涯最大の敵であろうとも。

背後から突っ込んでくるのは、女。第四王女ヒルデガルドが、剣を手にして向かってくるのだ。甲冑を降りても恐るべき剣の冴え。地球人たちに混じって戦う彼女は、泥人形たちを撫で切りとしながら接近してくる。破魔の術が付与された魔法剣なのだろう。もちろん接近されれば勝ち目はない。

だが、前方より飛来する魔法。地球の装束をまとった少女の放つ術にも対処せねばならぬ。

だからアルフラガヌスが選んだ攻撃手段はパーカッションリボルバー。

母の形見であるこの武器は、今まで幾度もアルフラガヌスを危機から救ってきた。此度も、そうだろう。

銃口を向ける。狙いを定める。引き金を引く。

銃弾が放たれるのと、ヒルデガルドが身を庇ったのは同時。

銃弾は、正確に敵手の心臓を穿つ軌跡を描いた。

だから。半身となった持ち主の、急所のみを正確に庇った剣へと、弾丸がぶつかるのは必定だったのだろう。

弾き返される銃弾。

魔法王は、生涯最大の驚愕をする事となった。まさか銃弾を剣で防ぐとは!!

ヒルデガルドの剣は、アルフラガヌスの肉体を切り裂いた。

「―――なんという」

ヒルデガルドの、反り血で濡れた顔。それは卓越した剣技と相まって、女神のごとき神々しさを放っている。この女に敗れるならばそれも仕方がないと思えた。

アルフラガヌスは、倒れた。王たる威厳を保ったまま、堂々と。

こうして、戦いは終わった。


  ◇


泥人形達が、崩れていく。

しばし不思議そうな動作をした彼らは、やがて崩壊。たちまちのうちに元通りの土塊へと戻ったのである。

術者を失った結果だった。

その光景を見て、全ての者が戦いの終わりを知った。

最初に歩み寄ったのはヒルダわたしだったか。あるいは涼子からだったのだろうか。

わたしたちは最初おずおずと。やがて駆け出し、そして抱き締めあった。

終わった。ようやく、終わったのだ。

いつまでも二人のヒルダわたしたちは、そうしていた。

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