第51話 対面
【首相官邸地下1階 危機管理センター】
「―――敵指揮官、魔法王アルフラガヌスを逮捕。皇居前広場の戦闘はひとまず終息したそうです」
その報告に危機管理センター内が、歓声に包まれた。
どっしりと脱力したのは首相。彼は、共に残っていた防衛相へ口を開いた。
「……ひとまず、峠は越えたな」
「ええ。ですがまだ、
防衛相の言葉に頷く。この男の管轄下にある省庁。すなわち防衛省も実によく働いてくれた。魔法と言う未知のテクノロジーを相手に。有線誘導ミサイルを最終防衛ラインに配置するという案も、敵の能力についての情報を分析した市ヶ谷の参謀たちが発案したものだ。「屁理屈に聞こえるかもしれませんが、発射器と弾体が繋がっていれば飛び道具とは見なされないのでは?」と。
その結果は言うまでもあるまい。
地球人類は、魔法兵器に対抗する手段を手にしたのだ。もちろん、矢除けの加護を除いても、機能停止するまでに対戦車ミサイルを10発以上必要とするような強靭さ。そして戦闘機を撃墜できる対空戦闘能力は十分に脅威だが。
「無論だ。ひとまず交渉の準備をせねばなるまい。彼女の協力が必要だな。
さあ。諸君、ここからが正念場だ!もう一仕事してもらうぞ」
首相の言葉に、湧いていた空気が引き締まった。各部署の人員が動き出す。今度は敵の残存兵力に対処するために。
その様子を頼もしく思い、首相は顔を綻ばせた。これから行う事業は、何から何まで戦後初となるであろう。更には、国外よりの軍事援助を受けたことについての事後法の整備も必要になる。しかし彼らならばうまくやり遂げてくれるに違いない。
必要な指示を終えた首相は、今度は傍らの女に顔を向けた。
「さて。貴女から見て、今回の差配はどうでしたかな」
「あんたはよくやったよ。私の見てきた限りじゃあ、もっと無能な奴は無数にいた」
「ははあ。それは何ともありがたいお言葉だ。
そう思われるなら、次の選挙の時も1票、お願いしますよ」
「考えておくよ」
異相の鬼は苦笑。冗談と思われたようだが、しかし今回の件が一段落すれば内閣総辞職と選挙を行わねばならない。首相が下した決断は超法規的部分を含んでいる。その是非について、国民の信を問わねばならなかった。
日本は、れっきとした法治国家なのだから。
◇
「―――ぅ」
魔法王アルフラガヌスが目覚めたとき、目に入ったのは知らない天井だった。
白い化粧板。初めて目にするが、あの細長い硝子管は電灯であろうか。周囲を見回す。寝台を覆うように垂れ下がっているのは白いカーテン。その外には幾つもの気配が感じられる。精霊の働きが抑えられているのも。何らかの術封じであろうか。
体を動かそうとして、苦痛。そうだ。剣で斬られたはず。にもかかわらず生きている、と言うことは、手当てを受けたのだろう。
枕元へと目をやると―――
「気が付いたか」
見慣れぬ装束を纏った、黒髪の少女がそこにいた。
地球人であろうか?されど、こちらの言語を操っている。それに、先の戦いで魔法を行使していた覚えがある。
だからアルフラガヌスは、英語で。地球の言葉で話しかけた。
「―――ここは。私はどうなった。お前は何者だ」
「なんだ。地球の言語を操れたか。わたしが待っている必要はなかったな。まあよい。順番に答えよう。ここは地球の病院だ。
魔法王アルフラガヌス。お前はわたしたちの
女の言葉もまた、英語だった。流暢なクィーンズ・イングリッシュである。
「わたしの名は
それで、アルフラガヌスは相手が何者なのかを悟った。
「―――そうか。私の兵を撫で斬りとしたのはそなたであったか」
「いかにも。ヒルダ―――第四王女ヒルデガルドとは長い付き合いだ。彼女とはたびたび肉体を交換して、あちらの世界に遊びに行った。まあ、そのおかげで彼女と生死をも共有することになったわけだが」
アルフラガヌスは知っていた。ハイパティアの書庫に遺されていた術法。その中でも最も危険なものが、異界の者と縁を結ぶ術なのだと。肉体の交換もその延長線上にある。縁で繋がり合ったふたつの魂はやがて混ざり合い、一つとなるだろう。ふたつの肉体とふたつの心を持った、一人の人間となると言っても過言ではない。だからこそ、簡単に肉体の交換が叶うのだった。
「なんと浅はかな」
「何とでも思ってもらってよい。当時のわたしたちは幼かった。その目の前には無限の沃野が広がっていたのだ。未知の異世界と言う知識の沃野が。そこに飛び込む術があるというのに、歩みを止めることなどできはしない。まあおかげで今、大変苦労しているがね」
蛭田涼子は苦笑。
「わたしはまだいい。こうして生きているし、地球における直接の知人友人も皆無事だ。お前に撃たれた後輩も峠は越した。
だが、ヒルダがお前に抱いている怒りは凄まじいぞ。国土を奪われ、多くの人命が失われた。お前の命がいまだにあるのは、この状況を収拾させるためだ。
これからは、わたしたちのために存分に働いて貰おう」
「……是非もなし」
それを最後に、蛭田涼子は立ち上がった。去ろうとする彼女へ、声をかける。
「ひとつ問いたい。地球には、そなたのような剣士が他にもいるのであろうか?」
「ああ。残念ながら、わたしは上から数えて16番目に過ぎんよ。より上位の者に甲冑を与えれば、わたし以上の働きをするだろうな」
「そうか」
「わたしからも質問だ。
あの拳銃、どこで手に入れた?」
「―――母よりの、授かりものだ。母は地球人だった。ハイパティアがそうであったように」
「……そうか。それで、このような大それたことを考えたか」
問答を終えると今度こそ、蛭田涼子は立ち去って行く。
残されたアルフラガヌスは、目を閉じた。
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