第49話 魔法王
遠近感が狂っていた。
前方からやってくる巨体を前に、恵はそんなことを思う。
最後の敵。先ほどのミサイルで損傷したそいつはしかし、まだ十分に戦えるように見えた。実際に機能は維持されているのだろう。戦闘ヘリの機関砲の弾丸を止めてしまえるのだから。
誰かが退避と叫んでいる。必死の形相で進路上から逃げていく人々。そのすべてがまるで夢のようで現実感がない。
だが、あれは現実なのだ。そして誰かが止めなければ、もっとひどいことになる。
「やる気か?」
「はい」
「そうか」
恵の横にヒルダが並んだ。彼女が唱えた呪句とともに起き上がったのは土砂の塊。泥人形といったか。8メートルの巨体も敵と比較すれば背伸びした子供に過ぎぬ。
剣を抜き放つ。敵をにらみつける。あれがどういう兵器かは聞いている。生身であれを斃す一族が存在することも。どうやるのかも。
ならば、自分にもできるはず。いや、はずではない。やるのだ。
泥人形が真正面から突っ込んだ。その脇から走る。
敵が戦斧を振るった。
真横に振り切られた一撃は、泥人形を真っ二つにする。まるで相手にならない。構わない。
気を練る。必要なものを幻視する。実在を認識する。
恵は、存在しない架空の階段を駆け上がった。
敵の顔が。甲冑の頭部がたちまちのうちに近づく。その喉元にある窓も。スリット状になった構造の向こう側にいる男の顔も。たった今破壊した泥人形からこちらに視線を移す所も。表情が驚愕に変わっていく様子までもが、克明に見て取れた。
甲冑は武器を振り切っている。対処は間に合わない。
刃を寝かせて放った刺突は、正確に窓の隙間を抜けた。確かな手ごたえ。
恵は今日、生まれて初めて人を殺した。
◇
なんということだ!!
魔法王アルフラガヌスは全てを見ていた。皇居の前にそそり立つ高層ビルの屋上から、戦いの様子を見下ろしていたのである。
眼下では、最後の甲冑が前のめりとなって倒れて行く様子がはっきりと見えた。信じがたいことに、生身の歩兵が肉薄して操縦者を斃したのだ。
直卒していた部隊はこれで全滅。他の場所の戦闘もおおむね終結に向かいつつある。それは、アルフラガヌスにはもはや甲冑戦力が残されていない。ということだ。
「―――まだだ」
諦めることなどできなかった。賽は投げられたのだ。これまでに払った犠牲。これから先に払うであろう犠牲。その中には、アルフラガヌス自身の生命も含まれている。そもそもが、一代で終わるような事業ではなかったから。
アルフラガヌスは即断すると、魔法を行使。
その姿を鳳へ変化させた彼は、虚空へと羽ばたいた。
◇
第四対戦車ヘリコプター隊。千葉県は木更津駐屯地に所属する陸上自衛隊の部隊である。今世紀初めて、近代兵器で魔法兵器を撃破するのに成功した部隊。そのうちの1機のパイロットは安堵していた。敵を撃破したことに。それ以上に、皇居への敵の侵入を阻止したことに。
1kmもの距離を隔てて敵に攻撃を加えた彼らは弾薬を使い切っている。速やかに帰投せねばならぬ。そのはずであったが、前席のガンナーが声を上げた。
「なんだ?」
彼が声を上げた理由はすぐに分かった。一瞬、前方が光った。かと思えば、爆発音が聞こえてきたからである。真横から。
目をやれば、墜落していく僚機の姿が見えた。
咄嗟に機体を傾ける。本部に通信。回避運動を開始。
二度目は、何が起きているかがはっきり見えた。雷だ。強烈な
敵の反撃なのは明らかだった。2機目が被弾。オートローテーションで降下していく。行けるか―――分からない。気にしている余裕がない。3機目が爆発。自分たちが最後だ。
衝撃。
コントロールを喪失。爆発しなかっただけでも儲けものだ。必死に立て直そうとする。駄目だ。ビルが近づいていく。回避の余地がない。
パイロット操るAH-1は、ビルに激突した。
◇
突如として走った雷光。水平に四つ飛んだかと思えば、次の瞬間には遠方の戦闘ヘリコプターが次々と墜落していく。
まだ戦いは終わっていないのだと
交差点に降り立ったのは堂々たる鳳。それは立ち上がり、たちまちのうちに姿を変えていく。
変化が終わったとき、そこに佇んでいたのは一人の男だった。
年のころは四十代半ばだろうか。支配者の威厳を保った彼と会うのは初めてだ。だがこの状況とそして何より、王のみがまとうことを許される戦衣を身に付けていることからもその素性は明らかだ。
「―――魔法王アルフラガヌス」
敵将は高らかに命じた。魔法の言葉をもって、万物に宿る緒霊に。
精霊たちは、それに応えた。
「―――撃て!!今なら殺せる!!」
わたしの言葉に、呆然としていた自衛官や警察官達が動き出す。
幾つもの銃声が響き、それはたちまちのうちに拡大して場を包み込んだ。
強烈な攻撃は、しかし無意味だった。起き上がり、身を呈して盾となった敵勢によって阻まれたから。
銃撃が止んだ後。
アルフラガヌスの前後に幾重にも整列していたのは泥人形。人間サイズのそいつらはしかし数が多かった。多重の人垣となって、銃弾を阻んだのである。
土の塊である彼らに小火器は通用しない。小さな弾丸の運動エネルギーは柔らかく受け止められた。倒すなら白兵戦を挑むか、あるいは大型の火器が必要だろう。
「さあ。殺すのだ。我が前に立ち塞がる者全てを!!」
魔法王の命令が、下された。
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