第47話 不死身の髑髏

東京駅は、東京の表玄関とでもいうべきターミナル駅である。そのプラットフォームは日本で最も多く、まさしく日本の交通の要衝と言えよう。赤レンガ造りの丸の内口駅舎はかつて空襲で屋根と内装を喪失したもので、原型に近い形に復元されたのは今世紀に入ってからという歴史的建造物でもある。

巨大さと壮麗さを併せ持った、赤レンガ駅舎。皇居までを見通せる広い道に面したこの構造体は突如、崩れ去った。内側よりの暴虐に耐えかねて。

駅舎をながら飛び出してきたのは、巨人。12メートル、百トンもの巨体を備え、マントを翻した巨大二足歩行兵器たちが飛び出してきたのである。それも、何体も。

「―――来るぞぉぉぉぉぉっ!!」

誰かが叫んだ。

鉄帽と迷彩服で身を守り、強力な火器で武装した自衛官たちであった。地下道への入り口や放棄された車両を遮蔽物として布陣した彼らは決死の形相である。ここを突破されればもはや皇居までは一直線だ!

突っ込んでくるに向け、幾つもの110mm個人携帯対戦車弾が向けられる。この強力な火器であっても有効打にならぬことはもはや明白であったが、しかしこれ以上に強力な武装はここにない。

壮絶な死闘が開始された。


  ◇


―――数が多すぎる!!

涼子わたしは、刃を振り下ろした。強烈な一撃が敵の得物に激突する。その質量を支える巨体のがひび割れるのに舌打ち。場所が悪すぎる。何しろここは駅のホームなのだ!全力で戦えば建物ごと崩落してしまう。下にはまだ、何百何千という人が逃げ遅れているに違いない。

厄介なことに、敵手もその事実に気付いたようだ。攻め手が消極的となり、戦いを長引かせようとしている。他の甲冑がその隙にいく!わたしを無視して皇居の方向へと走り出したのである。

「邪魔だ!!」

立て続けに二刀を叩き込む。敵手が退。押し切る。

わたしが繰り出した左の刃は、敵の胸郭を貫いた。ゆっくりと倒れて行く、巨体。

背を向けた敵勢を追いかけようとしたわたしは、咄嗟に太刀を

衝撃。

太刀にはじき返された鎖が宙を舞っていく。視線を向けた先にいた黄金の巨体に、わたしは見覚えがあった。

髑髏の甲冑。イオノクラフト効果で飛翔し、鎖と電撃を武器とする強力無比な兵器である。イーディアが撃破したはずだが、損傷を修理したのだろう。ホームのに佇んだそいつが腕を振り上げるより早く、わたしは出していた。

間合いを詰める。飛ばれれば厄介だ。太刀で一撃を受け流す。三度目の攻撃よりこちらの方が早い。行ける。

わたしの一撃は、間違いなく相手の操縦槽に突き立った。

黄金の巨体がゆっくりと、倒れ―――ない!?

敵手の掌が迫るのを回避できたのは、体に染みついた条件反射故であろう。転がる。剣を振り上げる。衝撃。鎖が絡みついたそれを咄嗟に手放す。電光が迸った。

立ち上がるわたし。黄金の甲冑は突き刺さった太刀を抜く。

線路に落下する、刃。

「……馬鹿なっ!」

損傷は確実に操縦槽の奥まで達している。にもかかわらず、どうしてこいつは動いている!?

わたしの混乱と焦燥をよそに、髑髏の甲冑は浮かび上がっていく。強烈なオゾン臭を漂わせて。毛が逆立つ。架線から火花が飛び散る。強烈な電磁誘導。

イオノクラフト効果の力であった。

たちまちのうちに、わたしの手が届かぬ高みへと達する黄金の巨体。

どう戦う?どう倒す?

最後に残った剣を抜き放ったわたしへ、鎖が襲い掛かった。


  ◇


―――やはり現れたか。

魔法王アルフラガヌスは、敵手を見据えていた。駅のホーム上よりを見上げてくる白銀の甲冑。第四王女ヒルデガルドが操るそれを。

最初の時点でいかなる犠牲を払ってでも殺しておくべきであった。そうしておけば今、これほどの苦境に立たされることもなかったであろう。今回の作戦に二度目はない。アルフラガヌスにとってもぎりぎりの戦略であったのだ。

だから、なんとしてでも勝たなければならぬ。

そのためには急ぐ必要があった。アルフラガヌスと同調した髑髏の甲冑は強力だが、矢除けの加護を持たぬ。この世界の兵器の攻撃に晒されればたちまちのうちに破壊されよう。それまでになんとしてでも、ヒルデガルドを斃さねば。

を巡る鎖へ思念を飛ばす。

強烈な攻撃が、200メートル先の敵へと襲い掛かった。


  ◇


巨大な破壊力が、ホームを砕いた。

間一髪攻撃を回避した涼子わたしは走る。落ちている太刀を拾い上げ、目指す先は逃げた敵勢。市街地に出なければ。遮蔽なしではたちまちのうちにあの鎖の餌食だ。

砕けた駅舎より。下にもはや人がいないことを祈るばかりだ。走る。前方の広大な道路は10車線。焔の壁ブレイズウォールが幾つも展開され、対戦車ミサイルが飛び交う中を多数の甲冑が突破しようとしている。

その背に襲い掛かろうとして。

振り上げた剣に激突したのは鎖。ええい、厄介な!!

攻めあぐねているうちにも、敵勢は防御を突破していく。どうすればよい?

不覚を取ったのは、焦燥に囚われていたからだろう。

もう何度目になるか分からない一撃。重い鎖を受け流した途端に崩れ去ったのは、足元。

「―――!?」

地下、通路。

思い出した。東京駅から皇居の手前まで、地下通路が存在してるという事実を。敵勢がダメージを受けていたその構造が、最後の一線を越えたのだ。

踏み抜いた足を引き抜こうとするが間に合わない。

身構えたわたし目掛けて、再び鎖が伸びた。


  ◇


110mm個人携帯対戦車弾。ダイナマイト・ノーベル社製の対戦車無反動砲、パンツァーファウスト3の自衛隊における呼称である。発射チューブよりロケットブースター付き弾頭を投射するこの兵器は、反動を金属粉(カウンターマスと呼ばれる)の噴射で相殺するため後方への危険が少なく、十分な空間があれば屋内からでも使用可能である。

今、東京駅の向かいに位置する高層ビルの一角。そこに布陣した擲弾手が構えているのもこの破壊兵器であった。

彼の前方にはマントをなびかせた黄金の巨大な人型。信じがたいことにあの形状で浮遊している。どのような原理なのかはさっぱりだったが、しかし地上の目標に注意を向けたそいつの背中は無防備だ。

もちろん、見逃す手はなかった。慎重に、狙いを定める擲弾手。

轟音とともに、ロケット弾が発射された。

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