第48話 空っぽの巨影
【東京駅中央口交差点上空】
―――仕留めた。
アルフラガヌスは確信していた。ヒルデガルドは地面を踏み抜いている。攻撃を回避する術はない。強烈な鎖の一撃が命中する。
その目算が外れたのは、まさしく彼が危惧していた状況に陥ったからである。
背中に走ったのは激しい衝撃。
対戦車兵器によってもたらされたそれは、黄金の甲冑の機能に著しい損傷を与えただけではない。たった今放った攻撃の軌道をも著しく逸らせたのだ。必殺の鎖は、空しく大地を削るだけの結果に終わった。
コントロールを喪失した巨体が墜落していく。黄金の甲冑はきりもみしながらゆっくりと。やがて急速に、大地へ激突した。
◇
「―――!?」
土煙が上がった。
敵手が放った鎖はこちらを逸れ、路面を抉るだけに終わる。
足を引き抜く。立ち上がる。
わたしは、残る敵勢へ向けて甲冑を走らせた。
◇
【皇居前広場】
大津波が、襲ってくる。
遥香はそんな感想を覚えた。
皇居前広場に展開された援軍の本陣。そこからは戦いの様子がよく見える。こちらに突っ込んでくる12メートルもの二足歩行兵器の姿も。
地響きを上げ、手に手に大金槌や戦斧、槍などを振り上げて突っ込んでくるそいつらは根源的な恐怖を喚起する。その猛威と比べれば、自衛隊や魔法使いたちの応戦も蟷螂の斧に過ぎぬ。
友人はこんなものと戦っていたというのか。自分の知らない間に。
この巨大二足歩行兵器の軍勢と比較すれば、
「遥香。そなたは逃げろ」
「どこへ逃げろと言うんだ。奴らが勝てば、地球全土が闇に閉ざされる。たくさんの人が死ぬだろう。飢えと寒さで、恐怖に震えながら」
ヒルダの言葉にかぶりを振る。地球人類に逃げ場などないということは遥香もよくわかっていた。この混乱ではこの場から退避することすら困難だろう。そして、友人たちを置いて自分だけ逃げることはできない。
涼子だけではない。恵も家から持ってきた剣を携えているし、そしてヒルダ。この異世界人は、八面六臂の活躍をしていた。自衛隊がこの場に設営した指揮所にて通信と翻訳に忙殺されていたのである。日本政府と援軍の連携が取れているのは、彼女の超人的努力あってこそだった。
それに、悲観することはない。迫る十近い敵勢。その更に向こう側から突っ込んでくるのは、涼子操る白銀の巨体なのだから。
美しい。
戦いで傷付き、粉塵で汚れていてなお、その姿は優美だった。それどころか一挙手一投足までもが見事である。超人的な太刀筋は、まるでフィギュアスケートのオリンピック選手の演技を思わせる。
太刀が振り切られる。
刀剣が、あんなに巨大な物体を切断できるなんて遥香は知らなかった。ずるり、と切断面からずれていく敵の巨体。信じがたいほどに美しい切り口。あの技に対抗できる者などいるはずがない。そう思える技量。
だから後は、敵勢が皇居にたどり着くのが早いか。あるいは、涼子が敵を全滅させるのが早いか。そういう勝負だった。
立て続けに数を減らしていく敵勢だが、しかしその歩みは早い。更には何体かが振り返り、涼子向けて立ち向かう。
閃光が迸った。
一撃ごとに金属が切断され、一合ごとに大地が砕けた。マントが翻り、激突した刃が火花を散らす。巨大な慣性を操る様はまるで魔法のよう。いや、本当に魔法なのだ。闘争とは、最も原初的な魔術の形態であるから。
たちまちのうちに四体を始末した白銀の甲冑。残る敵は後数体。
ギリギリだが、間に合う。その様子を、すべての者が凝視していた。
涼子の刃が振り下ろされる。
まさしくその瞬間、動作は破綻した。背後から伸びてきた鎖によって。
白銀の甲冑の背後よりそれを伸ばして来たのは、髑髏。12メートルの巨体操る鎖が、涼子操る二足歩行兵器の左腕に絡み付いていたのである。半壊したそいつの有り様はまるで死体が動いているかのよう。
残った敵勢が、和田倉門交差点に差し掛かった。
壕の橋が、突破される。
◇
勝った!!
