果てしなき血河の先に

クファンジャル_CF

第1話 女子高生血風録

「不具合はありませぬか?」

「ないわ。ありがとう」

ご武運を。そう告げた従僕が下がると同時に、操縦槽が闇に包まれた。視界は最悪。各所に設けられた覗き穴と、正面の直線。いくつものスリット状になった窓だけが頼りだ。そして、自身の五感。

前方。城門が開いていくのを認め、わたしは右足を一歩、踏み出した。

歯車音。カムがかみ合う音。鋼線の擦れる音。蒸気が噴き出す音。それらに遅れて、轟音が来た。

小さな動作は、何十倍にも増幅された一歩として再現される。

足が地面に接触。すさまじい振動。かたいショックが伝わってくる。思い出す。五体を柔らかくして受け止めねば。足が。崩れそうになるバランスを補正する。

二歩目は、ずいぶんとスマートに進んだ。

三歩。四歩。恐るべき歩幅で、は進む。

それは、客観的に見上げれば、地響きを立てながら前進する十二メートルの甲冑。そう見えただろう。白銀に彩られ、マントをなびかせる巨体は魔法とからくりで再現された拡張人体。

抜剣する。

操縦槽は狭い。中にいる者の動きは制限される。故に、操縦者の小さな動作は何倍にも増幅されて甲冑が再現する。

此度こたびも、そうだった。

振り上げられた刃。恐るべき精度の一撃は、前方より迫る巨体を両断したのである。

斜めに切断された甲冑。すなわち前方より迫った敵手の巨体が、た。

―――殺した。

我ながら惚れ惚れする手腕だった。静かに倒れていく巨体の断面より転がり落ちたのは切断された人体。甲冑と比してあまりに小さい体躯を、しかしわたしは細部まで目撃していた。

美しい。

信じがたいほど生々しい切り口。初めて見た。巻き藁を切るのとは違う。

それは、たちまち視界の外へと消えていった。やむを得ない。不慣れなこの身では慣性を打ち消すのも一苦労だ。それなら進む方がよい。

楽しい。もっとやりたい。

その一心で進む。

視界の隅より迫ったのは、強烈な。されどずいぶんと鈍い、突き。

とっさに回避。体の反応が鈍い。いや。慣性が巨大すぎるのか。

眼前を通り過ぎた刃は、恐るべき大きさであった。

この期に及んでようやく得心する。敵手が鈍いのではない。わたしが遅いのでもない。

小さな窓より外を見ているが故であり、視界と不釣り合いに互いが巨大であるが故の錯覚。

そうと分かればやりようはある。

勢いを殺さぬまま前進。肩口よりぶつかる。

衝撃は、覚悟していた以上にあった。当然であろう。百トンの巨体が、真正面よりぶつかりあったのだから。

十二メートルの巨人が宙を舞うのを、わたしは生まれて初めて目にした。

まるでスローモーションを見ているかのような、現実感のない光景。重力は懸命に仕事をしているが、それをあざ笑うかのように甲冑は巨大なのだ。

やがて、敵手の巨体は大地に抱き留められた。そう。地面には百トンもの重量物が激突するショックに耐えられるほどの強度がなかったが故である。陥没し、どころかその周囲までがプディングのように柔らかく崩壊していく。

もちろんわたしも、それをぼうっと見ていたわけではない。敵手がショックを吸収してくれたおかげで、こちらはようやく止まることができたのだ。礼をせねば。

手にした刃を突き出す。

刺突は、見事に操縦槽を貫いた。敵操縦者は即死だろう。

剣を引き抜き、そして目を閉じる。視界は狭い。頼りにならぬ。耳を澄ませる。振動を肌で感じ取る。微動だにしない。

―――来た。

新たな敵へ、刃を振りぬく。

斜め後方より接近してきた第三の敵手。その上半身は、下半身と永遠の別れを強要された。宙を舞っていく上半身。勢いのまま突っ込んできた下半身を蹴り飛ばし、次の獲物を探す。

ふと気付いた。ムッとするような鉄さびの臭い。血の匂い。飛び散った血反吐の臭い。臓物。汚物。油。まき散らされたありとあらゆる不快物質の臭いが奏でるのは最強最悪のハーモニーだ。

心地よい。

体が思い通りに動くのが、これほどに楽しいなんて。健康だったころには何とも思っていなかった。もはや剣を握れぬ体となって、当たり前が当たり前ではないと知った。それが、戦って死ねるとは最高ではないか。

素晴らしい。

視界の隅に新たな敵影。向き直る。刃を構えなおす。

さあ。わたしを殺してみせろ。

わたしは、踏み込んだ。


  ◇


鬼神のごとき戦いぶりだった。

白銀の甲冑が繰り広げている壮絶な死闘。それを見上げ、従者の少女はただ、美しいと思った。

彼女は知っていた。あの甲冑を操っているのが、並々ならぬ力量の剣士なのだと。

主との会話を思い出す。


「ねえ。もし。もし、絶対に人が死なないように剣の訓練ができたらどうなると思う?」

「―――そんなことをできるはずがありませぬ。ですが……できるとするなら、それはすさまじい剣士を生み出すことができるようになるでしょう」

「ええ。私もそう思う。さらに仮定を加えるわ。その方法で訓練した剣士が百万人いたとしましょう」

「ひゃ…百万人、ですか?」

「ええ。

その剣士たちが競い合い、その最上位。そうね。上から十六人くらいまでに入る剣士となれば、どれほどの力量があると思う?」

「それは―――人知を超えた、まさしく神話の英雄にも比肩するような偉大な剣士でしょう。もし仮に、そんなものが存在するならば。ですが」

「ええ。ほんとうに、もしもの話。そんな剣士はいない。

気にしないで。ただの空想だから」

「はい」


だが、もはや空想は現実のものとなろうとしていた。

攻め手の甲冑は十二。対するこちらは初めから、あの白銀の甲冑しか存在しない。

にもかかわらず、十二は十一になり、十一は十となった。たちまちのうちに六まで減り、三を割り込み、そして最後に残った者が斃れる。

立っていたのは、白銀の甲冑。全身に血とオイルと臓物を張り付かせた十二メートルの巨体は、どこまでも美しかった。

やがて、操縦槽。甲冑の胸郭から面覆いまでを含む範囲が展開すると、中から一人の人物が躍り出た。

濡れるような黒髪に、病的なまでの白い肌。紅の唇と、そして同じ色を持つ瞳。

主と同じ顔を持つ少女は、自らが生み出した殺戮の痕をただ、見ていた。

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