魔法王配下の騎士はほくそ笑んだ。部隊はほとんど壊滅したが、しかし敵の宮殿まではあとほんの一跨ぎだ。突っ込む。左右の歩兵どもが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。魔法王陛下も近くから見ておられるはずだった。
橋の手前に差し掛かったところで、左より飛来する物体に気付く。大丈夫。飛び道具など恐れるに足らぬ。
誤りだった。矢除けの加護にて定義される飛び道具とは、射手の手を離れたもののみを言うから。
衝撃。
壕の橋を越えようとした瞬間、襲いかかってきたのはBGM-71 TOW。飛来した戦闘ヘリコプター、AH-1 コブラより発射されたこの有線誘導ミサイルは、騎士の操る巨体へ激突。12メートルの甲冑の左腕に著しい損害を与えたのである。
―――なんだ。何が起こっている!?
ショックでバランスが崩れる。混乱する騎士は、敵勢へ向き直った。今度ははっきりと見えた。飛来してくる投射兵器に繋がる、ワイヤーを。それがはるか向こう。回転する翼を備えた機械へと繋がり、そして硝子に守られた操縦槽の騎士たちによって放たれた事までもが、理解できた。
二発。三発。
立て続けの攻撃が甲冑を打ちのめす。敵勢は四領。数え方がそれでよいのかは謎だったが、もはや気にしている余裕などない。
跪く。操縦槽を庇う。構造がたちまちのうちに破壊されていく。右腕が脱落。
視界が開けたところで、真正面から突っ込んできたのは敵弾。
騎士は、絶叫した。
◇
―――行かせぬ!
追い縋ろうとするわたしの背に、巨大な質量がぶつかってきた。
倒れる。残る腕で揉み合う。相手に向き直る。
眼前。窓の向こう、スリットから見えたのは半壊した髑髏だった。顔面から胸郭までが大きく砕け、操縦槽が見える。その中に誰もおらぬことすら。
―――無人!!
思い出す。甲冑を操るのに体を動かす必要はない。達人ならば甲冑に降ろした精霊と心身ともに同調し、思念のみで操れるからだ。
それが、真の達人ならば操縦槽にいる必要すらないのだと言うことを、わたしは今初めて知った。こやつは遠隔操縦されているのだ!!
同時に、この卓越した操縦者が何者なのかをもわたしは悟っていた。こんな真似ができる人間は一人しかいない。その名も高き大魔法使い、魔法王アルフラガヌス自らが操っているに違いない。
左腕の断面で殴り付ける。雷撃が来た。右腕表面が破裂。威力が弱い。損傷のせいに違いない。首の固定を解除。頭突き。膝蹴り。流し込まれた電流で全身が硬直する。もう少しだけもってくれ!!
押し退ける。立ち上がろうとしたところで足に抱きつかれた。マントが裂ける。無様に倒れる。おのれ。
太刀が敵の心肺器を貫通するのと、電撃がわたしの足に炸裂するのは同時。
黄金の甲冑は今度こそ死んだ。いかに無人でも、心肺器を破壊されては機能を停止するしかない。しかしこちらも損傷は甚大だ。跪く。もはや歩けぬ。戦いはどうなった。敵は!!
わたしが視線を向けた先では、決着が付きつつあった。横手より飛来するミサイルに敵勢が破壊されていくのだ。ワイヤーが見える。何が起きているかが理解できた。
一領が倒れた。二領目が擱座する。そして最後の一領が破壊される前に、攻撃は終わった。
ミサイルが尽きたのだ。
横手から飛んでくる攻撃が機銃弾に切り替わった。こちらからでは攻撃者は見えないが、恐らく戦闘ヘリコプターによる攻撃なのだろう。されど、それが効果を発揮していないのは明白であった。何しろ飛来した弾丸のことごとくが敵の直前で静止しているのだから!!
矢除けの加護の霊力だった。
やがてはそれすらも止んだ時。
最後の甲冑が、前進を再開した。
わたしの甲冑はもう歩けない。イーディアや泥人形部隊は他の場所で交戦中。自衛隊のヘリは残弾が尽きている。
もはや阻止する手段は、ない。
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